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ゆびきり -----------------------
此処には法律も約束も無いから、“ゆびきり”をすることにした。 “ゆびきりげんまん”。 むかしむかしの遊女に由来する、愛の誓いの示し方の一つ。 だけど、もしこのゆびきりが裏切られたとしても、それでも、裏切った相手を責めることなんてできないんだろう。
減るものでもないし、とはよく言ったものだ。 時折ルーファウスはそんなふうに思う。 まあ確かに、減るものなんて、物質的なものじゃなけりゃ無いわけなのだが、それにしたって都合のいい時にしかそんな言葉は使われない。つまり大方この言葉は、それを発する人間の自己都合を肯定する為だけに存在しているというわけである。 だけど恨めしい。 目の前の男がさもありなんとその言葉を発するのが。 「馬鹿馬鹿しい、減るもんでもないだろう?」 「それはそうだけど…」 セフィロスの吐いたその一言に、ルーファウスは煮え切らない返答をした。 もうさっきからずっとこんなことの繰り返しである。 そりゃあ、セフィロスの言う通り、減るもんでもない。今問題にしている「身体」と言うのは、確かにこの世にひとつ存在していて、怪我だとか病気だとかしない限りは無くなったりはしないのだ。だから別にどうだっていいのだけれど。 でも。 「そもそもルーファウス、何故お前にそんなしみったれた説教をされなきゃいけないんだ。お前は俺の何だと言うんだ?」 「それは…別に」 恋人―――――という言葉を、目の前の男は許さない。 だから、言えない。 確かに二人は愛を囁き合うような恋人同士というわけではなかった。だから、こんなふうにいちいち不満を訴えるのは間違っているのだろう。どんなにセフィロスとルーファウスのセックスが恒常化し、ほぼ自然なものになっていたとしても、だからといって相手を拘束する理由にはならない。よって、セフィロスが不特定多数の人間とさも簡単に身体の関係を持ったとしても、ルーファウスはそれに口出しする資格などないのだ。 それは分かっている。 分かっているのだが、つい口をついた。 表面上セフィロスは、神羅の英雄であり、その武勇を称えられる硬派な男として通っている。しかし水面下では、やや派手目な肉体関係が噂されていたりした。とはいっても、相手がどこの誰だとか、そういう具体的な話は出ていない。例えばあからさまに娼婦を抱くことが多かったり、不特定多数の兵士と無差別に関係しているとか、そういう話である。 兵士達は男社会の中で生きている為に、性欲処理を恋愛とは別に行うことが多い。 それは神羅も公然と認めているところで、例えば神羅お抱えの娼婦達がいることでもそれは証明されている。娼婦達にとっては定期的にギルが手に入るし、兵士たちにとっては悶々とすることなく性欲発散をさせられるので、それはとても理にかなっていた。 が、そういうシステムの中で生きていないルーファウスにとっては、どうにもそれが解せない。 「そういう面倒な嫉妬心を俺に向けてくれるな。そういうのはな、俺にとっては最も煩わしいものだ」 「じゃあ、お前は誰にも嫉妬心を覚えないのか」 「そうだ」 すっかりと肯定されて、ルーファウスは返す言葉を失った。 シュッ、と音が響いて、もくもくと煙が上がる。 それが天井にまで届いて四方八方に拡散していく。 その姿をぼんやり見つめながら、ルーファウスはいつかの出来事を思い返していた。 あれはいつのことだったか、もうずっと昔のことのような気もする。しかし恐らく、それほど時は経っていないのだろう。 あれは―――――――――初めてセフィロスとセックスに及んだ日の事。 どういう成行きだったか、ともかく食事にでもという流れになり、その後普通に岐路につこうと思っていたところにセフィロスから誘いがあったのだ。 その誘い方の実にスマートだったことを、ルーファウスは今でも覚えている。 自分が女であれば、多分そのまま落ちていただろう。 いや、実際自分は、男であるにも関わらずあの時に落ちてしまったのかもしれない。 まあともかく、セフィロスの誘い方は実にスマートで慣れ切っていて、その気にさせるその素振りも口ぶりも一級だったわけである。そうして誘われるがままに身を委ねた結果が、これだ。 お互いに気分が高揚しているのに、それを分かち合わないというのは道理に反したことであるとセフィロスは言っていた。だから、その感情の高ぶりを素直に受け止めて、お互いに気持ち良くなるのが当然であると。 なに、減るものではない。 ただ単に、お互いの気持ちを高め合うだけのこと。 方法など誰でも知っている。簡単な方法だ。 衣類を脱ぎ、肌を重ね合わせればそれだけで良い。 セフィロスの言い口は、恋人だとかいうよりも、仲間だとか同志だとか、そういうものに近かった。けれどそれは表現がそういったものになっているだけであって、要するにセックスをするだけの相手、というのが実際のところである。 きっと、セフィロスは本当に何も思っていないのだろう。 その場限りで抱き合った相手が、例えその後誰とセックスをしようが、そんなものはどうだっていい。確かにそうだ、だってその相手のことを好きなわけでもなんでもないのだから。 ――――――でも。 でも、じゃあ、セフィロスを好きになってしまった人間は、あまりにも報われないじゃあないか。好きだから、身体を重ねたいとは思う。しかしそうしてみたって、何が変わるわけでもない。 そんなもの、まるで馬鹿らしい自傷行為じゃないか。 「………私にも、一本、くれないか」 「吸うのか」 「うん、なんとなく。そんな気分になったから」 ルーファウスの申し出に、セフィロスは小さなボックスから煙草を一本取り出してルーファウスに差し出した。マッチを磨る音が響き、独特の匂いが立ちこめる。深く吸って、静かに吐き出す。と、その瞬間、気が遠のくほどのヤニクラに襲われ、ルーファウスは一瞬目を細めた。これはきっと、身体の中に何か異物が入り込んでいる証拠なのだろう。 ああ―――この煙草のニコチンのように。 セフィロスの中に侵入できたらどんなに良い事だろうか。 有害だろうが何だろうがどうだって良い。方法など問わない。 その心を深く侵すくらいに入り込めたならば。 「セフィロス」 ルーファウスの呼びかけに、セフィロスが何だ、と返答する。 ホテルの一室。 まだ温もりの残る、だけれど悲しいベットの上。 窓からは驚くほど綺麗な夜景が見えていたが、今のルーファウスにとってはそれすらどうでも良かった。眺めを良くしたいのは、今正に隣に寝そべっている男の心の中である。 「相手が誰でも良いならば…私と回数を重ねる必要などないんじゃないか。それなのにどうして私との関係を続けるんだ。私にお前を責める資格がないのは分かってる。でも…だったらこんな関係は…」 「厭だと、そういうわけか。止めたいと?」 「……」 厭だが、止めたくは無い。 しかしそれは口に出せない。 そうこうしている内に、セフィロスが次の言葉を放った。 「まあ、お前が止めたいというならば俺はそれで構わない。今日限りだというならば今後はもう会わなくても良い。俺はな。――で、お前はどうしたい?」 「どう、って…」 煙草の苦みが、ルーファウスの体中を駆け巡る。 そんなの、聞かずとも分かっているではないか。 分かっているのにそんな脅迫じみた言い方をして、いかにも相手を窮地に立たせて、今後の完璧な主従関係を確立する。なんてずるい男なのだろうか、この男は。 何とかしたい。 何とかしたい。 こんな不利な関係じゃなくて、何とかセフィロスの心を侵したい。少しでも、少しでもいいから。 「―――――私は。……お前が好きだから」 「好き、か」 何故そんなことを思うものか、自分には理解できない。セフィロスはそう言って煙草をくゆらす。 だからルーファウスは答えた。理由などどうでも良いのだ、と。 好きだというそれだけが事実なのだから。 「でも…どうせ私がそう言ったところで、お前は何も変わらないんだろう?」 「道理だ」 「だったら。今迄お前が私との関係を切らなかったのは結局、都合の良いセックスの相手をキープしていたということなんだろう?たったそれだけのことが唯一の事実だったのに、感情を入れ過ぎていた自分が余程馬鹿みたいだ」 「じゃあ止めるか?」 「……できない、そんなこと」 こんなのは自分が惨めになるだけだと分かっている。分かっているが、それでも止めたくは無い。なんて馬鹿なのかと思うのに。 セフィロスは暫く黙っていたが、吸い終えた煙草を灰皿でねじ消すと、 「そんな面倒な感情を良くも大事にできるな」 そう言った。 セフィロスらしいといえばセフィロスらしいが、逆にいえばそれは、絶望的な言葉でもあった。どんな希望を抱いたところでその考え方が変わらない限りは、ルーファウスにとっての願いは叶わないのだから。 「セフィロス。今迄一度でも人を好きになったことが?」 「無い」 「…そうか。じゃあ、大切なものは?」 「大切なものか…まあ強いて挙げるならば自分ということになるか」 だが、特別そんな感情を抱いたことはない、とセフィロスは続けた。 それを聞いてルーファウスは、もうどうしたって希望の抱きようのないこの状況にズキズキと心を痛めた。どうにかすればどうにかなるような、そういう問題ではない。もっと根本的な問題なのだ、これは。 「―――――」 沈黙の中、ルーファウスは吸い終えた煙草を、セフィロスと同じように灰皿でねじ消した。そうして、ベッドに横たわったまま真っ直ぐと天井を見やる。 ――――――此処は、まるで無法地帯だ。 法律もない。 ルールもない。 約束すらない。 何もないから、愛が無いセックスだけの関係をつづけたって、誰も文句を言わないし、誰もそれを裁けない。法律的に認められた間柄でもないから、どういう理由をつけても縛り付けることすらできない。此処は、本当の無法地帯なのだ。 何か一つでも心の支えになるものがあればいいのに。そう、それはもうほんの些細な自分の中だけの慰めでも良いから―――――。 そう思って、ルーファウスはふと、あることを思い出した。 かつて、遊女達が行っていた独特の愛の誓いの方法。 実際そんなことをしている人間は見た事がないけれど、かつての遊女は、愛した男の為に、その誓いとして指を切り落としたのだという。それを初めて聞いた時には何とも恐ろしい話だと思いもしたが、今こうして自分が誰かを愛してみると、愛とはまこと恐ろしいものなのだということが分かる。愛とは綺麗なものなどではなく、正に指を切り落とすほどに血生臭くおどろおどろした、執念に近いものなのだ。 それが証拠に、ルーファウスはちらと思う事があった。 もし、もしも、セフィロスとベッドを共にした人間達の名前とその居所が分かるならば、片っぱしから殺してやりたい、と。 「…セフィロス。一つ、お願いしたいことがあるんだ」 「何だ」 少しばかり面倒くさそうな声で、セフィロスは短く聞き返す。 ルーファウスはそれを気にせずに、務めて自然に、すぐ近くにあったセフィロスの手に、自分の手を重ねた。そして、言う。 「――――ゆびきり、しよう」 指を絡めて。 その中の一つ。 小指。 そこを丁寧に折り曲げる。 セフィロスは当然、不可解な表情を向けた。そしてその表情は、言葉を発する前にルーファウスに問いかけていた。何故、と。 「俺はお前と何の約束もしない」 「分かってる」 「だったら何故こんなことをする」 何故?―――――――そんなことも理解してくれないのか。 ルーファウスは心の中でそう呟き、そして顔では少しだけ笑って、こう答えた。 「私の心の慰めの為だ。ただ、それだけのことだ」 小指をぎゅっ、と結ぶ。 そうしてルーファウスはひっそりと心の中で唱える。 このゆびきりは―――――、
“お前だけを愛する”という誓い――――――――地獄の果て、まで。
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