呼ぶ、君の名をずっと。
 この声が、枯れ果て、搾り出すことも出来なくなるまで……。
 ずっと――。
 
 
 
- Until it reaches your heart. -
 
 
 
 しのつく雨。
 音が耳に優しい囁きを送ってくる。
 ――ここに、早く、ここに……。
 耳を塞いで心を閉じても、その声は記憶の底から囁いてくる。
 ――早く、ここへ……早く。
 求める声は何時だって真摯で、愛しさと切なさを運んでくる。
 逃れるように何度も記憶ごと消そうと思っても、どこかで忘れたくない気持ちがそれを止めて、置きっ放しになってる。
 何時もは聞こえない声。それは、こんな雨の日――そして、静かな夜にやってくる。
「駄目だ……」
 逃れたい、逃れたくない。
 声に身を任せてしまいたい。
 いや、仲間を裏切ることは出来ない。

 ただでさえ、個人的な事情で振り回しているのに。
 セフィロスを追いかける、その本当の理由さえも明かせずに……。

 ――早く……。
 声は段々大きくなってくる。
 心が張り裂けそうに痛む。その痛みと比例する声。
「駄目だ……」
 抵抗は弱まっていき、意思は挫けて溶けていく。
 それが、まるで最初から決められたことのように……。
「駄目なんだ、セフィロス……」
 記憶の声。雨の運ぶ声。夜にだけ聞こえる声。
 夜は静寂を運び、声は大きく脳裏に響く。
 抵抗さえ出来なくなる、麻薬の声。
 きっと、最初から逃れることなんて出来ないんだ。
 だって――。
「俺が会いたいんだから、セフィロスに」
 夜闇に紛れて扉を開ける。
 ヴィンセントとバレットと同室のホテルの部屋。
 音を立てずにそっと。気配すら消して。
 長く横たわるホテルの廊下を、誰にも見咎められないように歩いて、歩いて――外へ。
 大地を叩く雨。その中に飛び出そうとして、腕を掴まれた。
「どこに行くつもりだ?」
 低く潜められた声に振り向く。
「ヴィンセント……起きてたんだ?」
「いや、目が覚めた。今夜は嫌な気配に満ちている。こんな夜は物の怪も多い。外に出るのは危険だ」
 掴む手は温かい。夜闇に晒され続けたクラウドの、一部だけにでも熱が灯る。
 温もりが現実を連れ、クラウドへの囁きが一瞬だけ途切れる。
「でも俺は……」
 無意識が殊更に囁きを求める。同時に、目の前のヴィンセントを否定した。
「俺は行く……」
 手を振り解き、雨の中へ。
「駄目だ、クラウド!」
 もう一度腕を掴まれ、今度は強い力で引かれる。
 バランスを崩した体がヴィンセントの胸に倒れこみ、一瞬の隙を逃さずにマントに包まれた。
 ヴィンセントの匂いを濃く残す、紅のマント。これまで一度として触れたことのなかったマントは、端から見たよりも遥かに柔らかく、温かかった。
 ぱたぱたと雨をはじくマントが響かせる音。
 小さく消えていく囁き。
 ぎゅ、と強く背を――マントごと抱きしめられる。
「行くな、クラウド……」
 頭上から、別の声と漆黒の髪が降ってくる。
「ヴィンセント……」
 冷えた体に惜しげなく与えられる温もり。それはきっと、隠れて見えないヴィンセントの優しさの温度。
「負けるな、クラウド」
 ゆっくりと諭すような響きの声に、クラウドは耳を傾ける。
 もう――脳裏に響く声は聞こえない。
「声が……聞こえるんだ……セフィロスの声が……」
「大丈夫だ……」
「俺に、早く来いって言うんだ……ずっと、ずっと――っ!」
 クラウドを抱く腕の力が、更に強まる。
「大丈夫だ。私が守る。側にいてずっと――お前を……」
「自分でもどうにもならないのに!?」
 泣きそうにゆがんだ顔を、クラウドはマントから抜き出した。
 直ぐ側に見えるヴィンセントの表情。落ちかかる濡れた髪に隠された表情は、クラウドよりも悲痛に、歪んでいた。
「何で、ヴィンセント……」

 何故ヴィンセントが、そんな顔をしなくてはいけないのか?
 苦しいのは、悲しいのは、切ないのは、クラウドの方なのに?

「もう失えない。お前と出会った時に、誓った。絶対に、今度こそ、守ってみせると……」

 前に失ってしまった大切なものの為にも。

「お前を呼ぶセフィロスの声は、私が消す。声が聞こえたら、私を呼び、私に縋れば良い。その権利が、クラウドにある……」
「権利って……」
 しのつく雨。
 濡れる体と体。
 ヴィンセントの髪からしたたり落ちる雫が、クラウドの頬を濡らす。
「私の気持ちの中に、それはある。クラウドは答えるだけで良い。私に、守られるか守られないか……」
 質問への答えはない。
「俺が、セフィロスに会いたいのに?」
「私が代わりになる。私をセフィロスだと思っても構わない……」
「何処も似てないのに?」
「記憶を変換すれば良い。元々、私がセフィロスだったと思い込むんだ……」
 クラウドはそっと手をヴィンセントの頬に伸ばす。
 雨に濡らされた頬は、今は氷のように冷たくて、なのに、言葉通りクラウドを雨から守る盾になってくれている。
「ヴィンセントがセフィロスになったら、なら、ヴィンセントはどこに行くんだ……?」
 ふ、と笑ったヴィンセントの唇が、クラウドの額に落ちる。
「私の存在は、クラウドに必要とされた時に蘇る。私自身の存在、記憶、力、そして細胞の全てまで、クラウドのものだと思ってくれても構わない……」
 壮絶な文句が、降りそそぐ雨のようにクラウドの心を埋めていく。
 逃れたい気持ちよりも更に強い気持ちが、置きっ放しになった記憶を溶かしていく。

 セフィロスの声。
 呼ぶ声。

 誘う声、会いたい気持ちが雨と共に洗い流された後、残された気持ちは一つになった。
 マントから抜け出て雨の中へ。それでも、掴まれた腕だけは振り払わずに。
「ヴィンセント」
 真っ直ぐに見つめてくる青い瞳を、反らさぬ強さで見返して――。
「セフィロスの代わりではなく、ヴィンセントを、好きになっても、良いかな?」
 縋るような色を濃くした声音が、ヴィンセントの表情を緩ませる。
「最初からそっちでいってもらえると、ありがたいな……」
 雨の中、もう一度。
 寄りそう影二つには確かな温もりが。
 けれど――。

 呼ぶ、君の名をずっと。
 この声が、枯れ果て、搾り出すことも出来なくなるまで……。
 ずっと――クラウドを……呼ぶ。


 
 
 

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