Over the line

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戦争が終焉を迎えた―――それを知ったのは神羅の中で、だった。

丁度その少し前にルーファウスは副社長の座についており、ひとしきりの業務をこなすようになっていた。とはいえ、以前から会社の何たるかを叩き込まれていた彼にとっては、それは肩書きでしかなかった。

あの父親も、不思議と自分を頼ってくる。

それは今迄の環境に比べれば天地の差といえたが、その頃にはもうどうでも良いような気がしていた。

毎月与えられる莫大な給与で、ルーファウスはプレジデント神羅とは別に暮らすようになっており、最早家庭的な繋がりは無い。いわば、ビジネス上でのつきあいだった。

そんなルーファウスの心は、それでもやはり何かを渇望していた。というより、虚無という方が近いかもしれない。

神羅として自分が求めるものは、勿論数多くある。が、ふとそれを離れればそこには何も無いような気がしていた。

まるで、もぬけの殻みたいだ、と思う。

しかも表面は堅いコンクリートでぬり固められた、殻。

そんな心に入り込んだあの男を、忘れられるはずがない。

二年前に自分の心に入り込んだ、あの男を―――――。

 

戦況状況は逐一されており、それは自然と耳に入っていた。だから、その男の帰還を知ったのも、ごく自然の事といえる。

 

神羅に優遇される男。

父親に全てを与えさせる男。

その心を捉えて離さない男。

 

その小さな部屋から、帰還した兵士達の列を眺める。

エメラルドの光を放つその目が、見えた。

衝撃を、隠しきれない。いや、衝撃じゃない。

これは――――喜び?

ルーファウスの蒼い瞳は、そのエメラルドの光をずっと追っていた。

 

セフィロスが、帰ってきた―――――。

 

 

 

セフィロスは大きな功績を収めた事で、プレジデントとのマンツーマンの会話を避けられず、その部屋にいた。

話の内容の大筋は分かっている。中途帰還をさせられたあの時と、雰囲気は同じである。とはいっても今はミッドガルが勝利を収めた後であり、セフィロスの中にある微妙な緊張感だけは無くなっていた。

煙をふかすプレジデントに、セフィロスは目を細める。

優越に顔を歪ませるヘッド、その姿に。

戦場での功績を称え、何かを優遇してくれるという内容の話が並べ立てられたが、たいして興味は無かった。戦いが終わろうが続いていようが、心の中に何か変化がある訳でもなく、それは無意味な言葉のように宙を舞っている。

プレジデントの話は延々と続いたが、セフィロスは相槌を打つのみで、その内容の殆どは聞き流していた。

だがその名前が出たとき、どういう訳か意識がクリーンになる。

「ルーファウスが片腕になったのでな、何かと都合が良い」

そう言ったプレジデントに、セフィロスは眉をしかめる。

「副社長、という事か?」

「そうだ。少し前の話だ。…まあ、あいつにはそれ以前から色々と叩き込んでいたからな」

「そいみたいだな…」

その答えに、プレジデントは露骨に嫌そうな顔をした。そして、疑惑の眼を向ける。

「お前はアイツと何か話でもしたのか?」

そんな筈は無い、という顔つきだった。

それは当然である―――そうなる筈が無かったのだから。

いくら幼い頃からルーファウスが神羅に出入りしていたといっても、それはほぼ本社ビル内であり、ソルジャーと会う事は無いに等しい。しかもセフィロスはここ数年、戦争に借り出されており、そんな中で二人が何かを話すというのはおかしい事に他ならなかった。

まさかルーファウスがセフィロスを目的として神羅に入り込んだ事があるなどと思わないプレジデントにとって、は――――。

「まあ…少しだけ、だ。そもそもアンタの息子は有名だしな」

「ふん、そうか」

つまらなさそうな表情でそれだけ言うと、プレジデントは話題をすんなりと変えた。

どうもセフィロスとルーファウスが接触しているのは、許せないらしい。

その理由はセフィロスには予想もつかぬ事だったが、特に突き詰めて考える必要性も感じなかった。

 

 

 

目で追っていたセフィロスが視界から消えて、もう数時間経っていた。けれど、どういう訳か、その後を追いたいとは思わない。

心を捉えて離さないことは確かだったが、そうすれば自分の立場もそうだが、あれから二年の間に培ってきたものが無意味なような気がしていた。

だからそれは本当に偶然だった。

幹部会の日程やら何やらの特許を得に、父のいる司令室に向かっている途中――――そのにいてはならないはずのソルジャーの姿が見えたのは。

銀髪が目に飛び込んだ。

縦長のその影が近付き、やがてハッキリとした時、思ったのは一つだった。

――――――ああ、駄目だ…。

会ってはいけないような気がしていた人物。その人が、自分を捉えている。

特に驚いた顔をしているわけでもなく、ただ無表情にコチラに近付いてくる姿に、ルーファウスは思わず足を止めた。

誰も叶わないだろう強さを纏ったセフィロスの姿は、まるで二年前の思いをぶり返すかのようにルーファウスの心の中を混乱させる。

 

あの時――――セフィロスからは、血の匂いがしていた。

とても冷徹そうに見えるその顔の奥には、優しさがあった。

それが、その人が、その優しさが、また戻ってきたのだ。

今自分が副社長という地位に就いている、この神羅に―――――――。

 

「…久し振りだな」

直前で立ち止まったセフィロスは、目の前で動けないでいるルーファウスにそう言った。

あれから―――――――二年、経っている。

「ああ…久し振り、だな」

あの頃とは随分と違くなった自分を、そのままセフィロスに見せるのは抵抗があったのか、どうも言葉がスムーズに出てこない。

しかしそんな事は物ともせずに、セフィロスはこう続けた。

「副社長殿…らしいな。大出世か」

その言葉からは何も読み取れない。しかし、これでルーファウスが上司という立場になった事は確実だった。

ルーファウスはそれには何も返さずに、ただ、思い返すふうにこう言う。

「約束、覚えてるか?」

「約束…?そんなものはした覚えが無いが?」

冷静な切り返しが、少し心に刺さる。確かにあれは約束という名目では無かった。

けれど――――――――。

何とかして、この目前の男をの堅いガードを切り抜けたい…そう思ったのは、その時だった。

心に他人の介入を許さない雰囲気を持ったこの男は、誰に対してもこうだったので、それは難しい事ではあった。けれどもしそれが出来るなら、そういう可能性がその心にあるというのなら、そこに入り込むのが自分以外の人間というのは何だか許せない気がしたのだ。

本当は優しさを持っている…それを知っている人間が何人いることだろう。もしそれを垣間見たのが自分だけならば、それ以上他の誰にも気付いて欲しく無い。

それはいわゆる独占欲だったが、その感情の名前にこの時はまだルーファウスは気付いていなかった。

ただ純粋に――――思ったのだ。

この人が、欲しい。

「…帰ってきたぞ、お前が言っていた通り、な」

ふとそんな言葉をかけられて思考が止まる。

びっくりした。覚えてないかと思ったのに…。

「生きて、帰ってきたぞ」

もう一度、強調するかのようにかけられた言葉が、頭の中に反響する。

「あ、あ…。わ…俺は――――」

待ってた、とそう続けたかったが、声が出ない。言ってしまえば楽なのに、何かがそれを制御する。

もし言ってしまったら、どうなるのだろうか。

もの目前の男は気付いてしまうのだろうか。

自分の気持ちに、気付いてしまうのだろうか。

妙な葛藤があった。

「どうした?」

「いや…」

「――――待っていてくれたんじゃないのか?」

心にあるストッパーを引き抜くように、セフィロスはそう言う。まさか、そんなふうに言われるとは思ってもみず、表情が崩れた。

あの時みたいに――――。

「待っ…てた」

誘導されるみたいにそんな言葉が漏れた。そもそれは言いたかった言葉で、伝えたかった言葉でもある。先ほど思っていた迷いは、まるでどこかに消えてしまったかのようだった。

「会いたかったか?」

少し意味合いの違う言葉が耳を付く。

会いたかったのだろうか―――。

待っていたし、帰ってきて欲しかった。けれど、それまた別の感覚から来ているはずだ。

そう思ったけれど、エメラルドの瞳はそれ以外の言葉を発するのを、許さない気がする。

「会いた、かった…」

「そうか」

少し柔らかくなる表情を見ながら、やはり言うべきじゃなかったとルーファウスは後悔した。

何だかとても、危険な気がして…。

「じゃあ、待たせた詫びだ」

その言葉と同時に、その瞳は近付く。

徐々に、徐々に―――――。

 

誰も通らないその通路で、その口付けはゆっくりと交わされた。

触れるだけの優しい口付けは、まだ種だった心を、急速に膨らませる。

長い髪が頬を掠め…吐息が、耳に届く。

何とも言えない感覚が脳を支配していた。

 

 

それは――――――――第二の始まり、だった。

 

 

END

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