目が覚めたときにはベットの上だった。

心配そうに顔を覗き込んでくるのは同僚の一人で、彼はようやく目を覚ましたクラウドに安堵の声を漏らした。良かった、と。

「お前、ずっと起きなかったんだぞ。もう心配しちまったよ。このまま来年まで起きないんじゃないかって冷や冷やしたんだからな」

「来年って…そんな大袈裟な」

力なくクラウドがそう言って笑うと、同僚は大真面目にこう言った。

「バカ、大袈裟でも何でもないぞ。もうクリスマスなんだから」

「え!?」

それを聞いて、クラウドは思わずガバッと起き上がる。同僚が慌てて、おい、大丈夫かよ、と声をかけたが、クラウドにとってはそれどころではなかった。だって、クリスマスだなんて。それでは一体どのくらい眠っていたというのだろうか。半月以上眠っていたということじゃないか。

「嘘だろ…」

「嘘じゃない。周りはすっかりクリスマスムードだぜ。ま、残念ながら独りモンの俺なんかはどうでも良いって感じだけどさ。あ、もしかしてお前もロンリークリスマスか?」

ははは、と無邪気に笑う同僚に、クラウドは静かに苦笑する。

ロンリークリスマス…なのだろうか。

会おうと言えば会ってくれるかもしれない。しかし、あらかじめ約束をしていなかったことがそんな気持ちを鈍らせる。そして、それより以前に、会ったとしてそれに意味があるのかどうか、それが大きな問題だった。

クリスマスなんてどうだって良い、セフィロスはそう考えている。

それどころか、自分と会うこと自体、セフィロスは特に楽しそうにはしていない。そもそも付き合うこと自体に意味など見出していないのだ。仕方なく付き合っているといった方がしっくり来るくらいである。

「俺、半月も眠ってたんだろ?あのさ、その間に…誰かここに見舞いとか来たのかな?」

ふと気になってそう聞いてみると、同僚はさあ、と言って首を傾げた。

「俺はちょくちょく来てたけど、それらしき奴は見かけてないかな」

「そっ…か。…――――セフィロスなんて…来てない、よな…」

まさかな、そう思いながらついついそう口に出してしまってから、クラウドは慌てて今の言葉を打ち消そうとする。公表してはいけないことだったのに、と。

が、しかし。

「誰だ、それ?故郷の友達か何かか?」

「え?何言ってるんだよ。セフィロス…知ってるだろ?」

同僚の言葉にビックリしてそう聞き返したクラウドは、とても冗談を言っているとは思えない表情で首を傾げている同僚をまじまじと見つめた。そして、もう一度聞いてみる。

英雄セフィロスだよ、と。

神羅の有名なソルジャーじゃないか、と。

皆の憧れて、凄く強くて、それで…。

「知らないよ、そんな人。大体神羅の英雄って何だよ、そんな人いないじゃん。夢見てたんじゃないのか、ずっと眠ってたから」

「そ、んな…」

――――――――――嘘だ、セフィロスの存在が…なくなった?

そんなことってあるのだろうか。

まさか、ありえない。

しかし目前の同僚は嘘をついている様子ではないし、やはり自分がおかしいのだろうか。まさか本当にあれが夢だったとでも?…いいや、まさかそんなはずもない。

「ごめん、俺…ちょっと行ってくる!」

「え?あ、おい!お前、大丈夫なのかよ!?」

クラウドはベットから起き上がると、心配する同僚を振り切って廊下に躍り出た。そうしてからやっと気づいたことだが、どうやら入院用の衣服を着せられていたらしく、この冬にそれ一着ではとても肌寒い。思わず腕を摩りながら、クラウドはとにかく廊下を走った。

目指したのは、良くセフィロスとザックスとが使用している任務待機用の部屋である。

おおよそ任務前にはそこにいるし、そうでなくともそこにいることが多い。

だから、そこにいけば会えると思ったのだ。

しかし、肌寒い中、息を切らせて到着したそこには、目的のものは存在していなかったらしい。

ガチャ、という音と同時に開いたドアの中。

目が合ったのは、ザックスだった。

「よう、クラウド!もう大丈夫なのか?見舞い行ったけど入れてもらえなくってさ。つーか、お前その格好寒くないのか?」

「ザックス…セフィロスは?」

「は?“セフィロス”?何それ?」

きょとんとしてそう問い返してくるザックスに、クラウドはもう何も言えなくなってしまう。まさか、ザックスまでこんな反応をするだなんて。信じられない。というより、信じたくない。

「嘘だ…何でだよ?ザックス、忘れちゃったのか?セフィロスだよ。一緒に任務やってただろ?仲良かっただろ?相談だって乗ってくれたじゃないか。それなのに…」

「おいおい、どうしたんだよクラウド。こんなクリスマス当日に、おかしくなっちまったなんてマジにシャレんなんねえぜ?」

どこか困ったふうに笑うザックスの表情に嘘は無い。つまり、ザックスは本当にセフィロスを“知らない”のだ。

でも――――――――どうして?

どうしてこんなことが起こっているのだろうか。

自分だけはセフィロスを覚えている。けれど、誰もセフィロスを覚えていない。あたかも元々存在しないもののように…いや、事実そうなのだろう。誰もセフィロスという存在を知らないのだ。

「きっとお前、夢でも見てたんだよ。まあ今日はクリスマスだしさ、内輪でパーティやろうってことになってるからお前も来いよ。そんな夢の話なんて忘れてさ!」

「夢…」

「そうそう!2〜3日すりゃ夢なんて忘れられるよ。まあずっと眠りっぱなしだったんだから仕方ないけど、こっからは現実に慣れないとな」

「慣れる…」

ああ、そうか。

もしあれが夢だとして、今ここが現実ならば、何も難しいことなどないのだ。ただ一つ、セフィロスがいないということに慣れればそれだけで良いのだ。何て簡単なんだろう。たった一つ、それだけじゃないか。

「そうだよな…いたって、いなくたって、同じだよ」

セフィロスなんていなくなれば良いんだ、そう思っていたじゃないか。

どうせ一緒にいたっていなくたって同じようなものだった。セフィロスはいつも大して楽しくなさそうで、クラウドとは全く合わなくて、一緒にいたところで意味なんか無かった。キスもセックスも義務的で、愛なんて言葉には程遠くて、理想に思っていたものなんて欠片も無くて。

そう…ちっとも幸せじゃなかったじゃないか。

「そうだね、俺、どうかしてたんだ。ごめん」

クラウドはそう言って笑った。

こう思いながら。

 

 

 

“きっと―――――これで良いに違いない”

 

 

 

そう思うのが一番の良策であることは分かっていた。

ただ心に引っ掛かりがあるとすればそれは、どうしてこんなことが起こったか、という原因だったろう。どうにも納得がいかない。

目が覚めてみるとそこは、今までと全く同じであるにも拘らず、ただ一点、クラウドの存在だけが消えている世界だった…――――こんな馬鹿げたB級映画のような話があるだろうか。

あれほど機嫌を悪くしていたザックスが、途端に機嫌を直して、クリスマスはどうせ興味無いとか言うんだろう?、と笑ったりする。あれほど機嫌が悪かったのに、だ。そして、極めつけにはこう言った。どうせモテるんだから恋人でも作れば良いのに、と。

頭がイカれたのだろうか、真剣にそう思った。

しかしとにかくハッキリしたことは、クラウドという存在が消えている…セフィロスは覚えているのに、周囲はまるで忘れてしまったかのように一貫して知らぬ存じぬと言う部分である。

そんなふうに変わってしまったキッカケは、恐らくあの任務。

あの雪の日、不機嫌なザックスとの任務中に突如耳鳴りがし、意識が遠のいて倒れてしまったのである。それで目覚めてみたらこんなふうに状況が変わっていたわけだが、驚くべきことに目覚めるまでに半月以上が経っていたのだ。

目覚めの日、それは奇しくもクリスマス当日だった。

一体何の因果なのだ、と思う。嫌気が差したのは言うまでもない。

病室でむくりと起き上がったセフィロスが目の当たりにしたのは、クリスマスムードに包まれた周囲の人間たちの姿だった。基本的には任務があるのだから、いつもと変わりは無い。ただ、浮かれているのが分かるように笑顔が咲いているのだ。それを見てセフィロスは、全くどいつもこいつも、とため息を吐いたものである。そして、ふいにクラウドのことを思い出した。

「…もうその心配も無くなったか」

会いたい、と…そう言ってくるかと思っていた。

ザックスが不機嫌になったあの日の任務直前、年末スケジュールを眺めながら、何となく思っていたのである。この詰まり詰まったスケジュールの、一体どこを空ければ良いだろうか、と。

何も言われなかったが、もしかするとクラウドから何か言われるかもしれないと思い、スケジュールに目を走らせていた。どうしても空けられないとか詰められないとか、そういう日を除けば、何とか会うことは可能だろうと思いながら。

自ら会おうと言うつもりはないから、それは誘われたことを想定しての行動だった。もし何も言われなければそれはそれで良いというくらいの、そういうものだったのである。

しかし、もうそんな心配もしなくて良くなってしまった。

だってもうクラウドはどこにもいないのだから。

ただ、そこに書かれたスケジュールをこなせばそれで良いだけである。

ともかく今日の任務はもう終わったし、浮かれ気分の神羅に長居は無用と、セフィロスは足を速めていた。先ほど任務中に雪が降り出したから、うっかり長居でもしようものなら帰る頃には大変なことになっているだろう。

早いところ家に帰ろう。

そう思いながら長い廊下を歩いているときのことである。

「?」

ふいにある一室から笑い声が聞こえて、セフィロスは顔を顰めた。見てみると、そこは緊急用に用意された部屋の一つで、常用して良い場所ではない。そういう場所だからこそ秘密裏に使うのはもってこいなのだが、間違ってもそれは褒められたことではない。

全く不届き者が多くて困るな、そう思い注意でもしてやろうとドアノブに手をかけた瞬間だった。

「セフィロスさんは無理だろう〜!」

思いがけず己の名を耳にして、セフィロスはふっと動きを止める。

「あの人呼んだって面白くも何ともないって。怖いだけだぜ?」

「やっぱそうかー。折角のクリスマスパーティだし、なんかドーンと面白いことしたかったんだけどなあ」

「だからってセフィロスさんは無えよ。パーティがつまらなくなっちまう」

「じゃあ…」

セフィロスは思わずふっと笑うと、ドアノブにかけた手をすっと離した。そうして、そのままその部屋の傍から去っていく。

――――――――俺は嫌われ者だな。

確かに自分などパーティに呼んでも楽しくも何とも無いだろう。セフィロス自身も同じ気持ちである。彼らは実に良く分かっているといって良い。

自宅までの距離を、雪の降る中、ぽつぽつと歩いた。

白い雪の上に足跡が残り、それがずっと続いていく。自分を追う者は誰もいない。

「…何故だったんだろう」

自分と共にいたところで楽しくも何ともない、そんなことは彼らですら分かりきっているような事実なのに、どうしてクラウドは今まで一緒にいようとしたのだろう。

どこかに出かけたいと言うから渋々出かければ、クラウドはやけに嬉しそうだった。どうしてそんなに嬉しいのだかセフィロスにはさっぱり分からなかったけれど、またどこかに行こうといわれ、取り敢えず分かったとだけは頷いておいたものである。とはいえ、それ以降一度として出かけたことはないのだが。

そういえば―――――最近のクラウドはあまり笑わなかったな。

バカ話をしてバカ笑いをしている兵士やソルジャーたちは、セフィロスがやってくるとパッとそれを止めて真顔に戻る。セフィロスを恐れているからかもしれないが、それはそれで仕事をする上では丁度良いと思っていた。しかし、思えばそれはプライベートでも同じことだったのである。

ザックスはあんな調子だからともかくとして、後は…クラウド。

その他に、自分に笑いかけてくるような人間など果たしていただろうか。笑って、楽しそうにしてくれる人間など、他にはいなかったような気がする。

「…どこにも居ない、か…」

ようやく辿り着いた自宅で、セフィロスはソファに深々と身を埋めながら、独りきりの部屋を眺め回した。

独りきりの部屋は慣れている。

人に嫌われることも、恐れられることも、孤独であることにも、もう慣れてしまった。

今更それを悲しいとか辛いとか腹立たしいとか思うようなことはなくて、それはそれで別に良いのだと思っている。しかし、視界に映る景色と共に妙な感覚が自分の中に沸き起こるのは何故だろうか。

例えば、このソファには二つ分の窪みがあったはずなのに、今は一つしかないこと。

セミダブルにする予定だったベッドを、考えた末にダブルベットにしたこと。

窓の外が見たいと言われたから、開けっ放しのままになっているカーテン。

モノトーンだけじゃつまらないと言われ、不本意に買った赤いカップ。

その中に入っている珈琲は、誰かの都合で常時苦味の少ないアメリカンになっている。

「全く…こんなに取り返しのつかない状態なのに、どうしてくれるんだ」

セフィロスは、言うべき相手を失ってしまったそんな文句を、独りきりの部屋の中で呟いた。全部不本意だったのに、結局誰かの思い通りになっているこの部屋。そしてそれに慣れてしまった自分。

でも――――本当は、そうせずとも良かったものばかりなのである。

それでもそんなふうに変えたのは、そうすればクラウドが喜ぶと分かっていたからなのだろう。実際、クラウドはちょっとしたことで喜んでくれた。もしかすると、自分はそれが嬉しくて、そんなふうに喜んでくれるクラウドが見たくて、そうしたのかもしれない。

しかし、そんなクラウドもいつの間にか笑うことをしなくなってしまった。

それには気づいていたはずなのに、どうして何もしなかったのだろう。何となくそんなことを思って、セフィロスはため息をつく。

「今更そんなことを言ってもな…」

どうせ、クラウドはもういないのだ。

あの日、不機嫌なザックスが言ったとおりの、別れればいい、というそんな状況がやってきたのである。それに、自分もそう思っていたのである、いなくなってしまえばいい、と。

そうすれば、もう時間を無駄にすることもなく、面倒臭い事もなく、疲れもしないでいられる。勿論、苛立つようなこともなく平穏な毎日が送れるだろう。

これで良いんだ。

そう思う。

そう思うのに――――――――何故だろう、心のどこかが物足りなさを訴えている。

窓の外には白い雪が降っており、その雪のひとひらは、地面に落ちてその存在を消していく。同化した一面の雪。その中にあっては、たったひとひらなどまるで存在が無いように見える。

そう、丁度あんな雪のようだと思う。この気持ちは。

物足りなくて、何かを忘れているみたいな気分になるのに、そんな気持ちは地面に積った雪と同化して消えてしまう。確かに感じたはずのものは、いつの間にか消えてしまう。

同化した一面の雪は訴えているのだ、これで良いじゃないか、と。

望んだとおりになったじゃないか。これがお前の幸せだろう、と。

けれど、はらはらと降るあの頼りないひとひらの雪は、弱弱しく語りかけてくるのだ。すぐに消えてしまうような儚いその身で、最後の瞬間までその存在をもって語りかけてくるのだ。

本当にこれで良いと思っているのか?

本当はもう一度あの笑顔に会いたいと思っているんじゃないのか?

面倒だ、疲れる、時間の無駄だと言いながらも、心のどこかではそうあることに満足していたんじゃないのか?

「…クラウド」

その名を呟いてみると、何だか急に自分は独りなのだということを感じた。

窓の向こうには、この雪の中を歩いていく人の姿がみえる。彼らは降り積った雪の上を力強く歩いており、大きな足跡を残してセフィロスの視界の中から歩き去って行く。

「……」

ああ、―――――きっと。

積もり積もればそうなるほどに、きっと何も感じなくなる。

この雪が止む頃にはきっと、自分は僅かな可能性を持つ感情すら棄ててしまうだろう。

そうなる前に、せめて思うことがあるとしたら。

そう、せめて。

「もう一度だけ…お前に会いたい。―――…クラウド」

もしそれが叶うなら、すまない、と謝ろう。

そして最後のお願いに、もう一度笑って欲しいんだ、と頼もう。

彼のいなくなったこの世界では、もうそれは叶わぬ願いと分かっているけれど。

  

 

 

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