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そんなふうに過去のことがグルグルと頭を回り、クラウドはやはり口を開けることができなかった。何かを話そうとすれば過去のことになってしまいそうで、それはとても恐かった。かといって近況報告をするほど、この空間は「現状」という場所にはない。現状という場所に在る二人が、過去の中に戻っている…丁度そんな感じがする。 「今日は――――――どうしていきなり話したいなんて思ったんだ?」 黙っているクラウドを見て、ヴィンセントはそっとそんなことを聞いた。 それは、再会の理由。 聞かれたからには答えないわけにはいかない、そういう状況になって初めてクラウドは真っ直ぐにヴィンセントを見遣った。交差した視線は、思ったよりもずっと優しい。 「それは…俺の単なる我が侭ってだけだ」 そう言って笑ってみる。けれどその言葉を聞いたヴィンセントは笑いなどしなかった。クラウドの答えはクラウドなりに真面目なものであり、ヴィンセントとてそれを疑いなどしてないだろう。けれどそれをそのまま鵜呑みにするほどヴィンセントはクラウドのことを知らないわけではなかった。 いや、むしろお互い知り合い過ぎていて―――――体裁や嘘さえ意味をなさないほど。 「我が侭、か…なるほど」 全く納得していない様子でそんなことを言ったヴィンセントは、一度置いたティーカップをもう一度持ち上げて、その中の珈琲を飲み込む。 「それを我が侭だと表現するのは何故だろうな」 「そりゃ…俺は。俺はヴィンセントにそういうふうに言える立場じゃないからさ…」 「それはつまり、お前から別れを言い出したから、ということか?」 「…まあ」 実際逆の立場だったら、それもそれで、こんなふうに会う権利なんてないと思う。けれどもしヴィンセントの方からそういった誘いがあったなら自分は即OKを出すだろうとクラウドは思った。但しそれは、今のように心が落ち着いてからでなければ無理だろうけれど。 「気にすることはない」 ヴィンセントはそう言って、更にこうとまで言った。 「別れを受け入れたのは私も同じことなのだ。あれは私達二人の決めたことだ」 その言葉は、どこか少し重い気がする。 確かにそれは二人の決断だった。ヴィンセントが反論もせずに受け入れたことはつまり、ヴィンセントもそれを選んだということになるのだから。 あの頃は―――――――それで総てが終わるけれど、同時に解決するのだと思っていた。 自分で決め付けた自分を演じることもなくなれば、報告することもない。そうすればただぼんやりと日々を過ごしていけて良いんだと思っていた。ヴィンセントを嫌いになったわけではないけれど、それで良いと…そう思って、いた。 それでも離れてみて気づいた多くのことは、どんどんと小さな傷を作っていく。その傷は心にまで侵入してやがて大きな後悔を生んだ。 どうしてあんなふうに別れてしまったんだろう――――――、と。 「…あれから恋人できた?」 ふとそう口に出してみる。自分と別れた後のヴィンセントは…今目前にいるヴィンセントはもう誰かと手を繋いでしまったのだろうか。 クラウドにはそのような相手はいなかった。 部屋はあの有様だし、生活だってそうそう綺麗なものじゃない。そんな中で解ってくれる恋人を見つけるのは容易いことではない。 特に―――――こんなふうにつまづいている自分では。 クラウドの質問に対してヴィンセントが出した答えは、意外にも簡単だった。たった一言、「いや」というだけの返答。それは結局恋人のいない生活を送っているということで、何だかクラウドはホッとしてしまう。 競争心なんかでは勿論なく、まだ許されると、そういう意味でである。 「俺も一緒だ。なんだかんだ言って俺は一人でいるよ」 「そうか…だがお前が別れを切り出したのは、そういう意味でではなかったのだろう?お前は自由という意味合いで別れが欲しかったんじゃないのか」 「まあ…うん、そうかも」 「だったら。それでも構わないだろう。一人を満喫するのも悪くない」 お前ならばその内そういう相手も自ずと見つかるだろう、そんな言葉まで添えてヴィンセントはそう口にする。しかしクラウドにとってみればその言葉は、何だか引き離される言葉のような気がした。 過去にそういう関係だった二人がこうして再会でもすれば、少しは頭を霞めるものである。何がかといえば、“やり直す”という選択が、だ。 クラウドのした質問は、そういう意味で放ったものではないとしてもやり直すことを彷彿させるのに十分なものだったはずなのに、ヴィンセントの返答はそれを総て否定していた。現状から考えてヴィンセントの言葉は正しいのだろうけれど、それでもクラウドはそんな普通の言葉が寂しかった。 ヴィンセントは期待などしないのだろうか。 もう一度、なんて望まないのだろうか。 今でも好きな気持ちが残っているなんて、全く無いのだろうか。 そういう余地さえ――――自分には与えてくれないのだろうか。 無理だよ、そうクラウドはポツリと口にして、ティーカップを手にする。一口すすって、それからカップの水面を見つめるとそこには、情けない顔をした自分が映っていた。 「まあそう後ろ向きになるな。―――――――過去の話などやめよう、今の話をするほうがきっと良い。折角お前の我が侭で再会が実現したんだからな」 過去を消そうとするヴィンセントに、クラウドは食い下がるようにこう言う。 「…今でも俺の我が侭は通るか?」 「再会していることじたい、もう通っているんだろう?」 「だよな。じゃあもう一つ…良いかな?」 恐る恐るそう言ったクラウドに、ヴィンセントは少し笑っていた。 我が侭ついでに、まるでそんなふうだったが、それでもヴィンセントはそれを拒否しなかった。 だから―――――――――もう一つの我が侭を。 「――――――――あの頃の話を、しよう…?」
クラウドが要望したのは過去の思い出話だった。 それは、「今の話をした方が良い」と言ったヴィンセントとは正反対だったが、それでもヴィンセントがそれを拒否することはなかった。 最初、ヴィンセントはあの頃のことを消し去りたいのだろうと思っていた。 けれどそれは違うのかもしれない。 例えそれが希望のあることではないとしても、ヴィンセントもまた過去の思い出を大切にしていてくれているのかもしれない。そう思うと、何となく心が温まった。 消え去らない過去―――――――それは。
それは、“現在”になり得るか……?
街角で、若い男が歌を歌っていた。 簡素な楽器の音に乗せて、男は歌を歌う。 それは静かな、柔らかい歌だった。 ねえ―――――――我が侭だと言うだろうか。 ふと耳にしたその歌に君を思い出して、とても懐かしくて、もう一度だけその胸に返りたいと思うことは――――――――。 我が侭と、そう思う? それでも、君を思い出させてくれたその歌を、寂しい歌なんかにしたくはない。 だから…だから、もう一度願いをかけるよ。 誰とも知らない男が歌う歌を聞きながら。君を思い出させてくれた大切な歌を聞きながら。 それは誰かにとっては何でもない歌で、誰も足を止めないほどのものだけれど。それでもこの心にとっては意味があるのだから。
過去の思い出話の最後に、こうそっと告げた。 それは小さな小さな声で、けれどとても大きな気持ちを込めて。 最大の我が侭と知りながら。
―――――――もう一度、一緒に生きてくれませんか……?
END
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