――――そうだ、同僚が何か言ってたじゃないか。
 俺が何か言われてたって、確かにそう言ってた。だけど俺はそこに遅れちゃったからそれが何の話だか未だにちゃんと分かってない。でも俺の予想としては、それは希望任務地の話じゃないかと思ってるわけで…俺の出した希望なんてあんまり大したものじゃなくて、ミッドガルとか本社とか、本当に適当なところを書いたんだ。とにかく故郷に近いところだけは嫌だと思って遠征に近い場所は書かなかったんだよな。
 もし俺の希望が叶ったとしたら、多分何も言われずに任務配置されるだけだろう。
 でも俺はあの時、何かを言われてたんだよな。
 ってことは、希望が叶わなかったってこと?
「あのさ、その任務って…任務地、どこ?」
 俺は恐る恐るザックスにそう聞いた。何となく嫌な予感がしたんだ。
 俺はその嫌な予感が当たりませんようにって心の中で願ってたけど、結果は惨敗だった。
 だってザックスは…
「ああ、任務地な。ニブルヘイムだよ、ニブルヘイム!」
「やっぱり!!!」
 よりにもよって一番行きたくないところかよ!!!
 ―――――――――俺は本当に泣きたくなった…。
 他の任務地だったら何処でも良かったのに、よりにもよってニブルヘイム…一番避けてたニブルヘイム…はあ。
 さっきザックスは、任務地が一緒になるように手配してあるってそう言ってた。俺は任務希望地にニブル地方の土地名は一つも書いてない。ということは普通ならそこになんてならないんだ。それでもザックスが手配して一緒になったってことは、それはもともとザックスの任務だったって事だ。
「お前の故郷なんだろ?丁度良いよな!」
 良いわけあるかあっ!!!
 そんなふうに心中で叫ぶ俺の前では、ザックスが嬉しそうに笑ってた。
 
 
 
 俺は、ザックスとのそのデートがあんまり楽しみじゃなかった。
 だってデート先はニブルヘイムで、俺が一番行きたくないところだったから。だから俺は、どっちかっていうと気が重くなってたんだ。
 俺にとってそれはデートなんて明るいものじゃなかった。
 それよりも、ほろ苦くて後ろめたさの浮き出る、そんなものだったんだ。
 だけどザックスは、一日一日会うたびに、デート楽しみだな、とか、お前の故郷でデートなんて最高だよな、とか、俺の心なんてちっとも分かってないような事を言ってきた。
 俺はそんな言葉に、時々ちょっと腹立たしくなったりもしたけど、大概はザックスの満面の笑みに負けて笑ってた。だけどちょっと困ったような、そんな笑顔だったけど。
「お前の故郷に行ったら、俺、お前のおふくろさんに挨拶しないと」
 ザックスはそんな事まで言ってた。
「今デート中なんです、ってな。はは、洒落にもならないっか」
 そうだよ、ザックス。洒落にもなってない。
 だけど、そんな事を言ってるザックスは本当にそれが楽しみなんだろうなって、俺には良く分かった。何でそんなに楽しみなのかは分からなかったけど、俺たちは任務で一緒になることもなかったし、お互いの故郷を見たことだって無かった。映像で見たことはあっても、ああ、此処が故郷なんだ、とか、そんなふうに考えながら見たことは無かったんだ。そういうの、実感っていうのかな。とにかくそれは無かったから。
 そういえばザックスはもっと変な事も言ってた。
「俺はな、お前の故郷に行ったらアリガトウって言うんだ。あんたのお陰でクラウドと出会えましたって、ニブルヘイムにそう言うつもりなんだ」
 母さんじゃなくて故郷に?…うーん、何だか変なカンジ。
 だけどザックスは、全然間違ってないって感じの顔して、胸を張って、そう言ってた。だから俺は感化されたんだか、そういうのもアリかなって気分になってた。まあ何でザックスがそんなに感謝をする必要があるんだかは分からなかったけど。
 俺はそうして、ザックスの笑顔と一緒にデートまでの日を過ごしてった。
 その間にもいっぱいいっぱい賭けをした。
 俺の戦利品は小さなスナック菓子一袋とジュース5本、ザックスの戦利品は一個もなかった。つまり俺は連勝してて、ザックスは連敗してたんだ。
 だけどザックスは「ま、良いや」って言って笑ってた。
「でっかいデートが待ってるから、俺はそれで良いんだ」、って。
 
 
 
 
 
 "よーし!クラウド、お前、何賭ける?"
 
 
 
 
 
「お兄さん、何を賭ける?」
 俺の目前の女性はそう言いながら左の手の甲に右の手の平を乗せた。
 今、彼女の左の手の甲と右の手の平の間にはコインが一枚挟まってる。
 さっきピーンと高く飛び跳ねたコインは彼女の手に挟まれて、さて裏か表か分からない状態だ。それを、どっちが表向きになってるかを当てる。
 良くある普通のゲームだ。そう、良くあるゲーム。
「別に何でも良い。そっちは?」
「私は5000ギルを賭けるわ。お兄さん、本当に何でも良いの?」
「ああ」
「じゃあ…デートしない?私が勝ったら、デートしてよ」
 名も知らない夜の盛り場。ガヤガヤと騒々しい音と、酒の匂い。
 俺は出会ったばかりの女性を相手に、昔良くやってた単純な賭けをしていた。別にこんなの遊びだし、ちょっとした息抜き程度のものでしかない。いわば、こういう雰囲気の場でのちょっとしたコミュニケーションだ。
「悪い、デートは駄目なんだ」
 俺は彼女の言葉にハッキリとそう返した。
 すると彼女は、何でも良いって言ったじゃない、と少し怒った顔をする。まあそうだ、確かに俺の言葉は矛盾してた。
 でも俺は、どうしてもデートだけはできないんだ。それ以外なら、何でも良い。ああ、命は別だけど、それを抜かしたら本当に何だって問題はないと思うんだ。
「ごめん。じゃあ俺も5000ギルにする」
「結局、金ね。まあ良いわ」
 ギャンブルに金を賭けるのは常道ですもの、と彼女は笑った。
 笑ったついでに、こんなことまで聞いてきた。
「でも、何だってデートは駄目なの?もしかしてカノジョ以外はシャットアウトとか堅いこと言うんじゃないでしょうね?」
 茶化すようにそう言ってきた彼女に、俺は思わず苦笑してしまった。別にそういうわけじゃないし、そもそも彼女と呼べる存在は今の所俺の心の中には居ない。でもそれを説明するのも億劫で、俺はとにかく「デートだけは出来ない理由」を単純にこう口にした。
「彼女じゃないけど、先約があるから」
「へえ、隅におけないったら。でも律儀ね、そんなこと守るなんて」
「まあな」
 俺はそう答えながら、彼女に結果を求めた。
 そう、コインは未だに彼女の手の中にあって、その結果がはっきりしていない。俺が勝ったのか、彼女が勝ったのか。
 でもこんなのは遊びだから、俺は買っても負けてもどっちでも良いと思ってた。負けたら5000ギルを払うだけ、買ったら5000ギルを貰うだけ、たったそれだけの単純なことだ。
「じゃあ、いくわよ」
 彼女はそう言って、そっと手の中を俺に示した。
 そしてその結果、賭けは―――――――――俺の勝利。
「ああ!もうっ!」
 彼女は100ギル硬貨を机に押し付けると、ため息を吐きながら5000ギル紙幣を取り出した。そしてそれを俺に差し出しながら、どうぞ、なんて言う。
 俺は一瞬その5000ギル紙幣に手を伸ばしそうになったけど、方向転換して、机の上に放りっぱなしになっていた100ギル硬貨に手を伸ばした。そうして、それを拾い上げる。
「5000ギルの代わりに、こいつをくれないか?」
「は?100ギルよ、それ」
「分かってるよ」
 そりゃ誰がどう見てもこれは100ギルでしかない。そんなの分かってる。
 だけど俺は、5000ギルよりこっちの方が欲しいと思ったんだ。ただそれだけ、単純な話だ。
「駄目かな?」
 俺がそう聞くと、彼女はさも不思議そうな顔をして別に良いけど、なんて言った。そうして、確認するみたいに本当にそれで良いのかと聞いてくる。だから俺は深く頷いて、その100ギル効果を手に握り締めた。
 彼女は5000ギルを失わずに済んだことにホッとしたみたいな顔をして、その次には笑って、
「貴方って変な人ね。デートはしないし、5000ギルも欲しくないなんて」
 そんなふうに言ってくる。
 だから俺は、言ってやった。
 俺はそういう人間なんだって、俺はそれが良いんだって。
 だってこれは単純なゲームじゃないか。誰でも知ってるゲームで、誰だって出来るゲームで、子供だって出来るゲームだ。ただ問題は、その賭けがたまに大きかったりすると少し躊躇うってだけの話だ。
「じゃあ、俺はこれで」
「帰っちゃうの?もう一回くらい賭けてみない?」
 俺はそのゲームを最後に、酒場から去ろうと思ってた。もう夜も遅いし、別にこれ以上いたって同じことだ。そろそろ明日に備えて寝た方が利口だろう。
 俺はそう思ってたけど、彼女の方はまだこの場にいるつもりらしく、そんな風に誘ってきたりする。
 でも、駄目だ。
 賭けはもう終わっただろう?
「先約があるから、駄目だ」
「はいはい、また先約ね。幸せな人ね、その先約さんは」
「ああ、俺の中ではVIPだ」
 俺は昔、賭けをした。
 今みたいに単純な賭けで、単純なゲームで、単純な遊びだった。
 俺はその賭けで、幾つもの戦利品を得た。勿論負けたことだってあった。
 でも一番問題なのは、その中の一つが未だに続いてるってことだろう。そう、つまりそれが先約ってやつだ。
 初めてその単純なゲームをやった時、俺はその賭けに負けてしまった。そして、その賭けの請求として、デートをする羽目になったんだ。でもそのデートは単純じゃなかった、ゲームはすごく単純だったのに。
 だから―――――――――俺は未だにそのデートの最中らしい。
 ずっと、ずっと、残された笑顔とデートしたままなんだ。
 そのデートはこれからもずっと終わらない、いや、終われない。だってゴールは見えなくなってしまったし、いつデートを終わらそうか相談することすら出来なくなってしまったから。だからその先約をずっと消えないわけだ。
 全く、困った話だよな。
 だけど俺は、それも悪くないかと思ってる。
「ねえ、その幸せな先約VIPさんは、一体何を賭けたの?」
「え?」
 VIPが何を賭けたか、だって?
 そんなの、もう俺は覚えてない。そもそもあの初めての賭けで、俺は後から請求を受けたんだ。つまりその最初の賭けでは、お互い別に何も賭けてなかったんじゃないかと思う。だからこそ俺はいきなり奢れと言われたときに怒ったんだろう。
「そうだな…」
 俺とのデートと同等のものを?…いや、違う。
 違うだろう。きっと、もっと大切なものを賭けてた。
 ほんの単純なゲームだったけど、きっとそうだったと思う。
 勿論、あの最初の賭けで俺が勝っていたとしたら、俺はそんな大層なものを請求なんて出来なかっただろうけど。せいぜいジュース1本くらいの話だ。
「それは分からないけど、結果的にはデカイものになった」
「貴方が勝ったわけね」
「いや、俺が負けたんだ」
 え?、と目を見開いた彼女に、俺は少しだけ笑って手を上げた。今度こそ酒場を後にする為だ。
 彼女は相変わらず「変な人」と俺の事を表現したけど、俺はそれでも構わなかった。
 
 
 
 
 
 "よーし!クラウド、お前、何賭ける?"
 
 
 
 
 
 何を賭けるかって?
 もう賭けるものなんて何も無いよ。
 だって、俺の心ごと何処かに持ってっちゃっただろう?
 もう賭けられるものなんて、本当は何も無いんだ。
 俺は、ちょっと嬉しそうなザックスの顔を思い出す。
 いつかザックスが言ってた「でっかいデート」は、本当にでっかいデートになって、未だに終わらないエンドレースデートになってしまった。まったく、とんだものを請求してくれたもんだと思う。
 だけど、あの時負けて良かったとも思うんだ。
 ザックスが俺の心を持ってっちゃったことに、後悔はしてないんだ。
 俺は彼女との賭けで手に入れた100ギルで、子供みたいにあの時みたいに1本の缶ジュースを買った。ザックスとの賭けに勝つと、良く買ってもらったジュース。
 それは、どこか懐かしい味がした。
 
 
 
 END

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