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ギリギリの美学 ---------------------------------
私は時々クラウドが分からないときがある。 やたら懐いてくるかと思えば、今度は「寄るな」だとか言う。一体どっちなんだと言いたいが、そう言うと大体クラウドは決まった答えを出してくる。 それがこの回答だ。 「ギリギリまでしか駄目なんだよ」 ――――――さっぱり訳が分からない。 しかしクラウドはやたらとこの「ギリギリの美学」を持ってきては私を微妙な気分にさせる。 だってそうだろう。 ベットまで誘っておいて、いざという時になって、じゃあ今日は此処までということで、などと言われてみろ。いくら私が理性に強い方とはいっても限界があるということをクラウドは分かっているのだろうか。というか、そもそもクラウドがそこまでしておいてストップできるというのも何だか腑に落ちない。 到底そういう奴には見えないのだが。 とにかくそんな具合で、クラウドはたまにこうして私に向かってギリギリの美学でもって攻撃をする。それはクラウドにとっては良いものなのかもしれないが、やっぱり私にはわけが分からないのだった。
その日、例によってクラウドは自分の方から私に寄り添ってきた。 これはいつもの事なので、まあ良いだろうと思う。 だがその後が肝心だ。この後、それらしい雰囲気になったら、またしても私は撃沈すること間違いなしだ。 「…クラウド、何も用は無いのか?」 私が読書などしている隣でただじっとしているクラウドは、そう言った私にぶんぶん、と首を横に振った。どうやら何か会話をしたいというわけではないらしい。 しかし…こういっては何だが、読書中に人に寄り添われたらそれこそ集中などできないというのが本音だ。しかもそれがクラウドであること自体、更に落ち着かない。とはいえ、クラウド以外がそんなふうにしてこようものなら、クラウドが黙っていないだろうが。 「何かあったのか?」 私は完全にクラウドの方を向くと、そんなふうに聞いてみる。 しかしそうした瞬間にクラウドは「あ」などと言って私の顔をぐっと掴んだ。 な、何だ? 「駄目!コッチ向くなよ、ヴィン!」 「え??」 「俺は横顔を見てたの!こっち向いたら意味ないだろ」 「……」 ―――――――なんだ、それは?? 横顔を見ていた…まあ確かに横にいるのだからそれは分かる。だが、振り向いて怒られるなどあまり聞いたことがない。静止しろと言われたわけでもないというのに。 しかしまた振り向くと、クラウドは何かしら言い出すに決まっているのだ。だから私は渋々本の方に目を向けながら、クラウドに話しかけた。 「横顔など見て何が楽しいんだ?」 クラウドはどうやらまだ横顔を見ているようで、何となく視界の端の方でそれを感じる。 「ん。俺はヴィンセントの横顔が好きなの。だから見てるだけだ」 「何だそれは」 それでは、正面の顔があまりにも報われない気がするが…。 「しかし…どうもそうして見つめられると落ち着かないのだが」 「ええー…落ち着いてよ」 おいおい、そんな無茶苦茶な話があるか。 私は何ともむず痒い気分ながらも必死に読書の続きをしようとしたが、やはりそれは無理だった。何しろクラウドはやはりそのまま私の方を見ているし、それをやめる気配すらない。そのおかげで私は今さっき読んだ文章をもう何度も読み返してしまった。そのくせ先には進まない。意味も理解できやしない。 「…なんかドキドキするなあ」 そんな心境の時に、ふとクラウドがそんな言葉を漏らした。私はつい振り向きそうになったのを必死に押さえ、 「何がドキドキなんだ?」 と聞いてみた。 するとクラウドは、どこかの幼い少女か何かが言うような台詞をせつせつと語り始めた。 「だってヴィンセントは髪、長いからさ。横顔だと、その髪がかかってて、その隙間から目とか唇が見えるんだ。ほら、ヴィンセントは良い男だからさー、そういう隙間からすって見えると、すっごくドキドキするんだよなあ」 「はあ…そういうものなのか?」 何だか良く分からない。まあ得てして自分の事は良く分からないものだ。これがもしクラウドの横顔というなら私もそれに納得していたかもしれない。だが私の場合、別にクラウドの正面顔でも良いんだがな…。 「何かドキドキすると、抱きつきたくなるなあ…」 そうしみじみ言うものだから、私はそうして欲しいものかと思って本を置いた。それから振り返ろうとしたが…。 「駄目!コッチ見るなって言っただろ!」 結果、すごい剣幕でクラウドに怒鳴られただけだった…。 「いや、しかし。今お前、言っただろう?」 私は慌てて元の方に身体を戻してからそう言うと、クラウドはふふ、などといかにも妖しい笑いを漏らして、こんなことを言った。 「それは駄目なの!俺とヴィンセントの場合、そうしようと思ったらできちゃうだろ。でもそれを敢えて抑えるんだ。抱きつきたいけど、でもしない。そうすると、ドキドキしたままどうしようもない気分になるだろー」 「いや、そうかもしれないが…それで良いのか?」 「それが良いの」 ううむ…そういうものなのだろうか。私は思わず首を捻った。 折角そういう気分になって、そうできる環境にあって、相手もOKを出してくれるくらいの間柄なのだから、それはもう申し分の無い状況だと思うのだが、どうもクラウドはそうでは無いらしい。 「こういうのってさ、片思いの気分に似てるんだ」 そうクラウドが言ったのを聞いて私は、ああ、と少しだけ納得できた。 確かに触れたいのに触れられないというのは、片思いに似ているかもしれない。片思いというのは得てして苦しくて切ないものだ。そういう感覚を戻したいなら確かにこれもアリかもしれないが…しかし果たしてそうしたいのかどうかは分からない。 だから私はその辺りを訪ねてみた。 「片思いの気分を味わいたいのか?」 するとクラウドは、ううん、と首を振った。 「そうじゃない。そうじゃなくて、あんまり先に進まないようにしてる」 「先に進まないように?」 もしかすると、それは例のギリギリの美学のことだろうか。先に…まあそれはハッキリ言ってしまえば夜の話だが、それはやはりもどかしいものだ。 しかしそれを敢えて進まないようにというのは、やはりクラウドなりに理由があるのだろうが。 「だって例えば、こうして横顔眺めてさ、良いなあって思ってドキドキしてさ…」 そう言ってからクラウドは、ふと私の髪に触れた。 「こうして今度は触れてみるだろ。そうしたら俺はちょっと満足する。でもさ、今度はもっとドキドキして…」 そう言ってから今度は、唐突にキスなどをしてきた。さっきまで振り向くことすら怒っていたというのに、一体どうしたことか。 「こうしてキスとかするんだろ。それはもう俺は満足だよな。でも、キスだけじゃ物足りなくなるんだ。ドキドキして、もっともっと欲しくなるだろ、大概」 「あ、ああ…まあ普通はな」 私はそのクラウドの実験的な説明にどうして良いか分からないままにそう答える。しかしオイシイことには変わりない。何せ此処のところ、そのギリギリの美学が邪魔して私はクラウドとそうそう抱き合うどころかキスすらしていなかった。 「そうすると、今度はどうなる?」 そうクラウドは言って、ふと私の方を見遣る。 どうなる…って、それはもう大体順序が出来上がっているような気がするが。 取りあえず私の回答として、私は、目の前のクラウドをそっと抱きしめた。それがあまりにも久々だったので、何だか妙に気分が良い感じがする。 「こうなるのではないだろうか」 そう言った私にクラウドは、そうだよな、などと言いながら素直に抱きしめられている。 「大体そうなるんだよ。上手い具合に体なんか寄せ合っちゃって、何だか凄く気持ち良いんだよなあ。でも抱きしめるって安心するけど中途半端だろ?」 「中途半端?そうだろうか?」 私はこういう雰囲気も嫌いではない。むしろ好きな方なのだが、クラウドはそうでもないのだろうか。 しかしクラウドは、躊躇いもせずにその質問に「中途半端だ」と答えると、私に無理難題を投げかけた。 「だって此処まできて、今ヴィンセントはどう思ってる?」 「え。…どうって…それはまあ、とても良い気分には変わりないが」 「だろ。俺はね、好きだなって気持ちが溢れちゃうんだよな。もっと一緒にいたいなとかずっとこうしてたいなとかさ…でも最終的にはヴィンセントの全部が欲しくなっちゃったりするわけで」 全部とはまた大胆な…と言いつつも私もそう変わりないことを思っていたりした。確かにその通りだ。こんなふうに順調に進むなら、次に次にと思ってしまうだろうな。 その全部という事について、クラウドはやはり想像通りのことを言い出した。
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