Shin-Ra Syndrome  [ 1st section ]

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- uneasiness - 時の流れ

 

 

 

小さいとはいえ会社のトップに立ったレクストは、人柄で何とか持ちこたえていたものの、いまいち仕事にのめりこめない部分があった。

その原因はいわずとしれた、ラウスである。

その人は、この会社の資本主であり、元々の主であり、ある都合で友人の自分にその地位を預けた。その理由はそのときには教えては貰えなかったが、今ははっきりと分かる。

それは、あまりにも切なかった。

その人は元々足が悪く、自分の邸宅から一歩も出ることがない。

この会社の社長という地位に就く前からレクストはその邸宅に通っていたが、それは今でも勿論続いていた。

何とかして時間をあけては、そこに足を運ぶ。愛しい人の顔を見るためだけに足を運ぶ。

その日、レクストがそこにやってきたのは、ほぼ一週間ぶりだった。

その一週間とは、自己嫌悪に陥っていた期間である。

「久し振りだね」

その人は、優しい笑顔を持っていた。

だが、レクストは少し寂しげな表情を向けるしかなかった。

「どうしたの、一週間もあいて……って、忙しいもんね。無理を言ったらいけないよね」

「いや、その…ごめん。そういう理由じゃなかったんだけど、な」

「そうなんだ?」

無邪気に微笑む顔を見て、レクストは言葉に詰まった。とてもじゃないが、ラウスとのセックスを妄想しながら自慰をして自己嫌悪に陥っていたなどとは言えない。

ラウスは、独りだけで住む邸宅の、自分の部屋で、ベットに横たわっていた。

そんな状況でも尚、その笑顔を見せる。

とても、寂しくなる―――――。

ラウスが自分に地位を譲った理由とは、正にこれだったのである。

今までは車椅子で外に出ることくらいはできたというのに、それさえも出来なくなったのが、その原因。

かなり昔からの友人だったのに、レクストは知らなかった。その病気が何であるかを。今までは単に足だけが悪いのかと思っていたのだ。だが、それは違っていた。

詳しい病名や病状は未だに知らない。

けれど、悪化したのは確かだった。

何せ、ラウスはもう、立つことさえなかったのだから。

「いつでも呼べよ、ラウス。俺、仕事中でも飛んでくるから」

真面目にそんなふうに言うレクストに、ラウスは思わず吹き出した。

「何言ってんの!社長なんだよ、そんなことしたら駄目だよ。全く、レクストは…」

しかし、そこまで言ってラウスは口を噤んだ。そして少ししてから、

「ごめん、今は“プレジデント”だったよね?」

と少し苦笑してみせた。

その頃にはもうレクストは、本名の“レクスト”を使わない状況になっていた。それは最初、誰かが遊び半分で言い出した呼称に過ぎなかった。だが、いつの間にか会社としての役割が重くなるうちに、それは通称になったのである。

小規模ではあったが、一部の社員はその会社に夢を見ていたのだ。

大きくなる。

その意気込みが、トップであるレクストを飾り立てる為にその通称を生んだというわけだ。

当初はあまり好きではなかった。それは役職とはまた違うし、プレジデントなんて仰々しい。

けれど、自分自身もそれに慣れてきてしまっていたのが現実だった。

「良いよ、ラウス。ラウスにはレクストって呼んで欲しいから」

やっと笑顔になると、レクストは張り切ってそう言う。

「名前にはちゃんと意味もあるし、な?」

続けてそう言うと、その言葉の意味する所が分かったのか、ラウスはふっと笑顔に戻った。

「ありがとう、レクスト」

その笑顔は、レクストの心を和ませた。

しかし、その笑顔の裏にはレクストの知らない気持ちが隠されていたのである。それは勿論レクストに伝わるものではないし、ラウス自身も口には出せないものだった。

ラウスは博愛だけを持っていた。

誰しもを愛し、誰しもに公平。

それは親友と呼べるレクストにだけは少し違っていたけれど、恋愛という意味で特定の誰かを愛したことの無いラウスにはそれは博愛でしかなかった。

けれど、ベットで寝るだけの生活が続き、眺める景色すら固定された今、彼の中では何かが変わってきていたのである。

ラウスは今まで、嫉妬などとは無縁だった。

勿論、我侭などというものも知らない。

あまりに人を信頼し、あまりに純粋で、誰かが濃い色を投げ込めば、その心はすぐにその色に染まってしまうようなものだった。

けれど、ラウスは確かに感じていたのだ。

レクスト―――プレジデントに会社を任せたいと頼み、その地位を譲った時はそんなことを考えたりはしなかった。レクストがまだ、町工場で働いていた喉かな頃には考えたりはしなかった。

それでも、今は思ってしまうのだ。

……会いにきて欲しい。

……今頃、何をしているんだろうか。

訪問の期間が開くと、今度は不安になった。

……もう来てくれないかもしれない。

……仕事にのめりこんでしまったんだろうか。

自分がそう頼んだのに、そう思ってしまうのはラウスには不甲斐ないことだった。どうしてそんなふうに思ってしまうのか、そう思ったが、それはきっと独りきりで寂しいからなんだろうと無理矢理心に押し込めた。

けれど、例えばプレジデントという呼称もそうであるように、自分の築き上げてきた場所で、自分の知らないレクストの姿が増えていくのは何だか辛かった。

自分だけが遅れていく、取り残されていく。

そういう不安感はいつでもあった。

けれど今まではレクストの訪問でそれは何となく拭い去れていたのだ。

それが今は違う。会いに来て欲しい、そう思って会いに来てくれるのは凄く嬉しいのに、そこで知らない仕草や顔を発見すると、それだけでもう不安は募った。

レクストは進んでいるんだ、前に向かって―――――そう思ったりする。

自分だけが遅れていくのだ。この時の流れに。

しかし実際のレクストは、ほぼラウスのことだけで頭をいっぱいにさせていた。仕事など身に入ったものではない。

しかし、それはお互い口に出さないままで、結局はそんな想いは相手に伝わりはしなかったのである。

「また、会いに来てね」

ラウスはそう言うのが精一杯だった。

レクストはその言葉の真意など知らずに、

「当たり前だろ!」

と笑った。

何も問題はないかのように見えるその風景の中には、確実なすれ違いが始まっていた。

その根源は、一つしかない。

かの会社の存在は、知らぬ間に全ての均衡を崩していたのだ―――――。

 

 

 

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