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「……」 声が、出ない。 本当なら怒鳴り込んでやりたいくらいの気持ちなのに、何故か声は出ず、身体も思うように動かない。あまりのショックに、呆然とするのがやっとである。 半開きのドアの向こうに、性欲を満たすように抱き合う二人の姿。 ―――――――……どうして。 何故こんなことになったのか、グルグルとそれが頭を巡る。 最初に湧き上がったのは勿論怒りだったし、それ以外に最初に思いつくことといえばクラウドへの疑念のはずだった。それなのにその時のザックスが思ったのは「何故そうなったか」ということだった。 少し前から感じ始めていた変化の答えとはこれなのか? しかしその変化が何故起こったのかということ、それが分からなければ最低限の納得すらできない。何故そうなったのかという事が分からない限りは。 しかし、硬直する中でザックスが思ったその疑問への答えは、皮肉な事に目前の信じられぬ光景の中にあった。 それは。 二人が惹かれあったからという理由でもなく、 気まぐれなどでもなく、 もっとハッキリとした――――――――理由。
“ザ、…ザックスは…っ。そういう人、だから…” “そういう人?” “う、んっ…”
耳を疑いたくなる。 止めてほしい。言わないで欲しい。 それでもそれが「事実」であり、「答え」。
―――――――“ザックスは、俺がいなくても生きられる人だから”。
「……」 ああ、そうか。 その時やっと分かった気がした。 クラウド本人の口から現れた、それでもザックス本人に語られることなかったその言葉で、やっと理解できた。 間違っていたのだ、と。 ザックスが正しいとしてきたこと、そして、それが自然なんだと思ってやってきた当然のこと…それらが総て間違っていたのだと、ザックスは認識した。それは今までクラウドから否定されることもなければ肯定されることもなかった。それでも否定されないということは暗黙の肯定なのだと思っていたのだ。だからこそ今までザックスは自身の「やり方」を貫いてきたし、それで上手くいっていたことが幸せそのものだった。 しかしそれは――――――どうやら単なる思い違いだったらしい。それが証拠にクラウドは、その思いをセフィロスには告げているのだ。 自分を想って黙っていたんだろう、なんて…そんな都合の良い解釈などもうできやしない。 視界の中で抱き合う二人は、そんな自分を嘲笑っているかのような気にもさせる。 ああ――――――――……答えは。 答えは、自分の中にあっただなんて……思いもしなかったのに。 悲しくて、辛くて、腹立たしくて、空しくて、そんな気分でも尚その場を後にできなかったザックスは、本音をぶつけながらセフィロスに抱かれるクラウドをただ黙って見つめていた。 クラウドの喘ぐ声は、時折霞んで聞こえない。 セフィロスの部屋には音楽が流れていたから…だからそういう音や声が聞こえづらいのだ。その音楽は多分、行為にモザイクをかける為のものだろう。周囲に聞こえないようにと、そういう配慮でセフィロスがかけているに違いない。 その音楽は、クラウドの声と混じりながらザックスの耳にこびりついた。 それはとても胸を痛ませた。
後日、ザックスはクラウドを呼び出した。 その理由は勿論、先日目にしてしまった光景についてである。というか、もっと根底を言えば、結局のところこれからどうすべきか、というところだろうか。 クラウドがセフィロスとそういった行為に及んだ大本の理由は自分にあると、今ならはっきり分かる。だからこそ今現在のクラウドの意志が知りたいと思った。 踏ん切りをつけたい、そう言うのならばそうするのが良いのだろう。例えそれがザックスにとって望まない方向の答えだとしても、クラウドがそういう意思であるのならこの関係すらもう成立しないのだ。 セフィロスを好きになったというのなら、それも仕方無い。その隙は多分、有り余るほどあったのだから。それでも今までそれを思いつかなかったのは、そうならないという自信があったからである。しかしその自信も今や崩れ去ってしまったのだ、粉々に。 だから。 「話って何?」 呼び出されたクラウドは、その内容を想定できていなかったのか、無邪気な声でそう聞いてきたものである。その無邪気さを目の当たりにして、ザックスは益々胸が痛む思いがした。 それでも、踏ん張って話を切り出す。 「見たんだ」 ―――――――そんなふうに。 そう言われたクラウドの方は、それが何のことだか分からないといったふうに首を傾げ、何を見たの?、とまで聞いた。 「お前…この前、セフィロスの部屋にいたんだろ」 「…え?」 「見たんだ、俺」 そこまでハッキリ言って、クラウドはやっと表情を引き締めた。その表情の変化は著しくて、いかにもといった感じがする。それが何だか余計に胸を詰らせる。 「――――――――はっきりさせたいと思うんだ」 「…何を?」 「何って、俺達はどうするかってことをだ。…あんなシーンを見たらさすがに俺だって考えるぜ。今まで通りにやっていくって事も…そりゃできないこともないけどさ、でもお前の考え次第で状況は変わってくって、思う」 「……」 黙したままのクラウドに、ザックスはゆっくり、そしてハッキリと、こんなことを口にした。教えて欲しいことがあるんだ、と。 まず第一に、今までについて思っていたこと。 そして次に、今後について思うこと。 最後に―――――――…完全な「答え」。 そう提示されたクラウドは、どういうふうに答えたら良いかということについて悩んでいるようだった。その姿は真剣で、嫌な感じはしない。それでもセフィロスとのことを否定したりしないのはやはり、肯定しているということなのだろう。 それとも今までのことと同様、そんなことはどうでも良いということなのか。 とにかくザックスがそれらを勘ぐる中でクラウドは必死に考えていた。答えや理由や意味といったものたちを。それをどうやって説明したら一番良いのかを。 そして結局クラウドの口をついた言葉は、多分ザックスにとって一番痛い言葉だった。 「俺ね、ザックス。思ったことがあるんだ。それがね、俺をそうさせたんだ」 「思ったことって…今までのことについて?」 うん、そう頷いたクラウドに、最早迷いのようなものは見受けられない。 「俺達の関係について…多分ずっと考えてきた。それはね、ザックス。ザックスのことが嫌いだとかそういう事じゃないんだよ。だけど、絶対に手を繋いだりキスしたりしなきゃいけないって関係でもないって気づいたんだ」 「…それは、俺達が“恋人”じゃなかったからか」 実際そうであっても、そういう言葉では表現してこなかった。だから多分この関係は、恋人の内容であって恋人でないものだったのだ。 クラウドは、そうだね、と言う。 「だって――――――…俺達には何も、約束なんてなかったから」 「―――――…」 「ザックスは俺に何も言わなかった。好きも愛してるも、束縛する言葉も何も。だから俺だって言わなかったよ、何も。それでも好きだって分かってるから一緒にいる時は楽しかった。だけどその内…俺には分からなくなっちゃったんだ。……恋人と友達の違いってやつが」 ―――――――ああ、やっぱり。 そう思うほか無い。やはりそうだったんだと、そう思うほか無い。 クラウドの返答は、ザックスの提示したものとはズレていたが、それでも総てを説明するに十分なものだった。それはザックスにとって一番知りたかったものだったし、こうなってしまった原因でもあるから。 「じゃあ…これから、どうしたいんだ。クラウド」 「どうしたいって…それは」 「それは?」 「――――――――別に何も変わらないんじゃないの?」 変わらない、その言葉にザックスは呆然とした。 ザックスの中で変化してしまったものは多い。場の雰囲気や、今までの気持ちや考え、それらさえも揺るがすものを見てしまったというのに、クラウドは何も変わらないという。 確かに先ほどザックスは言った、このままでい続けることもできないわけではない、と。しかしそれは言葉のアヤであって、実際そうしていく上ではかなりの苦痛を伴っていかねばならない。クラウドがこのままセフィロスともそういった感情を持って付き合っていくのならそれは尚更である。 それでも好きだという気持ちは変わらないけれど――――…。 「好きだから手を繋いだりキスをするってだけでしょう?…だったらセフィロスとも同じことだ。好きだと思ったからセックスしたってだけの話だよ。―――――…前まで、そんなこと考えられなかった。ザックスと手を繋いでる俺が、他の誰かとそれと同じことするなんて絶対いけないことだって思ってたんだ。でもザックスの中でそれは違うんでしょう?俺がどんなにザックスのこと好きでも、ザックスは全部を俺にくれるわけじゃない。反対に俺の全部を奪ってくれるわけでもない。…だったら。だったら俺とザックスは、どんなに手を繋いでもキスしても、遠いよ」 真剣な面持ちでそう言うクラウドを見て、ザックスは手の平をギュッと握り締めた。 そういうことをクラウドは多分、今までずっと抱えてきたのだ。そう思うと、今まで過ごしてきた時間はとても切ない気がする。そういう気持ちのまま繋いだ手は、とても冷たかったのかもしれないと思う。 そして、それに気づかなかった自分が何ともいえず悔しかった。 「約束なんて無いから――――これからだって、変わらないよ」 最後にそんな言葉が響く。 「…そうか」 ザックスが返せる言葉はそれが精一杯だった。 ごめん、と一言でも…謝らねばと思ったが、その勇気すらない。 そう言ったらクラウドは――――きっと消えてしまうだろうと思ったから。 優しさとは何だろうか、考えてみた。 好きだと言いながら雁字搦めに縛ることなんて、絶対に優しさなんかじゃないと思っていた。それだけれど、目の前の現実はそれを否定している。 好きだから、手を繋いでキスをしてきた。 それでもそれは優しさなんかじゃなかった。気持ちではあったけれど、それ以上の展開を見せないただの気持ちに過ぎなかったのだ。 言葉さえあれば、こんなことにならずに済んだのか。 いっそ束縛していれば良かったのか。 そうしたら――――――――こんなふうに後悔なんて、しなかったのだろうか……。
もう十分苦しんだじゃないか。 もう十分だ――――――そう思う。 クラウドからそう告げられた日からずっと、ザックスはそれについてを考えて、それでも尚、今まで通りの関係を続けていた。 クラウドは何も変わらないと言ったから、だからそれに賭けてみたのだ。 しかしその現実はやはり痛い。胸が締め付けられる。 いっそ離れてしまった方が楽なのかもしれないが、それでも自分の気持ちを素直に表すと現状の手を繋いでいる状態は正しかった。そしてクラウドもそれを拒否しないということは、ザックスを嫌いになった訳ではないということである。 けれどクラウドは、セフィロスともまた、そういったふうに過ごすことがあるのだ。 それは勿論ザックスには語られてはいないが、それでもザックスにはそうしているのだという確信があった。 その現実は辛いし、やはり悔しい。 それでもそれを今言うのは遅かった。 そういうことはもっと前々から言っていれば良かったのだ。いっそ束縛でもして、自分の手の力をもっと強くして、放さなければ良かったのだ。そういう事が分かっているから今更そういう状況に何かを言うことはできないし、離れたら離れたで自分が切なくなるだけだと分かっている。 もう十分苦しんだ、苦しんだのに。 その苦しみが自分の言動から発生したものであっても、その痛みは変わらない。痛いだけ、痛いまま。 一人きりの部屋の中で、ザックスはふっとある歌を思い出す。 それは――――――あの夜、セフィロスの部屋でかかっていた音楽で、クラウドの声を隠すためのものだった。そういう嫌な記憶のある歌を敢えて思い返して頭の中で演奏させると、ザックスは知らぬ内に口端を上げる。 もう十分苦しんだ――――――だけど、もっと苦しめば良い。 ずきずきと痛む胸をそのままに、ザックスはその歌を思い返し続ける。 ずっと、ずっと。
この歌はフィルターだ。 あの夜、クラウドの声を隠したフィルター。 今、言いたい言葉を隠すフィルター。 壊れそうな心を隠すフィルター。
せめてこの痛みだけで、心を保つことができるなら。 だったら、いくらでも痛みに泣いてやる。
この歌を、思い返し続けてみせる。
END
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