最近、駄目だと思う。

ソルジャーであるにも関わらずこうしてオフが多いのも原因だが、このリフレッシュルームにクラウドが入り込んでくることがザックスの心情を大きく惑わせる原因となっている。このリフレッシュルームは大体ザックスが占有できる状態で、ザックスもそれを承知で此処に来ている。つまり此処にやってくる事自体がもう既に「一人になりたい」という願望の現われでもあったのだ。

しかしそういう空間にクラウドがこうしてやってくると、それは途端に崩れてしまう。とはいえ、勿論それについて迷惑だなんて思っているわけではない。そうではないけれど、今迄一人で物思いに耽っていたりしたその後でとなると、どうしてもこういう本音が出てしまうのだ。しかしその本音というのは、大体にして普段のザックスからは消失しているものであって、表面上には現れないものである。だから周囲からしてみれば「ザックスらしくない」状態であることは確実だった。

初めてクラウドがこの空間…リフレッシュルームで一人きりだったザックスの隣に座ったその日、ザックスはそれでも頑張って表面を取り繕ったものである。

いつもカラカラと笑って明るい毎日を提供していた自分だから、こういう時でさえそこにクラウドがいれば、それを繕わなくてはと思ったのだ。

しかしそれも回を重ねる毎に段々と麻痺していく。

段々と取り繕えなくなっていく。

しかし不思議なことに、そういうふうに「本音」という「ボロ」を出すようになっても尚、クラウドはザックスに対して「らしくない」などというような一般的な批判はしなかった。だからだろうか、最近では無理をして取り繕うことが億劫に感じる。

この、クラウドに対してだけは。

「なあ、クラウド」

「ん?」

「お前さあ…ソルジャーの俺のこんなトコ見てても、それでもまだソルジャーになりたいって思うんだな」

「え」

こうして日々暇ばかりが蝕んでいく。そういう姿を目の当たりにしているというのに、それでもまだ夢を描き続けている。そんなクラウドの様子は、ザックスにとっては少々不思議でもあった。何しろそれは、夢という理想に対しては落胆に近い現実の姿なのだ、そんなものを見れば誰しも普通は「こんな程度のものか」と思うに違いない。

しかし、クラウドは違う。

あくまでそれをそれと信じて疑わない。

そう言われたクラウドは、うーん、などとちょっと考えるようなジャスチャーをして、それから少し笑ってこう言った。

「うん、そうだね。多分本当は分かってるんだ、例えば今ソルジャーになれたとするだろ。そうしてみても俺、大した任務できないし、それこそ英雄なんて絶対になれないって…うん、分かってるんだと思う」

「へえ。じゃあ何でまた?」

「それはね、ザックス。そういう事分かってても俺、やっぱりそれが夢なんだ。ソルジャーじゃない内から、そんなんなったって仕方無いって言い切るのはさ、何だかそれ相応じゃないし…それに俺―――――約束、したから」

「…約束…?」

ピクリ、と反応したザックスは眉を顰める。

しかしクラウドはそのザックスの反応には気付いてはいないらしく、ただ黙々と話を続けていった。多分、ザックスにとっては重々しい言葉で。

「故郷で、ソルジャーになるって約束してきたから…だから破りたくないんだ。なれないとしても精一杯やってみたいんだ。例えばその結果が悪いもので誰かを落胆させちゃったとしても、俺は俺を納得させる為にそうしたいんだ」

我侭かな?、そんなふうに最後に付け加えながら笑うクラウドに、ザックスは何も言葉を返さなかった。というよりも、返せなかったという方が正しいいかもしれない。

語られたクラウドの言葉は、懐かしさを運んできた。

そう――――――約束は、守るものだ。破るものじゃない。

そして夢は、叶えるものだ。

捨ててしまったり風化させてしまうことは実に簡単で、どうせ叶わない夢だったからと言ってしまえばどれほど楽か知れない。どうせできない、どうせ駄目だ、所詮夢は夢だから…そんなのは幾らでも言葉で誤魔化せる逃げの道でしかないのだ。

それは知っている。分かっている。

だけど―――――――――“懐かしい”と思ってしまうのはそれが、もう既に風化しているからなのだろう。

「夢、ね…」

やっとそんな言葉を口にしたザックスは、ふうと一息ついてから口元をニッと上げた。がしかしそれは爽やかな笑いと言うわけではない、あくまで憂いを帯びた笑いである。

「じゃあさ、クラウド」

そう響いた部屋の中は、真昼の光で溢れていた。とても明るくて、輝く太陽が顔を覗かせていて、とてもとても安穏としていた。

その中で、逆光で暗くなったザックスの顔が笑う。

「じゃあもし…その夢が叶えられる場所にいて、だけどそれ以外にも大切なものができたら―――――――お前は迷わず夢を追えるか?」

 

その夢の為に、その他の多くの“大切なもの”を―――――捨てられるか?

 

 

 

安穏とした平和は、とにかく退屈で仕方無い。

だからこそ大きな夢を見て、その退屈から逃れたいと願う。

それを強く願っている間は、その夢の為に何を犠牲にしても構わないと思える。何しろ願いは常にそこにあり、それ以外のものは邪魔な要素でしかないのだから。

しかしその夢に届くまでの間、そこにも勿論時間の流れはあり、その中ではたまに大切なものが出来ることもある。それはとても些細な平和だったり感情だったりその形は様々であるが、しかしその新しく出来上がった大切なものは、結局のところ、最終的な夢への邪魔者へと変わり果ててしまう。勿論その大切なものと夢とが直結ないし間接的な繋がりを持っているならば話はまた変わるが、しかし大方そうではない場合が多い。

だからこそ、夢は諦められてしまうのだ。

そしてその名の通り、「夢」で終わってしまうのである。

例えその夢が――――――――誰かとの「約束」の上にあるものであっても。

“故郷で、ソルジャーになるって約束してきたから…だから破りたくないんだ”

確かクラウドはそんなことを言っていたな、そんなふうに思いながらザックスは、自室で安い酒を口にしていた。

主に兵士の間で好んで飲まれている安いその酒は、神羅の幹部の辺りの人間にとってはマズイ酒だと言われているらしい。例えばセフィロスなどは幹部等と繋がりがあるから、普段からそういったものは口にしないと言っていたのを覚えている。

しかし、ソルジャーといえど一兵士でしかない彼らが特別なこともないのにそれほど高級な酒を手にするというのはやはり無理な話で、そんなことを続けていれば金が底をつくのは眼に見えている。いわば分相応の酒といったところだろう。

「……」

その酒を見詰めながらザックスは、ふとあることを思い出していた。

それは確か、故郷であの約束をし合った仲間が全員集まった初めての時のことだったと思う。その頃、皆もう既にゴンガガからの脱出は成功していたが、しかしミッドガルというかつての憧れの地に身を置いている者はザックスしかいない状態だった。ミッドガルはただでさえ中心地ということで地価高騰していたし、身一つで故郷を離れた者がその地で生計を立てるには少々無理がある。だから他の仲間たちはミッドガルから少し離れた村で暮らしていたりしたが、その時だけは憧れの地、ミッドガルで集合をした。

そのミッドガルで、やはり無理があるからといって安酒場で集まって、安い酒を飲む。

その酒は今飲んでいる酒よりももっと粗末な種のものであったが、確かその時は妙に美味く感じられたものだ。多分それは、久々の再開というのが背景にあったからだろう。

とにかくその酒場で、安いながらも「美味い」酒を飲みながら仲間たちは話に花を咲かせた。その話の中枢はといえば、おまけ程度の近況報告と、そして「約束」の話である。

かつて皆でした約束を、忘れてはいない。

だからこそ、集まることができる。

勿論それは、いつか必ずその「約束」を果たす―――――夢を叶える、その為に。

“ザックス、念願のソルジャーになったんだってな。お前すごいよ”

“そうそう!ミッドガルに住んでるのなんてザックスだけだもんな”

仲間の賛辞の句は、美味い酒と共にザックスを酔わせた。だからザックスは、胸を張って言ったものである、俺は夢を叶えたんだ、と。

それに対して仲間は勿論誉めてくれたし実際夢を叶えたことは素晴らしいことだった。しかし「約束」をした仲間内で言うところの「夢を叶えた」というのは勿論、あの閑散として安穏としたゴンガガから脱して煌びやかな土地ミッドガルにやってきたという部分であって、ザックス個人が所有していた夢であるソルジャーというものはあまり重視されなかった。とはいえ神羅のソルジャーになったという事実は世間一般からしても凄いことであったし、そういう部分では仲間もザックスを認めていたが。

“でもさ、ザックス。忘れんなよな、約束!”

“ミッドガルに出てくる手段としてソルジャーになったのは確かに成功だけど、俺らの約束でいったら、ソルジャーなんて大したことねーもんな”

“分かってるって。あくまで最後は…皆でデカイこと、だろ?”

“そ!ソルジャーなんて、それまでの修行だぜ、ザックス”

“了〜解っ”

ハハハ、そう豪快に笑いながら酒を流し込む。

約束は忘れていないが、しかし一応の成功であるソルジャーとなった今、ザックスにとってはその約束など大したものではなかった。確かに最初はゴンガガを脱したいだけだったし、ミッドガルに住めることは大きなことだった。だからその手段としてソルジャーを目指したというのは嘘ではないだろう。

だが、ソルジャーになってしまえばなってしまったで、その空間での新たな夢が出来て当然である。それは例えば、あまりに大それたことであるとはいえ「英雄」の座を求めることや、絶対的な地位を築くことなど、数え上げればキリがない。

そもそも、何の実績も経歴も持たない仲間達と共に、確実性も実体もない「デカイ事」を求めるよりも、神羅の中で現実的な出世を夢見るほうが実に堅実で現実味があるものだった。

だからザックスは、

“俺は、夢を叶えたんだ”

と言うことが可能だったのである。

そういう事が断定的に言える状態だったザックスにとって、ミッドガルにも住めない、夢物語だけを語る、そんな仲間達はある意味陳腐に見えた。何しろ仲間達は、この酒場ではどんな大きな事を口にしても、一旦この場を離れてしまえば一般人と化して頭をどこそこで幾度も下げながら働く人間に戻ってしまうのだから。

そういった事が心の奥底のどこかに眠っていたザックスにとって、約束の名目上集まりはしてもそこに大それた意味など無いも同然だった。昔とは正反対に。

いつからかそんな傲慢ともいえる感情が芽生えたとき、そこから先はもう目に見えていたのだろう。今こうしてザックスがその“夢”に即断できない事は正にそれを示している。

ただ、今心にあるのが単なる傲慢だけではないことは確かだった。

多分――――大切なものが多すぎるんだろう。

傲慢だけをぶら下げて集まりに参加しているのだったら、もしかしたらまだ笑えていたかもしれない。心底で、お前達は結局理想論者でしかないじゃないかと罵りながら、それでも笑っていられたのかもしれない。

でも今そうじゃないのは、当初自慢で仕方なかったソルジャーという自分の地位が、実際にはそう自慢できるほどのシロモノではないという現実を知ってしまったから。

そこには挫折に近いものすら存在している。

そうしてそれと同時に、あまりにも大切なものがあった。

それらはゴンガガにいる頃と変わりない安穏で平和で退屈な毎日の中で実感してきたもので、そういった時間を積み重ねた後で再会などしてみたところで、かつてのような気持ちになど到底なれるはずもなかったのである。

退屈は嫌だと飛び出したその先で、同じ退屈を感じている。

夢を叶えたと喜んだその場所で、夢の挫折を感じている。

大切な約束を守らなくてはならないのに、もっと別の大切なものを守りたいと思っている。

―――――――――…約束は、守れそうもない。

「…理由…」

そういえば理由を言えだなんて言っていた、そんなことを思い出してザックスは苦笑した。手にした安い酒が何だか妙に堪える気がして、少し目を細めながら。

彼は理由を絶対に言えだなんて言っていたが、多分それをしてみたところで納得などできないだろう。その理由がザックスの我侭から派生されるものだと気づいた時点で、彼はザックスの側から離れていくだろう。

夢を誓い合った仲間の中から、たった独りだけ取り残されていくこと。

それを考えると切なくもあるが、それでも理由が理由なだけにそうされても仕方無いだろうと思う。それに、今はその夢を一緒に叶えることはできないだろうから、その選択こそが正しいともいえる。だからそうなったらとしたら、それはそれで受け止める覚悟はあるのだ。

でも、きっと彼らはそれをしないだろう。

あれは皆で誓い合った夢で、皆でこそ叶えられるものだと信じて疑わない彼らにとってそれは有り得ない事態である。だからこそザックスに向かってあんな言葉を吐いたのだ、絶対に理由をと、怒りを露にしながら。

だからこそ考える。

裏切ることには変わりないのに、それを裏切りと呼ばないで済む方法を。

「…馬鹿馬鹿しいな」

底を尽きた酒の缶をクシャと手で握り潰したザックスは、細めた目の中で苦笑を深めた。

…出来るはずがない、そんなこと。

 

 

 

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