|
Life-Size ------------------------
「なあ、ザックス。もうそろそろ良いだろ」 そう言われた時、正直言って迷った。 ある酒場での出来事。ほんの些細な言葉。 しかしそれがザックスの心を縛ったのは、他でもなくその言葉には意味があったからである。その意味は遠い昔から続いてきたもので、それは今でも尚続いている。 もう何年経ったろうか。 そう思うほど遠い昔からの知り合いを前にしてザックスは、困ったような笑いを浮かべる。それは目前の男が先ほど放った言葉への返答でもあった。 「悪い。約束、破るわけじゃないけど…今は俺、ちょっと考えられないわ」 「何だよ、ザックス。そりゃ酷いんじゃねえの?だって俺らの約束、何年来のモンか分かってんだろ?」 「ああ…分かってる」 分かってる。そんなのは痛いほど、分かってる。分かっているからこそ迷いが生じるのだ。しかしその迷いを目前の男はきっと、微塵も理解してくれないことだろう。例えその内容を今此処で口にしたとしても。 だからザックスはその迷いの内容を敢えて口にしなかったのだが、何ということか目前の男は自らそれを問うてきた。 「ザックス、一体何をそんなに悩むんだよ。話せよ、理由を」 「理由…か」 「話せないのか?」 不満そうな顔をする相手のその顔を見ないように、ザックスはそっと俯く。 だって―――――――――分かってるから。 今目前の男にその理由を話したくないと思うこと、そして目前の男の望む答えを出せないこと、それらは全て自分の都合によるものなのだということを、ザックスは良く理解している。過去の「約束」からしたらそれは、単に自分の我侭というだけで片付いてしまうようなものだと理解できているから、だから今こうして顔を背けてしまうのだ。とても顔なんて、上げられなくて。 そんなザックスの態度を見て、男は一つ軽い溜息を付くと、分かったよ、などと口にした。どうやら、ザックスが何も言葉を繰り出せないことを渋々承諾してくれたらしい。とはいえ、それは単にその場しのぎというだけの行為であって、その後のザックスに安心を与えるものではなかった。 何しろ…そう。「約束」は、消えることがないから。 「話せないなら、話さなくて良いよ。その代わり、いつかは絶対言えよな。絶対だ。それが、今話さなくても良い条件だ」 幾分強い調子で言った男に、ザックスは俯いたままの状態で「ああ」と答える。俯いた状態だったので、その声はどこかくぐもっていて明瞭ではない。それはまるでザックスの心を映し出しているかのようだった。 「じゃあ―――――」 男は最終的にそんな言葉を口にして、ガタン、と立ち上がる。そろそろ時間も深くなってきたし、今日はこの辺でお開きにしようということなのだろう。 しかしそういう段になってもザックスは、顔を上げることなど出来なかった。 「ザックス、またな。―――――――約束、忘れるなよな」 本当に最後という時になって、男はそんなふうに言う。 それは、ザックスの心に深く響いていた。 痛いくらいに。
昔―――――――それは、いつのことだったろうか。 確か故郷のゴンガガを飛び出すもっと前のことだったと思う。 ゴンガガという村はとても質素な村で、これといった事件もない本当にそれだけの村で、そんな閑散と平和の織り成すその村にザックスは生を受けた。 同じ年代の子供は、確か覚えている限りでは3、4人だったはずである。 あまりにも閑散としていて人口も酷く少ない村だったから、そういう同年代の子供は自然と仲間になっていた。いや、それどころか村全体が顔見知りという状態だったろう。 とにかくそんな状況の村で育ったザックスを含む3、4人は、幼い頃からこんなことを口にしていたものである。 “いつか、村を出ようぜ。それでもって、いつか絶対に大きくなってやるんだ” それは、多分子供の心に宿る一般的な希望でしかなかった。何しろゴンガガという土地は、あの煌びやかで賑やかなミッドガルという都市からは随分と遠い所に位置している。だから彼らが世界の中心地たるミッドガルの状況を知るのだってまるで遠い世界の話を聞いているようなものだったし、実際その土地がどういうものであるかなんて希望的観測の範疇のものでしかなかったのだ。 しかしそれでも、その賑やかで煌びやかな町は、彼らの憧れだった。 そしてその反面、このゴンガガという土地は彼らにとっていつでも「夢のない土地」だったのである。 だから彼らが夢のような話をするとき、それはいつもミッドガルという土地の話で、退屈な話をするときはいつもゴンガガの話だった。 実際ゴンガガという土地にいると、平和ではあるが一定以上の何かを望むというのは難しい選択でしかない。例えばこの土地で豪遊したいと思ったとしても土地柄がそういうものではなかったし、そうできるような財産を築けるような土地でもなかった。 だから彼らはいつも、ただ生きて死んでいくようなこのゴンガガという土地を罵っては、希望に溢れた中心地の話をする。 あの、ミッドガルの話を。 “なあ、約束しよう” ある日、一人がそんな事を言い出した。 “皆、いつかはこのゴンガガを出よう” その言葉に皆が皆、頷く。希望の色をその瞳に宿して。 “そしたら、たまに皆で集まろうぜ。いっぱい話、するんだ。それでさ、いつか…” いつか―――――――……
“いつか――――――いつか皆で、でっかいコト、しよう”
それは、約束だった。 幼い頃、仲間としたたった一つの約束。だけれど、小さくなどない約束。 その約束をした仲間は、それぞれを“親友”と誓い合った。それは思えば、彼らが散々罵ってきたゴンガガという質素で小さな村が結びつけた絆である。ゴンガガを出ようと言いながらもそうして彼らが再会を望み、そして再び一つへと戻ろうとするのは、皮肉にもゴンガガがあったからに他ならない。 しかし、その頃の彼らにそんなことを考える余裕などなかった。何しろ彼らの心に宿っていたのは、希望そのものだったから。 たった一つの約束を心に宿した少年達は、その約束の第一の殻である「ゴンガガからの脱出」を見事にしてのけた。 それはザックスも同じことで、ザックスの場合はその理由が「ソルジャーになるため」というものである。ソルジャーは神羅の兵士だから、神羅社員というのが大本の希望となるわけだが、これは実のところとても都合が良かった。 神羅カンパニーという会社は、あのミッドガルにある。 だからソルジャーになるということは、彼らがあれほど憧れた土地に行く、というそんな希望すらも満たすことができるのだ。 仲間のうち、他の誰も叶えられなかったそれを叶えたザックスは、それがとても自慢だった。ミッドガルという土地にいるということ、そしてソルジャーであるということ。 だから、皆で約束した「再会」を初めてした時には、胸を張って言えたものである。 「俺は、夢を叶えたんだ」 と。 ――――――――――でも。 それでも、本当の夢を叶える事は容易ではなかった。 ミッドガルにいることやソルジャーになるということは、かつての仲間からすれば「夢を叶えた」状態そのものであったが、しかしザックスの中ではその次の夢、というのがあり、それは例えソルジャーになったとしても簡単に手に入れられるようなシロモノではなかったのである。 彼らは…あの仲間たちは、知らない。 実際にソルジャーという存在が、どれほどのものかということを。
「あれ?ザックス、仕事は?」 唐突にそう話しかけられて、ザックスはギョッとした。 しかし慌てて振り返ったその先にいたのがクラウドだということを知って、一気に安堵の表情を見せる。 「ああ、クラウドかよ。ビックリした」 「何?もしや、またサボリ??」 「バカ!俺はそんないっつもサボったりしませんー」 時間帯からすれば誰しもが勤務時間中であるその時間。 ザックスは一人きりでリフレッシュルームに足を運んでいた。このリフレッシュルームというのは普段、日程の詰った任務などの際にだけ開放される場所なのだが、此処最近の日程といったらそれほどのこともなく、だから殆どが開放時間と化していた。しかし本来の目的がそういうものであったから、殆どのソルジャーはそれを使用せず一般の休憩室を使用している。 ところがその裏をかいたザックスは、良く此処を一人きりの空間として利用していた。そしてそれを知ったクラウドも、たまにこうして此処を利用するようになったという具合である。但しクラウドの場合は任務という任務を受ける機会自体がないので、本来ならば使用権利もないという状態だったが。 ザックスの隣の席にドサリ、と座ったクラウドは、ニコニコしながらザックスを見遣る。それから、こんなことを言い出す。 「きっとセフィロスが怒ってるよ」 それはいかにもな言葉でやや信憑性もあったが、この時に関してだけザックスは、絶対にそれは無いと言い切る自信があった。 「残念でした。今日の俺は、セフィロス許可済みで此処にいんの」 「え?じゃあ、オフなの?」 「んー…オフってか。まあ大した仕事も無いんで暫く暇してろって言われたわけよ。用があったら連絡する、ってな。でもまあ、この調子じゃオフも同然かな」 「ふーん…」 此処最近こんな日々が続いている。 数年前、戦争が終結したその直後は、それこそ色々な仕事が詰っていたものだが、それも今はさっぱり無い。その仕事はどれも神羅の威厳を保つべく振られたもので内容的には酷く憂鬱なものだった。一人の人間として考えれば、絶対に許せない行為。だけれど神羅のソルジャーという立場から見れば、こなさなければならない当然の行為。そのギャップに悩んだこともあったが、今ではそんな杞憂すら一欠けらも無い。 ただただ、安穏。 穏やかで平和で退屈で―――――――ただ、それだけの日々。 こんなものだったろうか、と思う。あれほど憧れたソルジャーという存在は。 かつて、穏やかで平和で退屈でたったそれだけの日々なんて嫌だと思っていたのは他でもない自分ではなかったろうか。あの代わり映えのしない土地であれほど罵ったのは、今正に目前にある状況と何ら相違ないものではなかったろうか。 「何考えてるの?」 ふっとそう言われ、ザックスは我に返った。我に返ったことでやっと理解する、自分の思考がどこかに飛んでいたらしいことを。 それに対して、悪い、なんて言葉をかけたザックスは、改めてクラウドを見遣ると今度は反対に自分が質問を繰り出した。 「で?お前こそサボりじゃないのか?」 「俺は今、自主トレ時間中なんだ。今日はそういうふうにしろっていう話だったから。だから皆、自主トレ中だよ。まあ中には、部屋に篭って筆記試験の勉強してる人もいると思うけど」 「なるほど」 そう答えつつもザックスは内心、やっぱりサボりじゃないか、と呟いて笑う。確かに自主トレならばどこで何のトレーニングをしようが自由だろう。けれどこうしてザックスと話をするのが自主トレとはいえないことだけは確実である。 しかし当のクラウドはそんなことなどお構いなしといった具合に、やはりニコニコ笑う。 「ねえザックス。さっき、何考えてたの?」 先ほどもされたその質問を繰り返され、ザックスは答えに詰った。何をといわれても容易に説明できるようなものではない。 だから、取り敢えずのところこんなふうに答えておく。 「つまりアレだ。ソルジャーっていっても暇じゃ仕方ねえなって考えてたわけだ。天下のソルジャーがだぜ、こんなオフばっかで良いのかってさ。ま、それでも年々ソルジャーは増えてく一方だけど」 「ザックス…俺、これでも一応ソルジャー目指してるんだけど…」 「あっ、悪い!ごめんな。つい…」 「ううん。良いよ。それでもやっぱ俺はソルジャーになりたいから」 ちょっと失態だったな、そんなふうに思ってザックスは心の中で後悔した。そういえばクラウドはソルジャーを目指しているのだったか、などと思う。それは以前からザックスも知るところで、だからクラウドの前ではなるべく「ソルジャーだからこその不満」というのは本気で口にはしないようにしていたというのに。
|