Shin-Ra Syndrome  [ 1st section ]

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- MEAN OF NAME - 君のこと想うが故

 

 

 

薄汚れた衣服を身に纏った男は、無機質に言葉を放った。

「これは金になりますよ」

そう言いながら男はカルテのようなものを手にし、それを見ながら何やら頷いていた。服の胸ポケットに刺さっているペンを抜き取ると、それで何やら記入を始める。

「博士、これはどういったものなんだ?良く分かるように説明してくれないか」

隣にいた車椅子の男がそう静かに言った。とても落ち着いていて、嫌な感じの無い声である。その言葉を受けながら、博士と呼ばれた男は無表情に返答をした。

「そうですね。詳しくは私の部屋で説明致しましょうか」

 

 

 

そこはミッドガルと呼ばれる地域だった。いつからその名がついたのかは分からない。相当昔からその名で呼ばれている事は確かである。その領域の八割は緑に覆われており、残る二割は人家や麦畑が広がっていた。のどか、という言葉が良く似合う場所である。

そのミッドガルの中心からややずれた場所に、その家は建っていた。くすんだ赤い屋根に、木目が良く見える木の壁。簡素といえば簡素だったが、広さは十分にある。

その家の中には実験道具と多数の薬草が几帳面に並べられていた。家の半数以上がその道具置き場と化していて、それ以外には家具もあるのだから人の住む場所としては芳しくないだろう。

ともかくそれが、博士という通称を持つ男の家だった。

「どうぞ、薬草茶です」

車椅子の男は、そう言って出された茶を手にとると、何だか嫌そうな顔をする。それはいつもの事で、いつものリアクションだった。

この博士の家に来ると、いつもこの薬草茶というものを出される。それは好意だと分かるが、車椅子の男にとっては、それがかなり不味いという事を知っていたので、本当に心からのリアクションだった。

「ああ…っと。これは良いよ」

「またまた!どうせ不味いとでも思っているのでしょう?」

「あはは…ばれたか」

隠しもせずにそう言うと、博士はやっと人間らしい笑いを見せた。この他愛無い会話でしか、この男は笑うことをしない。あとはこの家の中に陳列されている道具と戯れる事に没頭してしまうので、正にそれは珍しい事だった。

車椅子の男はそれでも一口だけそれを飲むと、早速というように話題を出す。

「で、あの物体なんだけど、教えてくれるか」

「ああ、そうですね。ご説明しましょうか」

すっと今迄通りの表情に戻った博士は、その地で手にしていたあのカルテのようなものを取り出して、それに目を通した。

それから、やや落ち着いた声でこんなふうに説明し始める。

「あれは我々の構造とは全く違う細胞質です。いわゆる古代化石的なものですが、どうも生命反応がある。もしかしたら別の生命体の発見かもしれませんね」

車椅子の男はその説明に驚いたような声を上げた。

「まさか!」

「いいえ、嘘ではありません。完璧に活動可能な細胞として戻すことが可能ならば、かなりの金が手に入りますよ」

「…やっぱり金、か」

少し困ったような顔をすると、車椅子の男は嘆息した。

どうも目前の博士は、すぐに儲け話に繋げたがる。それさえなければ優秀な科学者なのに、そう思いながらも彼は話を進める。

「じゃあ…それを研究する?」

「ええ、できればそう願いたいですね」

「でもどうする?博士のところで?…それとも、ウチで?」

博士と呼ばれた男は、すっと前髪をかき上げながら少し考えるふうに顔をしかめた。

この博士という男には、自身の研究所がある。

それはとてもこじんまりとした、研究所というには小さすぎるものだったが、それでも抱える研究者は優秀な者ばかりだった。

しかし彼の研究所には最大限の研究をするほどの金はなく、資産家である車椅子の男―――――ラウス・フェンダーをスポンサーとし、その研究の幅を広げようとしていたのである。

ラウスは病死した親の莫大な遺産を継いだ一人息子で、その資産で何かしらの事業を始めたいと思っていた。そんな折に、そのスポンサーの話は舞い込んでき、それに承諾をしたわけである。とはいえ、彼には 科学的な知識は一切無い。

ただ、そうして次世代を担うような研究で、何か人の為になればいいと思っていた。彼の事業の第一歩は正にそれだったが、しかし研究の成果が上がるのはそう簡単な作業ではなかった。

結果、彼は違う事業とそれを平行することを考えたわけである。

表向きの事業内容としては、家具の製造と販売だった。まだまだ小さなその事業は何だかんだといって、そこそこの成果を上げている。そうした裏で、科学的な研究をバックアップしていたわけだが、つい最近になってそれを統合しようという話が博士から持ち上がった。

それは、その家具製造・販売を担う会社内に、研究所を設けること。

ハッキリ言えば支出が多くなるだけだし、それは二重に研究所があるだけの話のようにも思える。

しかし、博士の言い分はこうだった。

“面白いものが見つかったんです。それは研究するにしてもどうも高度な技術を要する。だが残念なことに我が研究所では、近隣の眼が厳しくて増設も無理かと思います。できれば…そう、会社の中などにあれば、ゆっくり気にせずに研究ができるかと”

その面白いものというのが、今回見つかった物体だったわけである。

結局、社内の研究所が作られた。そうした後に、その物体を再度調査に行った次第だった。

博士は、考えた挙句にこう答えを返す。

「社内研究所の方が環境は良い。責任者をつけましょう。私の兄…まあ少し人情深すぎてどうかとも思いますが」

「へえ、お兄さんか。…でも、博士は?」

「私ですか。私は研究所での研究の方を続けます。あの物体には興味があるが…要は結果です。それさえ貰えば良い」

そういうものなのかな、とラウスは首を傾げる。研究者だったらば、その研究の経緯の方も重視しそうなものなのに。

そう思いながらも、ラウスは分かったと返事をした。

その物分りの良い返事を聞きながら、博士はまた珍しい笑いを見せる。それは、とても切ない笑いだった。

そもそも博士と呼ばれるこの男とラウスは、幾つか歳が離れている。勿論ラウスの方が歳が下で、それでも二十歳は優に超えていた。しかし一般の二十歳とは違い、ラウスには少し人を信用しすぎるところがあった。それは幼いときから車椅子の生活で外の世界をあまり知らないということもあったが、資産家の家にうまれて可愛がられて育ったせいもあったのだ。だから彼はすぐに人を信頼し、人の為になろうとする。その一種偽善的な心は、大体の人間は理解できなかった。かくいう博士もその一人で、当初は利用価値があるということくらいの眼でしか見ていなかったようなものだった。が、それがあまりに純粋で、その内そんな心も失せてしまったのである。

だから――――そうして何でも自分の提案を一つ返事で受け入れる彼が、博士にはとても切なかったのだ。

「薬草茶、飲んでくださいよ」

そう一言だけ言って、博士はラウスにもう一度笑いかける。

けれど博士の性格のせいか、それはすぐにかき消された。

 

 

 

ラウスにとって一番心を許せる人間。

それが、レクスト・ミリアだった。

彼はとても平凡な家庭に育った男で、中肉中背、全く普通の男だった。

ラウス・フェンダーと比べると、ラウスの方が少しばかり痩せていて、少しおっとりしているという感じである。

レクストはまったく普通の町工場に働きに出ていて、ラウスが若干23やそこらで企業のトップになったことを知っても、全く嫉妬の一つもせずに付き合いを続けていた。

レクストには、ラウスには言えない秘密事があった。

それは、恋愛のことである。

ラウスは未だかつて恋愛というものをしたことがなかった。確かに家に篭りきりで、出かけるといっても長距離などはもっての外で家の広い庭がせいぜいだったのだから当然である。

そうしてラウスは博愛を手に入れた。

しかし、その側にいつもいた友人であるレクストは、そのラウスに持ってはならない感情を抱いていたのだ。

彼は時折会うその姿を見ては、笑顔を漏らしながらも胸が鷲摑みされるような気がしていた。

ラウスに触れたい―――――――…一言で言えばそれは、愛欲だった。

目前のその人を思い切り愛してみたい。勿論、それ以前に想いを伝えなくてはならないわけだが、レクストにはそれさえも出来なかった。

ラウスはただでさえ友人が少ない。

いつもころころと笑ってはいるが、独りになればその寂しさが人並み以上だということを、レクストは良く知っていた。だから、それを裏切ってはいけないと思っていたのだ。

せめて一緒にいよう。

もし、男である自分が、男であるラウスに告白などをしたら…ラウスはショックを受けてしまうだろう。それどころか、嫌われてしまうかもしれない。

それだけは、避けたかった。

レクストの性癖は少し変わっていた。身体的には何の異常も無かったが、同性にしか欲情できなかったのだ。勿論、女性とのセックスも経験済みで、それは普通に終えたわけだが、どうも普通の男のように女性の身体にあまり興味が持てなかった。

病気なんだろうか、そう悩んだこともあったが、それはラウスという特定の対象を見つけてからは悩むのも馬鹿らしくなってしまった。

だから、愛欲も情欲も全てが、ラウスに注がれていたのである。

けれどそれは叶わない事だった。

例え想いを受け容れて貰えたとしても、ラウスの身体はそんな事に耐えられない状況だったからである。

 

 

 

あの日、ラウスに呼び出されたレクストは、仕事が終わってからすぐさま彼の元に向かった。

いつもレクストの方から訪問をするのは当然のことで、それは定期的に行っていたが呼び出されることは無かった。

だからレクストは、つい最近行った旅行の土産と、その話などを携えて、嬉々として彼の元に向かったのである。

場所は、彼の邸宅だった。

その家はかなりの坪数がある。本当に広い土地で、迷いそうになることもあった。それでもその中に独りきりで住んでいるかと思うと、何だか悲しくなった。

その家に到着したレクストを待ちうけていたのは、優しいラウスの微笑みだった。

この笑顔を見ると、仕事の疲れなども吹き飛んでしまう。

それくらい、ラウスはレクストの絶対的な存在だった。

「ごめんね、呼び出して」

そう言って微笑んでくるラウスに、レクストは満面の笑みを返した。

「そんなこと無いさ!いつでも呼び出してくれよ!」

そう言って、レクストはラウスの呼び出しの意図などをすっかり忘れて、自分の話を始めた。

それは最近行った旅行の話。遠出が出来ないラウスは、そういうものを特に好んだのだ。一生懸命に語るレクストに、色々聞いてくる。

そういう喜んだ顔が見たくて、久々だったに関わらず、レクストはその話を進めた。

「遠い国に行ってきたんだ。勿論、土産もある!…でな、そこで面白いことを聞いたんだ。ラウスにも教えてやるな!」

「うん。何だろう、気になるね」

ラウスは始終、ニコニコとしている。

そうしてレクストは、遠くにある“神の国”と呼ばれる土地の話を始めた。

その土地は、神に守られているという。そしてその土地には古くから伝わる古代の言葉があるのだといった。それは、初めてみるような文字で書かれる。

「な。俺の名前はレクストだろ?」

そう言いながらレクストはいつも持ち歩いている角の擦り切れた手帳を出すと、そこにその古代の文字というのを書き記していった。

「“レ”は“礼”、“クス”は“薬”、“ト”は“桶”。全部で“礼薬桶”」

「へえ!」

「で、この一文字づつに意味があるんだって。“礼”は、神に捧げる酒の事。“薬”は、薬の事。“桶”は、入れ物の事。…な?だから俺は酒瓶みたいなもんなんだって」

「ははは、レクストらしい」

何だよそれは、と言いつつも、レクストは幸せだった。そうして、ラウスの文字も教えてやるよとまた文字を書き出す。

「ラウスは、“羅有主”。これはな、“羅”が連なりを示してるんだ。“有”は所有を表してて、“主”は主人の事。…連なりを有してる主。正に今のお前だな」

「なるほど!何だか占いみたいだね」

かなり感心した様子で唸るラウスに、レクストは得意満面な顔を見せる。それから土産などを渡して、これはどんなもので、これはどんな味でなどと逐一説明をした。

それはとてもレクストを満足させるものだった。

そんな話が数分続いた後に、ラウスはやっと自分の話題に入った。それはレクストが此処の呼ばれた大元の理由でもある。

その話題に差し掛かったとき、ラウスは表情を少し翳らせた。それを敏感に感じ取ったレクストは何だか嫌な予感を覚えながらも、何も言わずにそれを聞く。

「あのね、お願いがあるんだ」

そう言い出したラウスの瞳は、とてもとても綺麗だった。

そもそもラウスという人は少しばかり中性的な顔立ちをしていて、とても大きい瞳は一目で人を引き付けるものがあった。その上、身体は少し痩せているので、何となく男らしさというものとはかけ離れているような印象を与える。

その姿を前にして、レクストはただ黙った。

しかし、そうしていられるのも、その時だけだった。

「会社…引き継いで欲しいんだ」

「…え!?」

思いがけない“お願い”に、レクストは思わず声を上げる。まさか…一体、何を言い出すのだろうか。

レクストはただ町工場で働く庶民でしかない。資産もなければ、それだけの器があるわけでもなかった。ただ少しばかり人当たりは良いとの評判はあったが、それにしても会社を引き継ぐなど、とんでもない話である。

「駄目かな…。こんな重要なことは、レクストにしか頼めないから…」

「そんなこと言われても……でも、どうして?お前に何か不都合でもあるのか?」

「……」

レクストの質問に、ラウスは答えなかった。ただ、顔を翳らせて黙り込む。その態度がレクストを焦燥させた。

レクストにとって一番怖いのは、ラウスから笑顔が消えることだったのだ。

自分と一緒にいるのに、そんなに苦しそうな顔をさせたくない。

そう思う心が、理由すら分からないその契約的な話の早急な答えを、斡旋させた。

「分かったよ、お前の頼みなら俺は何でもやる!だから…だから暗い顔なんかしないでくれよ」

座り込んで同じ目線になってから、レクストはそう言った。

理由すら分からないのにである。

レクストのそういった心の動きなど知らないラウスにとって、それは幸運だった。だが、レクストからすればそれは、強制に近いものだったかもしれない。

ラウスはレクストの手を取ると、そっと己の手を重ねて、

「ありがとう」

とだけ言って微笑んだ。

そうした瞬間に、レクストは心底ホッとした。

その話の重大さも、理由も、何一つ知らずに。

 

 

 

そしてレクストは、町工場の一社員から、裏で科学研究をするその会社のトップになったのだった。

 

 

 

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