万有引力

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『では、今夜十時にこちらに来ていただけるということで…』

「ああ、そうしよう」

何でもない仕事上の約束。意味なんて無い。

例えこれがクリスマスという日であっても、意味なんて無い。

『ではお待ちしておりますので…』

先方がそう言って電話を切ろうとしたその時のことだった。マイカーに向って歩いていたルーファウスの視界に、ふいとあるものが映る。

それは、じっとルーファウスの方を見つめていた。じっと。

「……」

『もしもし?もしもし、ルーファウスさん?』

ふっと、目を細める。

横に細長くなった視界の中で、その人は微かに笑った。

「――――悪い。やっぱり今日は行けない」

ルーファウスは電話口に向ってそう言うなり、プツリと電話を切った。

慌てる相手の言葉すら無常にかき消して。

 

 

 

その日はクリスマスだった。

特にこれといったこともなく、だからたまたま誘われた仕事上のパーティなぞに出向いてみようかと思っていたのだが、そのギリギリのところでこうして心を惑わすものが現れる。そして、自分は必ずそれを選ぶのだ。

いつもそうだ。

いつだって、突然現れる。

そして自分は土壇場でそれを選んでしまう。

「お前はわざとやってるんだろう?いつだってこんな…ギリギリだ」

「わざと?一体何のことだ」

ルーファウスがマイカーを運転をし、その助手席にセフィロスが座っているという構図は恐ろしいほど珍しい。このレアな状況が出来上がった原因はセフィロスで、それを容認したのがルーファウスである。

ルーファウスは、いつもいつもタイミングが良すぎるセフィロスについて、少し懐疑的な気持ちを持っていた。こんなふうにいつもギリギリで登場して結果的に自分を動かしてしまうセフィロスが何だか憎い。今日だって、何故いきなりあんなところにセフィロスがいたのかさっぱり見当もつかない。偶発的とはいってもあまりにもパーセンテージが少ないし、わざとだと言い切ってしまった方が余程納得がいくというものである。

――――――それなのに。

「そうやっていつもシラを切るんだな。…じゃあ私に送らせようとでも思っていたわけか」

「まあそんなところだ」

ルーファウスは右にいるセフィロスをギロッと睨んだ。

それに気づいたセフィロスが、思い切り笑いをかみ殺している。それがますますルーファウスには気に食わない。

じゃあ何だ、自分はただの足じゃないか。

神羅の副社長を捕まえて自分の足にさせようだなんて笑止千万である。

「…やっぱりお前なんかに付き合わなければ良かった」

ルーファウスはわざとらしくため息をつくと、別に行きたいわけでも何でもなかった例のパーティについて、あっちの方が余程有意義だったのに、と愚痴った。

「何だ、俺より陳腐なパーティが大切か?」

「パーティに出席すればそれなりのパイプを確保できる。でもお前と一緒にいたって、お前は何もしてくれないじゃないか」

「下らないな。そんなにメリットが欲しいか?」

だったらやらないでもない、そう言ったセフィロスに、ルーファウスは一瞬だけ気を緩めてしまったものである。多分、動揺したのだ。だってセフィロスがそんなことを言うから。

一瞬狂った手元に慌てて前方を見遣ったルーファウスは、ふう、と安堵の息をついてから、改めてセフィロスに文句を垂れた。お前がおかしなことを言うから手元が狂っただろう、と。しかしその文句すら、セフィロスにとっては笑いのネタでしかなかった。

「動揺するほど嬉しかったか。じゃあ本当にメリットをやろうか?」

「なっ…ふざけるなっ!」

「別にふざけていない。じゃあ、今からは俺の言うとおりに走らせろ」

自分が運転を変わろうという気はさらさらないらしいセフィロスは、手動ナビゲーションでルーファウスに指示を出す。だものだから、ルーファウスは渋々それに従うことになった。一体何をしようとしているのだか分からないが、別段そこまで恐ろしいことにはならないだろうと思いながら。

それに、どうせセフィロスの言うことには従うように出来ているのだ、自分は。

いつもギリギリで現れるセフィロスを選んでしまうのと同じように。

 

 

 

ルーファウスにとってセフィロスは“使う相手”だった。

主従関係に於いては、直接関係などなくとも自分が上でセフィロスが下だというのがルールで、これは変わることが無い。しかしセフィロスは強かった。別にルーファウスに歯向かったとかそういう事実は無いのだが、セフィロスの強さというのはルーファウスにとってはガンだったのである。

正直言って、嫌いだ。ルーファウスはそう思っていた。

下の奴のクセに、滅法強い。しかもそれを尊敬する輩まで続出しているとなれば、ルーファウスとしては面白くないわけである。

とはいえ、ルーファウスは別にセフィロスと張り合おうという気が更々無かった。だってお互いに立っているフィールドが違うし、だから同じ物差しで計るなんて不可能である。それに、どちらかのフィールドに合わせた場合を考えると、お互い必ず相手のフィールドに負けることになり、ルーファウスはたった一つでも自分が負けを認めるなんて許せなかったのだ。

あんな奴、知るもんか。

ずっとそう思ってきた。

そう思ってきたのに、ある時、ついに話をせざるをえなくなってしまったのである。

それはセフィロスが何かの大型任務から帰還してきたときのことで、その報告をするために本社にやってきたところをたまたまルーファウスがそこに居合わせたというシチュエーションだった。

何か言わなくては。“上”の者として何か一言くらい。

帰還したセフィロスを前にしてそう思ったものの、結局ルーファウスが何も言えずにいる間にセフィロスはその場から消えてしまった。それは、ルーファウスに後悔を与えるに至ったものである。

何で言えなかったんだろう。

そう何度も考えた。考えたけれど答えは見つからなかった。

しかしその答えは、また同じようなシチュエーションに遭遇したそのときに、セフィロスが言葉でハッキリ示してきたのである。

『お前が副社長だと心配だ。俺はお前に従う気にはなれないな』

下の者であるはずのセフィロスが、上からの物言いをしてきたそのとき、ルーファウスはカチンとくると同時に、ようやくセフィロスに声をかけることができた。尤もそれは買い言葉でしかなかったのだが。

『ふざけるな!ソルジャーごときが生意気なことを言うな!』

『ソルジャーごとき、か。それに守られてるお前はどうなんだ?』

『なに…っ!?』

『…まあ。お前が喋れる人間だということはよくわかった』

セフィロスはそう言うと、嫌味ではなくただ、ふっと笑った。

それを見た瞬間、ルーファウスは悟ったのである。自分がセフィロスに声をかけられなかった理由…それは自分が“上”の存在でありながらも、相手の力量を“上”だと見ていた為に無意識に萎縮していたからだと。

セフィロスは、自身が従うべき上の存在であるルーファウスをわざと見下す発言をして、ルーファウスの中にあるそれを解いたのだ。

それに気付いた後の悔しさは、声をかけられなかったその時よりもずっとずっと深く痛かったものである。結局自分は負けていると思った。あのセフィロスに。

―――――――そんな出来事があってから、数年。

それなりに歳を取り、それなりに知識や知恵を身に付けた。

そしてそれと同時に癖が出来てしまったのである。

とてもとても嫌な癖。セフィロスに引き寄せられる、そんな癖である。

ふと気付くとセフィロスの近くにいたり、ふと気付くとセフィロスを引き合いに出していたり、無意識の中でそんな行動が多くなっていった。それがあまりに重症化し、すっかり参ってしまったルーファウスは、なるべくセフィロスを忘れようと努力しながら毎日を過ごしていったのである。その甲斐あって何とかセフィロスを思い出さずに済むようになったのだが、その代わり肝心なときにセフィロスが現れるようになった。

それはルーファウスが悪いのではなく、セフィロスが悪いのである。

ギリギリのところで、当然、現れるから。

そしてルーファウスは、そんなセフィロスを必ず、選択してしまう。

まるで自分は砂鉄のようだとルーファウスは思う。自分が一方的にセフィロスという極に引き寄せられているのだと、そう思うのだ。

しかし、もしそうでなければ―――――――…。

 

 

 

セフィロスのナビゲーションで辿り着いたのは、詰まらない小さな店だった。

一体何の用かと訝しげに思いながらもセフィロスの後をついていく。そうしてみて分かったことだが、どうやらその店はクリスマス用品を売る店らしかった。期間限定なのだろうか、真実は分からないものの、とにかく店内クリスマス一色である。

クリスマスなんて、特に意味はない。

どうせ元々は下らないパーティに参加しようと思っていたくらいの日なのだから。

そう思いながら店内を物色しているうちに、セフィロスは何やら買い物をしたらしい。店主が「毎度」などと言っている。一体何を買うのだろうかと疑問で仕方なかったルーファウスだが、特に尋ねるようなことはしなかった。クリスマスに拘っているように思われるのが何だか嫌だったからである。

がしかし、それは奇しくもセフィロスの口から語られた。

「自分へのプレゼントを買ったんだ」

「自分への?」

この店でか?、そう思いながらルーファウスは店内を見回す。店内はクリスマス用品ばかりなのだから、その中から自分へのプレゼントを買ったというならば勿論それはクリスマスグッズなのだろう。

そんな一過性のプレゼントなんてあるか。

ルーファウスはそう心の中で毒づきながらもセフィロスの後をついて店内を出た。そして、そうするなりわざとらしくため息をついてセフィロスを見やる。

「それで、これの一体どこがメリットなんだ?確かお前は私にメリットをくれるんじゃなかったのか?」

「ああ、勿論」

セフィロスは頷きながら、先ほどの店で買った品物をゴソゴソと取り出した。そして、その物体をすかさずルーファウスの―――――――頭に被せたのである。

「なっ、お、おい!」

「良いから静かにしろ」

「ば、馬鹿野郎!何するんだ、この…っ!」

嫌な予感がする。絶対にこれは嫌な予感だ。

 

 

 

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