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Mから始まる -------------------------------------
「悪いが、俺はあんたのことは信用してない」 クラウドがそう言ってきたことについて、ヴィンセントは特に何を思うでもなかった。 腹が立つとか、こんな人間をリーダーにしておくわけにはいかないとか、普通だったら何がしかのことを思うのだろうが、特にそうは思わない。 ただ一つはっきりしていたことは、クラウドの言ったそれが悪意のある言葉ではないということである。 あんたのことは信用していない、などと言ったが、実際には違う。 あんたのことも信用していない、なのだ。 つまりクラウドは、本心から誰かを信用するということがないのである。というよりも、信用しようとしていないのだろう。 いつもくぐもっている目や声が、それを証明している。 努力しようとしている気配もないし、そうせずに既に諦めている気配すらある。 しかしヴィンセントはそんなクラウドを叱咤しようとなんて思わなかったし、時折バレットがそうするように罵倒することなどもなかった。何しろそんなことをしても無駄なのだ、本人がそれを必要だと思わない限りは。 そんなちぐはぐな状況がありながらも、取り敢えずパーティは動いている。 セフィロスという敵を目指し、今日もまた一歩、先に進んでいる。 もう既にそろそろこの旅も終盤だろうという頃で、表面上仲間たちは一致団結しているように見える。が、事実そういったことをクラウドに言われたのが数日前。ヴィンセントもクラウドに対して、特に厚い信頼を持っているとか、そんなつもりは一切なかった。言うなれば、ただ旅の道連れ、という程度。 ただそれだけ。
「ヴィンセントは、俺と同じ部屋で良いか?」 ある日のこと、宿場の入り口でそうクラウドに問われ、ヴィンセントは軽く頷いた。 その日二人は同室ということになったのだが、二人共に無口な性格のために部屋はしんと静まり返っている。それでも二人はもくもくと己の用事を済ませ、するりとベットに潜り込んだ。 「明かり。消して良いか?」 ふいにクラウドにそう問われ、ヴィンセントはああ、と端的に頷く。 それを受けて、クラウドがぱちりと電気を消した。 その途端、部屋はすっと暗闇に変貌する。 静かで、暗くて、落ち着かない部屋。 時折ずるり、とシーツの擦れる音だけが響く。 本当だったら、寝るのにこれほど好条件なことはないのだろう。隣のベットに人が寝ているのにまるで煩くない。感謝して然るべき状況だ。 が、どうも眠れない。 「……」 ヴィンセントはゆっくりと静かに息を吐くと、暗闇になれてきている目でじっと天井を見遣った。そして、ふと気になって隣のベットに目を向けてみる。すると、どうやらクラウドもまだ眠っていないようだった。それどことか、ヴィンセントがしていたのと同じようにぼんやりと天井を見つめている。 ――――――話しかけたほうが良いだろうか。 ヴィンセントは何となくそんなことを考えたが、一瞬、躊躇った。 その一瞬の隙に、クラウドがふっとヴィンセントの方を振り向く。 暗い部屋の中、言葉など何一つ無いのにまるで示しあったように視線がぶつかって、二人は暫くじいっとそのまま動かずにいた。 やがて、クラウドがゆっくりと口を開く。 「―――――この前言ったこと、悪かった」 静かな部屋に響き渡ったその言葉は紛れもなく、先日放たれた“信用していない”という言葉に対するものだった。 ヴィンセントは「別に構わない」と言うと、自分もそうそう簡単に人を信用できる人間ではないということを告げる。特に慰めるつもりで口にした言葉ではなかったが、その場の雰囲気としてはそれに近い状態になった。 クラウドはそれをどう感じたのか、ゆっくり一つ頷くと「同じだ」と呟く。 「今の俺は…他人をどこまで信用して良いか分からないんだ。いや…そもそも信用するっていうのがどういうことなのか…それも良く分かってない」 クラウドの落ち着いた声は、この静かな夜の、この静かな部屋の中によく馴染んでいた。そしてそれに受け答えるヴィンセントのそれもまた、同じようにしっくりとこの空気に溶けていく。 「そういうのは十人十色だろう。…とはいえ、私も昔のように人を信用することはもうできない。もしかすると、いつかそれが失われることを恐れているのかもしれない」 「…そうか。確かにそうだな」 クラウドは同意するようにそう言うと、少し笑ったみたいに口端を上げた。 同じパーティの仲間同士が口にする話題としては、それはあまりにも不適切なものに違いない。が、不思議と成立している。信頼できないと言いながらも、信頼していなければ話せないような会話をしているのだからおかしなものだと思わざるをえない。 しかし、そんな不思議な時間も終わろうとしていた。 元のようにふっと天井に視線を戻したクラウドが、すうっと瞼を閉じていく。それを見ていたヴィンセントは、どうやらクラウドは眠りに入ろうとしているらしい、と理解する。ならばそろそろ自分も寝に入ろう。そう思った。そう思って目を瞑る。 ――――――と。 「!?」 ヴィンセントはその瞬間に眩暈を覚え、体が回転するような感覚に囚われた。 何だろうか? そう思い、その妙な感覚が消えてからぱっ、と目を開ける。そして何故だか反射的にクラウドの方を見遣った。すると、驚いたことにその場にクラウドの姿が無い。つい先ほどまで話をしていたのだし、まさかこんな瞬間的にどこかにいけるはずがないのに、それでもそこはもぬけの殻なのだ。 「クラウド?…おい、クラウド」 がばっとベットから起き上がったヴィンセントは、部屋を見て周り、ドアの向こうの廊下にも目を走らせた。しかしやはりクラウドの姿が無い。 一体どこに行ったのだろうか。 用をたしにというのならまだ分かるが、それにしたって瞬間移動並みの神業でなければあり得ないことだろう。こんなおかしなことなどあるのだろうか。 そう思いながらもう一度部屋を見て周り、そして窓に目を向けた時―――――。 「な…んだ?」 ヴィンセントは思わず目を見張った。 何故ならば、窓の向こうに見える景色が明らかにおかしかったからである。 驚いて窓辺に駆け寄り外の様子をじっくりと見遣ると、ヴィンセントはそれが完全におかしいことを認識した。これは最早疑いようのないことである、何せこの目で見ているのだから。 「まさかこんなことが…――――ありえんな…」 そう、正にそれはあり得ない世界だった。 ヴィンセントの目に映る窓の外の景色は、空中に浮かぶ建物の断面だったのである。 まるで宇宙だかライフストリームだかの中にいるかのように、窓の外の空間には地面がなかった。そしてその空間の中にぼんやりと建物が浮かんでいるのだが、その建物には天井がなく、まるで箱庭を覗くみたいに中の様子が見えるようになっている。 部屋は至って普通のもので、リビングやキッチン、バスルームにベッドルームなどが区切られている。リビングにある暖炉はぱちぱちと燃えており、暖かそうに赤が広がっていた。唯一珍しいものといえば、リビングの隅にぶらんこがあることだろうか。 「あれは…」 目を凝らしてみると、その部屋の中には誰かがいた。 その誰かが、リビングのソファのすぐ隣で、蹲るように床に座っている。それがぴくりとも動かない。何だか気になってしまう。 「…見てみるか」 ヴィンセントはそう決意すると、暗い部屋を出、それから宿場の入り口を出ていった。入り口のドアを開いた向こうには当然普通の景色などなくて、一体どういう空間なのだか分からないが、ともかく青紫のうねりが幾重にもなっている。 その空間に、慎重に足を踏み出す。 ともすれば死ぬかもしれないと思ったが、意外にもその空間は歩くことができた。目指す建物まで一歩一歩確実に歩んでいくと、やがて目の前にドアが現れた。どうやらあの建物のドアらしい。 空中に浮かぶ建物の、そのドアをコン、コン、とノックする。 返事は無い。 暫く待ってもう一度コン、コン、とノックしたがやはり返事が無かったので、ヴィンセントは思い切ってそのドアノブを捻った。すると、難なくドアが開く。 ドアを開け、部屋の中に入り込む。 リビングまではすぐで、その中でもソファは一番目に付くところにある。あの人物もすぐに見つかるはずだ。そう思ったヴィンセントは正しく、先ほど上から見た人物はすぐにヴィンセントの目に飛び込んでくる。 近くで見てみると、どうやらその人物は小さかった。膝を抱え込み、そこに頭を垂れているから顔も分からない。しかしその小ささから少なくとも大人ではないと分かる。とはいえ、このような奇妙な空間にいる人物なのだから、人間とは限らない。それがヴィセントを慎重にさせる。 「…おい」 一歩、近づいて声をかけた。 返事は無い。 「…おい、お前」 もう一歩近づいて声をかけるが、やはり返答が無い。 仕方が無いと思い、その人物のすぐ目の前に立膝でしゃがみ込み、ゆっくりとその肩に手を置いた。 ―――――と。 「…お前は…!?」 思わず、はっ、と息を呑む。 そこに蹲っていた人物は、どう考えてもクラウドと同じ顔をしているのだ。がしかし、あのクラウドとはどこか違う。そう、年齢だ。目前のクラウドに似た人物はやけに幼く、あどけなさの残る表情でヴィンセントじっと見遣っている。 ヴィンセントはその状況に思わず唖然としてしまったが、目前の少年があまりにも無防備な表情を晒していることを理解し、一呼吸してからこう問うた。 「…クラウド、なのか…?」 まるで信じられない光景だが、それはどう考えても少年の姿をしたクラウドである。 しかし実際そんなことがありえるだろうか―――――いや、あるはずがない。 何故ならヴィンセントの知るクラウドは21歳の青年で、まだ成人したばかりとはいえ大人の表情を持っていたのだ。ところがこの目前の人物はそうではない。 「…誰?」 彼は不思議そうな顔をしてそんな言葉を放った。 それは嘘などではなく、本当にヴィンセントの存在を知らないという調子である。実際それは当っているのだろうが、ヴィンセントにしてみればそれは何だかとてつもなく不可思議な感覚だった。彼は、ヴィンセントのことを知らないのだ。 「…私はヴィンセントだ」 ヴィンセントは、その不可思議な感覚の中でそう名乗る。まるで初めて出会う人間のように。目前の彼は、そんなヴィンセントに「初めまして」と言った。 「俺はクラウド・ストライフ。神羅の兵士なんだ」 「そう…か」 これは――――――――何かの間違いなのか? この目前の彼…クラウドは、自分を神羅の兵士だと説明する。それはつまり、この目前の彼が本当にクラウドだということを示していた。兵士だと語っていることやこの幼さからして、これは恐らく過去のクラウドなのだろう。 「ヴィンセントは、セフィロスの知り合い?」 「え…?」 「セフィロスの知り合いじゃないの?」 何の悪びれもないような表情が、ヴィンセントにそんなことを問う。 セフィロス――――? 何故その名前が出てきたのか、ヴィンセントには良く分からない。 実際、戦いの先にある人物がセフィロスだということを考えればそれはそうそう遠い名前とは思えなかったが、それでも少年クラウドにその名前を出されると一種何か奇妙な感じがする。 神羅時代のクラウドが、ミッションなどでセフィロスと多少関わったことは知っている。だからこそクラウドは自身の過去の為にセフィロスを敵とするのだから。 しかしそれがこうも生々しく実感できてしまうと、何故か奇妙だった。 そもそも、この少年クラウドの口振りでは、まるでセフィロスこそが仲間であるとでもいうふうに感じられる。多少ミッションで関わった程度のセフィロスに、そんな親しげな信頼など置くだろうか。 「…知り合いではない。名前や存在は知っているが、懇意なわけではない」 目前のクラウドがどういうふうにセフィロスと繋がっていくのかが明確でない今、敵視するような言葉は極力避けた方が良い。そう思ってヴィンセントは差しさわりの無いそんな説明をしてみせた。 するとクラウドは、そうなんだ、と言って、それきりヴィンセントから顔を背ける。どうやら特別何かを話すつもりはないらしい。 「クラウド。お前はセフィロスとは仲が良いのか?」 まさかな、そんなはずはない。 神羅時代の上下関係からしてそういうことはないだろうと思いながらも、少年クラウドの口ぶりが気になり、ヴィンセントはそんなことを聞く。 すると、少年クラウドは見たことも無いような純粋な笑顔を見せて、到底信じられないような言葉を口にした。 「うん、そうだよ。いつも此処で会うんだ。此処で待ってると、セフィロスが来てくれる。だから俺はいつも待ってるんだ」 「此処で?セフィロスが此処に…来るというのか?」 どういうことだ、そう思いヴィンセントは呆然とする。 しかしそもそもこの空間がどういうものか、それ自体が分からない。分かっているのは、今ここにいるクラウドが幼い頃のクラウドだということ、そして自分はこの空間に迷い込んでしまったということ。 もし此処が過去であるなら、自分はクラウドの過去に入り込んだということになる。まさかそんな非現実的なことがあるわけがないと思うが、実際そういう状況なのだから仕方が無い。そう考えた方がしっくりくる。 しかし――――――もしそうだとして。 過去のクラウドは、それほどまでにセフィロスと親しかったのだろうか。いや、その前にこの過去は実際にあった過去なのかどうか、そこが怪しい。そうなると信憑性はそれほど高くは無い。 しかし、目の前のクラウドが嘘をついているようには思えなかった。 「俺、信じてるんだ。セフィロスは絶対来るって。だから待ってる」 膝を抱え込むクラウドは、先ほどはひどく純粋に笑ったのに、どこか寂しいふうな表情でそう言った。それはどこか自分に言い聞かせるみたいな様子である。 そのクラウドの様子が、ヴィンセントに悟らせた。 クラウドはこう言うけれど、きっとセフィロスは―――――――来ないのだろう。 「…クラウド。ソファに座ろう」 ヴィンセントはクラウドの腕を掴むと、かたくなに抱えられていた膝を解いて、その体をソファへと引っ張っていった。そうしてソファに座らせると、自身もその横に腰を下ろす。 並んでみると、やはりクラウドは一回り小さかった。 ヴィンセントの知っているクラウドとはまるで違う。 いつも一緒に行動しているクラウドは、いつもどこか陰があり、常に何かに憂いた様子だった。その顔が笑うことは無く、その心が何を思っているのかは教えてはもらえない。仲間の誰が傍にいてもそれは分からないのである。 そんなクラウドの過去が、今、ヴィンセントの隣に座っていた。 その過去は、寂しそうな顔をしてはいるけれど、瑞々しくて純粋で素直である。それは、今では失われている多くの感情を、まだ忘れていないクラウドの姿だった。 「…セフィロスはいつ来る予定なんだ?」 ふいに、そう聞いてみる。 すると、毎日だという言葉が返ってくる。 「そうか…では今日はまだなんだな。…昨日は来たのか?」 「…ううん、来なかった。最後に来たのは…―――もう、忘れちゃったよ」 クラウドは無理をして笑っているようだった。 忘れるくらいもうずっとセフィロスは来ていない――――やはりヴィンセントの思ったとおり、セフィロスは来ないのに違いない。今日も、明日も、明後日だって。 「どうしてセフィロスを待っている?何か重要な用事でもあるのか」 そう聞くと、クラウドはヴィンセントの方を見て幼い口を動かした。
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