ニブルヘイムは静かな村で、これといった事件も無かったし平和だった。

村の端の方に建てられている神羅屋敷とかいう大きな家は度々、村で問題になっていたけれど、大体は大人たちの話題で子供には関係が無い。

クラウドは周りの同じような歳の子供達とはちょっと違っていて、あまり自分から溶け込もうとはしない性格だった。そのせいか、自然と独りでいる事が多くなっていて、周りのそういった子供達から比べればちょっと落ち着いていたかもしれない。

それでも、まだまだ大人というには遠いに決まっていて、子供らしさも勿論残っていた。

 

ニブルヘイムで育った六年目の夏、クラウドは誕生日を迎えた。

毎年、母親はクラウドの誕生日になると豪華な食事を作ってくれた。大好きなものがたくさん並んで、それはクラウドを喜ばせる。そして普段忙しく顔を合わせない父親は、その日だけはちゃんと休みを取ってくれて、一日一緒にいてくれた。

だからその日だけは、クラウドは本当に本当に幸せだった。

「クラウド、ほらコレ見てごらん」

じゃん、などと効果音つきで笑顔の父親が出したものは、望遠鏡。

「わ、望遠鏡!?」

「そうだ。とはいっても残念だがまだクラウドのってワケじゃないぞ。これはお前がもっと大きくなったら、ちゃんとお前にやろう」

「えー…」

ちょっと拗ねたように口を尖らすクラウドの背を、母親がそっと叩く。

「あら、クラウド。素敵じゃないの、そういうの。その時まで頑張ろうって思えるでしょ?」

「そうだけどさあ…」

母親は明るく笑いながら、そうよきっと、などと言って笑うけれど、クラウドはちょっと不満だった。

だって、今見たいのに。

「今日、ちょっと覗いてみるか?」

空が晴れていることを確認してそう言う父親に、クラウドは、うん!、と元気に頷いた。

特別にパイロットになりたいだとか、そういうのは無かったけれど、それでもクラウドは空を眺めるのが大好きだったのだ。

ニブルヘイムは静かで平和だったけれど、それでも小さな村で、クラウドの世界はそこだけである。その小さな世界の中で、クラウドは毎日悩んだり泣いたり笑ったりしていた。上手く子供達に溶け込めなくて悔しくなった時なんかは良く空を見ていた。

空は広くて、ニブルヘイムよりずっと先まで続いていて、クラウドの知らない世界すら知っている。とても悲しい事や辛い事があっても、それを見ていると、こんな悲しい事なんかは空の向こうの世界には無いんだ、と思えた。だからこんな気持ちはちっぽけで、そんなのは大した事じゃない、と思っていた。

だから、そんなふうに空はクラウドの中に広がっていたのだ。

知らない世界として、そして自分の悲しさをふっとばしてくれるものとして。

特に夜空に広がっている星は好きだった。一つ一つ輝いてて、どれも違う場所にある。例え独りきりでも、そんなふうにそれは普通で、自分だって一人でも光れるんだ、と思える。

だから好きだった。

そんなふうな意味合いがあるとは両親は知らなかったけれど、それでもクラウドが空を眺めるのが好きだったことを知っていた父親は、その望遠鏡をクラウドの部屋にセットした。窓の側に立たせて、ファインダー越しにまずは父親が空を覗いた。

ぽっかりと丸く切り取られた空。

その中に沢山の星。

「うーん…こうかな…いや、もうちょっとこっちか?」

「お父さん、早くーっ!」

「ああ、ちょっと待ってろ。こんな具合かな…ええと」

ファインダーの覗きこんだままに微調整を進める父親は、なるべく良いショットをクラウドに見せようと頑張っていた。折角望遠鏡を持ってきたのだし、それに何といっても今日は誕生日なのだ。クラウドが喜ぶ顔を見る為に、ここは一つ父親として頑張る。

やっとこさ調整が終わった頃には、クラウドは自分のベットで寝転んでいた。

「はい、完了。見てごらん」

ふう、と額をコシコシしながら父親はそう言うと、どこかのレストランのボーイさんのように手を差し出した。

「うん!」

飛び起きたクラウドは、さっきまでの機嫌もどこへやらでファインダーを両手で押さえる。

そして丸い空を覗き込んで、わあ、と声を上げた。

「どうだ、クラウド?」

「凄い、凄いよ!星がね、すごく近くに見える」

「だろう?真ん中、見えるか?」

「うん。何か大きい星、ある。すごい光ってる」

何だろう、とクラウドは開けっ放しになっている口で呟く。その隣で父親は方膝に手を付きながら、もう一方の手でクラウドの背中に触れた。

「それはな、一等星。一番輝いてるから、一等星なんだ。ほら、カケッコで一等って言うだろ?それと一緒さ」

「一等かあ…じゃあ、すごいんだね」

「ああ、すごいんだ」

その一等星は周りのどの星とも違っていた。輝きが半端じゃなくて、キラキラしている。それが望遠鏡から見ると随分と大きく、しかも近く見えた。周りの星なんか目じゃない。

「すごいねえ!あそこまで行ってみたいなあ…」

突拍子もないクラウドの言葉に、父親は小さく笑いながらも、そうだなあ、と話を合わせる。それからふと思いついて、こんな事を言い出した。

「そうだ、クラウド。お前もあんな星になったら良い。行くんじゃなくて、なれば良いさ」

「はあ?!」

思わずファインダーから顔を離して父親の顔を見ると、クラウドは顔をしかめた。父親は良くこんなふうに突拍子の無いことを言うけれど、クラウド自身はそれを自分が忠実に受け継いでるなんて事は全く分かっていない。

そんなクラウドは、父親はゆっくりこう言い直した。

「一等になるんだよ、クラウド。誰よりも光ってやるのさ。そうして今クラウドが見てるみたいに、誰かにあっと言わせてやるんだ。どうかな、こんな計画?」

「一等…でも今までそんなの、なったことないよ…」

ちょっとしょんぼりしてそう言う。けれど、父親はカラリと笑ってクラウドの髪を優しく撫でた。

「そんないきなり一等になんかなれないさ。ゆっくり行くんだ。最初は周りの星でも、いつかはあの一等星みたいになれるさ、クラウドは」

「そうかなあ…」

そう言いながらクラウドはまたファインダーを覗き込んだ。

一等星はとても近く、強く輝いていた。

それを見ながら、何となく父親の言った言葉が頭をまわった。

“いつかはあの一等星みたいになれるさ”

「…うん、そうだよね」

独りそう呟くクラウドを見て、父親は微笑んだ。その微笑んだ口がそっと動いたのはその後だったが、クラウドにはその言葉は聞こえなかった。

父さんにも守りたい星があるんだ、そう言った言葉は……。

 

夜中にトイレに行こうと思って起き上がったクラウドは、父親が物置に望遠鏡を仕舞い込むのを見た。確か大きくなるまではクラウドのものにはならないと言っていたけれど、置場所を発見してクラウドはちょっぴり嬉しくなった。場所さえ知っていればいつでも持ち出せるからだ。

でもその物置は主に父親の仕事の関連のものが入っていて、それは開けては駄目だといわれていた。母親もその物置には触ったりしない。でも、いつかこっそり開けてみようとクラウドは思っていた。

そう考えていると何だか父親がいる場所に出て行くのが悪いような気がして、クラウドは少しその場で佇む。父親がその場を離れたら出て行こうと思って様子を窺っていたけれど、どうもなかなか部屋に帰ろうとしない。

早くしないかなあ、父さん。

そんなことを思っていると、またまたタイミング悪く母親がその場所にやってきた。本当にタイミングが悪い。

母親はさっきまでとは全然違う真面目な顔つきで父親と話している。何だか大切な話のようだけれど、クラウドには何を言っているか分からなかった。聞こえるけれど意味が分からないのだ。

「あなた、明日にはまた戻るんでしょ?」

「ああ。できれば今晩…というか、あと二時間後くらいには」

そう言う夫の顔を見て、妻は嘆息する。けれどそれは嫌な顔では無かった。仕方ないわね、というような顔。

「本当に、クラウドもあなたみたいになるのかもしれないわね」

そう言って妻は、夫を抱きしめた。それはとても温かい抱擁で、そしてとても短いものだった。忙しくなかなか家に帰らない夫。けれどそれを良く理解している妻。

全てを承知で、そして二人は心で繋がっていたのだ。

夫の求めることは分かっている。それはとてつもなく大変なことで、本当は危険なものだったけれど、それでもそんな夫を愛している妻は、背中を押すようにしっかりと立っていた。愛する人の子供を包みながら。

そしてたまに会える瞬間を大切にしていた。例えばクラウドの誕生日もそうであったように。

「クラウドを、宜しく頼むよ」

「まあ、そんな他人行儀っ。あなただって、見ててくれるでしょ?」

「ああ、そうだったな」

笑いあう二人。

それをクラウドはそっと眺めていた。

滅多に父親の姿は見かけないけれど、こういうふうに久々に再会する二人は、とても幸せそうだった。それはきっと、二人がとっても仲良しで、父親がいない時も、帰ってきた時も全く同じ雰囲気のままの家があるからだと思った。実際には、そういったふうに家を守っていたのは母親だったけれど、クラウドはそんなふうにはまだ考えることはできなかった。

それを見てクラウドはこう思った。

父親がさっき言っていたように、自分もいつか一等星になろう。誰にも負けないくらい、光ってやる。そして、そう教えてくれた父親のように、いつも温かい人になって、母親を守っていく。

その時のクラウドには、父親こそ一等星に見えた。だから、自分はまだなれないけれど、それでもいつかは…そう思う。

 

――――その父親が他界したのは、その数ヶ月後だった。

 

物置には鍵がかかった。

もうあの物置に何が入っているかは分からないし、あの望遠鏡をこっそり取る事もできない。

母親は寂しい顔一つ見せなかったけれど、それでもきっと悲しんでいただろう。それを何となく分かっていたから、クラウドは以前のように思い切り笑う事が何だか出来なくなっていた。今まで以上に独りになる傾向が強くなって、町の人気者だった女の子にすら近づけない。

クラウドにとっては、一等星が無くなったのだ。

一番輝いて、一番すごいもの。

それが無くなって、それを目指そうとしていた自分すらいつの間にか薄れていった。それでも忘れてはいなかった。空を眺めるとそれを思い出して、一等星になって母親を守らないと、と思う。

だから、その頃からクラウドは一切泣かなくなった。

迷惑は絶対かけない。

頼りない、まだまだ一等星に遠い小さな星。

それがその時のクラウドだった。

心の中にはまだ、ファインダー越しの丸い夜空があって、それがクラウドをそうさせていた。

強く、強くなるんだ。もっと強く、強い光になる。絶対に。

 

そうして、季節は巡っていった。

ニブルヘイムという静かな、小さな村に何度も季節が巡り、心も体も成長をしていった。

それでも変わらず空はそこにあって、相変わらず一等星は輝いていて、成長をすると共に何だか色んな複雑な感情を知っていく少年の心を締め付けた。

いつになればあの星になれるだろうか、あんなふうに強くなれるだろうか。

複雑な感情は、いつしか諦めというような感情をも波のように作り上げていって、それはたまに決意を鈍らせることがあった。

それでも、それでもクラウドは空を見上げて唇をかみ締めては思い出した。

忘れちゃ駄目なんだ、覚えてなきゃ。

家でころころと笑う母親には言えなかったことだったけれど、いつか父親のように強くなるよ、とそう、やはり思っていた。

だから泣かない。

周りの子供達みたいに無邪気に呑気に過ごしてるなんて絶対駄目だ。

俺は違う、だって一等星になるんだ。

周りの星のままなんかじゃ、いられないんだから。

 

強い人間の象徴が現れたのは、もう何年も後の話だった。

それに憧れて、その強さの象徴である組織に絶対入ると思った。

そうしたら、一等星になれる。

 

それでもちっぽけな村の“男としての認知の象徴”は、とても可笑しな事に、独りの少女にあった。その少女の周りには、男として認められようとする無邪気な少年が群がっていて、それはクラウドにとっては何だかバカバカしくも見えた。

だけど、クラウドは思っていたのだ。

強くなるってどういう事なんだろう。

それは、一等星みたいに強く光ることだけど、その為には周りの星に、あっ、と言わせなければならないのだ。つまりそれは、周囲の認知があってこそだと、そういう事に段々気付き始めていた。

だからクラウドは、今まであまり遊んだこともないその少女に、誓いを立てた。

強さの象徴。

それに、なることを。

 

『母さん、俺、ニブルヘイムに行くね』

『え?突然何を言い出すのよ?』

『俺、一等星になるよ』

『……クラウド』

 

母親は笑っただけだった。

ファインダーから覗いたあの丸い空。

その中の大きな一等星。

それが、もっともっと大きくなると、クラウドは思った。

だから泣きはしなかった。

別れが悲しくても、寂しくても、泣いちゃいけない。

 

 

 

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