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With it ----------------------------------------
「別れましょう」 「ああ、そうだな」 「これは前向きな別れなの。決して悲しい別れではないのよ」 「ああ…これからはお互いの道を…」 木枯らし吹くひとけの無い公園、二人はお互いの未来の為に、決して後向きではないむしろ前向きな別れを決断する。 ――――――――まあ、良くありがちなネタだろうな。 私はブラウン管の中で繰り広げられる人間ドラマにそんな感想を抱き、特にこれといったリアクションもしなかった。 …が。 「何だよ、そんなのアリかよ!許せない〜!」 「……落ち着け、クラウド」 私の隣では、特にこれといったリアクションを取りまくっているクラウドがいた。 クラウドは余程感動家なのか、こういうドラマにはやたらと熱い。 それは結構な事だが、勢い余ってリモコンを画面に投げ付けようとするのだけは止めて貰いたい。壊れたテレビを新調するのは間違いなく…私だ。 「ヴィンセント!だってこんな展開許せないだろ!ありえない!なーにが前向きな別れだよ、バカじゃないか!?」 クラウドはハッスルしながらそう言うと、許せないとかありえないとかを連発しながらも冷め切った珈琲をズズズと一気に飲み干し、それから、はあ、とため息をついた。それにつられて私も一口を啜る。 それから、私はこう口にした。 「お前は感情移入しすぎだ。これはドラマなんだぞ」 しかしその一言が運のツキであることを、私はすっかり忘れていた。…故に、マシンガントークが説教クラスで飛んでくる。…しくじった。 「ドラマだからって許せることと許せないことがあるだろ!そもそもこんな許せない展開をポーカーフェイスで見てるヴィンセントの方がおかしいんだって!前向きな別れだぜ?前向きだってさ、訳わからないだろ!?なーんで別れるのが前向きなんだよ、喧嘩したわけでも上手くいってないわけでもないのに、そんなのありえないじゃないかよ。別れるくらいなら最初から付き合うなよ、なあ!?こんな訳分かんない展開で最高視聴率狙ったってそうは問屋が卸すかっての!!」 「…ま、まあ落ち着け」 ドラマの世界と現実世界をセットで愚痴るクラウドに、私は少々疲れてきた。まあクラウドの言い分は分からないでもないが、しかしこれはあくまでドラマの中の話だ。どんなに愚痴ろうと展開は決まっていてそれが変わるわけじゃない。 クラウドとしてみればドラマの中の人物が円満に過ごしていればそれで満足なんだろうが、それでは物語は進まないというもの。波あってこそだ。 しかしクラウドときたらそれがやはり気にくわないらしく、今度は私にまで食ってかかってくる始末…非常に困る。 「もう俺寝るから!因みに今日は一人で寝るから隣に入ってくるなよ、ヴィンセント!」 「隣に入るなって…いつもお前の方が勝手に…」 「じゃあオヤスミ!!」 「……」 私の目の前で、ドアは空しく閉ざされた。 一体何だ、今のは? いつも勝手に部屋に入り込みベットまで入り込んでくるのはどこかの誰かさんだろう。いやむしろその前に、この家に勝手に上がりこんでいるのはクラウドの方ではないか。いつからウチで寝泊りするのが普通になっているんだ?? 私はそれらの疑問を持ち、クラウドの方が余程理解に苦しむ言動をしているような気がしたが、それ以上考えるのはやめることにした。もし万が一この疑問をクラウドになどぶつけたら、マシンガントーク の説教クラスが飛んでくることは間違いないからだ。 だから私は、とりあえず今日のところは眠ることにした。 …クラウドとは別の部屋で。念のため。
翌日、クラウドはまた別の連ドラにトグロを巻いていた。 昨日の大人な別れをしていたあのドラマとはまた別に、今度は9時枠の若いやつだ。内容があるのかどうか私にはさっぱり分からない学園恋愛物なのだが、クラウドはこれも熱心に見ていて、やっぱりことあるごとに文句を口にしていた。 しかし今度は(クラウドにとって)理解不能な別れがあるわけではない。 ドラマの中の男女はいかにもラブラブ…である。それなのに今度は一体何が気にくわないというのか。 「なんでそうなるんだよ!!」 「?」 ドラマの中の人物は、学園に通う至って健全な男女である。その男女は運命の糸だか何だかで結ばれている設定になっているらしく、大した手順も踏まずに恋人同士になっていて、その後は二人の運命の糸が切れるとか切れないだとかスペクタクル…かどうかは分からないがそんな展開になっていた。 そこでクラウドが叫んだ理由だが、それはどうやら運命の糸とやらが一旦切れ、そして滞りなく再び元に戻ったことが原因だったようだ。 クラウドは勢い余って机をドンドンと叩くと、前のめりになって歯を食いしばっている。そこまでハッスルする内容だろうか?? 「今の見たかよ、ヴィンセント!?運命の糸は絶対切れないから大丈夫とか何とか言っちゃって…信じたから糸が復活なんてワケ分からないよな!そもそも運命の糸自体ありえないって。そんな他力本願の愛なんてあるはずないだろ!?」 「あ、ああ…まあな」 そんな、物語の設定を最初から覆すようなことを言っても仕方あるまい。何しろこれはドラマなのだから、運命の糸があろうがなかろうが構わない気がする。 しかし私のその楽観的…かもしれない考えとは正反対に、クラウドは運命の糸についてを熱く語りだした。 「そもそも赤い糸があったら恋愛なんてしないじゃん!この人が運命の人ですって言われてすごく嫌いな奴だったらどうするんだよ。そんなの俺は嫌だぜ?奴らはたまたま美男美女だからいいかもしれないけど、誰だって理由あって人に惚れるんだからさ、そこら辺考えて欲しいよな。本当に不愉快だよな、このドラマ!運命の糸で結ばれてるくせに展開遅いしさ」 「…そんなこと言って毎週欠かさず見てるじゃないか」 「だって腹立つだろ!?だから見るんだよ」 「???…そうか?」 クラウドの理屈はさっぱり分からん。 たまたま美男美女って…それは元々美男美女をキャスティグしているのだから当然だ。たまたまじゃなくて計略的なことだ。そもそも最後の、展開遅いしさ、の部分は何なんだ…やはりキス止まりの遅々とした展開では物足りないのだろうか。 私はハッスルするクラウドの隣で、ドラマの続きを見ていた。 まあ私には最初から良く分からないドラマとはいえ、別にクラウドほど腹を立てる箇所は無い。娯楽としてのドラマなのだから特別何かを感じることもないし、しいていえばキャストが棒読みなのが少々難だ、というくらいか。 あれだけ文句を言っていたクラウドは、それでもやはり食い入るようにドラマを見ていた。時折ドンドンと机を叩き歯を食いしばってはいたものの、やはりこのドラマが好きなのだろう。 全く…変な奴だ。
その翌日、クラウドはやはり連ドラを見ていた。 今度は深夜枠でやっているドロドロ展開の恋愛ドラマで、これはかなり大人な内容だ。最早清純な恋人関係ではなく、浮気や不倫の世界…まあそれでもネタ的にはありがちなのだが。 ともかくこのドラマの時もクラウドは矢鱈と文句を口にしていた。 「酷いよ、この男!同じ男としてどうかと思うよな!奥さん利用して愛人に送金とかって許されるのか!?俺は絶対嫌だね」 「何だクラウド。別に浮気しているわけでもないだろう?」 私がラフな気持ちでそう言うと、クラウドは般若の面のような顔をして捲くし立ててきた。 「そんな事するはずないだろ!!俺はこれでも一途なんだよ!!それにこの男みたいに、堂々と浮気しておいてそれを少しも悪いとも思わないなんて俺にはできないって。奥さんに呆れられるとも思ってないし愛人だって離れないって確信してるんだぜ?ひどい話だ」 その酷い物語を毎週欠かさずに見ているのはどこの誰だ? 私はすかさずそう思ったがクラウドは更にハッスルして、ブラウン管の中の許すまじき男に向かって罵声を浴びせていた。 「あああ〜もう!!奥さん、そこで怒らないと!ってか気づかないと!!あっバカ、何でそこでオイシそうな御飯なんか出しちゃうんだよ。駄目だって、あああ!!」 「……」 クラウドはともかくドラマにうるさい。現実世界とごっちゃだ。 まあたまに私がそのとばっちりを受けるというだけでその他には別に問題は無いのだから良いのだが、たまに私はそんなクラウドの様子を見て疑問に思ったりする。いや、疑問は常日頃から沢山あるのだが、つまり私達の関係についての疑問だ。 クラウドはドラマの中の関係にはどうこうと文句を言うくせに、私との関係についてはこれということを言わない。別段お互いに浮気するでもなし、何も問題がないから文句を言うこともないのだろうが、それにしてもドラマとは大違いの静けさといって良い。 「クラウド」 私は、隣でまだハッスルしているクラウドにそう呼びかけた。 「何だよ、ヴィンセント」 ドラマの中の男がここぞとばかりに浮気しているシーンを見てとても不機嫌そうな顔になったクラウドは、画面に釘付けの状態でそう声を返してくる。 この時点で私はドラマに負けているようだ。 「…お前は一人でドラマを見ている時もそうしているのか?」 「え?」 「だから、一人でもそうして色々言っているのか?」 もしそうなら少し危険だが…。 クラウドはその私の言葉にやっと画面から視線を外し、それから私の顔を見た。 「俺、他じゃドラマは見ないよ」 「見ない?では此処でしか見ないということか?」 「そう」 …なんだそれは? どれも連ドラばかりじゃないか、ということは毎週此処で済ましているということか。いや、その前に曜日ごとにドラマはあるのだから毎日此処で済ましているということじゃないか。 そう考えると少しフトドキな奴に思えないでもないが…まあ良いか。 しかし他では見ないということは、ここまで文句やら何やらを言うのは此処だけということだろう。毎日それを聞いているのは私だけだろうから、クラウドの実態など他の人間は知らないということだ。 「お前はドラマを見るために毎日此処にいるのか?」 「うん」 「……」 「でも、ヴィンセントだって俺の隣で毎日見てるだろ、ドラマ?」 それはそうだが…しかしドラマの為に此処にきているとはさすがに痛いような気がする。私は別にドラマを見たいわけではない、ただクラウドが見ているからつられて見てしまうだけなのだ。 私たちがそんな話をしていると、ドラマの中の浮気をされている奥さん…浮気男の妻が、昔を回想しているシーンがブラウン管に映し出された。その部分は回想だからか、妙に純愛だ。元々がドロドロの恋愛ものだからか、そこだけ変に別物のドラマのような感じがする。 それをチラっと見たクラウドが、 「こういうふうになったら良いよな」 などと言った。 私としては浮気男がまたそのような純愛に目覚めるとは思えなかったので、そうだろうか、と返したが、しかしクラウドは「そうだよ」とあくまでそう意見する。 「ヴィンセント、毎週見てるのに忘れてるだろ。この奥さん、結婚しようとか言われたわけじゃないんだぜ。気付いたら一緒になってたんだよ」 「そうだったか?…いや、忘れていた」 どうやらクラウドは文句を言いながらしっかりそのドラマの内容を把握しているらしい。私としては流して見ているようなものだったからそこまで覚えていなかった。 しかし、だからといって浮気男がまた純愛に目覚めるとは思えないのだが…。 私がそう思って首を傾げると、クラウドは突然テレビを消した。 「?」 ドラマを見るために此処にいるとまで言ったクラウドが大切な連ドラを消すなどというのは全く不可解な行為で、私はそれに相当驚いてしまった。何せまだ始まって30分しか経っていない。あと30分でどう展開するか分からないというのに良いのだろうか。 「あのさ、ヴィンセントさ」 「ん?」 「ヴィンセントは、何でいつもお前は此処でドラマ見てるんだ、とか思ってるだろ?」 まあ、そう思わないでもない。というか、普通に寝泊りしているクラウドが不思議だとは思っているが。 だから私が頷いてみせると、クラウドはこう言う。 「俺がドラマ見てなかったら、やっぱり変だって思うだろ?」 「?…ああ」 「だろ?だから俺はドラマ見る為に此処にいるんだよ。だってヴィンセント、俺が此処にいるのは変だって思うんだろ。だったらドラマの為で良いって思うんだ。そうじゃなきゃ、俺が此処にいる理由がなくなっちゃうだろ」 「……」 私は返答に困ってしまった。 別にドラマの為でなくとも拒否をすることはない。無いが、不思議には思う。しかしクラウドは結局、私がそうして疑問に思うことに対して理由をつけているのだ。 だからクラウドは、ドラマを見るために此処にいるわけではないということだ。そうではなく、此処にいることが前提で、ドラマが理由になっているということだ。 しかし…そう考えると私が不思議に思っていた事は、クラウドにとっては痛い事実だったということか。 そう思って私は少し反省する。 此処でキスの一つでもすれば気が利いたのだろうが、どうもそういうふうにはいかないらしい。 「あのさ、ヴィンセント」 クラウドは、再びテレビをつけながら言う。 「こうなったら良いよな」 ブラウン管には、まだ浮気男の妻の純愛回想が流れていた。 なるほど、そういうことか。
珍しくクラウドが此処にいなかった日、私は特に見たいという気持ちもなかったというのに、クラウドの隣で見ていた連ドラをつけていた。 隣にクラウドがいないので、あまりにも静かだ。 喧嘩をしたわけでもなく上手くいっていないわけでもないのに前向きな別れをした二人を、誰もなじったりはしない。 運命の糸で繋がっている他力本願な二人の恋に、罵声を浴びせる声もない。 堂々と浮気をしている男とそれを従順に待ち続ける妻の姿に、身じろぐ姿も無い。 こうして一人で見ていると、ドラマの内容が段々わかってくる。今まで隣でクラウドが何やら騒いでいたから私はそちらが気になってドラマの内容にあまり集中していなかったのだろう。 そうしていると、何だかクラウドの言ったことが分からないでもない気がした。 そしてクラウドの事が、何だか分かったような気がした。
数日してクラウドが再び姿を現したとき、やはりクラウドは連ドラをつけては何やら騒いでいた。私はその隣でドラマを見ながらも、クラウドの言葉に耳を貸す。 「ほら見ろよ!前向きな別れとかいっておいて、やっぱり忘れられないとか言ってるだろ?聞いたか今の、ヴィンセント!だから言ったのにさ!」 「まあな」 確かにクラウドの言った通り、ドラマの中の二人はお互いを懐かしんでいた。 その翌日の学園恋愛物ドラマでは、運命の糸が間違いだったとか何だとかいう内容になっていて、それがまたクラウドの怒りをかっていた。 「ほら、やっぱり運命の糸なんて無いんだって!やつらは何も頑張ってないんだぜ、そんなに許せないもんな!」 「まあな」 確かにクラウドの言った通り、ドラマの中の二人は何も手順を踏んでいないだけに運命の糸とやらが間違いだとなったときにこれというものが残っていなかった。いわば、前振りだけで踊らされていただけという状態だから当然といえば当然か。元々他に気になっていたクラスメイトがやっぱり気になるだとか何とか言い出している…運命の糸とやらは随分と保険の無い身勝手なシロモノかもしれない。 その翌日の浮気男のドラマでは、とうとう浮気男の妻が動き出し、これは珍しくクラウドを意気込ませていた。 「これだよ!俺はこの展開を待ってた!!やっぱり奥さんには頑張ってもらわないとな!だってあの男は許せないもんな!」 「まあな」 確かにクラウドの言った通り、ドラマの中の二人は社会的な問題に巻き込まれる展開になっていて、そこにくると浮気男は随分と弱かった。元々妻のデキの良さで上手い具合にいっていた男だったらしく、当然妻が動き出せば男は弱腰になる。どうやら今まで堂々とできたのは、妻が気付かないと根拠のない確信をしていたからのようだ。 それらのドラマを見て野次を飛ばしたり意気込んだりするクラウドを見て、私は思わず笑ってしまった。勿論クラウドには気付かれぬように。 クラウドはドラマでこそこうして色々とものを言うが、何故か私達の関係についてはこれと言ったことを言わない。この前、突然テレビを消したとき、やっとその欠片が出たくらいのものだ。これだけものを言うならばハッキリと言いそうなものなのに、やはりこの辺は不思議だと思ってしまう。 クラウドは、此処にいたい、とは言ってこない。 好きだとも言わないし、好きだと言って欲しいとも言わない。 私も何も言わないままだから、そういうことは全部なあなあになっている状態で、私はクラウドが私達の関係についてどう考えているのかが良く分からなかった。勿論それはクラウドも同じことだろう。 しかしこうしてドラマに対して何かしらを言うクラウドを見ていると、そういうことなんだろう、と頷けてくる。 私に何も告げない代わりに、ドラマに何かしらを言う事でクラウドは、自然と私に考えを伝えているのも同然なのだ。 想い合っていれば一緒にいることは当然で、別れなどは考えられないという事。運命の糸などというふうに他力本願で繋がることなどなく、あくまで自分が動かねばそんなふうにはならないこと。理由があるから好きになること。それから、あくまで一途であること。 …まあ何となく分かる、クラウド自身がそういう考であることは。 無論それに気付いて欲しいというわけではないだろうが。クラウドの場合、本当にドラマに感情移入しているだけだろう。 だから私は、「まあな」と答えていたところを、今度からは「そうだな」と言ってみようかと思っていた。 私も、ハッキリ口に出さないズルさは、クラウドと同じかもしれない。
今日もまたクラウドは、ドラマに喧々囂々と文句を言っている。 その隣で私もドラマを見ている。 相変わらずうるさいこの家は、それでも静かよりは随分と平和なのだろう。 そしていつかは、そうでなければ不思議だと思うようになるのだろう。
END
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