壁の穴
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クラウドの部屋は、久々に良いムードに包まれていた。 その日は、珍しく一人一部屋が割り振られた為、プライベートが守られるような状況だった。これはとても好都合で、もう暫くの間、お互いに確かめ合えなかった気持ちをぶつけるべく、クラウドはヴィンセントを部屋に招き入れていた。 部屋割りは、クラウドの右隣がヴィンセント、左隣がティファ、ティファの隣はバレットで、後のメンバーはバレットの方向だけに続いている。 自分の部屋を後にして、ヴィンセントはクラウドの部屋でくつろいでいた。 わりかし綺麗な宿の部屋。 「隣はティファだけど…大丈夫だよな」 そんなふうにチラッと左の壁に目をやりながら、クラウドはヴィンセントに近付く。 「お前次第だろ?」 「…だよな」 そんなふうに言いながら、クラウドは躊躇いもせずにヴィンセントの体に腕を回した。 こんなふうに抱きしめあうことすら本当に久々で、何だかとても心地がいい。それはヴィンセントにとっても同じ事で、やはりヴィンセントの方にも躊躇いは無かった。 欲を言えば、鍵くらい付けられれば良かったが、そういう訳にもいかない。 「クラウド…」 自然と唇が重なって、舌が絡み合った。 前にキスをしたのはいつだったろうか。あまりに仲間内では隙が無くて、こんなふうに目を閉じてゆっくりなんてできやしない。だから、こんなふうにできる日は、本当に特別なような気がして嬉しくて仕方無いとクラウドは思う。 「ん…」 何となくそのままヴィンセントの体重が全体にかかり、正に自然のままに二人はベットの上に倒れこんだ。 「ね、脱ぐからちょい待って」 そんなふうに言って、少し惜しいなと思いながらもクラウドはヴィンセントの体から手を離した。それから惜しげもなく裸体を晒すと、ヴィンセントの服に手をかけながら、 「俺が脱がしてあげる」 と笑った。 「何だ、随分嬉しそうだな」 「当たり前じゃん。…何日振り?」 「どうだったか……二週間は経ってるんじゃないか」 だよなあ、と言いながらもクラウドの手は勝手にヴィンセントの服を脱がしにかかっている。クラウドに比べて少し難しいヴィンセントの服は、そうするにはとても苦労したけれど、それでもクラウドはもう慣れていた。 準備が整ったといわんばかりの状態になってから、クラウドはそろそろとベットの中に入り込み、ヴィンセントの熱を感じられる瞬間を待つ。 それはすぐにやってきて、クラウドは自然と目を閉じた。もうずっとこの熱を待っていたけれど、こんなふうに実際に重なり合うと、やはり少し気恥ずかしい気もする。 それでも嬉しいことには変わりなかった。 「ヴィンセント…」 呟きながらも、二人はまた口付けを交わす。それは先ほどの倍も激しくて、たったちが溢れてしまうような気がした。 シーツに包まれた体は、密閉された空間に二人の熱を溜めて、それを盛り上げるのに十分といった感じである。 そうしてやがてヴィンセントの唇がすっと離され、その後クラウドは目を閉じたままに、ただしっかりと目の前にある体を受け止めようと、手に力を込めた。 「んん…っ」 ―――――――と、その時。 「きゃああああ」 良く分からない叫び声が上がって二人はビクリとした。声は隣の部屋から響いていて、暫らくした後にバタバタと廊下を走る足音に変わる。 「…何だかこの部屋に向かってないか?」 耳を済ましてそう言うヴィンセントに、クラウドも頷いた。 「確かに…」 その予感は見事的中し、結果、二人は多いに慌てる事になる。折角の良いムードも台無しといった感じだったが、それどころではなかった。 とにもかくにも、その部屋のドアが開いた瞬間、クラウドは未だかつて無いほどの瞬発力をもって、布団の中にヴィンセントを押し込めた。 ヴィンセントが「うっ」などと苦しそうにするのなどお構いなしである。 小さく「ごめん」と謝った後、クラウドはさっと毛布を口まで引き上げた。勿論、肩などはすっぽり覆って。 そうして開いたドアの向こうからティファとバレットが顔をのぞかせたのと、どう考えても不自然な膨らみをしている布団の中でクラウドが嘘臭い笑いを浮かべたのは同時だった。 「クラウド、大変!」 すぐさまそう叫んだのはティファである。 そういえば先程の叫び声は女の声音だったから、もしかしたらティファだったのかもしれない。 それにしても大変とは何のことだろうか。クラウドは冷静そのものといった調子で言葉を返す。 実際に大変なのは私の方だろうと、布団の中でヴィンセントが思っていたのは言うまでもない。 「何が大変なんだよ?」 「敵の来襲よ、クラウド!」 「え!?」 まさか、と思ったが慌てて起き上がる事すらできない。…結果、声は焦っているのに体は微塵も動かないという、およそ緊張感の無い状況となる…。 「やい、クラウド!お前そんな籠もってないでだなあ…」 部屋の中にずかずか入り込んできて、事もあろうか布団を引き剥がそうとするバレットに、クラウドは慌てた。それはもう、多いに慌てた。 「うわあああっ、近付くなっ!」 「何でえ!とにかく布団から出やがれ!」 「うわ、馬鹿、阿呆、近付いたら殺すっ!」 恐ろしい剣幕でそう叫ぶクラウドにバレットは首を傾げる。叫ぶ割には口まで毛布をずり上げているのだから奇妙な事この上ない。 少し呆れ顔のバレットにクラウドは仕方なく小声でこう告げた。 「…男の事情」 ぼそり。 「…あ」 なるほどといったようなバレットは頷き、それじゃあ仕方ないと思いの外理解を示してくれた。 思わずホッとしたクラウドである。 そうした後、じゃあといったふうにバレットはティファに合図をした。 「はい」 ティファは何だか意味深な顔つきで何かをバレットに手渡し、バレットはそれをベット脇にでん、と置いた。 そして一言。 「後は頼んだ!」 何が何のことだかさっぱり分からず、クラウドはハテナマークを頭上に散らしながらぽかんと口を開けていた。 しかし説明一切ナシでバレットとティファはパタンとドアを閉め、去っていく。 何なんだ、一体!? 悲鳴が聞こえたかと思えばいきなりドアなんかを開けられて、ムードは一気に壊されて…はっきり言って状態としては最悪である。 これからというときにそんなふうになったのだから。 「…はあ」 思わずクラウドは溜息などを吐いてしまう。何でこんなことになってしまうんだろうか。 折角…。 そう思う隣で、布団の中からヴィンセントが顔を出した。 「…クラウド、扱い酷くないか…」 「あ、ごめんっ!!」 そういえばすっかりヴィンセントを布団に閉じ込めたままだったことに気付き、クラウドは急いでシーツを取り去る。そこには少し苦しそうにしているヴィンセントがいて、本来背の高いヴィンセントが狭い布団の中でかなり窮屈そうに体をうずめていたのが窺えた。 思わず、本当にごめん、などと手を合わせてクラウドが謝りをいれてしまったのはいうまでもない。 そんな様子のクラウドに、 「まあ良いんだが…で、何だったんだ?あれは」 とヴィンセントは返し、バレットが置いていった何かにふと目を移した。 と、そこにあった物体にヴィンセントはギョッとする。…絶句。その代わりにクラウドが悲壮な顔つきになって口を開けていた。 「…“ゴキブリ退治に最適!ゴキハンターエース!”…」 思わず商品名をそのまま読んだクラウドは、何が起こったかを理解した後に、はっと頭を抑える。 そしてヴィンセントの顔を見て、こう訴えた。 「本当ごめん!頼む、ヴィンセント!」 「は!?私か!?」 「俺だめなんだよ、ああいうカサカサ動く奴っ。しかも奴ときたら飛ぶんだぜ、反則だって!マジ、無理!」 「そ、そうか…何だか意外だな…」 とにかく退治はヴィンセントに頼んだといわんばかりに、クラウドは毛布に蹲った。かなり恐怖症のようである。こんな状態ではとても続きは出来そうにないと踏んで、ヴィンセントは取り合えずソレを先に退治しようと決意した。 まずは服を着替えなくてはと思い、まだ何もしていないというのにクラウドの脱がした服を着込む。 「とにかくお前、服を着ろ」 そう言って“ゴキブリ退治に最適!ゴキハンターエース!”を手にしたヴィンセントは、それをカラカラと上下に振りながらクラウドにそう言った。 しかしクラウドは勢い良く首をブンブンと横に振るだけで、動こうとはしない。 「やだ、無理!だって動いたらいつ現れるか分からないだろっ」 「そんな事言ったってだな、いざ出てきたときに…」 そうヴィンセントが言った瞬間に、クラウドの顔が急激に蒼褪めた。 そして。 「ぎゃあああ!!出た、出た!!早く!!早く、あれっ!!」 「な、何!?どこだ!?」 クラウドの指差す方向を取り合えず振り向いてみたが、そこにはもう既にゴキ氏の姿は無かった。それでも「あれ!」と、まだ指を指すクラウドに、ヴィンセントはとにかく目を凝らした。 「あ、あれか!」 丁度隅の方でカサカサやっている黒い物体を発見し、ヴィンセントはそれに向かってすかさずプシューッとゴキハンターエースを吹きかけた。 しかし悲劇は起こってしまった。 そう…その物体には羽根があったのである。 パタパタと悪あがくように飛び出したソレは、丁度クラウドのいる方向に向かった。 「ぎゃあああ!!!」 とにかく叫んだクラウドは、包まっていたシーツを捨てて、真っ直ぐにヴィンセントの方へとやってきた。因みにこの時クラウドが全裸だったのはいうまでもない。 そのままの格好でいきなり抱きつかれたヴィンセントは、ゴキ氏がご満悦そうに空を飛んでいることよりもクラウドがそんな格好で抱きついてきたことの方に心臓が飛び出そうになった。 「ク、クラウド…それはちょっと…」 目の保養…いやいや、目に悪いことこの上ない。 しかし当のクラウドはそれどころではなかった。色気だとかそんなものを気にしている余裕は今の彼には無い。 「は、早く!やばいやばい…あーっ!!俺の服にっ!!」 「ちょっと落ち着けって」 そう嗜めるような言葉をかけつつも、ヴィンセント自体も落ち着いていなかった。何となく目を背けるようにしながら、ヴィンセントはゴキ氏の行方を追う。 ゴキ氏、クラウドの服の上でバカンス中である。 「む、むかつくっ…ああ、もう最悪っ。ヴィンセント、どうにかしてくれよ!」 「分かった分かった、ちょっと待ってろ」 そう言いながらそろそろとヴィンセントはクラウドの服に近付いた。その距離およそ2メートル。 それが段々と縮まると、さすがにバカンス中のゴキ氏も危険を察知したのか、カサカサと素早く移動を始めた。 「あ、待て!」 そこでまたヴィンセントはゴキハンターエースを構えた。が、しかし。 「あ、ヴィンセント!俺の服にはかけないで!!」 「あっ」 そうだ、と思い少し躊躇ったのが運のつきであった。ゴキ氏はコソコソとベットと壁の間に入り、やがて姿をくらませてしまったのである。 …戦闘終了。―――――入手アイテム無し。 「逃がしたか…」 はあ、と溜息をついてヴィンセントはゴキハンターエースをコトン、と机の上に置いた。物陰に隠れられてしまっては行方もつかめない。木造の宿だから隙間もあるし、所構わず吹きかけたところで悪臭が万延するだけである。もしかしたらもう違う部屋か、もしくは廊下に出たかもしれない。 クラウドは呆然としたまま立ち尽くしていて、何も考えていないようである。 そんなクラウドを振り返って、ヴィンセントは服を着るように、今度は強く言った。 …目のやり場に困る。 別に初めて見るわけでもないのに、状況が変わるとどうも変な感覚になるのは何故だろう。そんなことを考えつつヴィンセントはクラウドに服を手渡そうとした。 が、良く考えるとその服は…。 「…それ、奴が乗ってたから着れない…」 泣きそうな顔をしているクラウドがそう言う。尤もである。それは誰だって嫌だろう…というかまず着ないだろう。 仕方なくヴィンセントは、シーツをクラウドにかけてやった。洗濯して乾きでもしない限りは無理そうだ。いや、クラウドの様子だと、もう二度と着ないなんていうのも考えられる。 「ヴィンセント…。ヴィンセントの部屋、行こう」 「え?」 「此処の部屋じゃ眠れない。いつ出るか分かんないだろ?…ああ〜もう駄目だ」 そう言いながらクラウドはヴィンセントに抱きついた。理由はともあれ、それはちょっとオイシイ話である。さすがに今日はこれ以上は進まないと思っていたし、一緒にいられないと思っていたから。 「じゃあ、そうするか」 ヴィンセントは少し幸せをかみ締めながらそう言って笑った。
しかし二人は気付いていなかった。 宿の部屋の壁には小さな穴があり、それが全部の部屋にある事など。 そして、それがゴキ氏御用達の道だということも…。
カサカサ…。
END
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