message

---------------------

 

 

 

二月十四日。

St.Valentine。

それはクリスマスに次ぐ恋人達の行事であった。

 

 

 

“大切なあの人に思いを告げる”

そんな垂れ幕を掲げている店の店頭に、数人の女性がたむろっている。

コーナーはピンク色をしていて、いかにも男子禁制の雰囲気を醸し出しており、もし入ろうものなら白い目で見られることうけあいであった。

「バレンタインかあ…」

奇しくも恋人の名前と同じその言葉を呟いたクラウドは、また今年もこの時期がやってきてしまったか、と肩を落とす。

そのコーナーにいる女性達は真剣で、色々並べられたそれらを手にしては戻したり、ただ見つめて考え込んだりしている。

本命なのかな、チラとそう思いながらその脇を通り過ぎたクラウドは、なるほどあんなふうに皆は選んでくれるんだな、などと考えていた。まあ今までの人生、中には義理そのものを受けることもあったが、というよりそんな記憶しかなかったが、ともかく皆ちゃんと考えたりしてるんだなあなんてことを思う。

「去年は酷かったもんなあ」

去年、ヴィンセントの元には数個のバレンタインチョコが届いた。

それらは一応義理を装ってはいたが、丁寧にも同封されていたカードには本命よろしく熱いメッセージが盛りこめられていた次第。勝手にそれを見たクラウドは勿論のこと詮索をしたものである。この送り主はどういった人で、どういった付き合いをしているのか、またどういう雰囲気でこれを渡してきたのか……それはもう犯罪を犯して誘導尋問を受けているが如くといった調子で、ヴィンセントをたじたじにさせたのは言うまでもない。

午後八時から深夜二時まで六時間に渡ってそんなことを話し合った二人だったが、結果的には何も問題は無いという結論に至り落ち着いた次第である。

がしかし、落ち着くまでには長い道程だった。

そもそもヴィンセントが相手の素性を話してもクラウドはそれをすぐには信じなかったし、途中は何やら二人の過去話にまで及んだ。だものだから落ち着く迄には山が幾つも連なっていたという状態で、それはこうしてその後のバレンタインデーにまで影響を及ぼすこととなってしまった。

そんなふうに一年前を鑑みながらも、クラウドはそのコーナーを通り過ぎる。

が、ふとあることを思いついて歩を止めた。

「今年は…何かあげた方が良いかな」

呟いて振り返ったそこにはピンクのコーナーがあったが、やはりそこは男子禁制の雰囲気を漂わせていて迂闊に入ったらば恐ろしい事になるような気がする。

しかし、なまじ去年あんなことがあったから、今年は穏便に、できれば幸せに過ごしたい。去年はクラウドが怒っていたせいで問題から擦り消されていたが、しかし元々他人のカードを勝手に見たのはやはりクラウドに非がある。

ヴィンセントは何も言わなかったが、というか言えなかったのかもしれないが、ともかくそれを非難したりはしなかった。

が、それはやはりクラウドの胸に小さく残っていたから、だから何だか今年はできれば優しい自分でいたいと思う。

「でもなあ…」

目線の先にあるチョコを見て、クラウドはちょっと悩んだ。

それらのチョコはどれも既に包装されていて、買えばすぐに渡せるといった状態である。

「義理…っぽいかな」

もう既に恋人同士であるのに何故かそんな事が気になってしまったクラウドは、俄か悩み出した。

義理っぽいチョコなんて嫌だ。

だって本気で好きなのに何だかそれじゃ気持ちが伝わらない気がしてしまう。

そう思うクラウドの頭からは、そんな事を気にせずとも気持ちなど伝わるどころか繋がっている事すら、すっぽりと抜け落ちていた。

コーナーを見詰める事20分。

通りすがる人が何を思ったか哀れそうにクラウドを見遣り、コーナーにいた女性がほくほくとチョコを手にしながらクラウドを横目で見遣り、とうとう店員までがこそこそと噂話をし出したその頃、クラウドはハッとあることを思い出した。

そういえばそうだ、早く帰らなければいけなかったのだ。

今日の鍵の当番はクラウドで、だから早く帰らなければヴィンセントが締め出しを食らってしまう。それはいかにも良くない。

「やばい。早く帰らなきゃ」

そう呟いてクルリと反転したクラウドだったが、やっぱりあのコーナーが気になって振り返ってしまう。

何か買った方が…そう思う。

しかしそこにはまた数人の女性が群れ始めていて、やっぱりそこに入り込むのは微妙な気がした。

 

さて家に帰ろうかと思ってその岐路につく間、クラウドはやっぱりチョコの事が気になっていた。やっぱり買えば良かったな、そんなふうに思って今度は後悔みたいなものをし始める。しかし実際そのコーナーに行くとどうしても男であることがネックだったし、包まれたそれが義理っぽくて嫌だった。

そんな葛藤らしきものを家につく寸前まで考えていたクラウドは、もうすぐ家だというその段になって、やっぱり買いに行こう、と意を決したものである。

しかし家までもうすぐという段になってそうしたものだから、時間が無い。

この際、義理っぽいだとか何だとかは言っていられない。ともかくチョコレートを買って早く家に帰らねば。

そう焦るクラウドがやってきたのはケーキ屋であった。

ケーキ屋はバレンタイン用の小さなチョコを販売しており、それは店頭に煌びやかに陳列されている。人通りはあるし、やはりそのコーナーも数人の女性で取り囲まれていたが、この際それは気にしない事にした。

「ねえ、これなんかどう?彼、甘いものダメなんだけどこれならイケそうじゃない?」

「ああ、良いかもねえ」

一番前を陣取っている女性らがそう話しているのを聞いたクラウドは、その商品に目を落とした。するとそこには、“糖質50%カットのビターチョコ“と書かれている。

なるほど、これなら甘くなくて良いかもしれない。

「…そうだよな」

そういえばヴィンセントもそんなに甘いものは食べなそうだ。という事は、これは良いかもしれない。しかもどうやらその商品は売れているらしく、残りは一つのみである。

よし、この人達が決める前に俺が買おう、そう即決したクラウドは、さっと手を伸ばしてその商品を掴む。

―――――――…はずだった。

が。

「これ、下さい」

何という事か、息を切らせてクラウドの背後から入り込んできた女性が、そのチョコレートをさっと掴んだではないか。

「え!ちょっと…!」

焦ったクラウドは最後の1個であることもあってそれを阻止しようと手をグイと伸ばしたが、それでもさすがに女性の熱意には勝てなかったらしい。店員はニコニコしてその女性の手からその商品を受け取ると、値段などを口にし始める。

「……」

――――――――…ついてない。

しかしそう思っても最後の一個は終わってしまったし仕方がない。仕方が無いから他のものにしようかと眼を配ってみたが、何だかどうもパッとしない気分になる。やはり、コレと一度決めてしまったものじゃないと駄目らしい。

何だかな…、そう思いながら溜息をついたクラウドは、クルリと反転して道を歩き出した。

今年は何かあげたいなと思っていたけれど、どうやら時間もないし今日は帰る方が先決のようである。しかしそう思って岐路についても、何だかその間は落胆が絶えずに付き纏っていた。

折角、明日はバレンタインデーなのに。

 

 

 

家についてから一時間。

ようやく部屋に足を踏み入れる事が出来たヴィンセントは、一時間締め出しを食らったのだから文句の一つでも言えばいいもののそれはせずに、あまりに意気消沈しているクラウドを見て首を傾げた。

「何かあったのか?」

「別に…」

クラウドはそう言うが、その様子からするに明らかに何かあったとしか思えない。じゃなければそんなに落ち込んだふうになるはずがない。

がしかし、此処でしつこく理由を聞くのも難だからとそれ以上を聞かずにおいたヴィンセントは、ともかく何か作ろうと作業をし始めた。

一時間遅れてしまったけれど、まずは食事でも、と。

ヴィンセントは、その作業がてらこんな話題を口にした。

その話題は正に明日のことで、それは意気消沈しているクラウドに更なるダメージを与えるに至った。それはヴィンセントも分かっていたことではあったが、かといって話さないわけにはいかない内容である。

「明日だが、やはり休むわけにはいかないようだ。すまないな」

「そっか…」

どうやら明日ヴィンセントは、仕事らしい。

まあ仕方が無い。大体いきなり休んでくれと言ったクラウドの方が勝手だったのだろう。だからその希望通りにいかなかったことを、愚痴るわけにはいかない。

そう…本当は、一緒にいたいと思っていた。

去年の事もあって、せめて今年は楽しく優しく過ごせたら良いなと思っていたクラウドは、数日前から休みを取ってくれとヴィンセントに迫っていたのである。そしてその答えが今の言葉だった。

どうやらやっぱり今年はついていないらしい。

チョコレートも買えなかったし、一緒にはいられないし、名誉挽回だって出来やしない。

その事実はクラウドを更に落胆させた。

「悪かったな、どうも折り合いが悪くて…。でも、なるべく早く帰ってくるようにする」

「うん、ありがと…」

ありがとうと言っている割には、ありがたいという気持ちが篭っていない。だがそれも仕方無いことだろう。何せ気落ちしている時にテンションを上げることはなかなか難しい。

今年はついてない、再度そう思って溜息を吐いたクラウドは、何となく去年のバレンタインデーのことを思い出していた。

 

 

back next