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ガランとした静かな部屋の中。 窓を開けると、爽やかな風が部屋の中にすっと通りぬける。 そういえば季節は何時の間にか変わってしまったらしく、窓の外の色は移ってしまっている。そういえば初めてこの家に来た時、この辺りはどんな色をしていただろうか。良く覚えていない。というより、そんな事を意識している余裕などなかった。 それなのに今は、そこにそれを感じる事ができる。 色は―――――――いつも求めてきたもので。 いつも返りたいと思ってきたもので。 かつてはグレーだったはずの景色は、どうやらもう、その色を脱ぎ捨ててしまったらしい。 「独りに…なっちゃったな」 窓の外を眺めながらぽつりと呟いたクラウドは、今や誰も横たわっていないベットにそっと視線を移し、それからまた窓の外を眺めた。 そこにあるのは、生い茂る緑が綺麗に映えている景色。 それを暫く見詰めていたクラウドは、意を決したようにその部屋の片づけをし始めた。 今日は旧知の仲間達と会う予定だから、それまでにこの部屋を片付けようと思う。本当は片付けるなんてしたくなかったけれど、この部屋に残る僅かなものですら見逃すのが惜しくて、取り敢えずは片付けてみようと思ったのだ。 とはいえ、その部屋はかつての持ち主の性格からか汚れてなどいない。だから、片付けといってもさして多くの作業をするわけではなく、単に整理整頓くらいのものだ。 「ベットは綺麗だし棚も大丈夫だ。後は床と、それから…デスク」 そう声に出して言ったクラウドは、床はまた後で掃くでもするとして、まず先にデスクの整理にかかった。 部屋の脇にあるデスクには、かつての住人が所有していた本やノートなどが置かれている。本はさして多くなかったが種類は様々で、今更ながら、こんなものが好きだったんだ、などとクラウドに再認識させる。しかしそれと同時に、クラウドは苦笑せざるを得なかった。 だって、あれほど告白し合ってきたのに、それでもまだ知らない事がある。 こんな些細な事一つ知らない部分があるのだ。 それを思うと、もっと話しておけば良かったとそう思わざるを得ない。 「駄目だ駄目だ、こんなんじゃ…」 首を横に振りその思考を振り切ったクラウドは、本を積み重ねて、その他の紙類を一つづつ整理していった。 紙の類は色々あり、何かのメモやらぴっしりと時の詰ったものまで様々である。一体何を書いているのだろうかと思ったが、魔晄の事だとかが書かれていたり、逆に何でもない数字が書かれていたりと本当に色々だった。 そうして一枚一枚纏めていくと、最後にパラリ、と何かの紙が床に落ち、クラウドはそれを拾うために腰を屈める。 がしかし、その紙を見て思わず動きが止まってしまった。 「…!?」 その紙面を見て顔を歪めたクラウドは、そっとそれを手に取り、そしてその紙面を食い入るように見遣る。 その紙面にあったのは―――――――非常に歪んだ文字達だった。 歪んだというのは別段嘘でも何でもない、本当に字の歪みのことである。普通であればかなり几帳面そうな字をかくヴィンセントなのに、その紙面だけは何故か妙に汚い字で書かれていた。いや、汚いというよりまるで子供がイタズラ書きをしたかのようにぐにゃりとした象形文字みたいな状態なのである。はっきり言って、読むのも難解だ。 「何だ…これ?」 あまりに歪んだ字で、何と書いてあるのか分からない。 もしかしたらヴィンセントが書いたものではないのかもしれない、そう思ったが、そうだとしたらこんなふうに取ってあるだろうかと疑問になる。 「これは…“き”…“は”……?」 何となく読めそうな字だけを繋げていくと段々と文章になるような気がして、クラウドは一字一字ゆっくりとそれを読み解いていく。 そうして最後にそれを続けて読んでいくと、それはやはり文章になった。しかもその内容は、クラウドの眼を見張らせるような内容だったのである。
“き” “も” “ち” “を” “は” “こ” “ぶ”
………“きもちをはこぶ” ………“クラウド”
―――――――紙面には、歪んだ字でそう書かれていた。
それはヴィンセントがクラウドに言っていた言葉で、それからすればその文字というのはクラウドへのメッセージのように感じられる。がしかし、以前ヴィンセントが言っていたように、「運んでくれ」という言葉ではなかった。あくまで「運ぶ」なのである。 「もしかして…もしかして、これ…は」 これはもしかすると―――――ヴィンセントからの気持ちではないだろうか。 ふとそう思って、クラウドはいつかの会話を頭の中から必死に探し出す。気持ちを運んでくれと言ったヴィンセント。そして、クラウドの気持ちの宛先はどこかなどと聞いたヴィンセント。 思えばヴィンセントは、何故あんな言葉を口にしたのだろうか。 気持ちを運んでくれ、などという言葉を。 だけれどその言葉の後、気持ちは確かに共通のものとなったはずである。だからもう既に気持ちは運ばれていることになるだろう。 でももしあの言葉が、気持ちを運んでくれという言葉が、“ヴィンセントの気持ちを運んでくれ”という意味だったとしたら―――――――…。 「最初からヴィンセントは…」 まさか、そうも思うが、仮にそうだったとしたら、その言葉自体が既にヴィンセントの告白だったのではないだろうか。そうであればヴィンセントは、クラウドが自ら告白したそれ以前から、もう既にその気持ちを打ち明けていたことになる。 勿論、今はもう確認など出来ないけれど。 「……ヴィンセント…――――――」 クラウドは、その紙を握り締めると、グッ、と胸に押し付けた。 その紙面が伝えるのは、ヴィンセントの気持ち。 それだけでも心が苦しくなるというのに、クラウドはもう一つの事実に気付いてしまったのである。それは、その歪んだ字が何を示しているかという事だった。 この字が歪んでいるのは―――――――…左手で書いたからだ。 動かない左手を、右手で支えて書いたのだろう。だからこんなにも字が歪んでいるのである。右の手を使えば綺麗な字で書けたのに敢えて左手を使ったことには大きな意味があるのだ。それが、クラウドには理解できる。 元来左利きであったヴィンセントが、純粋に戻ると言って付けた義手。その動かない手で敢えてその文字を書いたのは、その純粋の中でこそその言葉を伝えようとしたからに違いない。 気持ちを純粋に伝える為に、ヴィンセントはわざわざそれをしたのである。 「ヴィンセント――――――…どうして…」 目を閉じ、クラウドは絞るような声でそう呻く。 だって、この気持ちは左で伝えられたのだ。 「どうしていつも…いつもそうやって…」 ニブルヘイム近くの崖で、あの左腕に救われた。 そして今もまた、同じふうに救われている。 その気持ちがあったから、今、此処でこうして立っていられるのだから。
もう時間は戻せないから、沢山思い出そう。 いつもずっと当たり前にあったものが、どんなだったか、それを沢山思い出そう。
――――――その腕がどんなだったか…
――――――その髪がどんなだったか…
――――――その顔がどんなだったか…
――――――その声がどんなだったか…
どんなふうに笑っていたか、その笑顔を思い出して。 それを記憶に焼き付けて。 忘れないように、 思い出せるように。
生きている痛みは、とても重いけれど。
純粋に返ろう。 本当の緑の中へ。 優しい左腕を忘れないから、今度こそ本当に、返ろう。
旧知の友との約束の為に、クラウドは家のドアを開けた。 もうそろそろ家を出なければいけない時間である。 ミッドガル近くまで飛ばすからまあまあの距離だが、時間には間に合うだろう。 仲間達に会うのは久し振りで、ティファなどはあの電話以来初めてというほどだ。だから話はきっと長引くだろうと思う。それに加えて、クラウドも報告しなければならない事があるから、もしかしたら今夜は帰って来れないという事になるかもしれない。 「…よし」 クラウドは家を出る準備をすると、いざ出ようとする前に、そっと家の中を振り返った。 家の中は静かで、当然誰もいない。 その静かな空間を暫く見詰めていたクラウドは、やがてその表情に緩やかな笑みを携えると、そっと小さく口を開いた。 「ヴィンセント…」 いつかの風景が、すっと目前の静かな空間に重なる。 まるで今でもそこにその人がいるような気がして、すぐにも笑いかけてくれそうな気がして…だけれどそれは幻想でしかない。 誰の姿もない静かな空間を見詰めたた止まっていたクラウドは、そっとその幻想を取り払うと、静かな笑みのまま独り頷いた。
「――――――行ってくるよ」
ドアは、パタン、と閉まる。 本当の緑の世界に、クラウドを連れ出すように。
緑の世界は今、豊かさと儚さに揺れながら色鮮やかに揺れている。
END
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