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眩暈でもしそうだ。 俺はそう感じてた。 その上怒りがまた沸々と湧き上がるみたいになってどうしようもない。 目前のクラウドはいかにも囚われた人間みたいに縮こまってて、俺はそんなクラウドをすぐにどうにでも出来る状況だった。きっと、怒りにまかせてクラウドに酷い仕打ちをすることなんか簡単だったんだろう。 でも、そうはできなかった。 クラウドは未だに俺に向かって軽薄な「好き」を言って、それを取り返そうとしてる。以前、俺がその軽薄に耐えてた時のその状況を取り戻そうって。それは俺にとってあり得ないほどのことだし許せないほどのことだし、それだから俺は怒りを募らせてたんだ。それは今だって変わりない。 だけど今の俺は、それに対して怒りだけじゃなくて、もう一つ不思議な気持ちを抱えてた。本当だったら「またそんな軽薄な言葉なんかかけるのか」って怒るだけで済むはずなのに、それでもおかしな気持ちが膨らんだんだ。 それは、同情みたいなモノ。 だってクラウドの奴は、俺にあんな仕打ちを受けておきながらまだ気づいてないんだ。俺がどうして怒ってたのかってことや、その怒りが"未だに続いてる"ってことに。その上それを回復できると思ってる。いや、それだけじゃない。暗に「どうして怒っていたのか」と俺に向かって聞けるくらいに無頓着なんだ、コイツは。 「好き」のバロメーターは、軽薄の最たるモンだ。 「…お前さ」 俺はクラウドを見て、なるべく感情を抑えながらそう切り出す。別にクラウドを傷つけないようにって配慮したわけじゃない。そうじゃなくてこれは、クラウドに油断を与える為の用意周到。 「俺のこと好きだって言うけど、もっと好きな奴がいるんだろ。そういうのって、ルール違反じゃないのかよ?」 「もっと好きな奴、って…」 「とぼけんな。いるだろ、あの人が」 「……」 窓が開いているのか、カーテンの向こうからはすうっと冷たい風が流れてきてた。それが僅か顔に当たって、何となくこの部屋を包んでいくような気がする。どんどん冷たく。それから俺の心の中もどんどん冷たくするみたいに。 クラウドは俺の問いには答えなくて、その代わりにどうでも良いような事を言ってくる。自らセフィロスって名前を出して、セフィロスのことは勿論大事だよ、だなんて言う。そんなの俺の知ったこっちゃない。別に俺はそんなことを聞きたいわけじゃないんだ。 そうじゃなくて、要するにセフィロスが一番好きなんだ、って言葉を俺は聞きたいだけなんだ。そうじゃなきゃクラウドには分からないんだろう、俺を好きだって言葉がいかに馬鹿な言葉かって事が。 「じゃあ聞くけど」 俺はそう切り出して、肝心なことを言った。 本当に肝心なことを。 「一体お前の中では、誰が一番好きなんだよ?」 その言葉の後、窓から風がすうっと流れ込んだ。一等強い風が。その風は俺の髪を揺らし、クラウドの髪も揺らした。その揺らめきを視界に入れながら俺はクラウドを見てて、クラウドもまたそれと同じように俺を見てる。 その空間にあったのはただそれだけで、クラウドの回答はいつまで経っても聞こえてこなかった。 暇つぶしのデート。 俺は久々にあの女に会った。多分三ヶ月振りくらいだろう。 三ヶ月前、俺は怒りにまかせて女の顔面にコップを投げつけた。それは当然その女にとってはサイアクの事態で、普通だったら俺はそれを非難される立場だった。だけどその女は俺を非難するなんて事はなくて、それどころか俺を呼び出したんだ。その時点で俺は笑いを堪え切れなくなったけど、敢えてその誘いを断ることはしなかった。 聞きたかったんだ、どんな事を言うのか。 見たかったんだ、どんな顔をするのか。 そういう好奇心で果たされたその再会は、俺が思った通り奇妙な展開になった。 女は、あのサイアクの事態が起こったのと同じ場所に俺を連れ出して、いつかの模倣みたいに一枚の写真を差し出してきた。それはどっかの男の写真で、俺の全く知らない奴。平坦な顔した、だけどいかにも温和そうな顔の奴だ。 女はその写真を差し出した後、俺の顔色を見ながら奇妙な声音でこんなことを言った。 「ねえ、ザックス。私ね、この男にフラれちゃったの」 「…へえ」 だから何だよ? 正直そう思ったけど、俺は敢えてそんな言葉だけで留めて置く。 そうすると、女は「酷いでしょ」と愚痴を振りまいてきた。 「こんな平坦な顔した男にフラれたなんてもうサイアク。ね、ザックス。それで私やっと気づいたの。やっぱり私、ザックスが好きなんだって」 「は?」 「あの時はごめんねえ。ねえねえ、もう怒ってないでしょ?あの時は私もちょっと浮気心が出ちゃっただけ。本当はいっつもザックスが好きだったの。だからザックス、前みたいに戻ろうよ」 「……」 俺は眩暈がしそうだった。 そうだ…こういう感覚、ちょっと前にもあった。確かクラウドが、この女と同じように「元に戻りたい」って言った時だったと思う。その時も俺は、クラウドのアンバランスな言葉に眩暈がしそうだったんだ。 俺は、怒りというより絶望に近いモンを感じた。 一体何だってそうなんだよ。クラウドも、この女も。 前みたいに戻りたい、いつだってそう言う。いつだってそう願う。だけどそれがどれほどの事なのかちっとも分かってない。分かってないからそんな無責任な言葉が吐けるんだ。 前に戻りたい。その言葉の「前」って何だ? それはつまり、二番目に好きなザックス、若しくは三番目に好きなザックス、若しくは四番目に好きなザックス…――――もう何番目だって良いけど、とにかく数番目に好きなザックスに戻ってくれって事じゃないかよ。 それは俺からすればこういう事だ。 "もう一度「好き」のバロメーターで計らせて" 沢山居る「好き」の対象の中の一つに戻れって…つまりはそういう事だ。「好きじゃない」でもなく、かといって「一番好き」でもなく、ただただ「沢山いる好き」の中に。 「―――――――もう消えてくれ」 俺の怒りは、いつしか絶望に限りなく近い疲れに変わってた。 もう二度と取れないような、そんなモンに。 やっぱり好きだって、女が言う。 俺が好きだって、クラウドが言う。 お前が居てくれて良かったって、上司連中が言う。 俺にはそのどれもが同じ色をした嘘にしか思えなくて、いつでもそれは俺を不幸にする気がした。好きって言葉が、俺を不幸にする気がしていたんだ。 だから俺には分からない。 好きって事が、好きだって口にする事が、一体どれほどの意味があるのか良く分からない。 勿論俺にも好きなものはあるけど、誰かに面と向かって「好きだ」と言うことほど軽薄なことはないって気がする。そりゃ勿論、それを言う相手が一人だったら俺だって理解できる。だけど世の中はそうじゃないし、誰しもがその言葉を簡単に使う。 更なる俺の不幸は、その言葉を受ける事が多いということだった。 俺には分からない。 二番目、若しくは三番目、若しくは四番目…とにかく数番目の「好き」を沢山貰っても、俺は何をしたら良いのかなんて分からない。にっこり笑って簡単に人を傷つける奴らに、俺は一体何をしたら良いのかなんて。 奴らが何を求めてるのかも、当然、分からなかった。 例の女ときっぱりと別れた後、俺はクラウドとの決着をつけなきゃならなくなった。 決着って言葉は何だか違う気もするけど、言ってみりゃそんなモンなんだろうって思う。クラウドとはこの前以来マトモに話をしてなくて、結局話が途切れたままって状況だ。クラウドは俺の言葉に答えを出さないままだったから。 でも、クラウドは自分の方から俺にそれを吹っかけてきた。 もしこのまま平穏無事に過ごしていけば、あんな話なんて風化しちまうだろうってのに、それでもクラウドは自分からあの話の続きをしてきたんだ。 ザックス、話したいことがあるんだ、って。 そう言って、前みたいに俺の部屋に移動して、前みたいに床に体育座りをして、前みたいな表情をして。 その日もやっぱり窓が開いていて、そこからは涼しい風が吹き込んでた。 俺はクラウドを招きいれてから、あの時と同じように椅子に腰をかけて、じっとクラウドを見てる。一体今日はどんな事を言うんだろうって事を考えながら、その小難しいような表情を見て、顔の脇では窓からの風を感じてた。 そうする中で響いてきたのは、あの日の続き…というよりも、答えだったんだろう。俺が最後に言った「一体誰が一番好きなんだ?」って言葉への答えを、クラウドは出しに来たんだ。だけどそれは、俺にとってはほぼどうでも良いような答えだったんだと思う。俺は確かにクラウドの口からセフィロスが一番だって言葉を聴きたいと思ってたけど、でも俺はもう既にそれを知ってたし、それを一番聞きたかったのは正にあの時だったんだ。今の俺はあの時と全く一緒の怒りなんて持ってなかったし、むしろあるのは絶望に似た疲れだけだった。俺はそのときもその疲れを抱えていて、心のどこかではクラウドがその疲れを増大させるんじゃないかって事を考えてたんだ。 そういう俺の前で、クラウドは呟くように口を開く。 「俺、決めたんだ」 「決めた?」 俺はその聞きなれない言葉に、だけどいつかの女の言葉と同じ印象を重ねる。それから俺は、やっぱり軽い眩暈でも起きそうな予感を覚えた。 「うん、俺、決めたんだよ。この前俺はザックスの言葉に答えられなかったけど、でも…あれから考えて…決めた。――――――俺は、ザックスが一番好きだよ」 「…え?」 俺を襲ったのは、軽い眩暈と、それから不審だった。 今の言葉は何だったんだろうか、まさか俺の聞き間違いか? 間違いじゃなけりゃ、クラウドは言ったはずだ。俺の事が一番好きだ、って。 だけどそれは俺の中ではありえない言葉だったし、俺はその言葉を受けるべき人間でもなかった。それは別段俺が駄目な人間だからとかそういう理由じゃなくて、俺は、クラウドがセフィロスを好きでいることを知ってるからだ。 それなのにクラウドは、正に"軽薄に"そんな事を言う。 「…何だよそりゃ。セフィロスの事はどうしたんだよ」 「セフィロスの事は…勿論、大事だよ」 「へえ。じゃあ何か?俺には二番煎じみたいになれって事かよ」 意地悪くそう言ってみると、クラウドは少しだけ悲しそうな顔をした。だけど俺は当然フォローなんか入れやしない。ただじっと、クラウドがどう出るのかを息を潜めながら待ってるって感じだ。 セフィロスの奴がいながら、俺に向かって「好き」を言う。 その上今日は「一番」という言葉までおまけで付いてきてる。 ―――――――――――絶望に似た、果てしない疲れ。 俺はそれを感じながらクラウドの言葉を待つ。少し悲しそうな顔をしたクラウドの、その口からどんな言葉が現れるのかを。 それはやがて、俺に一つの大きな疑問を投げかけた。 「セフィロスとは、サヨナラしたんだ」 「――――え…」 「…うん、そう。そうなんだ。俺はセフィロスとはもう、一緒にいないって決めたんだ」 俺の頭は空白になる。まるで大きな光に目が眩んだみたいに空白になる。 さっきクラウドは「決めた」って言ったけど、それはもしかするとセフィロスとの別れを決めた、って事なんだろうか。俺には良く分からない、何でクラウドがそんな決意をしたのか。勿論さっきクラウドが、俺の事を一番好きだって言ったことは覚えてるし、それが本当だとしたらセフィロスとの別れは別におかしいこととはいえない。むしろ俺の中では正しいことだ。 だけど―――――だからってそんな簡単に別れられるモンか? あまりに軽薄だ。あんまりに。 あの女が言った浮気心って言葉と同じくらい、そんなのは軽薄だ。 「お前はもう、セフィロスの事が好きじゃないのか?」 俺が慎重にそう聞くと、クラウドは首を横に振った。つまり、今でも好きだってことだ。そのリアクションを見て俺は、ああ、やっぱり、って気分になる。だけどクラウドはすぐに言葉を継ぎ足した。まるでそのリアクションの説明とでも言うように。 「俺は多分、セフィロスの事もザックスの事も好きなんだ。それっておかしいかもしれないけど…本当だと思う。でもね、ザックス。ザックスはこの前言ったでしょ、誰が一番好きなのか、って」 「ああ」 「俺はザックスに信じて欲しかったんだ、俺がザックスを好きだって事。でもザックスに聞かれたことは"誰が一番好きなのか"って事だった。だから俺…ザックスだけを選ばなきゃいけないって思ったんだ。信じてもらうには、そうするしかないって」 「……」 俺の耳には、信じられないような言葉が流れ込んでた。 今しがたクラウドが言った言葉が、頭ん中をぐるぐる旋回してる。 ――――――――俺はまるで、悪者だ。 いや、本当にそうなのかもしれない。少なくともクラウドにとっては俺は悪者に違いないんだ。だってクラウドはただ「信じて欲しい」ってだけでセフィロスの奴と別れることを決意したわけだ。そりゃつまり、俺が信じないからそういう行動に出たってことだろう。 だけど俺には分からない。 クラウドは未だにセフィロスの事も好きなわけで、それを考えたら、いくら俺に信じて欲しいからって言ったって別れるなんて馬鹿な話だろう。それに、俺は「誰が一番好きなのか」って聞いたんだ。それに対する答えとしては、大掛かりだけど的を外してる。別に俺は、俺を選べなんてことは一言も言ってないんだから。 だけど――――的を外してるけど、それでもその決意って奴には驚いた。 「好き」って何だ? そこまでして「好き」だって叫ぶ意味なんてあんのか? 好きと言われれば言われるほど不幸に思ってた俺には良く分からない。二番目に好きな、三番目に好きな、四番目に好きな、そんな"ザックス"には、それがよく分からないんだ。 だけどクラウドは、悲しそうな顔を解いて少しだけ笑うと、 「俺はザックスが"一番好き"だよ」 そう言った。 俺には、返す言葉が見つからなかった。 電話に着信がある。あの女だ。 留守電には"ザックスが一番好きなの"って言葉が入ってた。 俺はその言葉を聴いて、それからクラウドの言った「一番好き」という言葉を思い出して、それが何だか酷く重苦しいもののように感じられた。 一番?――――どうやら俺は"一番好き"で居て貰えてるらしい。 だけどふと、おかしな事に気づく。 もし俺を一番好きだというなら、そこには二番目に好きな、三番目に好きな、四番目に好きな、そんな奴らがいるってことだろう。それは誰とも知れない奴らで、俺が数番目から一番目にのし上がったみたいにいつかは一番になるかもしれない奴らだ。 それに気づいた時、俺はようやく自分がどうすれば良いのかに気づいた。 一番も、二番も、三番も、四番も、五番も、変わりゃしない。 「好き」のバロメーターはいつだって移動性だ。 じゃあどうしたら動かないのか? 俺は、軽薄なバロメーターをブチ壊すために、動かないものを用意しなきゃならない。 一緒に過ごそうって言われて、俺はある一夜をクラウドと一緒に過ごした。 相変わらずの俺の部屋はやっぱり窓が少し開いてて、そこから入り込む風が頬を撫でる。 クラウドは、今日は床には座らなかった。というのも俺が椅子に座るように言ったからだ。俺はクラウドの横に突っ立ってて、クラウドはそれを気にしてるみたいだったけど俺は一向に構わなかった。話をするのに座らなきゃならないなんてこともない。 そうして暫く他愛も無い話をした後、俺はクラウドの手を引いてベットに潜り込んだ。クラウドはそれに拒否なんてしなくて、あの最悪の日にはトラウマなんてないって具合に俺にしがみ付いてくる。だから俺は、あの日とは全く違うセックスをした。あの乱雑で強姦と同じみたいなセックスはせずに、普通に愛撫をして時間をかけてクラウドを抱いた。そうする間クラウドは俺に何度か「一番好き」という言葉を囁いてきて、俺はそれに逐一「ああ」と返したもんだ。だけど心中では、その言葉があまりにも重過ぎて、やっぱり眩暈でも起きそうな気がしてた。そして、俺の目には見えない二番目や三番目や四番目達に警戒もしてた。やっぱり「好き」は、俺を不幸にするらしい。 「幸せだね、ザックス」 セックスが終わってベットで寝そべっていた時、クラウドは俺にそう言った。 枕を抱きしめるみたいにして、俺の方を向いて。 「幸せ?何が?」 「何が、って…ザックスは幸せだと思わないの?俺は一番好きな人といられるだけで幸せだなあって思うのに」 少し不満そうにそう言ったクラウドに、俺は素直に謝った。そうだよな、ごめん、って。 だけど本当は、幸せって言葉自体が俺には理解不能だったんだ。だってそうだろう、俺にとって「好き」って言葉はいつだって不幸の象徴みたいなもんだった。もし「好きな人と一緒にいられることが幸せ」だって言うなら、俺にとってはそれも不幸と同じことだ。 俺にとっての幸せは―――――…。 「…なあ」 俺はふと、クラウドにそう声をかける。 クラウドは何の気もなしに、何?、と返す。 それはいかにも何気なくて、本当に幸せそうなそんな調子だった。 だけど俺は。 「――――――俺が幸せだったら、自分も幸せだって思うか?」 好きな相手の幸せは、同時に自分の幸せでもある。 そんな言葉を良く聞くけど、俺にはやっぱりよく分からない。何しろ俺は、今しがたクラウドの言った「幸せ」すら共有できなかったんだから。 だけどクラウドは、どうやら俺とは違うみたいだった。クラウドはにっこりと笑って、本当に何も疑いなんかせずに、俺に向かって深く頷く。 「うん、そう思うよ。ザックスが幸せだったら、俺は幸せだって思う」 「…そっか」 俺はそう頷いて、クラウドに向かってそっと手を差し出す。その手はクラウドの手によって囚われて、最後には手を繋ぎ合ってるみたいな形になった。それはまるで二人が繋がっているみたいに見えて、普通に考えたら幸せの象徴みたいな感じで。 俺は暫くその手を解かなかった。 クラウドもそれを解こうとはしなかった。 幸せの充電をするみたいに二つの手はぎゅっと握り合ってる。嘘くさいほど幸せに見える握られた手。 ――――――――…でも、俺は。 俺は、その手を突然解いた。 俺の目にはちょっと意外そうなクラウドの表情がある。 俺はその表情から一秒足りとも目を離さず、俺の幸せについてを口にした。 そう、俺にとっての幸せを。 「俺は―――――――…お前が、嫌いだ」 誰かの「好き」は、俺を不幸にする。 俺の「幸せ」は、誰かを不幸にする。 誰かにとってはとても大切な"一番好き"も、俺にとっては流動的で軽薄な言葉にしか聞こえない。そんな俺の考えは、誰かにとって軽蔑に値するものでしかない。 誰かにとっては普通の「好きのバロメーター」は、俺にとっては不幸の象徴だった。 一番好きな、二番目に好きな、三番目に好きな、四番目に好きな……ずっと尽きない好きのバロメーター。俺には無いバロメーター。 それは俺を不幸にするから、俺が幸せになるにはそのバロメーターから抜けなきゃいけない。それに計られることなく、そこからいなくならなけりゃ。そして俺は、動かないものを選ばなきゃならなくなる。 指を絡め、髪にキスをしながら、俺は幸福のための言葉を吐く。 嫌いだ、って言葉を。 遠くない未来、暇つぶしのデートと呼ばれることになるだろう空間で。 END |