||||| 運命の記憶 |||||

 

 

 その日は雨だった。

 外で遊ぶ子供達を横目で見ながら、クラウドは雨模様をじっと眺めていた。

 この町に越してきて、もう何年になるだろうか。引っ込み思案の性格が災いして、友達はまだ出来ない。

 ただでさえ、ちょっと不可思議な力を持ってるクラウドは、人に嫌われ易い。

「遊びにいかないの?」

 母の声が、雨の中に吸い込まれていくかのようだ。

「雨が降ってるから…」

 まさか、まだ友達が出来ないなどと、口が裂けても言えない。

 プライドが高いから、というわけではない。物心ついた頃から心配をかけつづけた母に、これ以上の心配をかけさせるわけにはいかない。

 クラウドは子供心にそう思っていた。

「じゃ、神羅屋敷でも探検してきたら? 雨も当たらないし、遊ぶのには格好の場所だと思うわよ」

「うん」

 気は進まなかったが、これ以上家でうだうだしていても、母に余計な心配をかけるだけだと、クラウドは一人で神羅屋敷に探検に行くことにした。

   

 神羅屋敷。元々は、神羅幹部の別荘地としても、化学実験の研究室としても使われていたという、今は廃屋となった場所だ。

 神羅の好意でか、鍵はかけられておらず、宿泊施設としても使用可能なので、今は村人の為に開放されている。

 余りないが、宿に泊まれない人が、時々使ったりする以外は、殆ど使われていない、ちょっと不気味な屋敷だった。

 雨の中、錆びた門を開いて中に踏み込む。

 整地されていない所為か、道はぼこぼこで、方々に水溜りが出来ている。

 それでも一歩中に踏み込めば、村人が当番制で掃除をしているので、普通の家と同じように使える。

 赤茶色のドアを開けて中に入ると、雨の所為か、ちょっと湿った埃の匂いがする。それでも、掃除されているので、気になって仕方ないという程でもない。

「凄い屋敷だ…」

 実を言えば、この屋敷に入るのは、クラウドは始めてだった。何時も一人でニブル山の方へ足を伸ばすクラウドは、この屋敷に決して足を踏み込もうとしなかった。一緒に遊ぶ友達がいないというのもその理由の一つだし、それに…。

「やっぱり、何だか嫌な感じがする…」

 入り口のドアを潜ると、そこは広間だ。左右に開けた場所は、左にリビング、左に何だかの区切られた空間がある。

 嫌な感じは、屋敷の奥。階段を越えた向こう側から強く波長を放っているように感じる。

 クラウドは、家に帰ろうか、それともこのままこの場所で過ごそうか迷った末、結局は嫌な予感の原因を調べてみることにした。

 

 小一時間くらい探検しただろか。嫌な予感の原因は判らず、部屋の殆ども探検した。

 変わったものといえば、二階にある金庫くらいのもので、他には鳴らない音があるピアノだとか、難しい文字でつづられた本が詰まった本棚があったりだとか、それくらいのものだ。

「探検するほどでもないな…」

 つまらないな、と思いながら、やっぱり家に帰ろうか、と出口に足を踏み出した時、圧倒的な強さで嫌な予感を感じた。

「…どうして?」

 探検していく内に、興味に紛れたか、その予感を忘れていたのに、今はさっきよりも強い予感を感じる。

 クラウドは確信的に本棚のある部屋に入る。

「この向こうから、嫌な予感がする」

 さっき来た時には、何も感じなかったのに。

 円中の柱に添えつけられた本棚を押してみる、と、そこに隠し階段が。

「ここは?」

 隙間から中を覗き込んでみると、螺旋階段が地下へ向って伸びていた。

 一瞬、下へ降りてみようかどうか悩む。

 怖いというわけではなかったが、不安があった。

 嫌な予感が、胸いっぱいに広がっていた。

 だからといって、このまま帰る気にもなれない。

 結局、クラウドは螺旋階段を降りてみることにした。

 所々腐っている木の階段を、注意して降りる。

 地下に近付けば近付く程、換気が悪い所為だろう、カビの匂いが酷くなる。

 それに、言い知れない程胸を締め付ける不安。

 ――本当にこのまま地下に下りても良いのだろうか?

 疑問がクラウドの脳裏をよぎった。

 だがもう、足は止まらない。

 ひんやりとした空気が、クラウドの全身を包み、やがて足が地下の床についた。

 床――だろうか? まるで地面のようでもある。

 前方一方行に伸びる通路。向こうに、微かだがドアが見える。屋敷の出入り口のあのドアと同じ、赤茶色のドア。

 予感はどんどん多きくなるが、クラウドはそのままドアを目指した。その先に何があるのかも知らず。

 遠くからでは気付かなかったが、ドアの近くまで来ると、横にもう一本の通路が伸びて、その先にもドアがあった。

「こっちだ…」

 嫌な予感は、もう一方の、隠れていた方のドアから、した。

 迷いながらも、もう一方のドアを目指そうとして…。

「あれ?」

 クラウドは気付いた。

「音が…する」

 小さな音。何かを――そう、壁を叩くような、薄い。壁。

 それは始めに目に入った、赤茶色のドア。

 クラウドは、ドアに手をかけ、そのドアを…開けた。

「…墓?」

 その部屋は、狭い部屋だった。その狭い部屋一杯に、棺が置かれている。

 音は、棺の中でも、部屋の中央に置かれた棺から聞こえた。

「…幽霊?」

 一瞬訳の判らない恐怖に支配される。だが、クラウドは取り乱しはしなかった。

 ゆっくりと棺に近付き、重いドアをそっとずらす。

「…誰か、いるの?」

 小さな、小さな声で、囁くようにクラウドは声をかけた。

「……何者だ?」

 返事がある。

 クラウドは驚く。それこそ、口から心臓が飛び出すのではないか、と思う程に。

「…ここは閉じられた場所。何者をも入ってくることは出来ぬはず」

 低い、しかし耳に優しい声は、棺の隙間から確かに聞こえてくる。

「誰?」

「…私の名は、ヴィンセント」

「ヴィンセント?」

「神羅に存在を葬られた者…」

「神羅に?」

 クラウドは、棺の蓋を、思いきり引いた。

 棺の中が明らかになる。

「ヴィンセント?」

 はっきりと見える棺の中。そこには、スーツ姿の綺麗な人が横たわっていた。

「棺を開けるか、少年」

 ヴィンセントは唇の端を上げる。

「恐れを知らぬ少年だな」

「…怖くない。ヴィンセントは、怖くないよ」

「らいしな。恐れもせずに棺を開けるなど…それに、この部屋には鍵がかかっていたはずだが…」

「え?」

 クラウドは首を捻る。

「鍵なんて、かかってなかったよ」

「かかっていない?」

 ヴィンセントの視線が、ドアに向く。

「いや。確かに鍵はかかっている……かかったまま?」

 整ったヴィンセントの顔が、驚きに歪む。

「鍵がかかっているのに、何故ドアが開くんだ?」

「かかってるの? 壊れてるんじゃないの?」

 鍵などに興味はないらしい。クラウドの興味は、ただひたすらヴィンセントに向けられている。

「どうしてこんな棺の中に眠ってたの?」

「…自発的に眠っていたわけではない。眠らされたのだ」

「誰に?」

「神羅カンパニーの、宝条というくそジジイだ」

「おじいさんなの?」

「いや。実際にジジイというわけではない。今はどうだか知らないが、最後に会った時は、まだ若かったな」

「ふーん」

 クラウドはヴィンセントが横たわる棺の中に、自分も入り込む。

「……お前」

「あ、俺はクラウド。クラウド=ストライフ」

「クラウド=ストライフ?」

 ヴィンセントの表情が、歪む。

「狭いから、入るんじゃない」

「狭い?」

 本当に狭い。クラウドは気にしていないが、体の半分以上が、ヴィンセントの上に

乗っている。

「目上の者の上に乗るなど、失礼だぞ」

「でも、ふかふかして気持ち良い」

「……クッションか、私は…」

「クッションよりも気持ち良い。くっついてると、安心する」

「安心?」

「ずっと、嫌な予感がしてたから」

「嫌な予感?」

 ヴィンセントは唸る。

「子供とはいえ、ずっと乗っかられていると、重いものだ。出るぞ…」

「えー」

 ヴィンセントはクラウドを軽々を持ち上げると、体を起こして棺から飛び出た。

「すごーい。飛べるんだ」

「…飛んだという程ではないだろう?」

「飛んだ飛んだ。凄い…」

 何故か感激しているクラウドの耳に、ヴィンセントの声は届かないらしい。

「お前は……いや。おかしい子供だな。嫌な予感がしていたのではなかったか?」

「でも、ヴィンセントとくっついてたら、消えた」

「そうか…?」

 クラウドは瞳を輝かせ、ヴィンセントを見上げる。

 二人の身長差はクラウド一人分もあった。

「こんなに安心するのって、もしかして、ヴィンセントは運命の人?」

「は?」

「きっと将来結ばれるから、こんなに安心するんだね」

 ヴィンセントは、困ったように笑う。

「おかしな奴だ。だが、本当にお前が私の運命の相手だと言うのなら、この先お前が成長した後、私逹は再び出会うのかもしれないな」

「…もう出会ってる」

「いや。お前はここを出て、もう二度と入ってはならない」

「えーどうして? また…毎日でも遊びにくるよ」

「その度に、お前は嫌な予感を覚えるのではないか?」

「うー」

 確かにそうだ。思い出せば、まだ嫌な予感は胸の奥にくすぶり続けている。

 隣の部屋だ。

「ね、ヴィンセント。隣の部屋に付き合ってくれない?」

「………何故だ?」

「嫌な予感の原因を、確かめたいんだ」

 決意の目でヴィンセントを見上げるクラウドに、それは駄目だ、と首を振る。

「やめた方が良い。何があるのか判らない場所だ」

「じゃ、俺だけで行く」

 部屋を出ようとするクラウドを、ヴィンセントの腕が引きとめる。

「私を運命の人を言うのなら、私の言うことを聞くんだ」

「…言うこと聞かないと、運命の人になってくれないの?」

「……ああ」

 クラウドは考え込んだ。

「じゃ、言うことを聞いたら、運命の人になってくれるってことだよね?」

 何時の間にか、話がすりかわっている。

 子供特有の突飛な話しの展開に、ヴィンセントは苦笑しながらも頷いた。

「ああ。喜んでお前の運命の人になろう。というより、お前は確実に私の運命の相手だろうがな」

「じゃ、将来は俺、絶対に強い男になるから、お嫁さんになってね」

「お嫁さん?」

 目を白黒させたヴィンセントに、クラウドは飛びついた。

「約束だよ」

 驚くヴィンセントの隙をつき、クラウドがキスを掠め取る。

「へへ、初キッス」

 とっさに口を押さえたヴィンセントは、まじまじとクラウドを見て、口元を歪ませる。

「また会えるのを、楽しみにしてるいる」

「うん」

「もう帰れ。いずれまた、会える」

 言って、ヴィンセントは棺に横たわる。

「お前が大人になり、再び私と会った時、今日のことを覚えていたら、お前の運命の人として、お前の傍にいよう」

「うん。絶対だよ」

 クラウドは笑いながら、棺の蓋を閉めた。

 部屋を出て、ドアを閉める。

 棺の蓋は閉まっている。部屋のドアも閉まっている。

 確認した上で、クラウドはその隣のドアを見つめた。

 この向こうに、予感の原因が眠ってるはずだ。ヴィンセントのように。

 意を決して、ドアに手をかける。

 冷たい取っ手。手から伝わってくる、間違いようもない、嫌な予感。

 ノブを捻り、ドアを開く。

 クラウドは目を見開いた。

 知ってる…。

 体中が叫んでいる。

「ここは…」

 締めたはずのドアが開いて、そこからヴィンセントが飛び出してくる。

「何故開けた!」

 怒鳴るヴィンセントの声を遠くに聞きながら、クラウドは意識を遠ざけていった。

 

 意識の向こうで、ヴィンセントが囁いた。

『運命の相手は、私だと…お前が言ったんだ』

 悲しみを含んだヴィンセントの声。

 揺れる体が、安堵に包まれている。

『お前は私を、選んでくれるのだろう?』

 声はそこで、途切れてしまった。

  

 目を開けると、目の前に目を真っ赤にした母の顔があった。

「あれ?」

「クラウド!」

 強く抱きしめられる。

「目が覚めて良かった」

「え? どういうこと?」

 強い戒めに、母の揺るぎ無い愛情を感じながら、クラウドはどこかで、これは違うと感じた。

「何時までたっても帰って来ないから、心配になって神羅屋敷に行ってみたのよ。そしたら、クラウドは…広間に倒れてて…」

 後は涙が邪魔で声になっていない。

「なんで神羅屋敷に倒れてたの?」

 クラウドは不思議そうに首を捻る。

 ここで始めて、母は息子の異変に気付く。

「なんでって、遊びに行ったんでしょう?」

「え? 俺が?」

 ますます不思議そうなクラウド。

「クラウド…まさか」

「え?」

 心配した母に、その後医者に見せられ、クラウドは記憶喪失ということになった。

 実際、神羅屋敷であった全てのこと忘れていたし、どうして広間に倒れていたのかも、クラウドは覚えていなかった。

 

 END 

 

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