何でこんな事になったんだろう。

そう思った。そう思いながらふらりとやってきたのはミッドガル近くのあの医療施設だった。別段来るつもりなどなかったのに何時の間にかそこに着いてしまったのは、やはり頭の隅にそれがあったからだろうか。

その施設の前に佇んでいると、たまに人が通りかかり、お大事に、などと声をかけてくる。それに対して健常者であるクラウドは、ぎこちなくその場限りの会釈をした。別段どこも悪くない今は、そのねぎらいの言葉に返すものもない。

しかしそうして通りすぎる人が声をかけていくほど、この施設の利用者は何かを患っているのだろうということは分かる。そんな人々を気にかけていたヴィンセントを思い出すと、何だか妙に気分が沈んだ。

誰かを心配する心――――それがやっと分かった。

確かそうヴィンセントに告げたはずなのに、何故あそこであんな事を言ってしまったのだろうか。同調する心がないわけではなかったのに。

それでもあの時勝ってしまったのは、他の誰を心配して気にかける事よりも、ヴィンセントを心配する気持ちだった。いや、もしかするとヴィンセントを心配する自分自身に不安になったのかもしれない。

ともかくもそれらが勝った為に否定してしまったヴィンセントの言葉は、結局自分を貶めるに至った。悪い方向にいくとわかっていながらそうしたのだから、それは自業自得かもしれない。

それでもやはり、自分の気持ちに嘘は無い。

ヴィンセントの事は心配だし、ヴィンセントにももっと自分自身の事を心配して欲しいと思う。例え薬を飲んでいていつか解消されるものだとしても、他の人の心配などしないで自分の事を。

「他の人…」

ふっと施設の入口に目を遣ると、そこには患者らしき人が数人溜まりこんでいた。

その患者達は、世間話のように何かを話している。

ふっと耳に入ってきたのは、魔晄、という一言だった。

彼らは、魔晄中毒者なのだろう。

「…他の人って…俺は…」

――――――――他の人って、誰の事だ?

それは例えば、あそこに溜まりこんで話している魔晄中毒者のことなのだろうか。あの患者達を気にかけるヴィンセントを、自分は許せなかったのだろうか。

何だかそれは――――違う気がする。

「本当は…」

本当に嫌だったのは―――――もしかして、違うのかもしれない。

彼らを気にかけるヴィンセントではなく、自分自身の事を気にかけないヴィンセントではなくて、もっと違う……本当に“誰か”を気にかけているヴィンセントだったのかもしれない。そして、クラウドにはまるで気をかけさせないヴィンセントだったのかもしれない。

あの家には、他の誰かなんていなかった。

誰かじゃなくて、薬を飲むヴィンセントがいるだけだった。

だから―――――?

「そうだ、俺…俺はきっと…」

もしヴィンセントが自分自身を気にかけ、クラウドもそれに気にかけて許される状態ならば、それは当然他の者の介入を許さない空間に違いない。しかしそこに他の“誰か”が介入してしまうと、クラウドには入り込めない空間となってしまう。

信頼され、独占する為には、例えそれが医療施設の患者であろうと、あのシェルクであろうと、意識に介入する事は許されるはずなどなかった。

だから―――――。

「そんなんじゃない…って、思ってたのに…」

ふと、いつかのヴィンセントの手の感覚を思い出す。

それはあのニブルヘイム近くの崖での感覚であり、そしてまた、あの発熱の日の感覚でもあった。熱が下がったあの時、僅かに感じたものを思い出す。あの時は否定をしたあの感覚。

だけど今は――――否定する自信が無い。

独占欲というあの感覚を。

でも、こんな事に気付いたからといってどうしようもない。何かできるわけでもなく、それは期待もできないものである。しかも今の状況からすればあまりにもタイミングの悪いもので、こんなものを抱えていた所でそれは無駄でしかないような気さえする。

だってヴィンセントは望んでいないのだ。

「あの、すみません」

「……」

「あの…大丈夫ですか?」

「……あ」

何時の間にか目を閉じていたクラウドは、誰かに呼びかけられてふっと顔を上げる。

がしかし、その瞬間に思わず顔が強張ってしまった。

何しろ顔を上げたそこには―――――あの緑の石があったのだから。

「な…なんで…」

何でこんな時にそんなものを見てしまうんだろう、そう思うと苦しくて仕方なかった。その石はヴィンセントが持っていたあの石と同じで、今のクラウドにとっては拒否の対象みたいなものである。

しかし、話しかけられた事に対して何かは答えなくてはならなくて、クラウドはともかく適当な言葉を口にしようとした。

…が。

「……君は、もしかして」

首に下げられた緑の石。そこから視点を上げていくと、幼い感じの女性の顔が見える。

その顔はどこかで見覚えのある顔で、彼女はじっとクラウドを見詰めていた。

「もしかして、“クラウド”ですか?」

「…ああ」

「お久し振りです。以前、一度だけお会いした事がありましたよね。覚えていますか。私は…」

「――――シェルク?」

はい、そう頷く彼女を見て、クラウドは面食らう。

まさかシェルクに会ってしまうだなんて、思いもしなかった。彼女の事はヴィンセントの関連でいつも念頭にあったものの、実際会った事があるのは一度だけである。あの一年前のオメガ戦の終焉に、たった一度きり。

それなのに彼女は、クラウドの事を覚えていたのだ。

しかも彼女は、何の気もなしにクラウドに話しかけてくる。

「こんな所で何をなさっていたのですか。まさか医療施設にかかっているわけではないですよね?」

「ああ…違う」

「そうですか、それなら良かったです。最近は陰性魔晄中毒というものまで発見されているのですよ。見ず知らずの内に僅か数%の魔晄を体内に蓄積してしまっているというもので、自覚症状も無く発見には時間がかかり…―――――ああ、すみません。こんな話、どうでも良いですよね」

「……」

クラウドには、シェルクの存在が不思議でならなかった。

何故こんなふうに普通に話しかけてくるのだか、良く分からない。顔見知りとはいっても、こうして再会して話しこむ仲というわけでもない。幾らヴィンセントと会っているとはいえ、その仲間に対してもそんなふうに振舞うとは考え難い。

そんなクラウドの疑問は、表情に顕著として表れていた。

だからなのか、シェルクは少し困ったような顔をしている。

「すみません、急に話したりして。私と貴方は面識も薄いですから、不思議に思われるのも無理はありませんよね」

「…あ、ごめん。急だったから、何だか…」

フォローのような言葉を口にしたクラウドは、シェルクの首にかけられた緑の石に目を移すと、ふいにその石の事を切り出した。

その石は、ヴィンセントのあの石と同じ輝きを持っている。

大方シェルクから渡されたものなのだろうとは思っていたが、本当にそうだったのだという事実が心に苦しい。

「その石…何かのお守りか?」

「これですか?」

石を手にしたシェルクは、少しだけ笑って、そうではありません、と答える。

「ちょっとした手違いで…こうしてつけているんですけどね。願いが叶う石なのだそうです。思えばお守りみたいなものかもしれませんね」

「そう…なんだ。でも手違いって一体…」

示し合わせてつけているのではないのだろうか。

そんな事を思って、ついその言葉が口をつく。

二人の事に探りを入れるつもりなど無かったのに、心の奥底に眠るものが勝手に手を出してきたかのように。

しかし、そうして心を隠しながら質問をしたクラウドに対し、彼女は包み隠さず全ての事を語った。まるで隠すことなど何もないというように。…というよりも、彼女にとっては正に隠すことなど何一つ無かったのだろうが。

「この石は元々、私がヴィンセントに渡したものだったのです。けれど何かの手違いで石が二つ入っていて、一つは私が持つ事になったんです。折角ですからこうして付けるようにしたんですよ」

「そうなのか…」

臆面もなくそう説明したシェルクに、クラウドの方が躊躇ってしまった。

こんなに堂々と事実を話す彼女に、一体自分は何を考えていたのだろうか。彼女の口調だと、別段それをつけたいというふうではない。例え彼女がヴィンセントにそれを渡した事実が変わらないとはいえ、何だか事実は少し違うような感じがする。

勝手に、二人の仲について色々考えたりしてしまったけれど――――何だか、違う。

しかし、違うとなれば一体どういう意味で会っているのかが疑問になってくる。あれほど頻繁に会うなど、恋人でもない限り普通なら考えられない事だ。

「あの…少し、付き合って頂けませんか?」

「え?」

突然のシェルクからの誘いに、クラウドは驚いてそう声を上げる。

それを見てシェルクは慌てて首を横に振ると、

「あ…違います!変な意味じゃないですよ。ただ、少しお話でもどうかと思ったので…嫌だったら良いです」

そんなふうに言った。

その慌てぶりに思わず笑んでしまったクラウドは、静かに首を横に振ると、分かった、と了承する。シェルクはそれを受けて少し笑ったが、そんな彼女に対しそれでもまだ疑惑を持ち続けている自分が、クラウドには何だか苦しく感じられた。

 

 

 

まさかこんな事が起こるとは考えてもみなかった。

シェルクとこんなふうに話す時間が来るだなんて。

しかし実際その場になると、意外にも彼女は話しやすかった。どこか遠い言い回しをするものの、はっきりと物を告げてくるものだから酷く理解しやすい。嘘とは思われないほどそれらは真実味を帯びているし、そこには疑う余地など無かった。

その代わり、何かを質問される場合には嘘を付けない強さがある。だからクラウドは、何かを聞かれた場合には言葉を濁し通すことなどできなかった。

オープンカフェと呼ばれる店での、ちょっとした会話。

しかし内容はそれほど明るいとはいえない。

「私は重度の魔晄中毒なんです。この一年間で段々と回復はしているのですが、まだ医療施設通いはかかりそうで…でも、最近はそれも普通になりました」

「大変なんだな」

ヴィンセントの前ではああ言ったものの、いざシェルクにそう告白されると、それが妙に重いものに感じられる。これを拒否したのかと思うと、何だか酷く悪いことをしたような気にさえなった。

しかし彼女は、それを辛いというふうには感じさせない。

「はい。でも、慣れましたから。それに最近は、こうして“普通”に過ごす事が楽しいとさえ思うようになりました。不思議ですよね、昔はあれほど…」

すみません、そう言って言葉を切ったシェルクは、話題を転換するように、そういえば、などと続ける。

「ヴィンセントとは会いますか?」

「あ…ああ、うん。まあ、会うかな」

一瞬ドキリとしながらもそう答えると、シェルクは「そうですか」と落ち着いた笑みを漏らした。それは何だか全てを見通したもののように感じられて、クラウドに違和感を覚えさせる。いや、これも一種の不満だろうか。

が、彼女はその不満を解消するかのようにその事実を語った。

「私は良くヴィンセントと会うのです。とはいっても私の我侭に付き合って貰っているだけなのですが。私のように重度の魔晄中毒になると社会復帰というのも同時に問題になるのだそうで、その一環で話をするようにしているのです。誰かと話をする事が必要なのだと言われたので」

「じゃあ…つまり治療の一環でヴィンセントに会ってるのか?」

「ええ、そういう事ですかね」

治療?

―――――――じゃあ、二人はただそれだけの為に?

「今日は貴方を付き合わせてしまいました。すみません、これも私の我侭ですよね」

「あ…いや、俺は別に良いんだ」

「優しいんですね」

「…優しい?俺が?」

はい、そう頷かれて、クラウドはどう返して良いかわからなかった。だって、優しくなんかない。シェルクの誘いに乗ったのは優しさなどではなく単に確かめたかったからだ。彼女を疑っている自分に答えを与えたかったからだ。そんな純粋なものじゃない。

それなのにシェルクは自分を優しいなどと言う。

今迄誰もそんな事は言ってこなかったのに。

何だか――――妙な罪悪感さえ覚える。

「ヴィンセントも、貴方も、他の皆さんも、優しい方ばかりなんですね。お節介で、自分をかえりみず誰かを助ける。…今でも少し、不思議です」

「…皆はそうかもな。でも俺は、君が思ってるほど優しくなんてない」

「そうですか?私にはそう見えますけど。現に貴方は今、私の話しに付き合っているじゃないですか」

「それは―――…」

それは理由があるからに決まっている。

「それとも何か聞きたい事でもあるのですか?確か、あの医療施設の前に立っていましたよね」

「あれは…別に意味なんて無い」

「意味が無い?理由もなくあの施設に寄り付く人はそうそういませんが…何か調べていたわけではないのですか。私はあの施設に通っていますから、こうしてお付き合い頂いているお礼に何か教えてあげることもできると思ったのですが…」

残念そうにしながらそう言ったシェルクを見て、クラウドは迷う。

お礼、という言葉に便乗するならば、多分彼女は色々なことを教えてくれるだろう。尤もクラウドが一番知りたかった部分はもう既に語られてしまった後だからそれ以外の事といえば本当に詮索というふうになってしまう。どんな話をしているのかとか、そんな細かい事を聞いてしまう事になる。

果たしてそんな事をする権利が自分にあるのか、そんな事を思う。

しかし目前のシェルクは何かを疑うようなふうではなく、恐らくクラウドの事を信じているのだ。大した面識もないクラウドを信じるだなんて考えられないことだが、もしかするとそれも積み重ねた時間が実現させたものかもしれない。そう、ヴィンセントと積み重ねた時間が。

「…願い、あるのか?」

クラウドは、どうして良いか分からないままにそんな言葉を口にした。

ふと、目にあの緑の石が飛び込んできたからだ。

 

 

 

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