――――――――強くなったら、教えて。

そう言った少年を、セフィロスは何となく覚えていた。

「お前はかつて俺に向かってそう言った。…笑えるな」

そう言ってふっと笑ったセフィロスを見遣り、そしてルーファウスは俯く。そんな昔の話は言われなければ思い出せなかったろう。それでも話されて「ああ」と言えただけマトモかもしれない。

はっきり言えば、それがセフィロスだったという事を、ルーファウスは今初めて知ったという具合である。まさか会ったことがあったなんて。

その後のルーファウスはあまりにも色んな事を詰め込まなくてはならなくて、そういうふうに過去を振り返る間もなく過ごしていくしかなかった。時代を握る神羅のトップになるようにと育てられたのだ、いつともなく変わる時代の流れについていく方が余程重要である。

「世界を旅するのは楽しかったか?“強い”ソルジャーと?」

毒のある口調でそう言われ、ルーファウスは、

「…あの後すぐ、留学したんだ」

とだけ答えた。

それはまた大した旅だな、と返される。何だか毒々しい。

それにしても、それが“無責任な言葉”なのかどうかルーファウスには良く分からなかった。確かに今思えば、実力も知らずにそんな言葉を吐いたのは失礼だったかもしれないが、それにしてもそんなものは子供の言葉でしかない。

それをセフィロスが根に持っているとも到底思えない。

「お前が副社長として神羅に戻ってきた時、さすがに笑いたくなったな。ああ、あのガキがお前だったのか、とな。…お前は大した人間だ」

「どういう意味だ」

「分からないのか?」

笑みを湛えたセフィロスの指から煙草がすっと落ちた。火を消しもしないので、煙はもくもくと上がったままである。しかしそれを消そうともせずにセフィロスは、ただ笑う。

「お前が副社長になり、改めて挨拶なんかをしてきた時……お前は言っていたな」

「え…」

「ご苦労、と。この俺に向かって」

ああ、そういえば、と思った。まさかセフィロスと会うのなど初めてだと思っていたし、神羅を代表するソルジャーでもあるその人に対して威厳は保たねば、と――――――。

そう、思っていたのだった。

 

“君がセフィロスか、お会いできて光栄とでも言っておこうかな”

“……”

“君は実に良くやってくれているそうだな。ご苦労”

“……”

“君のような強い人材がいれば神羅も安心だ”

 

長身のセフィロスを見上げながら、ルーファウスはそう言った。それをセフィロスはどう捉えたろうか。

けれどそれはやはり、その人の口から語られることは無かった。

「それが、いけなかったのか…?」

呟いたルーファウスに、さあ、などとセフィロスは返す。そんな昔話を掘り出しておきながら、何を言いたいのかという部分はさっぱり教えてはくれない。

「これを聞いてお前が何も思わないというなら、それで良い」

「だから、何が言いたいんだ。私が謝れば、それで良いのか?だったら…」

謝る、と言いたかったがそれは言えなかった。それは…。

「安直な考えだな。本当に大した人間だ」

瞬時に…一笑にふされたからだった。

じゃあどうすれば良いんだ、そう思ったが、その話を出したこと自体が何かを意味しているのだろうという事は確かである。その理由も意図も分からなくても、それだけは確かなのだ。けれど上手い言葉も見つからない。

思わずギュッと手を握ったが、それすらロープに絡まれていて意味が無いような気がした。

「もう…深夜だな」

すっかり元の表情に戻ったセフィロスは、暗闇の中でそんなことを言い出す。

そういえば先ほどセフィロスは言っていた。明日にはお前の命も決まる、と。つまりそれは…陽がさしたらば何かが起こるということなのだろう。まさか今こんなふうに話しているセフィロス自身が手を下すなどということは考えられない。となれば、誰か別の人間の登場ということになるだろうか。

どちらにしても――――――良い事ではないが。

今の話と、こうしてセフィロスに監禁された理由、それに共通点があるのかどうかルーファウスは分からなかった。もしあるならば、それは過去の過ちなのだろう。

「私は…どうなる?」

ふっとルーファウスはそんな事を聞いた。

それに反応してセフィロスはルーファウスを見遣る。

「さあ…どうだろうな。俺の関知しないところだ。まあ神羅が騒然となることだけは間違いないだろうがな」

「…死ぬのか、私は?」

「―――――知らん」

そう言ったセフィロスの顔はあまりにも無表情で――――まるでどうなっても関係がないとでもいうようで、何か辛くなる。実際こうしていること自体、その通りだったのだろうが、それはやはり悲しい。

ルーファウスは、長身のセフィロスを見上げながら話すとき少しだけ緊張していたことを思い出していた。

無口なセフィロスは切れ長の眼の中でだけ会話をするようなイメージがあった。それを見ながら綺麗な瞳だなと思っていたが、さすがにそんなことを口に出すことはできない。

社交辞令だとかで良く賛辞を述べられていたルーファウスだったが、自分についてはさすがにそうは思えず、だったらセフィロスの方が何倍も綺麗だと思っていた。綺麗というのはあまり褒め言葉じゃないかもしれないけれど…他にどう形容すれば良いか良く分からない。

戦いも強く、普段から誰にも媚びたりしない。常に堂々としていて、誰にも負けない人。身のこなしもスマートで誰からも憧れの眼で見られていて。

結局、他の一般兵と同じ事だったのかもしれない。ただ立場が違っただけで、同じ目でセフィロスを見ていた。どんなに頑張ってもソルジャーという身にはなれないのは分かっていたことだが、それでも。

少し…好きだったのにな。

そう思った。

それでもその人は、助けてなどくれないし、それどころかどうなっても良いのだろうし、やはり何も期待できない。

――――――――辛い。

「もしこれが最後というなら…」

何故だか無意識に口が開いた。もしこのまま自分がどうにかなってしまうなら、此処でセフィロスと会うのも最後だろう、そう思ったからかもしれない。

「最後なら、一つ、頼みたいことがある」

「何だ」

その短い返答にルーファウスは少し笑った。

「夜明けまで、側にいてくれないか?」

すぐに返事がある訳でもなく、その場は暫し沈黙する。何を言い出すんだとでもいうような顔をしているセフィロスが、目の中に映っていて、それはいつまでも変化が無かった。

「それも無理か?」

あまりに変化が無いのでそう言ってみると、今度は答えが返ってくる。

しかし質問に対する答えとしては、少し的が外れていた。

「どうしてそんな事を言うんだ」

「どうしてって…それは。……側にいて欲しいからだろ」

「だから。どうしてそんなふうに思うのかと聞いてるんだ」

それは―――――――そこまで言って、やはり口は閉ざされてしまった。とてもじゃないが、そんなことは言えそうも無い。言ってもまた馬鹿らしいと笑われて終わるだけのような気がする。

だったら、言わない方が良いだろう。そうして最後まで心が痛むのは自分自身なのだから。

そう考えて、ルーファウスは何も言わずにやはり下を向いた。

しかし、そうした後すぐに聞こえた声に顔を上げる事になる。

「…お前の周りにはいつも誰かがいるんだな」

長い髪を揺らして立ち上がったセフィロスは、それから続きを口にした。

「だからそう思うんだろう、誰かがいて安心できるんだろう?…馬鹿だな。そんなものは、俺じゃ役不足じゃないか?」

「役不足、って…」

「お前はいつも守られている。神羅の重厚な壁がお前をいつも囲んでいるんだ。一人が嫌ならそいつらに頼んだらどうだ」

一気にそう言った後、セフィロスはルーファウスの服に手をかけると内胸のポケットから携帯の電話を取り出し、それを冷めた目で見遣る。それから、誰が良いかなどと聞くと、登録された名前を順に読み上げていく。

それはひどく長い。

聞きたく無いと思っても耳を塞ぐこともできず、ルーファウスはただ目を閉じた。

結局―――――セフィロスがその場にいてくれるようなことも、無かった。

 

 

 

何かが起こるだろうと思われるその時刻になり、ルーファウスは目を開けた。

どうやらいつの間にか眠りに入ってしまっていたらしい。しかし、その方が起きているよりかはずっと楽だったろう。

地下であるそこはどこかに穴でもあるのか、微かな光が漏れている。いつもだったら気だるいながらもやる気を起こさせるこの光は、今日に限っては心を曇らせていた。

しかしそれを呆然と眺めていられたのもその時だけの話で、やがて上の方から響いてきた声で意識がはっきりとする。

複数の声がする。

その一つは聞き覚えのある声…セフィロスのもの。けれど、その外はどれも知らないものばかりだった。

どうやら地下に降りながら話をしているらしく、声は段々と大きくなり、やがてそれは姿を伴ってはっきりしたものとなる。しかしいざその声の主の顔を見ても、それは見覚えの無いものばかりだった。

「なるほど、これは本物だ」

そう言って知らない男が下卑た笑いを見せる。

「じゃあ商談は成立だな。…約束の金だ」

そう言ってまた別の知らない男がセフィロスにスーツケースを渡した。セフィロスはそれを受け取り、そして中身を確認する。

「…良いだろう」

確認が終わってそう言うと、セフィロスは僅かにルーファウスを見遣った。一瞬だけ目が合って、その瞬間だけルーファウスは何となく縋るような顔をしたが、それでもやはり結果は変わらず、その視線は反らされる。

「じゃあこれで俺は用済みだな」

表情の無い声でそう言ったのに対し、知らない男は念を押すような言葉をかける。それは少し笑いを含んでいて、どうも嫌な感じがして仕方無い。

「ああ、言っておくが。間違っても後に破談…なんてことにするなよ。こっちが金を渡した瞬間に、関係は切れたと思え。私達とお前。そして、こいつとお前もな」

「分かってる」

端的な返事をしたセフィロスは、スーツケースを手にしたまま顔を逸らすと、そのまま階段を登っていった。

それは―――――あまりに静かな商談の成立だった。

セフィロスの去っていく姿を目で追いながら、流れてくる言葉に耳を傾ける。もう既にその男たちは自分たちの相談などをし始めていて、ああ、だとか頷いたりしていた。それをただ聞いているしかなくて、でも目を向けることはしたくなくて、やはり俯く。

それが解けたのは、その男たちがルーファウスに初めて話しかけた時のことだった。

「―――――お待たせしました」

別に待ってなどいないのに、そんなふうに言って笑う。それも嫌な笑いである。

「じゃあ、行きましょうか」

そう言って目前に男たちが立ちはだかると、さすがに何だか威圧感があった。目線が違うことが何しろ大きい。それを見上げる状態になりながらルーファウスは何とか言葉を放つ。

「どこに…連れて行く気だ!」

「さて、それは貴方には関係ない話ですな。貴方にはこれから色々やってもらわんといけませんからな」

「な…にを企んでる」

そう聞いたものの大方は予想がついていた。まずは神羅の情報だろう。もし脅迫をすれば、それなりに何かを差し出す可能性もある。それが終われば…それこそ用済みかもしれないが。

男は、笑っていた。

「何を?…貴方、自分の身分を考えればそれは、自ずと答えが見えてくるもんでしょうが。私達が欲しいのは…」

そう言って、ルーファウスの額に指を突き刺す。

「此処。ね、分かるでしょ。貴方の脳ですよ、その中の情報。簡単でしょ?」

「…誰が話すものか…っ」

「そう言ってられるかな?」

クク、と笑う男の顔はひどく醜い。その歪んだ顔をきつく睨んでみたが、状況が状況だけに効力も無いに等しい。

一番近くにいる男が何かジェスチャーすると、背後に控えていた男がさっと何かを差し出した。ルーファウスがそれが何かを把握するまで、そう時間がかからなかった。

細い針の先から、数滴の液体。

「や…やめろ…!」

満面の笑みを浮かべながらそれを近づけた男は、もう長い間自由を失っているルーファウスの腕から服を拭うと、静かにその肌に先端を押し当てた。

そして次の瞬間に、鈍い痛みが走る。

「…っ!」

目を瞑るルーファウスの耳元で、嫌な声音がねっとりと響き始めた。

「もうすぐ血液と共に全身に回って、楽になります。感覚が麻痺して楽に、ね」

事に何でこんな―――――瞑る目の中でそんなことが浮かぶ。けれどそう思ってみても答えとして出てくるものは、昨夜のセフィロスとの話だけだった。神羅とは何ら関係ない、ただの過去。けれど、それしか浮かばない。

悪かったと…謝ればよかった。セフィロスがそれを望んでいなくても、そうしておけば良かったと、何となくそんなふうに思う。今になってそんなふうに思っても仕方ないことだが、後悔のようになるなら、しておけば良かったのだ。

段々と歪んでいく視界の中で、男たちの会話だけが耳に入る。

「貴方みたいなVIPはね、色々役に立つんですよ。情報だけじゃなくね、例えば本当に脳そのものも貴重だったりねえ」

「…ど…いう、意味だ…」

その時やっと手を自由にされたが、もう既に動かそうという気にはなれなかった。

「脳だけじゃないですよ。臓器全部、高価なもんですよ。知ってますか、地下で取引されてる臓器の値段?…貴方なんか特に値が張るんですよ」

「ま、まさ…か」

もしかして死ぬのか、そうセフィロスに聞きはしたけれど――――――まさかそんな無残な死を遂げなくてはならないというのだろうか。思考が途切れるだけでは事足りなく、身体の組織まで途切れるというのだろうか。

「貴方自身は大した価値もないくせに不思議なもんです。貴方の脳に詰まった情報と。あと貴方の肩書き。それだけで貴方の価値ってやつ、上がるんですよねえ」

人間の価値なんて不思議なもんですよ、などと言いながら男は笑い続けている。ぼんやりする中、その言葉はある種的を得ているのかもしれないなどと、何故か思う。

だってもし自分が普通の人間だったら、どこかの一般兵と同じようにソルジャーになりたいなどと言えたのかもしれないのだから。

きっとあの日も―――――セフィロスを傷つける事すらなかったのだろうから。

「…ロス…」

……もう一度、会いたい。

「少しは良い気持ちにもさせてあげますから。ま、それも要は商売ですがね。ほら、貴方の……笑っちゃいますね、精子なんかも価値があるんだから」

じゃあ麻痺させられた上に今度は弄ばれるわけか、そう思ったが笑うことすらできなくて、いい加減目を開けていること自体に疲れを感じた。もうそろそろ閉じてしまおうか。

そう思って、目を―――――――閉じかけた時。

 

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