ささやかな幸せの為に

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「降ってきたな…」

窓をガラリと開けて、クラウドは空を見上げてそんなふうに言う。

空からはパラリパラリと雨が細かく降り注いでいて、それはこれから大降りになりそうな気配だった。

「帰るのか、クラウド」

ふと背後からかけられた声に、クラウドは振り返る。

「んんと…迷ってる」

少し言葉を濁らしてそう言うと、クラウドは溜息混じりに空に視線を戻した。

そこはヴィンセントの住む家で、こうやって遊びにくるのはごくたまにの話である。

そもそも二人は別々に住んでいて、その距離は結構に遠い。だからこうしてたまに過ごす時間は貴重そのものだった。

ヴィンセントとそんな仲になったのはごく最近で、まだこれといって我侭が通せるような関係ではない。だからどこか少し緊張する感じもある。

もっとハッキリ言葉が言えたら楽なのに、そう思いながらもクラウドは、まだ飲み込む言葉の方が多かった。

降る雨を見て思う。

この雨が止んだら、笑って「さよなら」を言わなくては――――――と。

けれどそうして別れたら、また月単位で会えないわけで、それを考えると何ともそれも辛い気がした。

できれば、雨が止まなければ良い。

そう思うけれど……。

「ごめん、何だか感傷的になってるみたいだ」

つい黙り込んでしまったのを照れ隠しにそんなふうにクラウドは言う。ヴィンセントはクラウドのその態度に何だか心配そうな顔をして、どうした、などと言った。

「何かあったのか?」

そう優しく声をかけて、クラウドの頭をポン、と叩く。そんな動作一つも嬉しくて、クラウドは思わず笑顔になった。

本当は素直に「まだ一緒にいたい」と言えばいいのだろうけれど、それが上手く言えなくて、クラウドは遠まわしにこんなふうに言う。

「えっと…その。雨がさ、止まなければ良いな…とか、思って」

そう言ってからクラウドはチラ、とヴィンセントを見る。どんな反応をされるかドキドキする。けれどヴィンセントは何も言わず、表情も変えずにクラウドを見ているだけだった。

やはり帰らなくてはならないんだろうな、そう思ってクラウドは俯く。

実はちょっとくらい期待していたのかもしれない。

ヴィンセントが「まだ帰るな」と言ってくれることを…。

けれどその淡い期待はどうやら伝わらなかったようで、クラウドはちょっと残念だなと思いながらもそろそろ帰る決心をつけようとしていた。

が、その時。

「クラウド」

呼ばれて、クラウドは振り向いて返事をする。

「何?」

「今日は泊まっていったらどうだ」

「ああ…」

流れにまかせてそう答える。

しかし、その言葉を反芻し、良く良く考えてみたクラウドは、思わずギョッとした。

「えええっ!!?」

泊まる=夜もずっと一緒。

この図式にやっと辿りついたクラウドは思わず声を上げてしまった。

まさかヴィンセントの口からそんな言葉が出るとは思ってもみなかったし、このまま一緒にいれるのは嬉しいとしても、とにかくそれは緊張する事態だった。

何せまだ泊まるなんて事はしたことがなかったのだ。

一方、ヴィンセントの方はクラウドの驚きぶりに驚いていた。確かにそれはクラウドにとっては緊張する事態だったが、ヴィンセントにとっては普通でしか無い事である。

もうそんな仲なのだし、今更恥ずかしがることもないような気がする。

「そんなに驚くこともないだろう?年頃の女でもあるまいし」

「ま、まあ。そうなんだけどさ…」

クラウドは鼓動が早くなるのを抑えられなかった。何だか良く分からないながらも恥ずかしい。

「…それとも嫌か、クラウド?」

すっとそんな言葉が出されて、クラウドの頬にヴィンセントの長い指が沿わされる。更にドキリとする。

「…そんなこと、無い…よ」

何だかクラウドは、そう言うのが精一杯だった。そんなクラウドを知ってか知らないでか、ヴィンセントはクラウドの身体を抱き寄せる。

雨の音がうるさいけれど、それが全てかき消されたみたいな気がした。

とても温かくて…。

 

結局クラウドは、そのままヴィンセントの家に泊まることになった。

 

 

 

軽く夜食まがいのものを口にして、少し会話などを楽しみ、それから夜はやってきた。

着替えの一切も持っていないクラウドは、ヴィンセントが貸してくれるといって渡してくれた服に取り敢えずは着替えた。

ヴィンセントの方が背が高いせいか、それはクラウドにとって少し大きめである。袖がまず長いし、裾もかなり下の方になってしまう。

何だか変だなあ、そう思いながらクラウドはヴィンセントに言った。

「何だか変かな、これ?」

そう言いながらその姿を見せてみると、ヴィンセントは少し笑顔になる。

「仕方ない、私のだからな。…まあ、良いんじゃないか?」

「そうかな…」

女の子が男物を着たような状態に似ててどうかなとも思うクラウドだったが、それはヴィンセントにとっては少しヒットだったらしい。

首を傾げるクラウドの姿をチラチラ見ながら口元を緩ませている。勿論、クラウドはそれには気付いてはいなかったが。

そんなふうに他愛無く過ごすのは、本当にささやかな幸せだった。

こんなふうに小さな幸せを手にしてから、クラウドは思うことがあった。

かつて自分の手で守ったもの、それは結構に沢山あったような気がする。それはそれで、守ってきたつもりだった。

その規模はさまざまだったけれど、かつての戦いなどを思い起こせば大きなものだったと思う。

けれど今思うのは、このささやかな幸せは、それよりも大きいということだった。

人間の手では溢れてしまうものもある―――――。

今ある、ささやかな幸せ。

それを、壊さないように、壊さないように、大切に守っている。

それは一人では守りきれないもので、相手の気持ちあってこそのものだけれど、例えいつかそれが無くなってしまうような日が来たとしても、今だけは、と思う。

そういう小さな幸せを感じる時、いつも思うのだ。

この一瞬だけは、と。

「クラウド?」

ふっと声をかけられてクラウドは振り向く。いつの間にか考え事をしてしまっていたらしい。

「何を…考えてるんだ?」

そう聞かれて、クラウドはにっこり笑った。

「えー…と。…ヴィンセントの事、かな」

「…言ったな」

まだ降り続く雨の音を背に、ヴィンセントは立ち上がってクラウドの側に寄った。それから軽くキスをすると、その顔を見つめて言う。

「そんな事言うと…一生、帰らせないぞ」

「えっ…」

思わずクラウドは驚いて口を開けたが、少ししてから少し照れながらこう返したのだった。

それでも笑顔になって。

 

「じゃ…。一生、帰らない」

 

 

それは、本当にささやかな幸せ。

 

 

 

END

 

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