A SEASON
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そこはちょっと洒落たレストランの奥だった。 そのテーブルの隣には、一面ガラスばりの窓があって、外が綺麗に見渡せる。テーブルの上のキャンドルはほんわりと手元を照らして、テーブルクロスは上品にかけられていた。 まさかこんな所で二人で改めて食事をするなんて、思ってもみなかった。 こんなふうに綺麗な所で、豪華な食事。赤ワインなんてよっぽど俺には似合わない。 だけど目前にいるヴィンセントには、良く似合ってる。柔らかい手つきが、ワイングラスにもぴったりだと思う。とっても綺麗で、俺は思わず見とれちゃうよ。 今までずっと一緒にいて、何で気付かなかったんだろうとさえ思う。俺はヴィンセントと暮らしながら、乱雑そのものの生活を送っていたし、マトモに飯すら食べてなかったかもしれない。ただ何となく日々が過ぎていて、隣にはヴィンセントがいて、それが普通だった。変わらない日常、ってやつかな。 そもそも俺とヴィンセントの間には、特別なものなんて無かった。 ただ一緒に生活をしていただけで、それっていわゆる同居人なのかな。 とにかく俺が勝手に転がり込んだだけだったけど、何となく居心地が良くて俺はずっとそこに留まってた。ヴィンセントはそれに対して何も文句は言わなかったし、多分思ってもなかったと思う。大体、生活自体がお互い違ってた。勤務時間帯もずれてたし、お互いの干渉とかも特にはしなかったし、ただ同じ家に住んでたってだけの事で。 たまに休みが重なると、じゃあどこかに行こうかって話になって、遊びに出かけた記憶もある。長い付き合いだったから気兼ねも無かったし、行動はしやすかった。 今日みたいに豪華な食事っていうのは本当に初めてで、ヴィンセントから誘ってきたのは不思議だったけど、俺は何となく分かってたのかもしれない。どうしてヴィンセントが此処に呼び出したのか、食事なんかしようって言い出したのか。 部屋で適当なものでも食べれば良いだろう、って言った俺に、たまには良いじゃないかと言ったヴィンセント。最近は家で会う機会も少なくなってたから、俺はそれを感じてた。 でも俺達の間に約束なんて無かったから、それは多分、自然な事だったんだろう。 グラスを見つめているヴィンセントは、ふと俺の方を見て笑った。何だってこんな時にそう優しい顔をするんだろう。それってちょっと悔しいと思う。 何気に俺、ちょっと悲しい気分になってるっていうのに。 「どうしたんだ、飲まないのか?」 「うん…いや、飲むけどさ…」 そんな事言って、俺のグラスはちっとも減ってなんか無かった。何だか飲む気もしない。というかまず俺に合ってない。 ヴィンセントはいつもよりかは早くグラスを開けて、隣に広がってる景色なんかを眺めだした。横顔が綺麗だ。 「…なあ、どうして今日はこんな所で食事なんだ?」 俺は敢えてそんな事を聞いてみた。結果なんてもうどうでも良いような気がするんだ、分かってる事だから…。でもせめてヴィンセントの口からちゃんと聞きたいと思う。そうじゃないとモヤモヤしたままで気持ち悪いよ。でもこれって、ちょっと期待してるって事なのかな。今まで通りの生活が続けば良いなって、そんなふうに。 「たまには良いだろう?嫌だったか?」 そんな言葉に、俺は首を横に振った。嫌なんて事あるはずない。ヴィンセントとの時間は今まで少なかった分、大切な気もするし、何より貴重だから。 それにしても全然、本題に入ろうとしない。そんなだから俺はモヤモヤが続きっぱなしだ。 「仕事、どう?」 「ああ…まあ順調かな。お前はどうなんだ」 「うん、俺も順調…とは言えないか。ヘマ多いし」 ヴィンセントは笑って、お前らしいな、なんて言う。らしいってどういう意味だよ!って突っ込む所だったけど、何だかそんな気分にもなれなかった。 それからちょっとして、店員がやってきた。 俺達のオーダーはディナーセットとかいう奴で、この店のオススメメニューらしい。っていっても、普通のディナーセットじゃなくて、特別な日とかに頼むメニューらしい。普通の日に特別なセットなんか頼むはずない。だからどう考えても今日は「特別」なんだろうって思う。 とにかく店員は俺が頼んだ前菜を持ってきて、静かにテーブルの上に置いた。用だけ済むとすぐ帰ろうとする店員を呼び止めたヴィンセントは、またワインを注文してる。しかもボトルで。そんなに飲みたい気分なのかよって、俺は更に心配になった。被害者妄想かな、こういうのって。 「クラウド、グラスあいてないな」 ふと俺のグラスに目をやったヴィンセントはそう言った。 「だって俺、ワインって柄じゃないし」 「…そうか、悪かったな。じゃあ他のものを…」 「良いって!飲むから」 変に気を遣わせたくなくて、俺はワインを一気に飲み干した。目前でヴィンセントが目を丸くしてる。 「おい、大丈夫か」 「大丈夫だって!」 俺はさも平気そうに笑ってそう言った。ワインじゃなきゃ俺だって酒はそう弱くないし、このくらい何て事無い。そう思ってたけど、それがヤバかったみたいで、そのちょっと後に俺は頭がクラクラとしてきた。 何だってこんな日に限ってこんな事しちゃうのか…。 でも酔ってるのをヴィンセントにバレたくなくて、俺はなるべく普通に振舞う。 運ばれてきたオニオンソースサラダを頬張りながら、俺は他愛無い話を始めた。っていっても何を話せばいいかなんてちっとも分からない。いつも家に帰っても大して会わない俺達だったから、今は絶好のチャンスだっていうのに情けないよな。 仕方無いから、さっき出た仕事の話なんかをボチボチとしてみる。 「お前の場合は責任感が足りないんだ」 俺の失敗話に笑いながらそう言うヴィンセント。そうだよな、俺もそう思う。 「でも俺、これでもちゃんと働いてるつもりなんだけどな。誰も俺の事、庇っちゃくれないんだよなあ」 おどけてそう言ってみると、 「いつか現れるさ、お前を分かってくれる奴が」 と返ってきた。 「そう…かもな」 俺はちょっと寂しい気持ちになった。 いつかって、いつだよ? 大体、付き合いが長いヴィンセントにそう言われるのは何だかしっくり来ない気がする。何だかその言葉はやけに他人行儀で、我関せずって感じだ。何だか変に寂しい気分になるよ。 そこでまた店員が何かを運んできた。ここからはコースメニューらしい。スープと、あと何だか知らない魚料理が、デカイ皿の上にちょこんと乗ってる。 ヴィンセントはフォークを持ち上げてそれを小切りにして食べ始めた。俺も食べようと思ったけど、フォークとかナイフがやたらと多くてどれを使って良いか分からなくて、思わずヴィンセントの顔を見てしまう。 それに気付いてヴィンセントは「外側から使うんだ」と教えてくれた。そうか、こういうところは初めてだから俺にはちっとも分からないけど、ヴィンセントはきっと慣れてるだろうな。俺と違って仕事もスマートな事してるし、そういう場所に行く事、多いんだろう。 「お前を見てると、安心するな」 やっと食べ始めた俺に、ヴィンセントはそんなことを言った。それはどういう意味だよ? 「何だよ、俺をくどいてんのか?」 俺はチャチャを入れるようにそう言ってわざと笑った。 ヴィンセントは多分真面目にそう思って言ったんだろうけど、俺につられて「かもな」なんて言う。こういう何気ない会話はすごく良い。心地いい。 だけどその雰囲気は、少しして消えていった。何となく会話が続かなくなって、俺はだんまりなんか決め込んでひたすら食い物を口に運んだ。そうでもしなきゃ間がもたない。っていうか、もう持ってない。 そこにまた店員がやってきて、メインらしい肉料理を置いた。何でも焼き加減だとかも好みに合わせてくれてるらしくて、肉汁も良い感じ。 だけど、そんな事よりもヴィンセントの方が気になった。そんなメイン料理を目の前にしたら普通は即くいつくんだろうけど、何だかそういう気分にもなれない。 だってこれ、メイン料理なんだ。 その後、デザートがきて、珈琲がきてコースは終わるらしいけど、そんなのすぐに食べ終わるに決まってる。食べ終わったら、きっと俺達は今まで通りでいられなくなるような気がするんだ。きっとヴィンセントはその時に何か言うはずだ。それは俺の予想だけど、間違ってないって自信がある。嫌な自信だよな、全く。もっと良い事に自信があれば良かったのにな。 とにかく、この料理が終わったら、何だか全て終わるような気がした。 俺の頭の中ではそんな事が渦巻いてたけど、端から見たら馬鹿みたいな格好だったみたいで、ヴィンセントは不思議そうに俺に言った。 「どうした、食べないのか?」 はっとして俺は、いや、食べるよ、なんて笑ってみたけど、やっぱり嫌だ。 俺は無意識にナイフとフォークをしっかり両手に持ってて、視界に入ってなかったけど視線の先には肉があった。だからヴィンセントからすれば、食べる準備万端のまま料理を見つめているように見えたんだろう。そりゃ変だよな。 ヴィンセントはっていうと、しっかり料理を食べ始めてる。そういえば、いつの間にかグラスのワインが減ってる。俺がトリップしてる間に飲んでたんだろう。 俺は気をきかせるつもりでワインに手を伸ばした。それからヴィンセントのグラスにワインをついでやった。 赤ワイン…本当に似合うよ、ヴィンセント。赤ってヴィンセントの色な気がする。それはきっと戦いの時に赤いマントなんかつけてたからなんだろう。今のヴィンセントは赤い服なんか着ない。だからきっと誰もそう思わないだろうな。 でも俺は違うよ。俺は知ってるから、昔から。 「悪いな、気を遣わせたか」 「いや。飲んでよ」 俺はそう言って、強引にもう一度乾杯をした。チャリン、と音がする。ワインが、少し揺れる。 「ヴィンセントは変わらないよな」 俺はおもむろにそう言った。何言ってんだ、俺。自分でも良く分からないけど、何故かそんな言葉が口をついた。 ああ、そうか。さっきワイン一気飲みしたんだっけ。それがきっときいてるんだ。 「そうか?…お前だって変わらないだろう?」 「そうかな。俺、随分変わっちゃった気がするけど」 「そんな気はしないけどな」 「そっか…」 ヴィンセントはそう言うけど、俺はそうは思えないよ。 戦いが終わった頃、色々ありすぎて俺はまだ心の整理がついてなかった。 ティファはセブンスヘブンをまた再開したいって言って、その再開には俺も誘われた。けど、俺には出来なかった。静かに暮らしたいと思ってたし、都会にはいたくなかった。俺の存在を知らない人たちの中にいたいと思ってた。 その時丁度、ヴィンセントだけは都会から離れた暮らしをするような事を言ってたから、俺は勝手にそれに付いてったんだよな。ルクレッツィアと二人で暮らすのかなあって思ってたから、別に一緒に住もうとなんて思ってなかった。ただ、その土地に俺も便乗しようと思ってただけで。ヴィンセントだったら、俺を良い意味で放ってくれると思ったし…。 それがヴィンセントはどういう訳かルクレッツィアを迎えに行かなかった。そういえばどうしてなんだろう。今でもその理由は知らない。とにかくだから俺はそのままヴィンセントの借りた家に転がり込んだわけだ。 それからは俺、ヴィンセントに家の事はまかせっきりだったよな。ヴィンセントは「元々は私が借りた場所だ」とか何とかいって、俺には負担をかけさせなかった。別々の仕事について、時間がかみあわなくなって顔をあわせる事が少なくなっても。ヴィンセントの仕事の方が遥かに大変だってのに、家に帰れないとなると連絡をマメにしてくれてた。 だけど俺は、そんなヴィンセントに何か返せてたかなあって思うと、そうでもない気がする。最初は落ち着く為に何もしてなかったし、その後堕落三昧な生活になった後も、そんなに連絡をした覚えなんてない。仕事仲間と付き合いで飲みに行ったりして帰れないときも何もしなかったし、俺が泥酔状態で帰っても文句一つ言わなかった。 仕事に就いてから俺は段々、自分を取り戻したけど、それは俺が考えてたものじゃない気がする。だって戦いが終わった後に、俺は思ったんだ。静かに暮らしたい、って。 それは静かなニブルヘイムで暮らしてた時にソルジャーになりたいってミットガルに出た時とは反対の決心だった。そうやって都会に出て、俺は変わってしまったから…いや、変わったっていうか、世界の…人間の嫌な部分を見たって感じかもしれない。そういうしがらみには、もう関わりたくなかった。だから静かにってそう思ったのに…それなのに俺は、やっぱりまた都会的な場所まで仕事に出かけて、そういう派手な付き合いに飲まれてた。 馬鹿だなって思う。 どうしてそういう場所を選んでしまうんだろうって。これじゃ、ヴィンセントについて静かな土地に来た意味も無いのにな。 でも実際にそういう都会でしか仕事を見つけるのは難しかった。確かヴィンセントの仕事先も随分と遠かったはずだ。 それから俺は本当に流されるままだったような気がする。自分の決心もどこへやらで、何かにつけ飲んだり遊んだりして…ヴィンセントはその姿を見てないけど、見たらきっと嫌な顔をするんだろうな。 大人しくしてると、それはそれで不安になる時があったからかもしれない、そうなったのは。静かにしてる俺って、多分俺の本質なんだろうと思う。だけど、そうしてると色んな事が巡りすぎるんだ。過去とか、ヴィンセントに頼りすぎてる自分とか…いつも明るくしてる俺が「嘘」なんだって事が、まざまざと分かって嫌だった。 俺は14歳の頃のまま、成長してないのかもしれない。 その後に起こった全ての事件とかは、俺であって俺じゃなかった気がする。冷静に考えるとそう思えるんだ。でもそれを俺はどこかで認めたくなかったのかもしれない。それを認めたら俺は一気に14歳の頃に戻ってしまう気がして…そうしたら俺は、本当に、本当に、独りきりだから…。 誰かに認めてもらいたくて、独りぼっちで弱虫だった俺に…。 「どうしたんだ、クラウド?」 ふとそう声をかけられて、俺は我に返った。 「あ、ごめんっ!何か…色々思い出しちゃってさ」 「いや、構わないけどな。そういう時もあるから」 俺は本当に悪いなと思って、また「ごめん」と謝った。折角の食事なのに。 だけど俺が言った言葉に、ヴィンセントもつられたみたいで、こんな事を言い出した。 「しかし…あれから、随分と経ったな」 あれからっていうのは、戦いが終わったときの事だ。俺は頷いてそうだな、と答える。 「世界は結構変わったよな。今じゃ会社なんて死ぬほどあるし」 「そうだな。生活も便利になったし、雰囲気も変わった。秩序が出来上がった感じだな」 「ちつじょ…またそんな難しい言い方しちゃって」 俺がそう言うと、もっと勉強しろ、とヴィンセントはふざけて怒った。 「…懐かしいな」 「そうだな」 何だか色んな事が頭を駆け抜けた。本当に色んな事だ。今からじゃ考えられない過去から、ヴィンセントとの思い出まで、色々。 「そういえばさ、ヴィンセント。あの映画、覚えてる?」 「映画?」 「そうそう。俺がまだ仕事してない時にさ、ヴィンセントが連れてってくれた奴。覚えてないか?確かあれ、春くらいだったかなあ…」 それから俺達は、一緒に過ごしてきた何年間かの思い出を語り始めた。 何だかそれは、心の中のアルバムを開いてるみたいだった。
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