孤影

----------------------------------------

 

 

幸せは、ずっと続くと信じていた―――――――。

 

でも、その幸せは残酷すぎた。

“孤独”の痛みを忘れさせる、甘い残酷――――。

 

 

 

いつもたった独りきりだった。

周りにどんなに仲間がいようとも、そういった感覚は拭い去ることができない。

そうやって生きていくことが、真実だった。

そうやって生きていくことが、本来のあるべき姿で、誰かの側に寄り添うことは、その核である“孤独”の上にある、薄い皮のようなものでしかなかった。

それがどんなに大切なものであろうとも、その真実を消し去ることはできない。

それは、戦いの中で十分分かった事でもある。

今までどれだけ戦いというものの中に身をおいてきたか。それは、一般に暮らす人々からすれば奇異なものだったし、奪った命もあっただろうと思う。

クラウドにとっては真実を知る戦いでもあった訳だが、その戦いの目的が結果的には星全体のことであろうとも、例え救うという名目であったとも、それで犠牲に成った命が無いわけではない。

それは、ある種の罪だった。

多分―――――――――巻き込んだ。

巻き込まれたともいえるが、反対に言えば、顔も知らない誰かを巻き込んだとも言い換えられる。

だから、思ったのだ。

そういった過去を背負い込んで生きていくには、常に自分は孤独でなければならない、と。

それを理解してくれる人がいても、常なる場所は孤独でなければならない、と。

例え、愛する人の側にいても。

 

 

 

戦いが終わった後。

どういう経緯か今では思い出せないが、クラウドはヴィンセントと共に過ごしていた。

最初はどこか似ているのだとクラウドは思っていた。

それは表面的な部分ではなく、心の奥底に眠っているものが、である。きっとそれはクラウドが常日頃から感じている“孤独”というものなのだろう。

根底には、それがある。

独りで生きていくのが相応しい、そんな雰囲気を纏った二人が一緒に生活をするのは、端から見てもおかしなものだったかもしれない。

それでも、そういった近い何かが、お互いを惹きつけた。

どこか落ち着きがある関係。

それは生活自体にも落ち着きを与えていたが、それが後々、何か不安にさせた。

理由は、分かっている。

クラウドがそう感じたのは、もう一緒に生活をして何年かが過ぎ去った頃の話だった。

 

お互い物に執着が無いせいか、部屋は簡素である。

その中で、クラウドはいつものような落ち着きぶりを見せながら、ヴィンセントを見遣っていた。

「独りに戻る?」

「ああ」

突然告げられた言葉に、ヴィンセントはいつものポーカーフェイスを少し崩して声を上げた。クラウドの様子はいつもと変わりが無い。

それなのにいきなりどうしてそんなことを言い出すのか、そんなふうに疑問を感じてか、ヴィンセントはその答えを求めるかのようにクラウドを見据える。

「別に変な話でも無いだろう?元々は独りで生活するはずだったしな」

確かにクラウドの言う通りで、元々はお互いに独りきりの生活をする手筈だった。

しかし、とヴィンセントはクラウドに言葉を投げかける。

「何故?今の生活では満足できないのか?…何が、何が足りない?」

クラウドの言い分は確かに分かるが、それでも二人の間にはもう既に出来上がった感情があったし、そういう点に於いてはそんな言葉が発せられるのはおかしい。

そんなふうに自分に気を止めてくれるヴィンセントを見ながら、クラウドは少し寂しげに笑った。

「ヴィンセント……違うんだ」

「何が、違う?」

クラウドは言葉を切った後に、こう続ける。

「足りないんじゃなくて―――――――何かを忘れてしまったんだ」

そのクラウドの言葉に、ヴィンセントは押し黙った。

暫くものを言わずにクラウドの顔を見つめる。

しかしようやく口から言葉が漏れた。その言葉は、どこか世俗じみてはいたが、正にこの状況的にはピタリと当てはまる。

「もう…駄目なのか?」

そうしたヴィンセントの問いかけに、クラウドは目を瞑って首を振ると、分からない、と中途半端な言葉を漏らした。

「分からないけど……ただ」

少し戸惑うような言葉。

それに続いたのは、こんなものだった。

「――――――俺はヴィンセントを愛してる」

 

クラウドは、三日後に家を後にすると告げた。

 

その決断に、ヴィンセントは止めることはしなかった。

ただ何も考えないように、他愛無い話を続ける。別段それはその場凌ぎという訳ではなかったが、いつかはそうなるかもしれないという予測くらいは簡単につく内容だったものだし、それを強引に止めてどうなるとも思えなかった。

そういうふうに束縛を与えることは、二人の間には無いものだったのだ。

だから、ヴィンセントは止めなどしなかった。

「しかし早いもんだよな。ヴィンセントと暮らし始めてもう…二年くらい経つかな?」

やはり落ち着いた様子でそう言うクラウドに温かい飲み物を出しながら、ヴィンセントは、そうだな、などと答える。

確かに時間の流れは速い。

こうして二人でいるようになった最初の頃は、何もかもが新鮮だった。

例え仲間として共にいた時間があったとはいえ、それとこれとは別物である。しかもそれはもう特別な感情を伴っていたわけだし、ある意味では本当に相手を知る始まりだったかもしれない。

その生活は、お互いの孤独な過去を忘れさせた。

ヴィンセントもまた、明るいとはいえない過去を持っているし、それはクラウドと近いものであるといって良い。

孤独を忘れられるのは、確かに温かくて居心地のいいものだった。

けれど、同時に――――。

「確かに早いな。……幸せだった」

ふとヴィンセントの言葉が宙を舞う。

そう言ったヴィンセントの思考の中では、まだ言葉は続いていた。それはクラウドには届かないものだが、きっと同じふうに感じていてくれていることだろうとは思う。

――――――その生活は孤独を忘れさせ、幸せそのものだった。

――――――けれど同時に、心を弱くした。

ヴィンセントはクラウドと共有していたこの“孤独”というものが、いつの間にか種類を変えていたことに気付いていた。

確かにそれは最初、独りで生きるという意味の孤独だった。

しかしそれはお互いの気持ちと共に、すっかりと姿を変えてしまっていたのだ。

 

独りで生きる孤独。

それが、いつの間にか、相手がいないと生きられない“孤独”へ。

 

それほどに、二人のお互いの存在は大きい。

それを考えると、今までの生活がすっと消えてしまうのは、とても大きいもののようにも感じられる。

「私は、生きられるだろうか」

「え?」

カップを手にしながら、クラウドはその言葉に反応する。ヴィンセントの動きはいつの間にか止まっていて、視線は閉ざされていた。

目を瞑っているのである。

そうしながら、ヴィンセントはクラウドに言う。

「お前がいなくなった部屋で、生きられるだろうか」

それは、本音だった。

引き止めようとして言っているわけではなく、本当にそんなふうに思ったからこそ口をついた言葉。

そういった意味合いは、それを耳にしたクラウドにも勿論、分かっていた。

「ヴィンセント―――」

少し寂しげな表情になると、クラウドは手からカップを離し、目を瞑ったままのヴィンセントにそっと抱きついた。

瞬間に、お互いの感情が流れ込むような気がする。そう決断したとしても、どれだけお互いがお互いを想い合っているかが、手に取るように分かる。

それくらい、分かり合えていた。

ヴィンセントの髪に顔を埋めるような形になりながら、クラウドはそうした決断をする理由を口にする。

今更そんなことを言わなくても分かっているだろうとクラウドは知っていたが、それでもその言葉があまりにも同じ気持ちの上で吐かれたものだと感じたから。

「俺が独りに戻る理由は、それだよ。このまま一緒にいたら、どうなるか目に見えてる」

「……」

何も返答は無い。

クラウドはそのまま決定的な理由を告げた。

 

「このまま一緒にいたら、孤独に耐えられなくなる―――――――」

 

ふと目を開いたヴィンセントは、クラウドの髪に手を添えながら、その言葉に小さく返した。

「……そうだな」

そうした後に、自然と顔を寄せ合い、唇を重ねた。

多分、これが最後だろう。

そんなふうにお互いが思っていた。

そう思いながら、もう何度も気持ちを確かめた唇を貪り、そしてそのまま身体を重ねあった。

それは実際、二人の間で交わされる最後の熱になった。

 

 

 

三日が経ち、その部屋にはヴィンセントだけが残された。

元々質素な部屋で、特別な家具もあまり無い。だからクラウドがいなくなった状態でもさして風景は変わらないような気がする。

その部屋の中で、クラウドが使っていたカップを見詰めながらヴィンセントは思っていた。

クラウドが独りに帰りたいと告げたあの日に、ヴィンセントには勿論、選択として引き止めることもできた。

もし―――――あの時、クラウドに伝えていたら。

“孤独になどさせない、ずっと一緒にいよう”

そう伝えていたら、クラウドは留まってくれただろうか。

そう考えてみたが、ヴィンセントはカップを手にして、一人首を横に振った。

「…私にはできない、な」

そういうチャンスがあったのに、実際はできなかった。そう考える心もなくはなかったのに、言えなかった。

言えるはずもなかったのだ。

「だってそうだろう、クラウド。…確実に、侵されてる」

ヴィンセントもまた、クラウドと同じだった。

元々同じ要素を持っていたから分かり合えた。けれどそれは同時に、同じ危惧にも侵されるということだったのだ。

ずっと一緒にいれば―――――――――。

核である“孤独”に戻った時、耐えられなくなるに決まっている。

それはヴィンセントも同じように感じていることだった。

本当はもう遅いとわかっていたけれど。

そう決断するには、お互いの気持ちは強すぎて、その幸せは残酷すぎて。

ヴィンセントは、カップにそっと口付けた。

 

 

心は侵され続ける、今も、これからも。

もう既に、相手がいなければ耐えられない。

 

その、“孤独”に―――――――。

 

 

 

END

 

back