今まで溜め込んできたものが大きな波のように一気に流れ込む。それは今までは意識的に押さえ込んできたもので、本来ならば表面的に表れるはずの思いだった。

今さっきまでそれを押し殺してきたというのに、もう制御はきかなかった。

もう、嫌だ―――――。

「…何でそんなふうにしか言えないんだよ…!」

少し睨むかのような目つきで、ルーファウスは声を荒げる。その言葉に反応してセフィロスが何かものを言おうとしたが、それを遮ってルーファウスの言葉は続いた。

「本当は会いたくなんて無いんだろう!?…あの時だって本当はミッションなんて無かったくせに…!」

「お前…知ってたのか?」

驚いた顔をしたセフィロスの口からそんな言葉が漏れる。それがまたルーファウスの感情を逆撫でした。

「そんなふうに言い訳なんかするくらいなら、最初からハッキリ言えよ!」

「……お前、端末で調べたのか。悪趣味だな、相手に隠れてそんなふうに」

「うるさい!!」

ガタン

テーブルが派手な音を立てる。

怒りにまかせたルーファウスの手が、テーブルを叩きつけた後に、その上で震えていた。それと同時に立ち上がったルーファウスの顔は、睨み付けてはいるもののそれはどこか懸命な表情で、泣き出しそうでもある。

場は一瞬静まり返り、居心地の悪い空気が流れていた。

その中で、セフィロスの手にしている煙草の煙だけが緩やかに動きを続けている。

視線は、合ったまま。

「――――言ったじゃないか」

暫くし、その空気を破ったのは、ルーファウスの方だった。

押し殺したふうな声は真っ直ぐにセフィロスに向けられていたが、今度は視線が外される。それは続く言葉ではっきりしたことだが、ルーファウスにとってそれがいかに口に出しづらい内容だったかを物語っていた。

少なくとも、その内容を耳にしたセフィロスにとってはそうとれた。

その内容とは、ルーファウスが目撃したある場面のことで、この数日間の心の葛藤を激増させたものでもあった。

「…言ったじゃないか…早く大人になれ、って。ずっと、そうじゃなきゃいけないんだと思ってた。そうしないと、届かないんだと思ってた。そういう人間じゃないとマトモに相手になんかしてくれないんだと思ってた。けど、そうじゃないんだろう?…だって俺は見たんだ」

それはいつかの神羅の兵舎で、とても良く晴れた日の事だったと思う。

本来なら兵舎になど寄り付かないルーファウスの事、それは本当に偶然だった。

いつもスマートな様子しか見せないセフィロスは、その兵舎の中で一人の兵士と楽しそうに笑っていた。

会話の内容は聞こえなかったが、これ以上ないというくらいに楽しそうだったのを覚えている。

しかも一緒にいた兵士はまだ若く、多分ルーファウスよりも歳が下だろうというくらいの男だったのだ。

その兵士は、ルーファウスでもできないような事をさも簡単そうにやってのけていた。それはとても些細な内容で、ちょっとしたスキンシップだったり、ふざけ合いの中での暴言だったりしたが、それでもルーファウスにとっては縁遠いものだった。

それだけならまだしも、その兵士に対してセフィロスもまた、何の抵抗も無くそういった態度を返したりする。

それはルーファウスとくれない一面だった。

それを見た時、心の中に一気にもやもやしたものが膨らんだ。

確かに自分とセフィロスの間にある関係とて、そうそう他人の真似できるものでもないし、特別とはいえる。自分がそういう感情を持って接しているのだから、そうなるのが当然だというのも分かる。

けれど、それが全てではないはずで、例えば目にしてしまったあの光景のようなものだって、勿論あっても良い筈なのだ。

今まで一度として、そんなふうに楽しげに笑うセフィロスなど見たことはなくて、妙な焦燥感が一気に駆け巡った。それと同時に、自分に大人になることを望んだ相手の心の内が見えたような気がした。

何度もキャンセルされた約束。

早く大人になれと言った理由。

自分には見せてはくれない表情。

―――――答えとして出てくるのは、一つしかないような気がした。

「……俺はどうでも良い人間なんだろ…?」

やっと視線をセフィロスに戻すと、その場面を反芻しながらルーファウスは消えそうな声でそう言った。

明らかに子供じみた人間でさえ、ルーファウスの知らないセフィロスを知っている。それは、結局ルーファウスの勝手な解釈を裏切る結果でしかなかった。大人びた人間になれば、そうすれば対等に見てくれるのかと思っていたのに、そうではなかったのだから。

となれば、ルーファウスにそういった事を望むのは、遠ざける為としか思えない。

そういえばいつか言っていたな、とルーファウスは思い返す。

物分りが良くなったと、セフィロスが自分に言った事を。確かにその通りだろう。そうしなければならないという脅迫観念に似たものを持っていたルーファウスにとっては、そうすることに必死だったのだから。

けれど今となっては馬鹿馬鹿しい気もした。

「物分りが良いって…?確かにそうだよな。大人になって、割り切った考え方でもしてくれたら、適当に遊べる相手としては最高だよな…?」

ルーファウスはそんなふうに言いながら、本当に自分に嫌気がさした。今まで考えまいとしてきたことを、こんなふうに、こんな状況で、自分から口に出してしまうなんて思いもしなかった。

例えそれが本当だとしても自分の気持ちは変わらないし、それ以上を相手に望むのももしかしたら間違っているのかもしれない。そう思う気持ちもあったのに、いつの間にか貪欲になっている自分がいて、それに絶望に似た気分にもなる。

だって、相手はどうせ返してやくれないのに――――。

そうするルーファウスに目をやりながら、セフィロスはふっと煙草を消した。まだ長いままで煙草はその役目を終えて灰皿に投げ込まれる。

ルーファウスの懸命ともとれる言葉に、セフィロスは少し苛立った様子を見せた。

「良い大人になったもんだな」

ふと、そんな言葉を口にすると、腕などを組みながらルーファウスを見据える。

「割り切れるなら割り切ってくれてもかまわない。遊びなら遊びでも構わない」

「…どういう意味だ…っ」

「言葉通りだ。分かるだろう、それくらい」

良い大人なんだろう、と続けて言われ、ルーファウスは唇をかみ締めた。

あまりにも辛い。

怒りも勿論あったが、それ以上に辛くて仕方なかった。

それでもいいと言うならば、最初からあんなふうに一瞬でも傍になどいないで欲しかった。中途半端に見せかけの優しさなど与えて欲しくなかった。

それが返ってこんなふうに辛さを増すのに―――。

テーブルの上の手をギュッと握り締めると、ルーファウスは「もう良い」と言って椅子を取り払った。そこからすっと身を離すと、煙草を持ち上げてからセフィロスに背を向ける。

「帰るつもりか?」

苛立ったままのセフィロスの声が耳に入る。

振り返ることはせずに、ルーファウスはそれに答えた。

「帰る、もう良い。どうせ俺は大人なんかじゃないしな!」

「じゃあ割り切れるお子様か?大したもんだ」

セフィロスの言葉を背で受けながら、ルーファウスは立ち止まった。つい手に力が入り、握られたままの煙草がクシャリ、と音を立てた。

どうしてそんなふうに―――――――。

「…割り切りたいと思ってるのはそっちだろ!」

「さあな」

その次の瞬間。

素早く振り返ったルーファウスは、手の中で変形した煙草をセフィロスに投げつけた。

それは命中などはしなかったが、セフィロスの頬を掠め、背後の壁に勢い良く当たってから床にポトリと落ちる。

目が、霞んだ。

あまりにも辛すぎて。

 

「俺はお前が好きなんだよ…っ!!!」

 

堰を切ったように叫ぶと、今度こそルーファウスは勢い良く出て行った。

もう既に何が何だか良く分からなかった。

何でそんなことを叫んだのかも良く分からなかった。

 

部屋に一人取り残されたセフィロスは、反響した言葉に物も言えないままで、ルーファウスの出て行ったドアを見つめていた。

少しして、先ほど投げつけられ床に落ちたままだった煙草に目をやる。

「……」

今まで気に留めていなかったことだから、気付きもしなかった。

それが、セフィロスと同じ銘柄のものだという事になど。

 

 

 

もう駄目だ、とにかく頭にあったのはそんなことだった。

良く分からない思考の中で、とにかく家に帰ってきたルーファウスは、誰も待つ人のいないその部屋に電気を付け、すぐさまベットにうつ伏せになった。

服も何もそのままの状態である。

今日はとうとうあんなふうに言ってしまった――――――後悔しているわけではないけれど、これからの関係がどうなるかは目に見えていた。

それにしても、と思う。

最初から報われるなんて事は無かったのだ。最初からセフィロスにとっては暇つぶし程度の関係でしかなくて、それに自分は本気になっていた。…馬鹿馬鹿しいとしかいえない。

仕事の合間もずっと考えていた。

それでも仕事に真面目に取り組んで、大人の振りをしていた。

煙草を吸って、どんな驚くような事にも、さも平気なふりをした。

我侭は一切言わなかった。

そんな人間が側にいれば、子供だなあと言って笑ってまでみせた。

悔しくても泣かなかった。文句一つ言わなかった。

そうやって、大人の振りをしていた。

――――――――――それが、今日、壊れてしまったのだ。

「もう…良いか…」

そう呟いてルーファウスは、ごろん、と仰向けになる。

今までずっと大切にしてきた気持ちだけれど、それも今日で捨ててしまおう。

そう思って、やっと起き上がろうとした、その瞬間。

プルルル

「…?」

胸ポケットの中で電話が鳴り出した。

ふと手を入れてそれを取り出すと、イルミネーションランプが赤く点滅をしているのに気付く。それを見ながらルーファウスは眉をしかめた。

赤は、セフィロスだけにしか設定していない。だからその着信がセフィロスからのものだと顕著に分かる。

「何だよ…今更…」

今まで大して電話なんか寄越さなかったくせに、そう呟きながらもルーファウスはディスプレイを眺める。それを取るかどうかは悩むところで、出れば何らかの言葉を交わさなければならなくなる。とてもじゃないが、そんな気分ではなかった。

仕方なくずっと鳴り続ける電話を近くの棚に放ると、ルーファウスはなるべくそれを気にしないようにしながら服の着替えなどを始めた。

それからシャワーなどもあびて、今日の一切を流す。

全て、流す。

 

 

 

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