Shin-Ra Syndrome  [ 1st section ]

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- NO.18 - 18番目の人間

 

 

 

向き合ったその人の顔を見て、ツォンは静かに笑った。

側には、すっかり優しい笑顔を取り戻したルーファウスがいる。

やっと、やっとこの時がきたのだ。

あの悪夢のような週末はどこかに消えてしまったのだ。

―――――良かった。

単純に、そう思う。

「ツォン、ありがとう」

素直にそんな言葉をくれるその人を見てツォンは、自分は間違っていなかったのだと確信した。どれほどこの笑顔を待ち望んでいただろう。それを取り戻すためならば、自分は何でもできる。そう思ったのは嘘ではなかったのだ。

事実、ツォンの手が犯した罪はそうした感情の元に正当化されていた。

暗い神羅の中、かつてルーファウスが使用していた副社長室で、二人は明かりもつけずに向かい合っていた。

シンと静まった空間は、二人の言葉を明瞭に伝えている。そして、暗いにもかかわらず、何故か相手の顔だけははっきりと見えるような気がした。

笑顔のルーファウスを見て、ツォンはここ数日のことを思い返していた。

作戦を練りこんだのは、もうずっと前のことだった。それでもチャンスはそうそう巡ってはこずに、何だかんだとトラブルが多いこの時期になってしまったのは唯一後悔するところだろうか。

まずしなくてはならなかったのは、スケジュール調整だった。それはルーファウスの力を借りて何とか上手く済んだ。それから一番てこずったのは、あの長剣のまがいものを作り出すこと。敏腕の鍛冶師を世界各地から探し出し、真偽を疑う余地のないほど精巧に作り上げた。それはかつての英雄が有していた長剣で、この世に二つと無い。どうせ威力の如何は問わないものだから、外観だけが精巧であればそれで良い。

後はもう簡単だった。

あとは仕事と変わらない。

その相手を尊敬などもせずに、躊躇いもせずに、ただ――――――――。

ただ、殺せば良い。

例えその相手が誰であろうと、問題は一切無かった。その人間達の罪を考えれば、それは当然の報いだろう。そう思うと、普段よりか随分と軽く手をかけられたようにも思う。

もしかしたら、笑ってさえいたかもしれない。

ルーファウスに痛みを与え続けた男達。

毎週末にルーファウスを、輪姦した愚かな男達。

死んで当然だ。

どんなに高いポストの人間だろうと。

大切な取引先の人間だろうと。

――――――――神羅の、社長であろうと。

ルーファウスから依頼された十七人の男達も全て片付け、これで全ては終わったのだと思う。これからはルーファウスがトップに立ち、全てを動かしていくのだ。

問題は、何一つ無い。

「ツォン、もう何も悩むことはなくなったな」

「ええ、その通りです」

嬉しい、そんなふうに言うルーファウスにツォンは、良かったです、と答える。

たったこれだけの為に、人を殺す。

たった一つの笑顔を取り戻す為に、躊躇いも無く。

それは人道的には間違ったことかもしれなかったが、今や二人しか知り得ない事実においては正しいことだった。

きっと誰しもがその長剣を見て、あの英雄セフィロスの仕業だと思い込むだろう。

それで良い。

誰も何も疑いはしない。

それがさも当然かのように、振舞えばいいのだ。

「祝福をあげよう、ツォン」

そう言って、ルーファウスはふと立ち上がった。確かにこんなに目出度いことは無い。今まで神羅にいて、多分一番の目出度い事実だったろう。

ルーファウスは向かい合っていたツォンの隣までやってくると、そっとそこに腰を下ろした。暗がりの中で、ルーファウスの白い服は良く目立つ。

それが、ツォンの至近距離に入り込む。

「俺は嬉しい、お前もそうだろう?」

そう囁くように言うと、ルーファウスはすっとツォンの頬に手を沿わせた。

「ルーファウス様…」

雰囲気に酔うように、その伸ばされた手を握り込む。その手はかつて何人もの男に自由を奪われた手だったが、今はもう違っていた。とても自由で、とても綺麗で。

それから、とても自然に唇を重ね合わせた。

かつて一度だけ交わしたことのある口付けは、痛みの無くなった空間でこうしてまた返ってくる。その時は重ねるだけだったその口付けは、この日は熱を持って絡み合った。

自然と顔を少し横に倒して、唇の端と端までを貪りあう。奥の奥まで舌を絡ませて、とにかく求め合う。

けれど事実、二人の間には何一つ約束は存在などしていなかった。

愛しているという言葉すら知らない。

こうする事に意味があるかどうかも知らない。

それは―――――……。

「…は、ぁっ…ツォン…」

ルーファウスは、ツォンの服に手をかけた。それはとても自然な流れだった。雰囲気を読み取れば、それはごく自然で、当然の流れで、そうすることが普通のようにも思える。

熱を持った舌を絡み合わせた後に続く欲求などは、分かりきっていた。

――――けれど。

その時、ふと過ぎった。

ツォンの脳裏に過ぎったそれは、急激に脳を明瞭にし、今までの雰囲気や目の前のルーファウスの欲求や、行った全ての暗殺に対する正当化を、否定した。

違う、そんな言葉が頭の中を行き交う。

伏せ目がちにしながらツォンのネクタイを外し、シャツのボタンを一つづつ外すルーファウスの姿が目に入り、それをツォンは呆然と見つめていた。

違う。

違う。

違う。

それは――――――。

シンクロした。それは、プレジデント神羅の暗殺を決意したその日の事。その日、散々に嬲られるルーファウスを初めて目にし、そしてルーファウスはそんなツォンの前で子供のように泣きじゃくった。苦しい、辛い、 今まで我慢してきたその言葉を、ツォンの前でとうとう吐き出したのだ。

あの時、ルーファウスは言ったのだ。確かに、ツォンに言ったのだ。

“ツォン……助け、て……”

その涙で頬を濡らしたルーファウスの顔が、目前で自分の服を丁寧に脱がすルーファウスに重なった。

そうして初めて、ツォンは思い出したのだ。今まで、とにかく助けることしか頭になかった。そうして救われた笑顔が見たかった。だから、誰もかれも殺してやった。

けれど――――これは、違う。

何故なら約束などしていない。愛を語らったわけでもないし、誓い合ったわけでもない。確かにいつの間にか生まれていた一線を越えたような感情はあったけれど、それを、性交までもたらす愛情かと聞かれればそれは違ったような気がした。いや、それよりもそんな事を考える余裕は無かったのだ。

助けたい、救いたい――――それが、優先された感情だったから。

「…駄目です…っ!」

途端、ツォンはルーファウスの手を払いのけた。

「ツォン…?」

ルーファウスは驚いて身を離す。何故、拒否されたのかが分からず、戸惑っているのが目に見えて分かる。

「何で…?」

目を見開いたルーファウスの顔を見ながら、ツォンは苦しげな表情を見せた。

苦しい。例え求められたとしても、それは違うのだから。きっとルーファウス自身も気付いていないだろうと思う。ルーファウスも同じように、自分に愛情を注いでいたような事実は無かったのだ。それが、この一連の計画の為に何かが狂ってしまった。それがまるで愛情かのように、刷りかえられてしまったのだ。

「わ…私には…貴方は、抱けない…」

毎週末、狂ったように開かれた宴。その中でその行為をうけて、どれだけルーファウスが苦しんだのかを知っている。人を憎まずにはいられなくなるほど、それが辛かったのを知っている。

だから、抱けはしない。

それは、あの宴の模倣でしかない―――――ツォンの中のトラウマに似たそれは、そうする事に恐怖感を与えた。

また、それが蘇るような気がしてならない。

怖い。そうなってしまうのが、とても。

ルーファウスに、微塵でも思い返させたくはない。

「ツォン…まさか、お前……」

ツォンの心の内を知らぬルーファウスは、ある可能性に突き当たって目を見開いた。それはルーファウスにしか分かりえない感情で、勿論ツォンには分からない、これも恐怖感だった。

震える声を出して、顔を歪ませる。

「お前は……私を、汚いと思ってるのか……?」

「…!違います、それは…っ!」

ルーファウスは完全に怯えた表情になると、ツォンから離れるように立ち上がった。それから、一歩づつ後退していく。ゆっくりと。

「も…終わったのに…?それでも、俺は…汚いか?」

「違う!そうじゃない、そんなことは思ってない!」

ツォンはそれを強く否定するのに、声を荒げた。そんなことは勿論、思ってなどいない。汚れてなどいない、その考えは今なお変わってはいないままだった。

ツォンはすっと立ち上がると、ルーファウスを見ながら呟く。

「そんな事は、思ってない。でも……私には…貴方が抱けないんです」

幾分、声は震えていたかもしれない。けれど精一杯の言葉だった。それを分かって欲しい、そう思うが、目前のルーファウスにはその声すら届いていなかった。

お互いの心など、見えるはずもなかったのだ。

ルーファウスにはルーファウスの恐怖があり、それはいつも纏わりついていた。ツォンはその痛みや穢れを唯一知る人物で、そんな自分に理解を示した。それは確かに愛情ではなく、同情に近いものだったろう。

今までずっと否応無しに男に嬲られ続けたルーファウスにとって、そういう行為に恐怖感が無いわけではなかった。それでも、ツォンだけは信じていたのだ。きっと、分かってくれる。自分の為にその手を汚してまでくれたのだから。そう、思っていた。

ルーファウスが己からそういう行為を求める事自体が、要は本物の愛情の証拠だったのである。例え、口に出さなかったとしても。

しかし――――――それはツォンの恐怖の前に、かき消された。

「……そう、か…」

ツォンにはそれは、汲み取れなかった。

ツォンの性交に関する拒否が、結局はルーファウスの想いへの拒否に繋がっていたことなど。

ルーファウスは自己完結するようにふと笑いを漏らした。それから、ツォンに向かって言う。

「…惨めだ…もう、帰って良い…」

「ルーファウス様……」

苦しくて仕方無い胸を押さえ、ツォンは顔を歪ませる。

けれど、すれ違った心は、容赦なくぶつかった。

「帰れよ…!」

そう叫ぶ声が響く。そうした後にルーファウスはツォンに背を向けた。もう何も聞く意思は無いとでも言うように。

先ほどの口付けがまるで嘘のようだった。全てが否定されたように、その場は凍りつく。

何も問題は無い。

そう思っていたのに、全て終わったと思っていたのに、残された心に残る傷は深かった。その恐怖感がなければ、あるいは本当に救われたかもしれないが、それでもその心は正反対の道を進んでいってしまったのだ。

その恐怖感を抱えたままで。

いつまで経っても振り返りはしないルーファウスを見て、ツォンは胸を押さえたまま、そっとその部屋を後にした。

そうするしかなかった。

しかし、パタンとドアを閉じたその場で、思わず立ち止まる。

ツォンがいなくなった途端、その部屋から泣き声が聞こえたからである。

思わず、ドアノブに手をかける。が、それを捻ることはできなかった。

「……っ…」

唇をかみ締めると、ツォンはきつく目を閉じてドアに背をつけた。そしてその背をズルリ、と落とす。

床に座り込む形になった時には、辛くて両手で顔を押さえ込んでいた。はっきりと聞こえるルーファウスの泣き声が、痛いほど耳に突き刺さる。

「く…そっ…」

今すぐにそのドアを開けて、涙で頬を濡らすその人を抱きしめて安心させてやりたい。そう思うのにそれが出来ない。そうしたところで、結局はその人の求める事には応えられないのだ。

この体で、慰めてやることはできない―――――。

きっと、矛盾している。

愛情に近い感情を持ちながら、それでも最終的には手など出せない。

辛い―――――すべてが終わるはずだったのに。

苦しいことも、辛いことも何ももう無いと、あの人は笑ったのに。

それでも、その人は泣いている。

今度は、自分が理由で――――。

 

苦しい心の内でツォンは思っていた。

自分は、リストに載らない“18番目の人間”なのだと。

 

 

 

その日を境に、ルーファウスの心は壊れていった。

 

 

 

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