「全部欲しいと思ったら、それは心と体だろ。でも俺とヴィンセントの場合、心は通じ合ってると俺は信じてるからー…」

「何だ、その信じてるというのは。当然じゃないか、断定しても良いところだぞ」

私がついそう言うと、クラウドはふふと笑って、じゃあ断定する、と言って同じ言葉を断定形で言いなおした。

「そうすると後は体だ。体っていうと、やっぱり……なあ?」

「…まあな」

「ってことになるわけだ。でもじゃあ抱き合うってなったら、そこからって何か違うような気がするんだよなあ。今までは好きって感覚から来てるのに、そこからはヤりたいって事になっちゃうような…」

そう言ってクラウドは首を傾げる。しかし私にしてみれば、そのヤりたい状態というのは好きの延長線上にあるといってと思うのだが…。いや、確かにそれなりに性欲だけを満たすことはできるし、そういう意味では感情を伴わないわけで相手は自由かもしれない。だが大体は好きだからその段階まで行くんじゃないのだろうか。…とはいえ、こういうのは個人差のある問題だし、世の男の大概はそれだけは別と考えているかもしれないが。

私がその辺をサラリと説明してみると、クラウドは少し笑って、

「俺もその意見には賛成だな。さすがヴィンセント!」

そんなふうに言って私を誉めたりする。…嬉しいような悲しいような。でもまあクラウドも同じ気持ちでそういうふうに私といれくれるのだから、それは良いことだろう。

しかしクラウドが説明したいのは、こういう事ではなかったらしい。

「でも性欲とかは別にどうでも良いんだ。俺が言いたいのはそれの後の話」

「後?」

「そうそう。終わった後、だな」

「そうか…じゃあ…その、どうしたら良い?」

「え?」

「いや、だから……。今日は、良いのか?」

「…うーん…」

何度も駄目だしを食らっていた私としては、今日は正にチャンスだった。本来ならそうそう性欲旺盛というわけでもないのだが、どうもこう…最近のギリギリの美学は、私の欲求をかきたてたらしい。

此処まできて、しかもクラウドも頑なに拒否しないというのに、また駄目などと言われようものなら、今度こそ私は力ずくで押し倒してしまいそうな気がする…。

頼む、クラウド――――たまには良いと言ってくれ!

私はついつい心のなかでそう祈っていた。何と俗っぽいことを願っているのだろうとも思うが、それも仕方無い。私とてたまにはクラウドと重なり合いたい。

「…じゃあ、良いよ」

結局クラウドはそんなふうに言った後に、私の頬に手をあてがった。

全くもって妙な話だが―――――とにかくその許可が出たことで、私とクラウドは久々にベットで抱き合うことになった。

あまりに久々なもので、さっきの話ではないが、ついドキドキなどしてしまった。今更少年でもあるまいにと思うが、こういう緊張があると、それはそれで新鮮だななどと思ったるする。

見おろした先のクラウドの微笑みが、何故か無性に愛しかった。

だからその時、私はクラウドの言葉を思い出した。

全部が欲しくなる、というアレである。

その身体に指を這わせた時、やはり私も同じようにそんな事を感じていた。

 

 

 

すっかり満たされた後、私達は疲れで眠ってしまったらしい。

目覚めた時には既に夜中になっていた。あの話をしていたのが昼過ぎだったから、これはかなり寝込んでいたことになる。

私が目覚めてちょっとした頃、クラウドも目を覚ました。

裸のまま同じベットの中にいた私達は、お互い目が合ってから「おはよう」などと言い合った。まさか朝でもないが、起きた時にはやはりこれが挨拶になる。

クラウドは伸びなどをしながら、

「すっかり寝ちゃったなあ」

などと言って欠伸をする。ひどく眠そうだ。

私はそんなクラウドを見て、もう少し眠ったらどうかと勧めたが、クラウドはそれをこんな言葉で拒否した。

「だって説明しなきゃ」

ああ――――――そうだった。

確かに説明の途中だった。というか、説明の一環として抱き合ったという方が正しいのかもしれない。

クラウドは同じベットの中で、肩まで毛布をずり上げると、私の方に身体を向けて説明とやらを始めた。

「だからさ、こうして抱き合ったよな。…どう、ヴィンセント。俺たちって全部をお互いに手に入れられたかな?」

「ああ…そんな話だったな。…そう問われると、難しいな」

クラウドは、そうだよな、などと言って私の腕を絡め取った。

それから目を瞑ってこう言う。

「折角のドキドキもこうして最後まで終わると無くなっちゃうしさ、イった瞬間に何だか全部リセットって感じしないか?結局いつまで経っても、俺はヴィンセントの全部なんか手に入らないし、ヴィンセントも同じなんだと思うんだけど」

「なるほど。そういう事を言いたかったのか」

私はやっとクラウドが言いたかったことを理解して、そう頷いた。

変なものだが、クラウドが言ったように、そうした手に入れたいという衝撃的な欲求はやはり私の中では今沈下している。それはクラウドも同様なのだろう。

けれど、愛しいだとかそういう気持ちは確かに残っている。こうしている今もある。

常に愛しくて、それでも手に入れたいという欲求だけがこうして何度も繰り返し、最後には手に入らないまま終わる。しかし現実的には、私とクラウドは心も通じ合っているし、こうして抱き合ったりする。それは他の誰かとはできないことだ。

そういう意味ではもう手に入っているはずなのだが…何だか不思議なものだ。

「すごい些細なことだけどさ、例えばさっきヴィンが読んでた本、あるだろ?ヴィンセントはあの本を読みたいと思ったから読むんだろうけど、俺には多分読みたいって気が起こらないと思うんだ。こうこうこうで面白いって説明されても多分、俺には分からないんだ」

「ああ、そうだな」

「ヴィンセントの全部が欲しくてもさ、全部分かろうとしてもさ、そういう小さなことでさえ俺はもう分からないんだもんなあ…。全部知りたいって思っても、やっぱり無理なんだ、こればっかりは。性欲満たされたときに体が手に入ったってことになっても、結局そうしてモドカシイままなんだ」

いつもそうなんだ、そう言いながらクラウドは目を開ける。

そんなクラウドを見て私は、クラウドの髪をそっと撫でた。

「それは仕方無いことだ。最後まで自分と一致する人間は、自分しかいない。でも私達がそれでも一緒にいることは、そういうモドカシサを持ちながらもそれを乗り越えようという努力ができるからじゃないか」

それが無理なら多分、別れているだろうしな。

私はそう続けてから、今日のクラウドの説明を聞いて良かったと思った。なるほど、ギリギリの美学というのはそういう所から生まれたわけだ。今日この説明を聞かなければ多分、私も理解しようと思えなかっただろう。実際訳が分からないと思っていたし、な。

それはクラウドが私の読んでいた本の面白みが分からないだろうと言ったのと同じ事で。

「そうだよなあ」

クラウドはそんなふうに同意しながらも、何だかまだモドカシサの中にいるようだった。

だから私は、そんなクラウドにキスをする。

それから、念のためにこう聞いてみた。

「ギリギリの美学、まだ続けるのか?」

そう言った私はどこか不安そうだったのか、クラウドは私の顔を見て少し笑顔になると、

「ヴィンセントが嫌だっていうなら止めるよ」

とそんなふうに言った。

とうとう選択権は私に回ってきたというわけだが、しかし私も同じことを思っていた。実際ギリギリの美学は少し…いや、かなりモドカシイが、クラウドがそうしたいならそれも仕方無いと思ったのだ。

でも良く考えてみると、結局同じことじゃないかと思う。

ギリギリの美学を通し続ければ、いつもモドカシイ。

それが無いとしても、抱きあった後に結局モドカシイ。

どうせ同じモドカシサを感じるなら、どちらでも同じことだ。ただ決定的に違うのは、触れえるか否かという部分だろうか。

…こういっては何だが、やはりそれは恋人として寂しいものがある。

「では、こうしよう」

私はクラウドを見て、こんなふうに言った。

「今度からは完璧の美学としよう」

クラウドはそれを聞いて何だか嫌そうな顔をしたが、少しして噴出した。

そのリアクションは分からないでもない。何しろ今さっき、手に入れるのは無理だとかそんな話をしたばかりなのだ。つまりそれは、完璧など無理だということになる。

でも、敢えて私はそう言った。

 

さて…まず手始めに、クラウドにあの本でも薦めてみようか?

 

 

 

END

 

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