追憶葬

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<細胞の意味するもの>

 

 

強い照明が消え、辺りは一瞬にして闇と化した。

『済んだのか?』

『ああ』

少ない言葉のやりとりの間に、結果だけが報告された。

上体を起こすと、隣で空ろな目をしている少年が横たわっている。

それを見て、酷く安堵した。

そして、少年に向けて笑いかける。

『良かったな。これで安心して生きられるな』

『?』

『良いか。今後…俺のことはなるべく考えるなよ』

そう言いながら、今度は神妙な顔つきになった。

未来は分からない。分かっているのは、多分逃げ切れないということ。

その時この少年がどの道を選ぶかは、賭けといえた。

もし最悪の事態になったとして、今言える事は一つだった。

『余計な記憶は閉じ込めるんだ。分かったな?』

何度どんな言葉を吐いても、少年は首を傾げたりするばかりで、何を考えているかも、理解しているかも分からない。

それでも、いつかこの言葉だけが残れば良い。そう思う。

そして少し黙った後に、口から漏れたのは怒りを含んだ言葉だった。

『―――できる事なら、あいつを……してくれ』

 

 

 

どう考えてもおかしかった。

計算が合いすぎている、そう思うのだ。

深刻な面持ちでそんな事を考えるヴィンセントの隣では、クラウドが目を閉じていた。体に何も纏っていないその状態は、昨晩の情景を思い起こさせる。

だが、今のヴィンセントにはそれを押しのけて考えるべき事柄があった。

クラウドと抱き合ったその後に、ロビーのテレビで聞いたそのニュース。それは神羅の影を色濃く残した内容だった。

神羅ビル跡地で不審なものが見つかったとされた報道。

それが何を意味するかは分からない。けれど、それがクラウドの体に影響を及ぼしていることは確実だった。

灯台の建設に携わっていたクラウドは、その地で何かが発見された事を知っていた。それがきっと、ニュースが伝えている「不審なもの」なのだろう。確かキャスターはこう言っていた。

“一週間前に発見された―――”

そしてクラウドがティファの元に帰らなくなったのは一週間前で、その時のクラウドは灯台から離れようとしても離れられなかった。

これは一体何だ?

つまりの発端は、その発見された「何か」に違いない。

しかしそれが何かは分からないのだ。

「調べてみる必要があるそうだな…」

その言葉は独り言となって宙を舞った。

確かその後の報道で、開封されるのは慎重を期してその場で行われるといっていたはずだ。その場というならばそれは、神羅ビル跡地という事になるだろう。

「行ってみるか」

どうせ、立ち往生するだけならば。

 

 

 

臨時の柵などが立てられたその中で、その作業は行われていた。

数人の科学者風の男と、完全防御をした男達。

何かは分からんからな、と囁かれる中、それは開封された。

柵の外からしか眺める事ができない民衆は、つま先立ちなどをして不安げな顔でそれらを見守っている。

その群れの中でも後ろの方に、ヴィンセントとクラウドは立っていた。

「大丈夫か?」

隣で蒼白な顔をしているクラウドに、ヴィンセントはしきりにそう声をかけていた。

朝、目覚めてからというもの、クラウドの顔色はずっと悪いままだった。服もつけないで寝たからだ、などとクラウドは言っていたが、実際はそれが理由では無かった。

目覚めてからずっと、あの頭痛がしていたのだ。ミッドガル域から少し離れているとはいえ、昨夜までは平気だったのに何故そうなったのかは分からなかった。それは今その場所でもなお続いている。

ガンガンと頭に響く痛み。

目前で行われている作業が進む毎にそれは酷くなるような気がした。

「何だこれは…」

遠くでそうざわめく声がする。作業に当たっている人間は、その実態を見て何が何だか分からないといった感じだった。

「すまない」

そう言い、クラウドの腕を引きながらヴィンセントは柵のすぐ側まで突き進む。その物体が何であるか見届けなくては、そう思ったのだ。

ヴィンセントの目に映ったのは、小さな鉄の箱状のものに包まれた、試験管だった。

「…あれ、は…」

試験管は少し大きめで、その中には薄紫の液体がなみなみ入っている。そしてその液体の中で蠢いているのは、曲線でできた小さな粒のようなものだった。それは黒ずんでおり、薄紫の液体の中でゆらゆらと揺れていた。

「薄気味悪イなあ」

作業を見守っている人間は、そんな意味合いの言葉を口々に言っている。確かにその通りかもしれない。

知らないのだ、この人々は。

神羅の中で何が起こっていたのか、それが実際どういう状況を生んだのか、その事を。

だが、ヴィンセントには分かっていた。その物体が意味する事、そしていつかクラウドが言った言葉。

“神羅は終わってない”

記憶だけでは無かったのだ。記憶の中だけで生き続けているだけでなく、それは正に実態を残していたのだ。

ヴィンセントの中に、微かな記憶が蘇ったのはその時だった。

『絶えなければ、それはいつでも始まるのだ』

それは一体どこで聞いた言葉だったろうか。

そうだ、絶えてなどいない。

なぜならそれは。

「…苦しい。気持ち悪い…」

ふと掴まれた袖の感覚で、ヴィンセントは我に返った。

「クラウド!」

視線の先には、大量の冷や汗を流しながら、ゼイゼイと苦しげな息を吐いているクラウドがいた。何かと葛藤しているかのように、顔は苦痛に歪んでいる。

「辛いならもう戻ろう」

そう言い、ヴィンセントはクラウドの腕を力強く引く。が、そうした瞬間にヴィンセントの手には大きな重力がかかった。

「クラウド!」

クラウドの体は突如として崩れ、ダラリと力を失った。丁度ヴィンセントの手だけに支えられている状態になったその体は、最早意思を感じさせなかった。

いけない、このままでは――――。

クラウドは壊れてしまうかもしれない。

ヴィンセントの中に焦りが生まれた。

 

 

『お前の体が必要だ。それは私のものだろう、返せ』

 

 

ミッドガルから帰ってからというもの、クラウドはずっと気分の悪さを訴えていた。それは見た目にも悪化していき、その状態に応じて徐々に奇怪な言葉を吐くようになった。

それは、あの物体を目にしてからそう時間も経たない内に始まった。

時々、思い出したようにクラウドは言う。

「俺、殺さなきゃいけない」

良く分からなかったが、総じて考えるにそれはどうもセフィロスの事を言っているようだった。

しかし今の状況を説明してもクラウドは首を傾げるだけで理解できないでいる。

もう戦いは終わった。

セフィロスは死んだ。

神羅ももう無いんだ。

そう言ってみたところで、それはただの独り言のように流れていくだけ。その状況に、ヴィンセントは困り果てた。

というよりか、焦りの方が大きい。

原因は分かっているが、解決の糸口が見つからない。

あの頃であれば何らかの方法を生み出せたかもしれないが、もう環境が一変しているのだ。皆に相談してみるか、とそう思いもしたがそれは無理だった。

ティファには絶対に言えないだろう。今のクラウドは断片的に色々な言葉を吐く。その中で、ティファにとって打撃のある言葉はいくつあるだろうか。自分との関係だけではない。過去すらそうなのだから。

かといって、他の仲間という選択もできなかった。

平和を願っている。それなのに、この状況はどう考えても逆行を辿っているとしか言い様が無い。

そう―――クラウドの頭の中は、逆行しているのだろう。

「あの物体…どうなるのだろう…」

あれの行方を掴んでみようとヴィンセントは思っていた。そこに答えがあるかは分からなかったが、それでも情報としては一番の存在である。

隣には、空ろな目をしたままのクラウドがいる。

時折ヴィンセントを見ては静かに笑ったりしたが、そうかと思えば今度は意味の分からない言葉を吐いたりする。

「俺、約束は守るから。…絶対、考えたりしない」

そう言ってクラウドは笑う。それを目の当たりにしながら、ヴィンセントは強く後悔の念を感じていた。

どうしてあの時、肯定しなかったのだろう――?

クラウドが繰り返し言った言葉に、どうして自分は気持ちを返してやらなかったのだろうか。

今となっては、クラウドからその言葉を聴く事も無い。

思えばクラウドはこうなる事を知っていたのかもしれない。

自分の過去の殆どを曝け出した理由がそこにあるのだとしたら。

『安心するから、かな?』

そう言っていたのを思い出す。

だが…今はもう安心と不安の境界線すら、存在していなかった。

その時。

ふと、ドアを叩く音がした。

「開いてる」

それだけ言うと、ドアはゆっくりと開いた。

そしてその向こう側からおずおずと顔を出したのは、宿主の男である。

男は、小声でヴィンセントに告げた。

「見つかりましたよ、例の…」

「ああ、すまなかった」

クラウドの傍を離れる訳にはいかない、そう判断してヴィンセントは男の頼みごとをしていた。

それは、例の開封作業に携わった科学者の居所で、その中でも率先して作業の指揮をとっていた男のものだった。

観衆の噂では、その男はかつて神羅と関わりを持っていたらしい。

男は心配そうな顔を向ける。

何だかんだといっても神羅の記憶がある人間にとっては、このヴィンセントの行動は不安要素の高いものだったに違いない。

「必要なんだ、過去を断ち切る為に」

そう言ってヴィンセントは薄く笑った。

 

 

 

 

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