Shin-Ra Syndrome  [ 1st section ]

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- six hours - 乾杯の意味

 

 

 

おぞましい感触が、体中を覆っていた。

今さっきまで―――――――ある人物と最低なセックスを、していた。

愛情なんて無い、そこにあるのは柵と負の感情だけ。

おぞましい。最悪だ。

そう思ったが、それでも自分がそれを受け入れてしまったのは説明のつかぬことである。望みもしなかったし、むしろ嫌悪感があったくらいの性交…どんな手段を使っても良いというならば自分はきっと、それを拒否できたはずだった。

そう分かっていたのに。

 

おぞましい。

あの男も、そして…自分も。

 

 

 

息を切らせながら、ヴィンセントはある場所に向かっていた。

目的の場所は、約束の場所でもある。

つい四日ほど前に、ある男と約束をした場所。約束といっても別段、頑なに守らなくてはならないというほどのものではない。多分、来ないなら来ないでもかまわないといった程度の約束だったが、それでもヴィンセントはそこに向かっていた。

予定の時刻からもう、6時間ほど過ぎている。今更行ったところでそこに彼がいるかどうかはあやしい…というか、ほぼ居ないと考えた方が無難だろう。

居なければそれはそれでホッとする、しかし居れば居たでホッとしてしまうような気がして、その道中は何となく感情がうねりを見せていた。

ヴィンセントが早足でそこに向かい着いたのは、約束の時間から6時間は過ぎた頃だった。

少し汗が滲む体で素早く店のドアを開くと、もう既に指定席になってしまっているテーブルまで足を運ぶ。途中マスターの男の「いらっしゃい」という声が響いたが、いつものように「やあ」などと声をかけるのもこの時は忘れていた。

急いでテーブルを覗く。

まさか―――――――――もういないだろう。

そう思ったが。

「……な」

そのテーブルを確認した瞬間に、ヴィンセントの眼は凍りついた。

嬉しいとも悲しいともいえる状況。

そう、そこには―――――6時間もの遅刻すら何でもないかのように、約束通りその男がいたのである。

「…セフィロス」

そう声をかけると、セフィロスは特有の銀髪をゆっくりと揺らして振り返った。そしてその目でヴィンセントの姿を確認すると、少しした後にふっと笑みを漏らしてこう言う。

「遅かったな」

―――――遅いどころの話ではない。待つ必要など、ない。

そう思ったが、当のセフィロスがそのようなことは一切気にしていないかのようにしているので、取りあえずヴィンセントは席に腰を下ろした。

今迄急いでいたせいで滲んだ汗が、急速に冷えて行くような気がする。

「酒を頼むか。いつもので良いだろうか?」

そう言われ、ああ、と答える。もう既に“いつもの”と形容できるくらいにこの場所での約束は当然になっており、それはマスターも知るところである。

「フィルは見当たらないな?」

セフィロスの隣には誰の姿も無い。いつもなら、セフィロスと共に行動している反神羅の仲間であるフィルがいるはずなのに。

そのヴィンセントの疑問を受けてセフィロスは、ただ、

「女が忙しいらしい」

そう言って笑った。

なるほど、それは仕方無い。

そう思ってヴィンセントは思わず笑ってしまった。しかしその後すぐに、そんなふうに笑んでいる場合ではなかったことを思い出して、表情を硬くする。

そうだ、問題はこの目前の男だ。セフィロス、その男。

6時間も約束の時を過ぎているのにこの場にいるなんて、おかしいとしか思えない。そもそもヴィンセントとセフィロスは同じ反神羅組織の人間ではないのだからそんなふうに律儀にしなくても良い。それどころかヴィンセントは、隠しているとはいえ本来神羅の人間なのだし、そういった身元不明の己を只の飲み仲間と認識したとしても、そこまでする必要性は無いのだ。

「まさかとは思うが、待っていたわけではないだろうな?」

いぶかしんでそう聞くと、セフィロスはあまりにも自然にこう回答する。

「ああ…。いや、待っていたが」

「待っ……何考えてるんだ。もう約束の時間から6時間は過ぎてるんだぞ」

おかしいんじゃないのか、そんな言葉まで付け加えてそう言うと、当のセフィロスはそう言われた事の理由が分からないといったふうに首を傾げた。

「単なる俺の判断だ。待ちたいと思ったから待った。それだけの話だ。お前が結果的に来なかったとしても、俺はただその判断を下したというだけでな」

「……」

しとやかにグラスを口に運ぶ。水滴に濡れる長い指先を見つめながら、ヴィンセントは心の中に痛みを感じた。それはもう何度感じたか分からない、偽りという名の痛み。

騙している。

確実に。

それが確信できてしまうこういう場面は辛い。仲が深まれば深まるだけ辛い。絶対に騙せないだろうと思っていたセフィロスという男が、こうして普通に自分に騙されてしまっているという現実が、痛い。

「―――――――じゃあ、まずは乾杯でも」

何を言っていいか分からず、結局ヴィンセントはそんな言葉を口にした。このまま自分の思考に陥っては、多分ますます惨めな気分が増すだけである。そうなってしまうのは何だか恐いし、避けたい。本来叩くべき目前の相手を、そういった目では見れなくなってきている自分への、それはちょっとした悪あがきやフォローでしかないのかもしれないが…それでも。

セフィロスはそのヴィンセントの言葉に、少し前にやってきた酒を手にして、

「乾杯」

そう言った。

チャリン…

グラスが鳴り響く。

一体何の為にこの乾杯をするのか…意味すらない。さしずめ、偽りに乾杯といったところだ。それはとても皮肉ではあったが。

その乾杯が終わった後、セフィロスは一息ついてから本題に入った。此処には同士であるフィルがもういないのだから、それは勿論テロ行為の計画などではない。所謂世間話の類ではあるが、確かにそれは二人に共通する話であることは確かだった。

「今日はまた随分と遅かったが…何か忙しかったのか」

「ああ。…何せ求職中だからな」

「なるほど」

面接やらで大変なんだ、とそんなふうに溜息までついて演出すると、セフィロスはそれを理解したらしく、大変だな、などと漏らす。

しかし実際この場に遅れたのは――――――もっと別の理由。

しかもそれは仕事などではなくて…ヴィンセントの知る限り、最も悪い理由だった。多分それはヴィンセント個人としても世間的にも同じだろう。

「俺の方は少し光が見えてきたようだ」

「光?」

その話題の方向からすると、職のことだろうか。

そう思ってヴィンセントが首を傾げて聞き返すと、それはどうやらそのものズバリだったらしく、セフィロスはこんなふうに自分の報告をしてきた。

「以前、市の兵士団で利用していた宿屋があってな。そこで仕事を貰うことができたんだ。勿論、秘密裏にだが。…仕事内容は護衛だ」

「護衛って…宿屋に何か関係があるのか?」

全く意図がつかめないとったふうにそう言うと、セフィロスはその説明等をしてくる。

「ああ。その宿屋は元々が市の指定宿だったんだ。つまり兵士団が専属で利用していた宿という訳だな。…しかし。市長がドミノに変わってからはそういった事がなくなった。そして更に…」

「ドミノに潰される危険性が…あるんだな?」

「然り」

―――――――――――なるほど。

確かにセフィロスの立場からすれば、それは打ってつけの仕事というわけだ。以前の市長や兵士団に絡んでいたその宿にまで目をつけるドミノにも恐れ入るが、そういった事態であれば護衛というのも頷ける。

「しかし、セフィロス。その仕事をしていれば自ずと問題が浮上するのでは?」

そう、確かセフィロスは言っていたはずだ。ヴィンセントは元々ミッドガルの人間ではないからその体制というものにはあまり明るくない。しかし彼は知っているのだ、仕事一つするにも書類が無ければ話にならないという事をも。それは以前こうして酒の席でも彼自身が口にしていた事実であるし、戸籍除去された彼にとって現在の市とそういう一種明るみに出た状態で対立するのは芳しくないように思う。

もしも現在のミッドガル市の兵士がその宿にやってきて…その宿を潰そうとしたら。

そうしてセフィロスの姿を見たら。

多分そこでそのセフィロスの存在を市は知ることになる。その宿でそういった事をしているという事実を、知ることになるのだ。

そうなれば自ずと問題は浮上するのではないか。

つまり――――――――書類上での契約無しに、雇用をしたこと。

その事実が、ドミノの職権によって宿屋の崩壊に繋がるのは目に見えている。それは勿論セフィロスの望むところではないだろう。

ヴィンセントがそこまでを考えてそう口にすると、セフィロスは意外にもこんな言葉を口にした。

「問題は無い。明日はわが身と――――――そう言ってくれたから」

ゆっくりとグラスを下ろすその動作を見つめながら、ヴィンセントは絶句せざるをえなかった。

何故…何故そこまで。

そこまで言えるほど、それほどまでに、かつてのミッドガルは完璧だったのだろうか。その結束力には閉口せざるを得ない。いや、それだけではない。そういったものに、道に、生きる彼や人々に、ヴィンセントは何も言えなかった。

だってそれはあまりにも純粋で――――――眩しいほどに。

悲しくなるほどに。

彼らの目指す道はもう消え去ろうとしているのに、それでもまだ光が見れるのか。

神羅や、現ミッドガルが存在しようとも、それでも彼らは彼らの中の純粋を光とし、生きているのである。そしてその僅かな光すら消そうとしているのは――――――……。

自分だ。

「…良かったな」

暫くした後にやっと口に出せたのはその一言だった。

その一言しか頭の中には浮かばなかった。

それでも目前のセフィロスはヴィンセントに向かって僅かな笑みを見せると、お前にも道が開かれるだろう、などと言う。そんな言葉を貰える資格すらない、その必要性もない。できることなら、そう白状してしまいたかった。酒の力でも借りて。

けれどそれすら出来なくて、ヴィンセントはただただ寂しい笑いを見せただけだった。

「ああ…ありがとう」

そう言った後、それ以上の事を考えたくなくて、ヴィンセントは思い切り酒を仰いだ。セフィロスが少し怪訝な顔をしてストップをかけても尚、ヴィンセントはその行為をやめはしなかった。

とめどなく体内に流れていく酒が、精神までも壊してしまえば良いのに――――そう思いながら。

 

 

 

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