SONG FOR US
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さびしいうた
街角で、若い男が歌を歌っていた。 簡素な楽器の音に乗せて、男は歌を歌う。 それは静かな、柔らかい歌だった。 街行く人々は皆忙しそうに歩いていて、その男の歌になど足を止めたりしない。行きかう人々の中で、男は存在すら無くしたカナリアのようである。 それでも男は歌う。 誰も振り向いてくれなくても、誰も足を止めなくても、それでも伝えようとして、その歌を歌い続ける。 そんな中、ふっと―――――――男の前に足を止めた人物がいた。 男はその人物にチラリと視線をやったが、かといってそれを気に留めることなく歌を歌い続けている。その人物はその男の前でじっと立ち止まり、その歌に耳に傾けていた。 忙しなく行きかう人々の中、その空間だけは、何か違った色を放っていた。 端から見れば、見落としてしまいそうなほど何でもない光景。 それでも男の歌う歌は、街を流れていた。
我が侭だと言うだろうか。 ふと耳にしたその歌に君を思い出して、 とても懐かしくて、 もう一度だけその胸に返りたいと思うことは――――――――。
多分それは、本当に久々の再会だった。 会うつもりなんか無かった。 ただ、ある日街を歩いていて、その街の隅で何処の誰とも知らない男が奏でていた歌が、ふっとその人を思いださせただけの話で――――――多分、それがキッカケだった。 もう会わないように、そう思ってどこかに仕舞ってしまったその人の連絡先を、馬鹿みたいに必死に探した。探して探してやっと見つかった時には、疲れ果てていたけれどどこかホッとした。 見つけだした連絡先の書かれた紙には、簡素な文字の羅列。住所と電話番号。 それを目にして、恐る恐る電話をかけた。 出ないで欲しい、そうも思ったけれど、出て欲しいとも思う。その矛盾した心から現れる緊張感が全身を包み、電話口に相手が出た時にそれはマックスに達した。 電話の向こうからは、懐かしい声。 その声を聞いた瞬間に、涙が溢れそうになった。それでも何とかグッと堪えて、やっとのことで口を開く。もしもし、そんなふうにありきたりな言葉を紡いで、相手の様子を窺ってみたりする。もし此処ではっきり自分の名を名乗ったら、もしかしたらその瞬間にこの通話は終わってしまうかもしれない。そう思うと ――――――何となく手が震える気がした。 それでも相手に「誰だ?」と問われれば答えるしかない。 「もしもし―――俺…覚えてるかな。俺、クラウドだよ」 そう名乗ると、電話口の向こうの相手は暫し沈黙し、その沈黙が解けた瞬間にこう口にした。 『ああ、クラウドか……久し振りだな』 その落ち着いた声は、クラウドを安心させる。 心の中はとても安心できていて、それでも身の回りは雑然としきっていた。壁に背をつけて受話器を持つクラウドを取り囲んでいたのは、どうにもならないままに散らばった服やゴミの山である。部屋の中はあまりにも汚くて、その無法地帯の中で電話台の周囲だけがスッキリと綺麗に見えた。 震える手と、震える声。紡ぐ言葉はまるで稚拙で、伝えたい思いの10%も伝えきれていないと思う。それでも一生懸命言葉を放ってみた。一生懸命に。 「あの…さ、今度久々に、会って話でもしないか?」 『どうしたんだ、何かあったのか?』 「ううん、何でもないんだけど…ただヴィンセントと話がしたくなったんだ。駄目かな?」 駄目に決まってる、そんなのは自分が良く知っている。それなのに我が侭な心は消え去ることがない。もしこの言葉にNOが返ってきてしまったらば、もう本当に二度と連絡などできないだろうし、それどころか考えることすらタブーになってしまうだろう。 答えは、YESでなければならない。 勝手だとは思いつつも、クラウドはそう思っていた。 こうして話をするのが久々になってしまったその原因を作り出したのはクラウド自身だったし、それは自業自得だと分かっていたけれど、それでもNOを返されたら総てが無くなってしまう。だから、返事はYESであって欲しいと願ってた。 そしてその答えは――――――。 『―――分かった。では、どこかで待ち合わせをしようか』 答えは、YES、だった。
馬鹿みたいだろう? 「さよなら」を言ったのはこっちなのに……
ねえ――――――笑っても、良いよ。
酷く久し振りだった。 どこにでもあるような喫茶店だったけれど、その空間はまるで過去へタイムスリップしたかのような空間で、眩暈さえ覚えそうで。 あまり客足の無いその喫茶店を敢えて待ち合わせ場所にしたのはきっと、喧騒の中じゃ寂しすぎると思ったからだ。過去にしがみついているわけではないと思うけれど、それでも過去とシンクロするだろうことを考えたら、静かな場所の方が良いと思ったのだ。 その場所で、再会。 もう―――――――何年経ったか知れないけれど。 慣れない手つきでアンティークなティーカップを手にしていたクラウドは、久々に目にした相手の姿を何となく直視できないでいた。 世間では年末という忙しい時期、その時期にこうして突然アポを取って会うことができたのはとても幸運だと思う。そしてその幸運を手にしたというのに直視できないという現実はとても惨めだと思う。そう思うけれど、そうすることは容易ではない。 過去が消えない限りは、それは容易ではないと思えて仕方無い。 目前にいる―――――――ヴィンセントは、慣れた手つきでティーカップを手にしている。勇気を出してチラリと見てみると、ヴィンセントはまるで昔と変わっていなかった。髪形とかそういったものに少し変化があっても、相変わらずの落ち着きぶりは健在だったし、物腰の柔らかさも健在である。 そういうヴィンセントを見てクラウドは、やはり目を反らした。 しかしヴィンセントからしてみればその状態はおかしいものでしかない。此処に呼び出したのはクラウドの方だし、それはヴィンセントにとって「用事がある」事になるわけで、こうして沈黙が続いていては再会の意味をなさないのだ。 沈黙を破るように口を開いたのは、やはりヴィンセントが先だった。 「久々の再会だぞクラウド。下を向いていては勿体無いだろう」 「ああ…うん、そうだな」 慌ててそう答えて顔を上げてみる。 ヴィンセントはやはり柔らかい表情をしていた。特に怒っている様子もない。それはクラウドにとって救いだったが、反対に言えば不思議なものでもあった。 過去。 あれはもう数年前の話だったが、その頃ヴィンセントとクラウドは共に生きていた。それは生活を共にするだとかそういう直接的な意味ではなく、同じ方向を見て同じ道を歩いていたのである。寄り添い、支えあって、お互いを見詰め合っていたその過去は、今思うとあまりにも暖かくて、それを失ってしまった今が妙に色あせて見えるときすらある。 それでもクラウドがその決断を完全に後悔しきれないのは、その過去を清算しようと言い出したのが自分の方だったからである。 どうしてそんなふうに決断をしたのか、今では良く分からない。 ただ、離れて初めて分かる大切さや重要さというものがあって、そういうものはもう嫌というほどここ数年に感じてきた。痛感した。 あの頃は、どんな些細なことでも事件のようで、毎日が充実していたのだと思う。どんな些細なことも、報告する場所があった。今日はこんなことがあって、こんな人と出会ったよと、そんなふうに話す相手がいた。それでもそういうのは自発的なものであって、二人の間になくてはならないというものではなかった。ただ、そうして話すことが普通だったのだ。 多分、そういった他愛無い報告をよりしていたのはクラウドの方だったろう。ヴィンセントはあまり自身のことを話さなかったし、どちらかというと聞き上手だった。だからクラウドの話に頷き、時には意見したりしているのが普通だった。 そういう普通の生活はとても充実していたはずなのに、とても自然だったはずなのに、ある日ふっと心に差した何かが、その空間への気持ちを窮屈にさせた。 例えばそうして日々の報告をすることさえ、まるで義務的なもののような気がしてならなくなってきたのである。今度の休みはいつだとか、自分はこう思ってるんだとか、そういった予定や意思疎通の為のものさえも何だか窮屈に思えてきたのだ。 それはヴィンセントが嫌いになったとかそういった事ではなかった。相手に不服があるのではなく、そういった関係の中で作り上げてきた自分の在り方が、何だか窮屈に思えて仕方なかったのである。 休みを知らせれば、自ずと予定をあわせることなる。それは当然のことだったのだろうが、どういう訳かその時のクラウドにはそれが、まるで束縛と同じ種の、自由を奪い去るもののように感じられたのだ。 かといってそういう報告をするようにとヴィンセントが仕向けたわけではないし、そういうことは強制なんかではない。クラウドの方からの自己申告であり、ヴィンセントはただ聞いていただけなのだ。それでも今までの生活の中でそうして続けてきたことは、それからも続けなくてはならないような気がして、クラウドは自分自身に「自分のあり方」を決めてしまっていた。 そういう事の積み重ねが、いつの間にか素っ気無さに変わってしまったのだろう。 だから多分――――――その場から、愛情というものが消えたわけじゃなかった。 それでも今、そういう事は口にできないと思う。それを言うのは正にルール違反だし、そういうふうに言ったからといって現状が変わるわけではない。ヴィンセントにそれを言ってみても、そうだったのか、と言われるのが関の山だろう。 つまり、過去についてどんなに真実を話してもそれは、過去へのものでしかないのである。現状には繋がらないものなのである。 今でも本当は好きなんだ――――――そう言えたら、とても楽だけど。 そう言って、自分が軽蔑されるのは辛い。そうして愛想をつかされたら、こうして気まぐれに会うことすらもう無くなってしまうだろうから。
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