一等星

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今日は一人で過ごしたいから、俺は独りでテントを張るよ。

そう言ってクラウドが皆に背を向けたのは、蒸し暑い夏の夜だった。

 

 

 

どこかで夏の虫が鳴いている。それが重なりコーラスのようにも聞こえる。

その声を聞きながら、クラウドは独りきりで歩いていた。

適当なところで止まると、足場の良い平地でテントを張る。皆と別れる時にクラウドが持ち出したのはこのテントたった一つだけで、その他のものは全て置いてきていた。それは、別に皆と離れ離れになるわけではないから、という意味合いがあって、信用しているからこそできることである。それは皆にとってもまた同じ事で、クラウドがそうしたことで独りになるのを了承した部分もあった。

別に皆と一緒にいるのが嫌なわけじゃない。

けれど、その日は何だか独りでいたい気分だった。

 

テントを張った後、その中に入り込んだクラウドは、テントの三側面の内の一つにある小さな布の窓をそっと開けた。それは主に空気の入れ替えとかのためにあったようだが、それにしても大きさはそこそこあって、開けると空が良く見えた。

開けっ放しの状態が維持できるように垂れ下がった部分を軽く丸めると、クラウドはそれを端に止めた。

これでいつでも空が見える。

「よし、完璧」

そう独り漏らしながら、クラウドはテントの中央にデン、と腰を構えた。

今日は何ていっても独りきりなのだから、どんなに寝相が悪かろうが、どんなに夜更かししようが、誰も文句も心配もしない。何だかんだ言って、随分と仲間と一緒の行動をしてきたから、こうして本当に独りきりになるのは、本当に久々だった。特に夜ともすれば、何となく落ち着くこともできる。

辺りは静かで、夏の虫の鳴き声しか聞こえてこない。そんなものをボーッと耳にしながら、クラウドは四角い空を見つめていた。

空には星が幾つも輝いていて、その中でも一等輝きが強い星が一つだけある。いわゆる一等星というやつだろう。

それは、この時期になると必ず見える星で、クラウドはこの星を良く目にしていた。

それはもう遠い昔の話だけれど、クラウドの心に鮮やかに残っている。

そうしてボーッと眺めている内に、空に何だか妙なものがはためいた。

黒い、流れる何かである。

「……え?」

何だ何だ、と思い、クラウドは腰を上げてその窓を覗き込んだ。

「…うわあっ!!」

途端、クラウドは派手に後ろに転がる。それは誰だってそうだろう、いきなり人の顔がそこにあれば。

「…何だ。驚かすな」

「驚いたのはコッチだよ!!」

その窓越しに顔を出してそう行ってくる人物に、クラウドは早々にそう突っ込んだ。どう考えたって相手の方が冷静そうである。しかし怒鳴ったのも一瞬で、クラウドはその姿に思わずプッ、と吹き出してしまった。

何せ、小さな四角い窓から人の顔だけが伸びているんだから。

つい笑ってしまうと怒る気も失せて、クラウドは「良いよ、入れよ」などと言ってテントの入り口を開いてやった。

そこから窮屈そうに背をかがめて入ってきたのはヴィンセントで、さきほど窓から黒くなびいていたのが髪だということにクラウドは納得する。敵かな、とは思ったけれど反対に仲間だとは思いもしなかったから。

「どうしたんだよ、こんなトコまで来て」

テントの中央に腰を下ろすヴィンセントを見ながら、クラウドは取り合えずそんな質問をした。

仲間と別れてきた時は、ヴィンセントもそれに何も反対しなかったし、今更どうのこうの言いに来たとも考えにくい。それにクラウドは、どの辺でテントを張るとも伝えていなかったから、そんなふうに誰かが来るとは思わなかったのだ。

「お前、何も腹に入れてないだろう。せめて食事だけ一緒にしていけば良かったのに」

今日は何だか豪華だったぞ、と呟きながら簡単な食料品を広げるヴィンセントに、クラウドは、豪華だったのかあ、と少し悔しそうな顔をする。

「そんなに急ぎだったのか?」

「別にそんな訳じゃなかったんだけどさ。…で、豪華な食事ってどんな?」

「え?ああ、確か魚の…」

「あ、良いや。俺、魚介類そんな好きじゃないし」

良かった、などと本気でホッとするクラウドに、今度はヴィンセントは吹き出しそうになった。ヴィンセントが持ってきた食料品は肉でも魚でもなくて、パンのような質素なものだったけれど、まだそっちで良かったのかもしれない。

「……お前そんな事言ってると、太るぞ」

「俺、太らない体質だから問題無いよ」

クラウドはちょっと笑って、残念でした、なんて言う。

「可愛くない奴」

「だろ?」

そんなやりとりをしながらも、ヴィンセントはクラウドに何か食べるように催促する。さすがに何かは食べておいたほうが良い。ただでさえ、此処のところ夏で食欲は減退気味だったし、疲れも溜まってないわけじゃない。

そんな気遣いが伝わったのか、クラウドは取り敢えず食料を手にとって、それを少しづつ口に運んだ。そんなに食べたい欲求は無かったけれど、折角ヴィンセントが持ってきてくれたものだし、食べた方が良いという事も分かっていたから。とはいっても、動作はやはり遅かった。

そんなクラウドを見ながら、ヴィンセントはさっき自分が覗き込んだテントの布の窓に目を映す。テントの中から見ると、そこには四角い空が広がっていて、星が綺麗に見えていた。

「一等星か…」

そんなふうに呟いたヴィンセントに、クラウドは俄か子供に戻ったように笑顔になってこう言う。

「良いだろ、何か。天体観測みたいでさ」

「そうだな、たまには……って、それが目的でテント張ったのか?」

「いや、違うよ。でも…ちょっとそれもあるかな」

「何だか曖昧だな」

そうかもな、と言いながらクラウドは笑う。

テントを張った理由は勿論、皆に言ってきたように独りになりたいからだったけれど、その独りになりたいというのにも勿論理由はあった。それが何かと言われれば凄く曖昧で、言葉で説明できない感じもする。

だからヴィンセントにもそれを説明できなかった。確かに、曖昧だったのである。

クラウドがようやくパンの一つを食べ終わった頃、ヴィンセントはそれを見届けたからというように立ち上がった。

「今日は独りでいたいんだったな」

それはクラウドが望んだことだったから、ヴィンセントには駄目だしする理由も無かったし、それ以上留まる権利も無かった。元々食事のことが気になったから来たのだし、それ以上はクラウドに迷惑だろうという判断である。

「もう帰るが…大丈夫か?」

「大丈夫だよ」

そう言ってクラウドは頷く。それを見てヴィンセントも頷いたけれど、クラウドがずっとコチラを見ているのが気になって、何だか帰る一歩を踏み出せなくなる。

無言で見詰め合ってるような状態が続いて、とうとうヴィンセントは口元を緩めた。

それからまたさっきのように腰を、今度はとてもゆっくりと下ろす。

「帰りたくなくなったんだろ?」

そう言って笑うクラウドにヴィンセントは、

「お前がそうさせたんだろ?」

などと返す。

「違うって、俺じゃなくてヴィンセントだろ。本当は俺と一緒にいたいくせにっ」

「…この自信過剰が」

「へへっ。俺、良い男でしょ?」

「…言ってろ、馬鹿」

邪気の無い笑いを浮かべながら、クラウドは片手を床についてそれに重心をのせた。そうしてヴィンセントの方へと傾けると、そっと顔を上げる。それに反応するように、ヴィンセントの顔もゆっくりと動いた。

唇が重なり、軽いキスが二回。

自然と閉じていた目をクラウドが開けた時、身体にはヴィンセントの温もりがあった。ヴィンセントの纏う赤いマントにいつの間にか包まれて、テントの中にまた二人だけの空間ができたような気分になる。そのマントの端は、四角い窓からそよぐ風に、ゆらゆらと揺れていた。

「で、どうして独りになりたいなんて?」

抱きしめあった状態でそう聞かれて、ヴィンセントの肩越しにテントの側面を見ていたクラウドは、また目を閉じながらこう呟く。

「やっぱ気になってたよな」

「そりゃ…な。一応、お前のことだから」

クラウドはその言葉にちょっと顔を緩ませる。

何だかんだと気にしていてくれる事は分かっているけれど、ちゃんとそうして伝えてくれるのはとても嬉しい。仲間内ではそんなに口数は多くないヴィンセントだけれど、二人になればこうしてハッキリと言葉をくれるから、それはとても安心できた。

それにしてもその質問はやはり答えを出すのが難しく、先ほど思ったように曖昧な感じしか口に出せない気がする。けれど、何も答えを返さないのも嫌だった。

だから、クラウドはこんなふうに言ってみる。

「天体観測だよ」

「え?」

「だから、天体観測。一等星、見えるだろ。宿屋なんかより、此処の方が綺麗に見える」

「ああ」

今は丁度ヴィンセントの視線の先に窓があり、その窓からはやはりさっきと変わらず一等星が見える。それは回りの星よりか一等強く輝いていて、正に名前の通りだな、とヴィンセントに思わせた。

「ほら、じゃあ観測したらどうだ」

そう言ってクラウドを自分の身体から離すと、ヴィンセントは窓の方向に肩をグイ、と押しやる。結果的に窓の方に向いたクラウドは、じゃあ、と言って今度はヴィンセントの真横に座りなおした。

視線の先には四角い空があって、そこには一等星が二人を眺めるように煌いている。

それを見ながらクラウドはぼんやりとした。

頭に過ぎったのはかなり昔の自分の姿で、それはまだ何も知らない、何も分からない、そんな頃の自分だった。今みたいに目の前にあるものに対して不安なんか無くて、目なんかは輝いていただろうなあと思う。今は違う意味合いでこの蒼い瞳は輝きを持っているけれど、それはその頃の自分がいなくなった証拠のようにも思える。

あの頃もこんなふうにあの一等星が見えた。

それはニブルヘイムで、暖かい家の中で、何も無い村だったけれど夢があった。

とっても些細なことで笑って、とっても些細なことで怒って、それでもそれを笑って許してくれる優しい人たちが回りにいた。そんなふうにずっとずっと幸せというものの中にいたから、その時は空に見えた一等星がとても近く見えていたんだろう。

周りにある多くの星達の中にある一等星。

自分はあの星になれるかなあ、そんなふうに思って見つめていた。

だけどいつの間にか一等星はとてもとても遠くなっていて、今こうしてみると自分はその周りを囲む星の方でしかないのかもしれない、と思う。

そんな事を思って、ぼんやりする。

「クラウド、大丈夫か?」

魂が抜けたような顔をしているクラウドを気にして、ヴィンセントは顔を覗き込みながらそんなふうに口にした。

はっ、としたふうに「あ、ごめん」なんて言いながらクラウドは慌てて笑ったりする。何かがあるんだなと、その態度にヴィンセントは気付く。

そもそも天体観測なんていう方がおかしいのだから。

「それで、天体観測に何かあるのか?」

「うん…何ていうか、思い出かなあ」

クラウドは少し笑顔になりながらそう呟く。

「ね、聞きたい?」

「“聞いて欲しい”んだろ?」

「えー、聞きたくないのかよ?」

「…分かった分かった」

全く、などと言いながらヴィンセントは笑って話を催促する。きっとクラウドはそれを聞いて欲しいのだろう。最初はきっと独りでこうしてテントを張ったのだから、そっと天体観測をしたりするつもりだったのだろうが、こうして自分がいるならばそれを聞いてやるのも一つだろうと思う。

クラウドが自分から過去の事をヴィンセントに話すのは珍しいことだったし、多少気になる部分もある。確かに今までに明らかになった過去はあるけれど、それとはワケが違うような気がしていた。

「俺、六歳の誕生日に望遠鏡で初めて天体観測したんだ」

四角い空を眺めながら、クラウドの話は始まった。

 

 

 

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