Shin-Ra Syndrome  [ 1st section ]

-----------------------------------

- Shin-Ra... - 君が此処にいる証明

 

 

 

面会謝絶、その言葉はレクストの心を大きく揺らした。

彼が密かに想いを寄せている相手、ラウス。ラウスはレクストの会社の出資者でもあり、大本の主でもある。

元々体が弱かった為にその会社をレクストに引き継ぐように願い出た彼だったが、その理由は体調の悪化にあった。体調というよりかは、病状といった方が正しいだろうか。

車椅子での生活をしていたラウス―――――――――しかし、それは単に足が悪かっただけではなく、大変な病気に犯されていたのである。

レクストがその病状を知ったのは、その面会謝絶を言い渡されたときだった。

いつものように、憂鬱な仕事を放ってラウスの邸宅を訪問したレクストは、いつもと違うその家の様子に驚いた。

いつもならシン、と静まり返っているはずのその家が、何やら騒がしい。とはいってもそれは、やかましいというのとは訳が違う。ラウス一人で住んでいるこの邸宅にとって、人の話し声が幾つか重なれば、それはそれで“騒がしい”ということになってしまうのだ。

つまりその日、いつもいるような女中などを抜かした“誰か”が、その邸宅にいたのである。

誰だ―――――――?

一番近い、親友であるはずの自分。

大体訪れる者も少ないこの邸宅で、自分以外のものがいるなど何だか腑に落ちない。それはほぼ嫉妬だったが、それよりもその人物の方が気にかかった。

しかしその嫉妬も馬鹿らしくなる。

何故ならそこにいたのは、医師だったからだ。

「お噂はかねがね…。担当医のシーレです」

レクストと顔を合わせた瞬間、豊かな顔鬚を蓄えたその男はそう挨拶をした。

「どうも…ラウスの友人で、レクストと申します」

久々に本名などを口にしてそう挨拶をする。しかし内心ではそんな社交辞令などどうでも良いというような気がした。

此処に医師が来ているということは、ラウスの身に何かあったからに違いない。定期健診などという可能性も無くはなかったが、そういう場合は大概、医師は居間などでゆっくり茶を飲んだりはしないだろう。それはつまり、心を落ち着かせる必要性があるのではないか。

深読みしすぎかと思いながらも、レクストはそう思っていた。そしてそれは実際、嘘ではなく、的を得ていたのである。

その邸宅の主でも無いのに、その医師、シーレはソファに座るようにと手を差し伸べた。そのジェスチャー通りにシーレと向き合う形でソファに腰をかけたレクストは、医師の次なる言葉を待っていた。

何か報告されるのではないか、そんな気がする。そもそも先ほどシーレは言っていた。

“お噂はかねがね…”

それはつまりラウスがレクストのことを話しているという証拠である。そうなれば多分、一番重要な話をされるのは、この邸宅で働く女中ではなく、ラウス自身でもなく、自分ということになろう。

医師は酷く冷静そうな声を出した。

「―――――病状を、話したことはありませんでしたね」

「ええ、聞いたことが無いです」

それでもそれが大変な病気なのだろうとは思っていたが。

「そうでしたよね。…そろそろ、話した方がよさそうだ」

「更に悪化しているのですか」

そのレクストの言葉に、シーレはただ嘆息した。肯定の意だろうか。用意されていた珈琲の最後の一口を飲むと、シーレは決心をした様子でレクストに病状についてを話し始めた。それはもう、レクストがラウスに出会う前からの話である。

病名は分からない――――――――。

まず宣告された言葉はそれだった。それから、順々とその病状についての話を始める。

「今からもう25年は前の話です。奢りではなく私は当初、医療界を先進していた。そして彼の担当医になったのです。ラウスは元々、足が悪かった。その当時はそう思っていました。告げられたことも、歩けないだとかそういう事でしたから。…けれど、それは違っていた。出産時の担当医はそこまで調べはしなかったのです。足に原因があるのではなく、そもそもは身体全体にあった。それが最初に、足に出たというだけのことだった」

「じゃあ…今は、もう…?」

思わず目を見開いてそう聞いてしまうと、シーレは、話の先を急ぐのを制した。まずは聞いて下さい、そう静かに言う。つい早まってしまったのは、それでも仕方無い。気になって仕方ないのだ。結局、今後がどうなるのか。

「普通でしたら人間の身体は、血や肉などといったものを作り出しますね。そして、それが身体を正常に動作させる。しかし彼の場合は、それが違うようだった…バランスが悪い。―――――――部分的にそういった機能が死滅していくのです」

「……!」

「ラウスの足にはもう、正常な機能はない。とはいってもそれ自体が死んでいるのとは訳が違うのです。…言葉は悪いが、腐るという訳ではない。そこにあり、他の部位との連結には問題が無いのに機能はしないのです。筋肉などは通常の人間の半分以下です」

鼓動が早くなるのを、レクストは抑えられなかった。それははっきり言えば、ラウスの死を意味しているようにとれる。心のどこかではその懸念もあったはずなのに、そう目の当たりにすると、それを絶対的に拒否したくなる。

「そ…れで…?」

声は多分、震えていただろう。

この前会ったときには、優しく笑ってくれたのだ。会社での馬鹿話などを土産にして、それで笑ってくれた。また会いにきてね、そう言って手を握ってくれた。

それなのに―――――――?

しかしレクストのその心の内も空しく、シーレは最後の言葉を言い放った。

「多分―――――――もっても、あと三年…でしょう」

「あ……」

歪んだ顔に、レクストは両手を覆わせた。唇をきつく噛み締めて、何かをぐっと堪える。それは、泣きたいのとは訳が違った。無いてもどうしようもない。

そのどうしようもない、打つ手が無い、そういった歯痒さが死ぬほど辛い。どうにかしたいのに、それは出来かねるのである。自分は元より、目前の優秀な医師でさえそれができないというのだ。

ラウスは――――――――確実に、死ぬ。

この世から、いなくなる。

あと…三年で。

「く…そっ!何でっ!!」

何でラウスでなくてはならなかったのだろうか。その病気は珍しい病気だとシーレは途中でこぼしていたから、かかる率は極端に低いはずなのだ。

それが、ラウスに舞い降りた。他の誰でもなく、ラウスに。あの、優しい顔に。

どうして、どうして、どうして―――――――!!!?

頭の中にはそんな疑問ばかりが渦巻いていた。どんなに問うても意味などありはしないのに。

「面会は今後、できないでしょう」

医師のその言葉は、もう既に話ができない状況まで悪化していることを示していた。

 

 

 

社内に戻り、レクストは社長室に鍵をかけて篭りきりになった。

頭を巡るのはラウスのことばかりで、それ以外のものが入り込む余地すらない。もう助からないと分かっているその状況に、どうすれば良いというのだろうか。どうすれば良いかといってもどうしようもない。けれど落ち着かない。

昨日まで世界はそれなりの青い空の中にあったのに、今はもうそれすら見えないような気がする。

ラウスが死んだら―――――――そう考えると、いてもたってもいられない。何かに八つ当たりをしなければ気が済まなくて、そこらの備品を投げつけたりした。壁を殴り、ソファーを掻き毟り、その中の羽が空中を舞う。

「くそっ!くそっ!…ど、して…っ!!!」

何度、何を叩こうが壊そうが気持ちは堂々巡りでしかなかった。その内、そういう行為にさえ疲れてくると、レクストはその場に崩れ落ちた。

「…意…味なんか…」

ラウスの命があって、今、自分は此処にいる。この小さな会社の、この社長室。自分には何の利益も無い意味の無い肩書き。けれどそれはラウスがいなければ何も無かったものだった。ラウスが元気な身体を持っていたら、多分今も自分はかつての喉かな町工場で働いていただろう。そうしてラウスと時々会って笑いあう、その方が何倍も楽しかったに違いない。

憎むべきはラウスではない、その病気である。

もしこの世からラウスが消えてしまったら、この社長室に自分が居る意味などあるのだろうか。その人がお願いだといって譲ったこの会社や、この位置。ラウスのためだった。全てがラウスの為に捨てたものだった。

長閑な風景も、ゆったりした生活も、笑顔も――――――。

それでもラウスがいれば頑張れる、そう思っていた。

だってそれは、約束だったから。

「でもラウス…お前がいなきゃ、さ……なあ…」

視界が歪む。目から溢れる涙は、止まるところを知らなかった。この涙と共に、ラウスへの気持ちが失われていくなら楽だったろう。けれど、逆なのだ。

想いは、溢れるばかりで。

止めようもなくて。

――――――――ずっと、今だって、これからだって、愛している。

一度として触れたことの無い体。愛し合いたいと思ってやまなかった体。しかしそんなことよりももっと先に、思うべきことがあったことに、レクストはやっと気付いたのだ。

そうじゃない…そんな性欲よりもまず先に、ラウスの側にもっと居ればよかった。

こうなってしまう前に、飽きるくらいその存在の側にいればよかったのだ。

もうそれすらも叶わないから。

「ラウス――――――……」

“また会いに来てね”

「約束…守れなかった……」

―――――――ごめん、ラウス……。

 

 

 

一ヶ月が経っていた。

ラウスの病状を医師に聞いてからの期日である。その一ヶ月の間、仕事は殆ど手につかず、その役職の割にはミスを連発し、社員を苦笑させることがしばしばあった。

社員達は知りもしないのだ、ラウスのことなど。ラウス自身が社長としてこの会社を経営していた時分も、ラウスは社内に姿を現しはしなかった。だから事実、社長として初めて姿をもったのはプレジデントだったのである。

一ヶ月という時間の中で、プレジデントは色々と考えた。自分には何もできない。ラウスの命を救うことはできないのだ。できないが、それでもラウスとの約束で預かったこの会社に対しては何かできるかもしれない。

あの夜は、全く別のことを考えていた。会社にいる意味などない。そう思っていたのに、今はそれが逆にできることのような気がしていた。

ラウスは自分を信じてこの会社を預けたのである。そうなれば、それに応えることは、ラウスへのプレゼントになるのではないか。そう思うのだ。

その為にはこの会社を大きくしなくてはならない―――――――一部の社員がその期待を込めて自分を“プレジデント”と呼び出したように、それがラウスにできることのような気がしていた。

ラウスがこの世にいたという証明としてできることはそれしかないだろう。この会社はラウスの資本金と、ラウスの名前で出来上がったものなのだから。

会社を大きくする。そして、その名前をこの世界に広めるのだ。

ラウスが確かにこの世にいたという事を、最後まで証明するために―――――――。

そう考えてから以降、レクストは仕事に身を入れるようになった。とにかくまずは会社を大きくしなければならない。大きくするには、今のような家具の製造・販売などでは足りないのだ。もっと、もっと別の事業展開をしなければならない。

もっと、今、必要とされるもの―――――。

そこまで考えて思い出したのは、いつだったか、レクストの苦手な秘書の男が言っていた言葉だった。

“武器の開発ですよ!”

確かその男は言っていたのだ。このままの売り上げだと、二年後には倒産する、と。とはいっても売り上げ自体はそんなに悪くも無い。ただ、これから年が経つにつれもっと多くの企業などが立ち上がった際に、そういう計算になるということである。

かつてその話を出されたときは、馬鹿じゃないかと思っていた。確かに世界各地で小さな紛争は相次いでいたし、今でさえそれは続いている。けれどその紛争の中に強力な兵器を与えて紛争を大きくすることは、人道的には罪だった。

しかし―――――それならば、この会社は大きくなれるかもしれない。

敵対する両勢力に、秘密裏に武器を供給する。最初はそれなりの値段でいい。しかし紛争が大きくなればなったで必要とされるのはもっと強力な武器。そうとなったら、値段を上げていけば良い。

金が手に入る。金が手に入れば大企業になれる。そうなれば、名前が売れるのだ。

「名前――――――か」

あくまでラウスの存在証明の為にそういった一連の事を考えていたプレジデントは、今のままの平凡な名前ではつまらないな、そう思った。何せ一般的な家具の製造・販売などの名前ではラウスには釣り合わない。

もっと、もっと崇高な名前が必要だ。そう思う。

そう思った末に、ふっと思い出したことがあった。それはかつてラウスに土産話として話してやった“名前の話”である。

それはプレジデントがまだ町工場で働いていた頃の話。ラウスに呼び出されて、その邸宅に足を運んだときに話したことだった。

“神の国”と呼称されるその土地へと旅行したレクストは、その国での古代文字を教えてやったのだ。

ラウスは、羅有主。

レクストは、霊薬桶。

自分達の名前を、その国の古代文字に変換するとそうなるのだ、と。

「名前には、意味がなきゃ…な」

その名前達にも勿論、意味はあった。ラウスを表す“羅有主”は、繋がりを有する主という意味だった。その時はぴったりだと思ったものだが、今やラウスはその機能すらできない。

ラウスの存在の証明には、意味が必要だ。そう思いレクストは考えた。ラウスの名前から取るのが良いか、そうとも思い頭を悩ませる。

彼に見合った名前―――――――――。

そう、あれは“神の国”といわれる場所の言葉だった。

神…もし、いるなら。どうか、彼の存在証明を。彼がこの世にいたことの、証明を。

結果的にレクストは一つの名前を作り出した。その名前が適用されるようになったのは、それから少し後の話だった。

 

 

 

“神羅製作所”として。

 

 

…BACK…