飛べない翼
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 瓦礫の街ミッドガル。
 薄緑の靄に包まれて、周囲の景色すらはっきりとしない場所を、ヴィンセントは彷徨っていた。
 ここでクラウドとはぐれて、もう一週間になる。
 手元に残されたクラウドを探す手がかりは、もう何一つとしてない。
 あるのは・・・クラウドが最後にしていたマントの切れ端だけ。
 これを、街の南――危険区域で見つけて、それから殆ど眠らずに探してるのに、姿は見つからなかった。
 もう人の暮らせない街。
 絶望の街――ミッドガル。
 生きているなら、答えて欲しい、この呼び声に――。
 だが、返事は返らない。
 線路を伝って、かつてのプレートの上に出ると、神羅の残骸が、かつての栄光からは想像も出来ない程悲惨な面影を宿していた。
 そして、その瓦礫の上に・・・。
 あれは・・・。
「クラウド!」
 叫ぶ声。
 周囲の残骸に跳ね返る音響は、声をクラウドの影には届けはしない。
 振り向く人影は、ヴィンセントの正確な位置を捕えることなく、その向こうに消えていこうとする。
 ヴィンセントは追いかけた。
 姿を見失わないように。
 見失えば、きっともう会えない――そんな恐怖が心を支配していたのかもしれない。
 ゆっくりと去って行く影。
 あとは一本道だ。
 そんな見通しの良い場所についた時、ヴィンセントはもう一度叫んでいた。
「クラウド!」
 影はゆっくりと振り向いて、ヴィンセントの姿を捉えると、その表情を緩く笑みに変えた。
「クラウド!」
 もう一度呼びながら、走り寄る。
 いや、寄ったはずなのに――。
 もう直ぐその体を抱き寄せることが出来る。そう思ったその寸前に、クラウドの体は掻き消え、同時足元に落ちた硬い感触。
「これは・・・」
 愕然とするヴィンセントの視界に入ったのは、ヴィンセントの持つ切れ端以外が全て残ったマントと、小さなテープレコーダー。
 神羅制なのだろうそれは、大きさにして指サイズの小型だった。
 気になるのは、このテープレコーダーとマントについている、大量の血液である。
 嫌な予感に震えながら、レコーダーのスイッチを入れると、電源が供給されているのか、テープが再生されていく。
 中は――クラウドの声だった。
『もしもの時の為に、これを録音しておこうと思う』
 荒い呼吸で途切れ途切れの声。
『ついさっき、大型の獣に足をやられた。腱が切れたみたいで、もう歩けない。このまま血の匂いをさせていれば、いずれ遠くない時間に奴らの餌にされるだろう。抵抗の手段はない。剣もさっき吹き飛ばされて遠く飛び去った。だから・・・もしもこれを聞いた人間がいるなら、伝えて欲しい。ヴィンセントに』
「クラウド・・・まさか・・・」
 恐怖が全身を包み、芯から震えがくる。
 このまま再生が続けば、聞きたくないものまで入って居そうな、でも確信に近い予感。
『ヴィンセント=ヴァレンタインに・・・。一言で良い。「ありがとう。俺に付き合ってくれて。短い間だったが、一緒に過ごせて、本当に、嬉しかった」と・・・。どうか、ヴィンセントに』
 クラウドの声の向こうに、低い咆哮がかぶさる。
 獣の足音に呼吸。
 ヴィンセントは辺りを見回す。
 遠く飛ばされたクラウドの剣。だが、そう遠くはないはず。
 そしてその近くに、クラウドはいるかもしれない。
 生きているかもしれない。
 マントとレコーダーを握り締めて、ヴィンセントは歩いた。
 周囲に目を凝らし、目印になるクラウドが使う大剣を求めて。
 そして、それ程遠くない場所に剣を見つけた。
 まるで墓標のように地面に着きたてられた剣。恐らく、アルテマウェポンだろう。
 慌てて剣に近寄り、見た目よりは軽い、輝きを放つ剣を引き抜く。
 剣は、大型の獣の腹を突き破るように突き立てられていた。
 これが、クラウドの声に被った咆哮ならば・・・。
 ヴィンセントは更に辺りを探る。クラウドの姿を求めて。
 生きていることを、祈って。
 まだ、一緒にいた時間は短すぎて、感謝される程も何もしていない。
 これから、守ろうと思っていたのに。
 何もない世界で、仲間と別れた自分についてきたクラウドを。
 強くて弱い、崩れそうな心を共に。
 なのに、姿は見えない。
 足元に転がる幾多の人骨が気になった。
 恐らくあの大型の獣に食われた人間の成れの果てだろう。
 だが、その中にクラウドがいるとは限らないのだ。
「クラウド!」
 願うように叫ぶ。
「クラウド、返事をしてくれ・・・」
 祈るように搾り出した声に、だが返事は――。
「ヴィンセント?」
 足元から、声が聞こえた。
 慌てて瓦礫の山に視線を落とすヴィンセントの目の前で、瓦礫の一部が崩れていく。
 中から現れたのは、ボロボロになったクラウドだった。
「クラウド・・・?」
 白金の髪は赤く染まり、顔もすすけていたが、印象の強い青い瞳は強い意志をそのままに輝いている。
 クラウドはヴィンセントを見上げて笑うと。
「まだ、生きてるよ」
 と言った。
「クラウド・・・生きていたか・・・」
「うん。だから、生きてるって。大丈夫。ギリギリでアルテマウェポンの存在に気付いた。俺、剣を二本持っていたんだった」
 はにかんで笑う顔は、年よりも幼い。
 何もない絶望に近い世界で、その笑みだけがきっと、互いの真実になるだろう。
 ヴィンセントはマントを広げ、クラウドの体を包む。
 動けない体を抱き起こして。
「還ろう・・・」
「どこへ?」
 どこにも行くところがなかったから、ミッドガルに来たのに。
「未来へ。共に歩ける未来へ・・・」
 輝く希望に満ちた未来は、自ら作り出すもの。
 クラウドの生存を確認して、改めてそう思った。
 きっと望む未来を送れるようになる。
 その時、このレコーダーに録音されたクラウドの言葉を受け取ろう。
 そう決意して。
「相変わらず・・・ヴィンセントは詩人だな」
 クラウドは笑う。
 楽しそうに、嬉しそうに・・・。
 それは、ヴィンセントの描く未来の象徴たる笑みであった。
終わり

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