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翌日。 もうすぐ退勤時間だという頃になって、ルーファウスは少しだけ憂鬱がやってきたことに気付いた。いつも通りの副社長室で、ゆっくりと退勤時間を待っている。仕事は片してしまったから、後はやってくる時間を待つのみという状態。 そういう中で思うことは、これから起こるであろうセフィロスとの時間についてであり、それを考えるとルーファウスは自然と伏せ目がちになった。 きっと、憂鬱になる。 もう既に半憂鬱状態である中でそんなことを思ったルーファウスは、それを想像するだけで憂鬱が増すような気がしていた。 セフィロスが行こうという場所は、セフィロスのお気に入りの場所である。それがどこなのかは検討もつかないが、仕事後だということを考えても恐らくあの店とそう大差ない場所なのだろうと思う。となると、またあの時と同じような事になるのではないかという気がしてならない。 セフィロスには会いたい。 でも――――――憂鬱になるくらいならば、そんな時間は来ない方が良い。 ついついそんなふうに考えてしまうと、ルーファウスは段々と半憂鬱から完璧な憂鬱へと気分を移行させていった。チラとデスク上の時計を見やると、時刻は既に待ち合わせ時間の二十分前である。十 分前には着いていたいから、そろそろ用意をせねばならない。 「……」 全く緩やかにならない様子の憂鬱を連れて、ルーファウスはとにかく用意をし始めた。部屋の隅にかけてあった上着を取り、それを羽織る。それから飲みかけの紅茶を片付けるように内線で誰かを呼ぶと、置きっぱなしだった書類を纏めてデスクの引き出しにしまった。 窓を振り返ると、そこには自分の姿が写る。 それを見て、鏡よろしく「大丈夫だな」と確認したルーファウスは、紅茶を片付ける為だけにやってきた男に軽い礼を言うと、一度部屋の中をぐるりと見回してからドアを閉めた。 そうして、憂鬱を背負いながらもドアに鍵をかける。
セフィロスとの待ち合わせ場所は、神羅本社ビルから少し離れた場所だった。 今日はセフィロスのお気に入りの場所に出かけるというから、いつものように神羅で待ち合わせというふうにはならなかったのだろう。 ともかく指定された場所に着いたルーファウスは、まだセフィロスが来ていないことを知って腕につけた銀の時計を確認した。 待ち合わせの時間まではあと5分、まあまあという時間だ。 ミッドガルの百式列車の駅の一つであるそこは、駅前だというのに何だか寂しい感じだった。人は歩いているものの、皆が皆質素で煌びやかさとは無縁といった感じである。こういう場所で白いスーツは妙に目立つ感じがして、いつもだったら気にならないのに何故か妙にそれが気になった。 そんなふうに何でもないことを気にしながらも過ごしていると、時刻は待ち合わせ時間丁度になり、とうとうセフィロスが姿を現す。それはある一本の列車の到着と同時で、どうやらセフィロスは列車に乗ってきたようだった。 「待たせたな」 いつもと同じ服を纏ったセフィロスが、それでもプライベートらしい雰囲気を漂わせてルーファウスに近づく。 「別に、それほど待ってない」 「そうか。まあ俺のほうが遅かったことは事実だ」 セフィロスはそう言うと、早速といわんばかりに歩き出す。ルーファウスが慌ててそれについていくと、セフィロスはほんの少し歩いたばかりのところでピタリとその動きを止めた。丁度、道路に面した部分である。 一体何だ、そう思ってルーファウスが不思議に思っていると、そこに立ち止まって1、2分した後に見計らったように一台の車がやってきた。それは黒塗りの車で、窓はいかにもな調子でスモークが張られている。 「来たようだな。ルーファウス、乗るぞ」 「え?」 あまりにも自然なセフィロスの物言いに、ルーファウスは驚いたように声を上げる。 乗るぞ、と言うからにはその車に乗るのだろうが、それにしたっていきなり車とは思いもよらなかった。神羅から此処まで列車で来たくせに此処からは車というのも何だか不思議である。 そんな様子のルーファウスに、セフィロスはごく自然とこんな説明をした。 「念には念を、な。この車の運転手にはいつも世話になっている。秘密厳守の車とでも言えば分かりやすいか?」 「秘密厳守…」 なるほどそういう事か、そう思いながらもルーファウスはその言葉を反芻する。しかし本当に反芻したかったのは「いつも世話になっている」という部分の方だった。 取り敢えずセフィロスの誘導に従ってその車に乗り込んだルーファウスは、行き先も知らされないままに車に揺られていくことになる。運転手は行き先をあらかじめ知っているようで、セフィロスが何も告げていないというのにすいすいと車を進めていく。その上この運転手は本当に秘密厳守らしく、一度たりとも後ろを見ないし話しかけることもしなかった。 車内は随分と広く、まるでどこかの個室のようである。 その中でセフィロスは、用意されていたアルコールを飲みながらルーファウスの隣にぴったりとくっ付いていた。いかにも恋人同士である感を振りまきながら。 「浮かない顔をしてるな。どうした?」 ふとそう言われて、ルーファウスは「え?」と返す。 「誤魔化さなくても良い。別に俺に嘘などつかんでも良い」 「嘘なんて…そんなつもりはない。…少し驚いただけだ」 セフィロスならば気づいているだろう、そう思っていたことがずばり当たっていた事について、ルーファウスは心の中で納得をする。やはり、思ったとおりだったと。 この場の雰囲気は、確かにルーファウスには馴染めないものだった。 黒塗りの車も、閉鎖された空間も、別段苦手というわけではない。恐らく副社長という肩書きからすれば慣れたものに違いなかった。がしかし、問題なのは此処が「セフィロスの空間」だということである。それが、どうにも馴染めないのだ。 きっと、セフィロスはいつもこの車に乗りながらアルコールを流し込んでいるのだろう。秘密厳守の車の中では何も気にすることはないし、何をしたって無礼講である。 だけれど今、此処はセフィロスだけの空間ではない。 今此処には、セフィロスだけでなくルーファウスも存在している。 いつもだったらばセフィロスだけしかいないはずの空間に、まるで客人のように存在しているルーファウス。それはまるでセフィロスだけの場所を侵害してしまったかのような気分で、ルーファウスにはやはりそれが耐え切れなかった。 「…私にもくれるか?」 先ほどまでの会話を中断して、ルーファウスはセフィロスの手にしているアルコールを見つめながらそんな事を言う。セフィロスは何も言わずに新たなグラスにアルコールを注ぐと、それをルーファウスに手渡した。茶色い、透明な液体を。 「酔うのは歓迎だが、車には酔うなよ」 「分かってる」 セフィロスの気遣いらしきその言葉に、ルーファウスは笑ってそう言った。 がしかし、恐らくそれは苦笑だった。
車中でのアルコールは、空きっ腹のせいもあってか、随分とルーファウスを開放的にさせた。連続的に三杯ものアルコールを流し込んだルーファウスは、さして酒に弱い事実もないせいか気分が悪くなることはなかったが、それでもセフィロスの口付けを受け入れるくらいにはそれに酔っている。普通だったら、どんなに秘密厳守といわれたって他人である運転手の目がある中では絶対にそんなことはしないはずなのに。 そうして何度かのキスと軽い髪への愛撫を受けながら到着した場所は、セフィロス曰く「お気に入りの場所」だった。車で結構走ったから随分と遠い場所なのだろうと思っていたが、実はそうでもなかったらしい。それが証拠に、それはある程度見慣れた風景の中にあった。 「着いたぞ」 そう言われて車を降りたルーファウスは、まず最初に驚いた。 何故ならそこは、見知った場所だったからである。 「此処が…気に入った場所だっていうのか?」 「そうだ」 ―――――――信じられない。 ルーファウスは愕然としながらそんなふうに心の中で呟く。 だって此処は…そう、セフィロスの自宅じゃないか。 「さあ行くぞ、早く中に入ろう」 愕然とするルーファウスの前でセフィロスは何の躊躇いもないふうにそう言う。しかしルーファウスには、それに軽く答えられるだけの言葉など思いつかなかった。 だって、此処はあまりにも耐え切れない。 あのレストランも先ほどの車中も耐え切れない空間だけれど、それでもこれはあまりに酷すぎる。セフィロスのお気に入りの場所が単に自宅だったというその事実が酷いのではなく、ルーファウスの忍耐力の上でこの場所は酷すぎるのだ。 「…無理だ」 「なに?」 「無理だ…此処には、入れない」 思わずそう呟いたルーファウスに、セフィロスは当然怪訝な顔をする。がしかし、その表情はすぐさま解け、セフィロスは次第に思案顔になっていった。 セフィロスの自宅を前にして、しばしの沈黙。 一歩足を踏み出せばすぐに暖かい部屋があるというのに、それが出来ないために外気に触れている切ない瞬間。その時間はルーファウスにとって限りなく長い時間に感じられた。 「…何がそんなに嫌なんだ?」 ふっと、沈黙を裂くようにセフィロスの声が響く。 「お前の表情を曇らせる原因はどこにある?…仮にお前が俺を嫌いだというならそれは仕方ない。俺も考えざるを得ない。何しろお前に負担がかかってしまうからな。だが―――…そうではないんだろう?」 「……」 “そうではないんだろう?”。 そうではないんだろう?―――――…セフィロスは確かに、そう言った。 その言葉はルーファウスの耳に入り込み、少しだけ心を落ち着かせる。尤もそれはごく僅かなものであり、ルーファウスの憂鬱を晴らすまでには至らなかったが。 「原因は…」 セフィロスに言われた言葉を一字一句思い出し、ルーファウスはうわごとのようにそう呟く。原因は何か、それが問題だ。そう、少なくともセフィロスにとっては。 あのレストランで憂鬱になったり、あの車中で憂鬱になったり、この家に入ることに憂鬱になったりすること…いや、それどころではなく、セフィロスと隣り合って話しているだけで徐々に憂鬱が上り詰めてくることには、確かに原因が存在している。しかしそれは、果たしてセフィロスに伝えて理解が得られるのかどうか疑問でもあることだった。 本当はそんなことを言いたくはない、と思う。 出来るなら、憂鬱を無理にでもかき消してしまいたい。 いや、むしろ憂鬱を避けるみたいにその原因を避けてしまいたい。 しかし――――――――この状況ではもう、それは出来ないふうだった。 「……入り込みたくないんだ」 ルーファウスは、セフィロスを見つめながらそんなふうに切り出す。 それは慎重な目つきで、どこかバリアを張るかのような目つきだった。 「私は…セフィロスの事が好きだ。それは分かってる。でも…今までセフィロスだけの空間だった場所に自分が居たりするのは…何だか耐え切れない」 「耐え切れない?一体何故?」 「…それが分からないんだ。ただ何となく…その場所を侵害しているような気分になるんだ」 侵害、その言葉を使ったルーファウスは、もう一度確認するように「侵害だ」と口にする。しかしそれは、セフィロスにとってはどこか釈然としない言葉でもあった。 セフィロスは首を傾げながら問う、何故侵害なのか、と。 だけれどルーファウスには答える言葉が無く、そこでやはり黙り込んでしまう。それがどうにもその場の雰囲気を悪くしたが、それでもセフィロスはそれに気分を悪くするようなことはしなかった。 「ルーファウス」 ふっと名前を呼ばれて、それに返すようにルーファウスが一つ頷く。 そんなルーファウスに、セフィロスは唐突にこんな事を言い出した。 「お前は副社長室にいると安心するだろう?それから…自宅。それはきっと、お前の安心する場所なんだろうな」 それはな、そう続けてセフィロスはルーファウスの腕に手を伸ばす。その手はルーファウスの腕を掴み、それから強引にその身体を抱き寄せた。まるでぴったりと重なった体はじんわりと温かく、外気を遮断するかのように二人だけの空間を作り出す。 その感覚はルーファウスを安心させると同時に、やはり憂鬱を連れてきた。 どこか耐え切れない感覚が、じわじわと襲い来る。 ―――――――が。 「ルーファウス。お前は、安心を得るのに必要な条件を知っているか?」 「条件…?」 そう、とセフィロスは頷く。 「お前は副社長室や自宅にいると落ち着くはずだ。それは常にそこにいるのが当たり前だから安心なんだ。だがな、ルーファウス。それは俺も同じことだ。俺とて自宅にいれば落ち着くんだ。いつも同じ車に乗れば安心なんだ」 それは誰にとっても同じことだ、そうセフィロスは言う。 誰しもに「常」という場所はあり、そこにいれば人は当然安心できる。しかし逆に、「常じゃない」場所にいけば誰しも不安になる。それは「常なる場所じゃない」というそれだけが理由の、単純なことだ。 「…だが此処で一つ問題だ。例えば…今こうして抱きしめ合っているな。今この瞬間、俺は非常に安心できる。…が、お前は“違うはず”だ。そうだろう?」 「な…」 思わず反論しようとしてそんな声を上げたルーファウスだが、それは続きを持たない音と化してしまう。何故ならばそれは、本当のことだったから。本当にことに反論しようとしても、それは出来かねることである。 思わず地面に視線を落としたルーファウスの頭上からは、セフィロスの声が響いていた。
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