透明な一本道

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家までの距離は遠い。

その遠い道のりを足で歩いていくと、それは相当な運動になる。

ヴィンセントとクラウドが身を寄せている住まいは、そんな立地条件の悪いところにあった。

これはクラウドが選んだもので、ヴィンセントとしては特に意見するようなこともなかったので即決という感じであったが、しかし実際暮らしてみるとその条件の悪さはひとしおである。

まず買い物にいくまで急坂を降りねばならないし、急坂を降りれば今度は一直線の長い道が気が遠のくくらいに続いている。これがもし少しでもカーブしていれば話は別だが、地平線が見えるくらいに一直線なのだからやたらとその距離は長く感じられる。

しかしそれでもクラウドはそれに不平など言わないし、結構にこの近辺を気にいっているらしい。だからか、ヴィンセントもそれに文句などなかった。

 

一直線の道。

その道の脇には、いくつか点々と店や人家が並んでいる。

それらはこの近辺の雰囲気に相応しくどれもアットホームで、例えば店の一つにしても、営業ではなく世間話というように誰かが話しかけてきたりする。

クラウドとヴィンセントが例によって買い物などを終えて家までの道のりを歩いていたその時、丁度ある店の前を通りすがると、そこの主人は笑って話しかけてきた。

「やあ、クラウド。ヴィンセント。今日は買い物かい?」

四角い顔にこじんまりした目、その目じりに皺を寄せて笑った主人は、二人が通るたびにこうして話しかけてくる。今迄クラウドとヴィンセントがその店を利用したのは数を数えるくらいのことで、さして貢献しているとは言いがたかったが、それでも近い場所に住んでいるもの同士の親近感というのがあるらしい。

「うん、そうだよ。ずっと先のマーケットまで行ってきたんだ」

「へえ、そうかい。どうかね、あっちは人が多かったかい?」

「まあね、少しは」

そんな短的な会話を済ませたクラウドは、隣のヴィンセントをチラと見て、その小脇をつつく。

突然そんなことをされたから何かを思ってクラウドを見遣ったヴィンセントだったが、その顔を見た瞬間に何が言いたいのかが分かってしまった。

どうやら、この主人の店で一息入れていこう、と言いたいらしい。

それを察してヴィンセントが黙って頷くと、クラウドは嬉々として主人にこう言った。

「一休みさせて貰っても良いかな?」

そんなクラウドに、主人も勿論嬉々としてこう答える。

「ああ、勿論」

にっこり笑った主人は、じゃあどうぞ、というように店のドアを開けると、その中に二人を呼び寄せた。それに誘導されて店内に入り込んだ二人は、久し振りのその店内に少しキョロキョロとしてしまう。

店内は木目を基調にした落ち着いた雰囲気で、天井にはプロペラみたいなものが回っている。これは別に空調だとかではなく、単に小物の一つだろう。それから壁にはいくつかのフォトフレームが飾られていて、その中にはモノクロの写真があった。その写真に映っているのは確か以前聞いた話だとこの主人の奥さんであるらしく、その奥さんという人は数年前に他界したらしい。

席はバーカウンター式になっている部分とテーブルになっている部分と別れているが、それはどちらもそうそう広くは無い。そもそも店自体がそれほど広くないのだから当然だろうか。

ともかくバーカウンター式になっているその席に隣り合って腰をかけたクラウドとヴィンセントは、目前に並べられたアルコールボトルに目を遣りながらも、無難にコーヒーを頼んだ。

それを受けた主人はすぐさまコーヒーを淹れると、カウンター越しに「どうぞ」などと湯気の上がったカップを差し出す。そして、その後すぐに世間話を始めた。

どうやら主人としてはコチラの方がメインらしい。

「最近どうだい?此処の暮らしには慣れたかね」

「うん、慣れたよ。な、ヴィンセント?」

「ああ、そうだな」

ヴィンセントに同意を求めたクラウドは、その回答を受けてからもう一度、慣れたよ、などと言って笑った。

この主人は二人がこの近辺にやってくるもっと前から此処の住人をしていて、だからこんなふうに聞いてくるのだろう。以前この店で一休みをした時には、ここら辺はこうこうこうで、などという話をされたものだ。その時は熱い調子で語られたものだが、今はもう違う。それはきっと、二人が此処の住人として根付いたという事なのだろう。

「そういうそっちこそ、どうなんだよ?」

クラウドが軽い調子でそう切り返すと、主人は少し困ったような笑い方をした。

それを見てクラウドは、何か悪いことを聞いたかな、と内心心配になってしまったが、どうやらその理由はこういうことらしい。

それは主人の口から直接語られる。

「最近、この辺りを出て行く者が多くてな…寂しくなったもんだ」

「そうなんだ…」

クラウドやヴィンセントには、それは良く分からない気持ちだった。何しろ最近このあたりにやってきたのだし、それほど色々な人と懇意にしているわけではない。しかし主人は長くこの辺りに住んでいるのだろうし店を構えているせいもあって、多分様々な交流を持っていたのだろう。だからきっと、そういうのが分かるのだ。

しかし確かに、こんなに点々としか存在しない店や人家の中で、そこから更に人がいなくなってしまったら―――――それは寂しいに決まっている。

「こんな辺鄙な場所で店を構えても商売あがったりだってのは目に見えてたことだがね。でも仲間内で楽しめればそれでも良いかと思うようになってたもんだ。だがなあ…」

寂しそうな顔を見せた主人は、どこからか煙草を取り出すとそれに火をつけてふかし始めた。そうして一つ煙を吐き出すと、今度は懐かしそうな表情を見せる。

「此処は一本道で何も無い所だが、少しロマンチックな話があるんだ」

「ロマンチック?」

クラウドはそれに反応すると、そんなのは聞いたことがないと首を傾げる。それは隣のヴィンセントも同じことで、ヴィンセントもまた、そんな話は知らないというふうに主人を見遣っていた。

「実はね、この一本道にはいわれがあるんだ。それはもう伝説みたいな信じられない話だが、なかなか夢がある」

「へえ、どんな?」

興味津々でそう聞いたクラウドに主人は少し気分が良くなったふうに笑って、その“伝説みたいに信じられない話”をし始める。

それは、こんな話だった。

「この一本道には、メモリーズウェイという俗称がついてるんだ。“思い出の道”さ。この長い一本道の先には、昇りの急坂があるだろう?それは長い道のりの末に天に昇るっていうふうに解釈されていてね、言わば天国への道みたいな感じさ」

「天国…か」

思わずヴィンセントがそう口を挟むと主人は、何とも言えないだろう、などといって笑う。

「しかしともかく、そうして天に上がって行く前にこの一本道を通るという話があってな。この一本道を歩いている時、生きている間に積み重ねてきた思い出を落としていくんだと、そういうのさ。だからこの一本道には色んな人間の思い出が落ちてるって話でね」

「へえ…そんな話があったんだ」

感心しながらもコーヒーを一口啜ったクラウドだったが、何だか少々府におちない点が頭の中を渦巻いていた。

だって主人はその話を、少々ロマンチックだと、そう言う。

だけどクラウドにとってそれはロマンチックというより、少し恐いような、そして少し切ないような話のように感じられたのだ。

何しろその一本道を登ったその先は―――――その話で言えば、死後の世界みたいなものだ。ということは思い出を落としながらその道を通るのは死に行く人ということであって、どう考えても恐い類に違いない。

そして思い出というのは確かにロマンチックだけれど、それでも過去でしかないと思うと切ないものである。

だからクラウドには、それがロマンチックだという主人の気持ちがあまり良く分からなかった。

「だからこの一本道の脇に店やらを構えている奴らは、思い出を拾っているようなもんさ」

例えば俺のようにな、とそう続けた主人は、少し笑いながらも壁にかけられたフォトフレームを見詰めている。そのフォトフレームに飾られているのは―――――そう、他界した彼の妻、だ。

その一本道にメモリーズウェイという俗称がついたのは、何も元々そんな神がかった理由からではない。元を正せば、この近辺があまりにも静かで辺鄙で人通りがなく、そして此処に住み着くものが大体共通のものを持っていたからに他ならないのだ。

この辺鄙な土地にやってくる者の体外は、都会的な雰囲気から逃れてきた者である。たまに例外もあろうが大方はそんなもので、彼らが何故都会的な雰囲気から逃れてきたかといえばそこには勿論理由がある。

それは都会が嫌いなのではなく、都会に居られない理由があるからだ。

彼らは都会で大切なものを失ったり、痛みを作ってしまったのである。

だからこそ都会とは正反対のこの場所にやってくる。ここは都会とは違ってすぐにはどこかしこへ行けはしないし、何をするにもこの一本道を通らねばならない。

しかしこの長い一本道を歩くその間は何をすることもないわけなのだから、それは自然と人を思考の淵に落とさせる。

歩く間、何かを思い出す。

歩く間、何かを考える。

しかしその一本道を通る者…つまりこの近辺の住人は、都会で大切なものを失ったか、痛みを作ってしまった者なのだから、一つ何かを思い出したり考えたりするのにも、大きな感傷が伴うのは当然だった。

だからこの道は、そういう流れでもってメモリーズウェイと言われるようになったのである。

「俺が越してきた時はな、この近辺の奴らは皆、前科者だったのさ。犯罪者だ」

「犯罪者って…どんな?」

まさか犯罪者ばかりの町だなんて、しゃれにもならない。

しかし主人は、その内容などは知らないとそう言った。それを聞く事は無いし、聞いたところで意味などないから、と。

それに、そういったふうに過去から背負ってきたものを払拭する為にこそこの辺鄙な場所に来たのだから。

「…まあ、今じゃそんな奴らもどこかへ行ってしまったがね」

感慨に耽るようにそう言った主人を目の前に、クラウドはチラとヴィンセントを見遣った。ヴィンセントはそのクラウドの視線に気付き、無言でどうしたのかと問いかける。

その問いに答えるように、クラウドの視線はふっと主人に移り、そしてまたヴィンセントに戻った。

クラウドの言いたいこと、それは―――――――この主人もそうなのだろうか、ということ。

ヴィンセントはそれを理解したが、無言の中で無言を返すだけ。

「二人もきっと、何かあるんだろう?」

シンと静まった空間にその言葉が響いたのは、次の瞬間だった。

唐突にそう問われたことに、クラウドは驚きを隠せないまま、えっ、と声を上げる。

主人の事を気にしていたからすっかり自分たちのことなど蚊帳の外だったが、そう言われてみると自分たちも全く違うとは言いきれない。

しかしかといって過去に何があったのかという事を主人に話すわけにはいかないし、大体話す必要もないという気がする。

そんなクラウドの心中を察したのか、主人は、

「でも別にそれは、言う必要性なんかない。そうだろう?」

そう言って笑った。

 

 

  

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