CECIL

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その日、ザックスが持ちかけられた話は確かに良い物だった。

ソルジャークラス1stになれば、その上の地位というのは無い。セフィロスのようなのは特殊で、英雄というのはそういった神羅の付けた肩書きとは別の場所で生まれたものである。

そういうものになれるならば、なってみたいと勿論思う。

けれどその機会も無いし、それ自体が大切かというとそれもどうも違うような気がしていた。それは自分が評価するものではなく、第三者が評価するべきことでしかない。

神羅正規の地位であれば別だが―――――。

そう思っていた、それは矢先の出来事だった。

 

 

 

ザックスは持ちかけられた言葉にどうしようかと悩んでいた。

その話というのは、ザックスも心の奥底のどこかでは望んでいたもので、神羅が定める、正に正規ルートの話だった。

クラス1stというのは極端に人口が少ない。ソルジャーになること自体確かに難しいが、なったとしてもまたその中で振り分けがある。それが、ソルジャークラスである。

ザックスは1stという位置にいたが、その中でもやはり力の差というものは存在していた。例えばセフィロスは神羅の定めるところではソルジャークラス1stであるが、他の人間とは桁違いの力を有している。それは正に証明のようなものだった。

そんな折、治安維持部門が提案した新システム。

それに、ザックスは誘われていた。

その新システムとは、1stの中にまた篩いをかけ、そうして位置づけをはっきりさせるというものだった。そもそも何故そういう提案が起こったかといえば、ある1stクラスのソルジャーが問題を起こしたからだった。普段は優秀なその男は、たまたま犯したミスを大きく取り上げられ、その身分を剥奪された。

そのくらい、1stクラスソルジャーには絶対的な信頼がおかれていたわけである。人間だったら誰しもミスをするなどという言葉は、存在しなかったのだ。

それはともかくとして、その提案システムは、ソルジャー内の絶対関係を築き、ある種の主従関係を確立し、それに見合った責任を持たせるという内容である。

その提案には、あらかじめ絶対的に決められていることがあった。

それは、トップをセフィロスとすること。

その時点で危険だろうと、セフィロスの性格を知るザックスは思っていた。しかしそれは幹部の提案だし、口出しはできない。何せそれが絶対事項なのだから。

そしてザックスはといえば、セフィロスの丁度真下にあたる位置に誘われていた。これはテストのような篩いがあったわけではなく、普段のミッションや今までの総合的な成績を踏まえた上でされた勧誘である。

セフィロスの真下というからには、ある意味では秘書とか参謀だとかそういうのに近い。

はっきりいえば、それは上手い話だった。

神羅が自らその肩書きをくれるというのだから、これは公式なものである。

折角だからとか、やったな、だとか…そういった言葉の数々がザックスにかけられたが、それでも彼は迷っていた。二つ返事をすれば、それはそれでそういった立場になり責任を持つこととなる。自信がないわけではないし、恐いわけでもない。

けれど――――――……気になっていることがある。

それは、例の男の処置だった。

男は地位を剥奪され、1stから降格した。つまり、2ndである。この差は実のところ大きいもので、許容されるものの大きさも待遇もガラリと変わる。しかし彼はザックスが知る限りでは真面目な男だったのだ。一部のソルジャーが持つ変なプライドも無ければ、態度も至って真面目、上司のいうことには嫌な顔一つ見せない。

そういう男がそうしてたった一つのことだけで処分される。そういう態度の神羅が、自分にそんな大層な地位を与えようというのだ。

それが何だか、しっくり来なかった。そういう目先しか見ずに大層な処置をする神羅がくれる地位というのが、自分の望むものと同等のものなのかが良く分からなかったのである。

あるミッションの時にセフィロスにそれとなくその話を持ち出してみたが、セフィロスは別にどうでも良いじゃないか、と無責任な言葉を吐いていた。

これが上司なんだからな、そう心の中で毒づく。

とにかくその返事に関する期日は迫っていた。

 

 

 

「こんにちはー…」

休憩所でスポーツ飲料などを飲んでいたザックスは、ふと響いた声に振り返った。どうも聞いたことのある声だな、そう思ったがそれはズバリ当っていたらしい。

「クラウド?どうしたんだ、お前」

動かした視線の先にいたのは、正にクラウドだった。しかしこの休憩所には一般兵は入れないはずである。と言うことは、つまり…。

「また勝手に入ってきたな」

仕方無さそうにそう笑ったザックスに、クラウドは「ごめん」と形式上の謝りを入れて笑った。実際こんなことは日常茶飯事で、今更何だかんだと文句を言う部分ではないのだ。クラウド自身はそういう、細かい“違反”をこうしてちょくちょくしていたし、ザックスもそれを咎めたくなどなかった。

そもそも公共の場なのだから分ける方がオカシイじゃないか、とさえ思っていたから。

ザックスの座っているテーブルまでやってきたクラウドは、少しだけ周囲を見て、素早くザックスの隣に腰を下ろす。周囲には数人のソルジャーの姿があったが、昼寝している人間だとかばかりで、特に目を 気にするほどでもない。

「ザックス、聞いたよ」

やっと至近距離まできたクラウドは、ザックスに詰め寄ると嬉々としてそんなことを言い出した。

「聞いた?って何を?」

「昇格か何かの話だよ。それ聞いて、つい此処まで来ちゃったよ、俺」

「…早いな、話回るの」

まさかクラウドまでが知っているとは思わなくて、ザックスは本当に驚いた。これは幹部から直々にきた勧誘であって、はっきりいれば秘密の話である。それがソルジャー連中ならまだしも一般兵のクラウドにまで及んでいるとは……噂というのはどうも回りが早い。

「しかもセフィロスと同じくらいなんだって聞いたけど、凄いね!」

いつもだったら、そんなふうに言われたら素直に喜べるのに、何故かやはりザックスは曖昧にしか笑えなかった。何しろまだ決めかねている。

クラウドが喜んでくれるのは嬉しいけれど―――――でも。

取り合えずそこは置いておいて、ザックスはクラウドの言った言葉の間違いを修正した。

「残念ながらな、セフィロスと同じじゃないんだ。あの人の、すぐ下。セフィロスは司令塔で、俺がその伝達係みたいなもんかな」

「そっか。でも、やっぱり凄いよ、ザックス」

「そうかなあ…」

何だか複雑である。

しかし目前のクラウドが人事ながらやけに喜んでくれるのはやはり嬉しい。クラウドとしては本当にそれが凄いことだと思っていたし、実際それはクラウドやその他のソルジャーから見ても凄い話ではあった。

「俺、何だか鼻が高いな」

そんなことを無邪気に言うクラウドに、ザックスは珍しく苦笑いをした。

「馬鹿、まだ決まってないんだぜ?」

「でももう決定みたいなもんでしょう?」

ああ、まあ…そんなふうに言葉を濁しながら、ザックスは視線をクラウドから外した。何だかそんな態度を取ってしまうのも辛いが、その話をするとどうしても考え込んでしまう。

仕方無い。

それに気付いたのか、クラウドの方は不思議そうに首を傾げた。

「ザックス?…何か落ち込んでたりする?」

「いや」

「…そう?…なら良いけど」

何だか府に落ちない顔をしながらも、クラウドは取り合えず納得をした。けれど、確かにそのザックスの態度は、クラウドでなくともオカシイと思わせるものがあった。それは多分、普段とのギャップから来るものだろう。

ザックスは何か悩み事などがあっても、滅多に人に相談などはしたりしなかった。そもそも悩みがあるだなんて思わせないだけの振る舞いをしていたから、そんなことなど誰も知りはしないだろう。…クラウドでさえ知らないかもしれない。

「じゃあ俺、もう帰るよ。もうすぐ午後、始まるし」

「ああ。頑張れよ」

OK」

そう言ってクラウドはすっぱりと席を立つと、誰も見ていないというのにまた周囲を確認してから立ち去った。

何だか結局一方的にクラウドが話しにきただけのような状態だったが、ザックスにとってはまた一つ考え事が増えた時間であった。あのクラウドの嬉しそうな顔が何だか焼きついてしまったから。

「鼻が高い、か…」

別に誰に公表するでもないのに、そんなことをクラウドは言っていた。ザックスとクラウドの関係を知っている人間がいるならまだ話も分かるというものだが、今のところそういう存在もいない。要は、心の中でのちょっとした自慢みたいなものだろうか。

それにしたって期待されていることには変わり無い。

神羅の期待と、クラウドの期待。それから、事実。

どれをも満たすものがあれば良いのに――――――それは無理だった。

 

そう溜息などをザックスがついたとき、クラウドに続く新たな訪問者がやってきた。それは単に休憩室を利用しようとやってきただけの人物だったが、ザックスの眼にはそう簡単なものには映らなかった。

だってそれは、例の男だったから。

処分を受けた、今はソルジャークラス2ndの男。その男が、何故か大きなデイパックを肩に背負いながら休憩室にやってきたのである。

男は荷物を椅子にドスン、と置くと、それから自販機でコーヒーなどを購入してから席についた。熱いコーヒーをふうふうとしながら、それをゆっくり流し込む。

それをじっと見ていたザックスだったが、男が一口を呑み終る頃になると、予告もなしにそろそろと近付いていった。

それから、よう、と声をかけてみる。男は少し驚いたような顔をしたが、ザックスの顔を確認すると休息に優しい顔になった。

「ああ、ザックスじゃないか」

「おお。久し振り」

何でもないふうにそう言うと、それからザックスはチラ、とデイパックを見遣ってなるべく声の調子を変えずにこう言う。

「何だよ。どうした、そんな大荷物なんか持っちゃってさ」

明るく笑いながらそう言うザックスに、男は少し悲しそうに笑う。それから落ち着いてコーヒーを一口飲むと、一回息を吐き出してから笑った。

「俺、実家に帰るんだ」

「…え?」

聞こえてきた言葉は、予想外というわけでもなかった。一度神羅に入れば、そうそうそんな大荷物を抱えることなどないし、そういう特殊な時期があったとしても、今ではまるで時期外れだ。

もしかしてとは思ったが、どうやら当っているらしい。

「実家が昔から店、やってるんだ。それを継ごうと思ってる」

そう話す男の顔は、何だか切ない。そんな事より先に言うべき言葉があるんじゃないかと思うが、それこそ言えないことなのだろう。その言えないことがそういう顔をさせるのだろうから。

「何でだ…って、聞いても良いのかな、こういうの」

抑えた声でそう聞くと、いいさ、との返答が返った。もう既にそういう心の準備は整っているといわんばかりの声音である。それはそれで本人にとっては一番良い事態かもしれないが、聞いているザックスの方が辛くなってしまう。

それから男は、少しづつ理由を話してくれた。

「傷っていうのはさ、消えないらしいんだ。俺、1stでそれなりに頑張ってたつもりだけどさ、それがミスして降格して…じゃあ2ndでって言われてもな、何か駄目なんだ」

「駄目って…」

「結局、1stで付けた傷は一番大きいってわけさ。2ndでミスしたとしても昇格できないわけじゃない。けど、俺はもう1stには戻れないし、2ndにいたって烙印を押されたままって事さ。…上がな、無いんだ、もう」

「何だよ、それ…」

じゃあ逃げるのか、そう怒鳴りたくなったがそれもできなかった。何故なら、男は言葉を続けたからだ。

「結局何が欲しかったのか、今では良く分からなくてさ。1stの頃はそれがトップで、此処で頑張ろうって思えたけど…降格して先が無いって思ったときに何か考えたのさ。…俺は結局、神羅で何が欲しかったんだろうって事を…。多分それは、神羅のソルジャークラス1stって肩書きで、昇格していくこと自体が満足だったんだよな」

「……」

出掛かった言葉を飲み込んで、ザックスは黙り込む。それは何だか、今の自分を思い起こさせて辛い気分になる。明るく「そんなこと無い」といえるような状況でもない。

男は、悟ったのだ。この組織の、このシステムの中にある、ある種の優越というプライドが透明だという事に。今やその組織は世界を牛耳り、そのシステムはステータスでもある。そう言えば誰しもが「ああ」と頷くほど有名で、1stであればそれは更に価値がある。

けれど、その先が無い。

ザックスが思っていたのと同様に、その上は無いわけである。今回提案された新システムは別として、それがいわゆる神羅兵士のゴールなのだ。

今正にその地位にいて、ひどい不満というのはないが、それ以上に何か満足があるかといえばそうでもない気がする。それでもこの地位を狙う人間は後を絶たず、結局そういった希望の多さがクラス1stの価値を上げているのだ。最初にそう仕向けたのは神羅という組織自体である。

名前の株を上げるためには、人の心をコントロールすれば良い。それが希少価値で、それがいかに凄いかを明白にし、そして突きつければそれで済む。それがプライドを生む。

そのプライドは、ミスを許さない。

「だから俺はもう、やめるんだ」

そう言って笑った男を、ザックスはただ見つめていた。

それがまた透明なプライドを助長するのだと分かっていても止めることはできない。そういう事実ができたことで、1stはますますミスの許されない、いわば“プレミア”になっていくのだろう。

そして、それが妙な羨望を――――生んでいくのに。

「ところでザックス。お前、CECILって覚えてる?」

CECIL?」

「そうそう、あの…読まされたろ、神羅入った時さ」

そういえばそんな話もあったような気がする。それは小冊子にまでされて読まされた、とても退屈な物語だったと思う。

内容は確か…。

「あれさ、今はCECILの考えも分かる気がするんだ」

ザックスがその内容をしっかり思い出すその前に、男はそんな言葉を言って笑った。それについては何だか良く分からないまま曖昧な返事を返したザックスだったが、取り合えずこれだけは言わなくちゃな、と口を開く。

「頑張れよな。月並みで悪いけど、さ」

それだけ言うと、ザックスはやっと笑った。

けれどさすがに晴れた笑いはできなかった。

 

 

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