Drama

------------------

 

 

 

使いもしない手帳。

確か神羅に入って戦争が終わった辺りに、スケジュールがどうのだとか言って会社から貰ったものだったと思うが、それは貰ったその日から一回も使っていない。

書き込みもしなければ開きもしない。

スケジュールなんていうものは大体にして頭で覚えられるし、書いてしまったら覚えられるものも覚えられなくなってしまうから、結局のところあまり必要性が無いのだ。例えばこれが本社勤務のご多忙エリートならばその必要性もあったのだろうが、ソルジャーという肉体仕事をしているザックスには確実にその必要性が無い。

「あー…あったな、こんなん」

懐かしいな、そう思ってその手帳をペラリと捲ってみたりする。

長いこと放っておいたせいかどこか古臭い臭いが漂ってくる気がしたが、別にそれはどうでも良かった。

どうでも良くなかったのは、開いた瞬間に目に入ったものの方である。

「…あ」

思わず声を上げると、ザックスは視界に映るそれをじっと見つめた。

それは、数枚の写真と小さなメモ切れ。

その写真やメモ切れもやはり黄ばみきっているし、どこか古臭い臭いがする。今までずっとそこに閉じ込められっ放しだったのだから当然といえば当然だが、そこに映っていたものとその古臭い臭いが妙にマッチした気がしてザックスはどことなく切なくなった。

それは、今となっては何でもない過去の思い出の一片でしかなかったけれど。

「はは、懐かし」

数枚ある写真を一つ一つじっくり見ていくと、それはどうやら全てが全て違う時代の写真であった。

一枚は、ゴンガガの写真。

それは確か、ソルジャーになるなんてまだ考えてもいなかった頃の写真で、ザックスはといえばまだまだ幼い少年の姿をしていた。確かこの写真は、何だか分からない内に親が撮ったものだったと思う。

ザックスはミッドガルにやってくる際にゴンガガを飛び出したわけだが、それはあんまり良い去り方とはいえないものだった。親があまり良い顔をしていないことを分かった上での行為だったわけだし、文句を言われたって仕方ないくらいの勢いだったことは確かである。

それでもザックスにしか分からない心の内というものが存在していて、それこそがこの写真が此処にあるという事実だった。

もう一枚は、ミッドガルにやってきた時の写真。

それは確か、神羅入社の際に証明写真をといわれて慌てて撮った一枚だったが、慌てていたからか表情があまりにオカしかった。緊張しているような、驚いているような、恥ずかしがっているような…とにかくそんな微妙な表情で、今見るとそれも何だか初々しく感じられる。

もう一枚は、戦争終結が決まった時に撮った写真。

それは確か、まだセフィロスなんかと一緒に行動し合う前のことだったと思うが、正に記念写真といった感じのものだった。ザックスにとっては舞台の無かった戦争だったけれど、神羅のソルジャーとして意識だけは共に参加したその戦争が無事終結したことで、こうして記念写真を撮ったのだったと思う。これは神羅の計らいだったと思うけれど。

もう一枚は、割と平和になった後ミッドガルに出向いた際に撮ったものだった。

それは確か、任務開けのミッドガルをぶらついていた時に出会った陽気な酒飲み連中と取った写真である。何でそんな場面で写真なんか、と今では思うけれど、多分その時は勢いで撮ったんだろう。何だか妙に話の合う連中だったから、たまたま偶然出会った誰とも知らない連中だったのに何だか楽しい気分だったのだ。

もう一枚は、神羅が個人データの改正をするからといって新たに撮った証明写真。

まあこれは、最初の証明写真に比べれば幾分かマトモである。

もう一枚は、クラス1stの連中と遊びで撮った写真。

これらの写真の中では一番新しいもののようであるが、そこに映る顔を見ているとそうそう新しいとも思えない気分になってくる。そこには笑顔の男達が数人映っていたが、悲しいことに今ではもう神羅にはいない男もいたから。

「三枚…四枚…―――――計六枚か」

ふうん、こんなに取ってあったなんてな、そんなふうに独り言を呟きながらザックスは思わず笑みを漏らした。

どれも黄ばんでいて古臭い臭いがするような写真だけれど、そのどれもにいっぱい思い出が詰っている。その思い出達は普段から思い出されるような重要なものではなかったけれど、それでもこうしてキッカケさえあれば心の中にじんわりと浮かび上がってくる。ただそのキッカケというものが今の日常の中には然程無くて、だからこうしてたまに手帳なんかを開くと蘇るのだ。

「えっと…」

一緒に挿んであった小さなメモ切れを広げてみると、そこには汚い字がズラズラと並べられている。

何だこれは、そう思ってよくよく読んでみると、それはどうやら誰かのプロフィールだった。しかし残念なことに女の子のものではない。汚い字からしてもその名前からしても確かに男のものである。

何で男のプロフィールなんかを大事に持っていたんだろうとザックスは首を捻ったけれど、少し考えてその理由はハッキリした。

そうだ、そういえば。

「なるほどなあ〜」

一人勝手に納得をしたザックスは、それを思い返して思わずぷっ、と噴出した。

そういえばこの男はザックスを神羅のソルジャーと知って「あの英雄のサインを!」なんて言ってきたのだったか。その頃のザックスはセフィロスとそれほど仲良くなどなかったが、面白いと思って「俺に任せろ」などと冗談で切り替えしたところ、送ってくださいと言ってそのメモ切れを貰ったのだったと思う。

…勿論そんなものは送っていない。

それでも未だにそのメモ切れを持っているということは、いつか送ってやるか、とでも思っていた証拠かもしれない。

そんな事を思い返してザックスは尚更噴出した。

たった一人きりの部屋の中で噴出している住人というのは第三者がこっそり覗いてでもいたら確実に怪しかったが、幸いこの部屋を覗くような輩もいない。

しかし。

 

ドンドン ドンドン

 

――――――――覗かなくても、訪ねてくる者はいるわけで。

「お、来たかな」

ザックスはドアがノックされたのを知って今まで手にしていた手帳や写真やメモ切れを机に放ると、すっと立ち上がってドアに向かった。

それからドアを豪快に開け放つ。

「よっ!待ってたぜ!」

笑顔でそう言ったザックスの向こうに見えたのは、クラウドだった。

「ザックス、片付け進んでる?」

クラウドは自分の訪問が歓迎されたことよりそんなことを気にして、ザックスの身体の向こう側に見える部屋にチラリと目をやる。

そして。

「うっ…」

「何だよ、その“うっ”ってのは」

「だって…」

クラウドの目に映っていたのは、散乱しきった部屋だった。その部屋ときたらもう凄まじい。床には毛布から雑誌から服までが自由気ままに寝転がっており、棚に並べられていただろう本は雪崩を起こして数冊遭難中である。机の上なんていったらもう紙が山積みで、ちょっとでも手を触れたら瞬時に全てが終わりそうだった。

――――――……危険すぎる。

クラウドはゲッソリした顔でそう思うと、はあ、と虚ろ笑いと溜息を同時に見せた。

一方その部屋の住人であるザックスは、そんなクラウドのことなどてんで気にしていないようで、さっぱりと笑うと、

「スゴイだろ〜コレ」

などと、さも自慢げに言う。

…というか、それ自慢になってないし――――クラウドは心の中でそうツッこむ。

「まあまだ序盤戦だからさ。じっくりやろうぜ、じっくり。な!」

「は、はあ…」

取り敢えずは中に入れよと言うザックスに、クラウドはかなり憂鬱になりながらも足を踏み入れた。正に戦場、である。

やっと部屋の中に入った二人は、取り敢えずといった感じで適当なところに腰を下ろそうとしたが、とてもとっても残念なことに、ゆっくり腰を下ろせるスペースなど机と対になっている椅子しかなかった。それは先ほどまでザックスが座っていた場所だからこそ空いているのであって、その他はいかにも満員御礼である。

その状況にクラウドはピキッと固まっていたが、ザックスの方はいかにもラフだった。

「あー…やばい、座るところも無えや。ま、良いか。ここらに座ってくれよ」

そう言ってザックスは荷物まみれになったベットの上に身体を這わせると、その荷物をコンパクトに纏めた。…もとい、横に押しやった。

そうしてやっとこさスペースを作り出すと、クラウドに向かって「じゃあ此処に」なんて言ってにっこりと笑う。それはあんまりにも悪気の無い笑顔だったから、クラウドも文句など言えなかった。

結局そのまま誘導に従ってベットの上に座ったクラウドは、取り敢えずこれから関わることになるらしいその部屋を眺め回す。隅々まで眺め回す。

クラウドもこの部屋には何度か訪れたことがあるけれど、こんなに散乱した状態を見るのは初めてのことだった。いつもそんなに綺麗とはいえなかったが、それでも汚いというほどでもない。綺麗とはいえない、というのは生活感があるという意味であって散らかっているというのとはまた違う。

それが今日、此処までの散乱を見せていることには大きな理由があった。

それは。

「いや〜大掃除って大変だよなあ」

―――――そう。実はザックス、大掃除をしていたのである。

実に中途半端な時期である今にそんな事をするなんてと思いもするが、勿論それにも理由というものがあって、それというのは年末や時期の区切りにザックスは任務に明け暮れていたという事実があったからだった。だから、本来年末やら時期の区切りに行われる大掃除が、今になってしまったのである。

そしてクラウドが何故此処にいるかといえば、その答えは単純。

「悪いな、手伝ってもらっちゃってさ」

「…はあ…」

…という訳で。

本当だったら一緒に遊んだりするはずだった今日という日は、年末やらに任務をして大掃除ができなかったザックスの為に、一瞬の内に「大掃除デー」になったわけである。因みにザックスが大掃除をし出したのは昨日の話であり、一昨日の時点では今日の予定は単なる遊びでしかなかった。だから昨日ふとザックスが大掃除なんかの存在を思い出してそれをし始めた為に今日の予定が狂ってしまったわけである。

これはクラウドにとってちょっぴり切ない出来事であった。

しかし、それでもまあザックスと一緒にいることには変わりないのだから別に悪くも無い。そう思ってクラウドはその掃除の手伝いをOKしたのだが、しかしまさか此処まで散乱しているだなんて思いもしなかった。何せ今迄見てきたザックスの部屋はそうそう汚いというわけではなかったのだから。

「今日は片付けで終わりそうだね」

トホホ、そう肩を落としながらクラウドは呟く。

その呟きが聞こえているんだかいないんだか、とにかくザックスはこんなことを言い出した。

「全くなかなか終わらないんだよな。何かいっぱい出てくるだろ、片付けるとさ。ついつい、あーこんなことあったよな、とか、そういえばとか言ってる内に時間がな」

確かに昨日から片付けていてまだ終わっていないのだから、それは頷けることである。この様子だと昨日の時点で物が散乱し、今日クラウドが来るまでは何も動いてないのではないかと思われる。

しかしクラウドにもそのザックスの言葉の意味は何となく理解できた。片付けなどを始めてしまうと、すっかり忘れていたものが出てくるわけで、うっかりそれらを眺め始めたら本当にキリが無くなってしまう。前回の片付けの時点で「あ、やっぱりコレは取っておこう」なんて思ったものが、すっかり忘れた頃に出てきて、それでも捨てるか取っておくかという選択の際に「やっぱり…」となることも多い。

要は、捨てられないというだけの話なのだろうが。

「思い出の品が出てきたんだ?」

ザックスの性格上そんなに物になんて執着しそうにないのに、そう思ったクラウドはそんなことを口にしてみる。一体どんなものが思い出の品なのだか、クラウドにはあまり想像ができない。

するとザックスはそんなクラウドの心中を察したかのように笑顔になると、これでも思いでの品は捨てられない方なんだぜ、なんて言い出した。

「例えばコレ。コレ、さっき見つけたんだ」

クラウドの隣に座っていたザックスはそう言って立ち上がると、机の上に放ってあったあるものを手にして、またクラウドの隣に腰を下ろした。

ザックスの手にあったものは、黒い手帳と、数枚の写真である。そのどれもが汚れて黄ばんでいたし、ソレ相応の古い臭いを発している。

「一体いつの?結構古そう…」

「ああ。もう結構前だな。5年は前じゃないかな」

この手帳は神羅から貰ったものなんだ、そう言ったザックスは、どういった理由でどういう経緯でそれを貰ったのかを一通り説明すると、最後に、

「でも一回も書き込んでないまま終わったけど」

とサックリ言ってのけた。

「俺らみたいな仕事だと頭に叩き込んだ方が早いだろ。あんま意味ねえよな、手帳なんて。もっと気の利いたモンくれりゃ良いのに…食いものとか」

「く、食い物…って、気が利いたもんなんだ…」

まあ消化すれば跡形もないんだから、こうして物として残るものよりかは簡単かもしれない。

クラウドはその手帳を止める紐をパチンと取ると、勝手にその中を覗いたりする。ザックスは勿論隣にいたが、そんなクラウドの行動に文句など言わなかった。ただ、それを見てパラパラとページを捲る度に何だかんだとコメントをつけてくるのでハッキリ言ってクラウドはそのコメントを聞いて返事をする方が大変だったのは言うまでもない。

結局その手帳には本当に何も書いてなかったわけだから、それを見ても何らザックスの思い出の品という感じがしなかった。どちらかというとその品が思い出というより、その品を見てとうとうと漏らすザックスのコメントの方が思い出といった感じである。

しかしそのコメントがあったとしてもクラウドにはその手帳が、それほど大切なものになど見えなかった。

「ふうん…でも取ってあったって事は大切なものなんでしょう?」

「いや、別に」

「―――――は?」

何だそりゃ?…思わずクラウドは心の中でそうツッコむ。

だってさっき「例えばコレ」なんて言っていたじゃないか、と思う。

そう思ってクラウドが「は?」という顔のまま首を傾げると、ザックスは手帳と一緒に机の上から持ってきた数枚の写真とメモ切れをクラウドの前に翳した。

「その手帳はオプションで、こいつらの方が思い出さ。こいつらが入ってたから、まあその手帳も思い出って感じだけど」

「写真…?」

渡された写真の束。そこには六枚の写真。

どれも何だか古めかしくて、何だか時代を感じさせる。とはいえそれは、もっとキチンと管理しておけばそれほど汚くはならなかっただろうとは思うが、そうして杜撰に近い管理しかしなかったのにも関わらず残されているということ自体が、何だか暖かい気がした。

一枚づつ捲ってみる。

数枚は笑顔のザックスが映っていて、数枚は何だか緊張したような真面目な顔のザックスが映っていた。しかしそのどれもが今のザックスとは少し違っていて、若々しいといえばそれまでだが、もっと違う意味でクラウドは何か違和感を覚える。

その違和感が何なのか、それは直ぐには分からない。

「なあ、コレなんかどう思う?入社した時の証明写真なんだぜ」

「え、そうなんだ」

指し示されたその一枚の写真は、確かに何だか妙な表情をしていた。ザックスといえば何だか笑顔が似合う感じがするのに、それは真面目な顔で更にいえば少し緊張気味で、どこか困っているような顔にも見える。入社した頃だから随分前の事なんだろうと思いながら、クラウドはその頃のザックスについてを想像してみた。勿論クラウドはその頃のザックスなんて知る由もないのだからそれは本当に想像でしかない。

何となく、今と一緒で快活そうな少年だったんだろうなあ…そんなふうに思う。

「これはガキの頃な。まだ故郷…ゴンガガにいた頃で、まあソルジャーになろうなんて思ってもみなかった頃だ」

「へえ」

また別の写真を見てそう言ったザックスに、クラウドは思わずそれを凝視した。その写真のザックスは確かにまだ幼くて、多分歳でいえば10歳やそこらくらいだろうという感じである。

幼いザックスは、友達だろうと思われる少年と肩を組みガツンと笑っていた。頬にはかすり傷がついているが、それは多分遊びでついた傷だろう。その傷の存在だけで、ザックスの性格が窺える。

「あ、コレ!」

クラウドはある写真を見て声を上げた。

 

 

 

back next