|
「おい、何でついてくるんだ。お前は警備中なんだろう」 「それはそうですが、俺は貴方に聞きたいことがあります。だから、それを聞くまではついていきます」 振り返らないままに繰り出されたその会話は、そのままの状態で続いていく。セフィロスは憮然と前を歩き、クラウドがそれについていくという形。 「聞きたいこと?ふん、笑わせるな。お前に何かを聞かれる筋合いは無い」 「どうしてですか?俺だって知りたい事はあります」 「だから、お前のその好奇心に俺が答える義務は無いと言ってるんだ。少しは頭を使え」 「そんな事言われても納得できません。どうしても聞きたいんです」 カツカツ、と進んでいくセフィロスに、重苦しい装備でついていくクラウドの姿は、第三者が見たらさぞ滑稽なものだったろう。まるでセフィロスの警備でもしているかのようにピッタリとついているのだから、社内の警備員とはとても思えない。というよりも前に、その重装備は社内警備には使われないものだったから、クラウドが言う警備という仕事はその時点で嘘だと分かりきっていることだった。 それを指摘しないセフィロスは、ただクラウドの口にしてくる言葉達の煩わしさに苛立ちを募らせ、その足取りを速めていく。もう既に、クラウドが嘘をついてまでそれを聞きにきたのだということは歴然だったが、セフィロスにとってみればその事実もまた煩わしいものでしかなく、足取りは早まる一方である。 しかし、そうすれば当然クラウドの方もその足取りを速めてくる。ただでさえ重苦しいその足音が早まるのだから、それはもう既に騒音の域だろう。しかし神羅本社ビル内でその騒音というのは当然歓迎されるものでもないわけで、第三者的に見ればセフィロスが誘導しているかのようなこの状況は、セフィロスに対してもまた良い印象を与えるものではなかった。 だから、仕方なく苛立ったままのセフィロスが立ち止まる。すると重苦しい足音もピタッと止まる。 「…このままでは俺が不審な目で見られる」 「じゃあ話を聞いてください」 ここぞとばかりにそう言ってくるクラウドを心の中で睨み付けると、セフィロスは仕方が無いというふうにこう提案した。 「此処では無理だ。俺は自室に帰る。もし話を聞いて欲しいというなら、一時間後にそこで落ち合おう」 それを聞いて、クラウドはホッとしたように笑う。勿論それは重苦しい装備の下での表情だったから、セフィロスの目には届かなかったが。
一時間後。 約束通りセフィロスの自室にやってきたクラウドは、もしかしてセフィロスは約束を破るんじゃないかという小さな不安を抱えていたものだが、セフィロスが予定通りそこに居たことでホッと胸を撫で下ろした。それと同時に、疑ってしまった事に少しだけ後悔する。セフィロスが自分に投げた言葉の数々を思うとどうしても自分は蔑ろにされるのではないかという気持ちが渦巻いてしまうが、どうやら約束事を破るという人ではないらしい。 「まあ掛けろ」 意外にも椅子などを勧めてきたセフィロスは、自分は広い自室の中の窓際に立つと、早速というように話を降りかけてきた。 「それで。お前は俺に何を聞きたいっていうんだ。手短に話せよ」 最後の言葉は余分だろう、そう心の中で思いながらも、クラウドは話をし始める。先ほどとは違い甲冑など身につけておらず割とラフな格好だったクラウドは、今度こそ表情を露にしながら例のことについてを口にした。しかし表情が出ているとそれだけで気持ちが萎縮してしまう。甲冑で顔が隠れていた時とは随分の違いである。 「さっきの…ザックスと三人でいた時の事なんだけど」 「ああ、あれか。あれがどうかしたか」 「どうして俺がいると気分が悪くなるんだろうって思って…。俺は、もうセフィロスに慣れてるつもりだったけど、セフィロスは…違うのかな」 セフィロスの顔から視線を外しながらそれを語ったクラウドは、落ち着かないのか両手の指を忙しなく動かしていた。セフィロスは腕組をしながらその動作を見詰めている。 「気分が悪くなることと慣れていることとどう関係がある?」 「だって、もっと話して慣れれば大丈夫だって、ザックスが言ってたから…」 「…なるほど」 あの男がそんな事を言ったのか、そう続けて呟いたセフィロスは、身体を微塵も動かさずにクラウドの質問への答えを口にした。 「―――だとしたら、違う、と言っておこう。これは慣れだとかそういう問題ではない。もっと根本的な問題だ。俺はお前がいると気分が悪くなる、その理由は良く分からない。自然とそうなるんだ」 「自然と、って…」 意識的に気分が悪くなるのでないとしたら、それは果てしなく最悪ではないか。 そう思ってクラウドは思わず泣きそうな顔をする。 折角セフィロスに意見してまで何とか仲良くなろうと努力しているのに、そうとまで言われたら何をしても無駄としか思えない。正に八方塞状態だ。 「…じゃあ、どうしたら良いんだよ?どうしたら俺は、セフィロスと仲良くなれるんだ?」 セフィロス自身にそれを聞くのはおかしいと分かっていつつも、クラウドはそれを口にする。しかしそう言われたセフィロスの回答など決まりきっていた。 「そんなものを俺に聞くな。そもそも何故俺とお前が仲良くしなければならない?…不要だ」 「不要じゃないよ、俺がそうしたいんだから」 「それは単にお前の願望だろう。俺にとっては不要でしかない」 正に“ああ言えばこう言う”状態…それに陥った二人は、暫くそのような回廊の如き会話を繰り返すと、最後には同時に溜息を着いたりする。 クラウドの意見は依然、どうにかしたい、というそれ。 セフィロスの意見は依然、どうでも良い、というそれ。 正に正反対の事を訴えている上に両者共に譲らないときているから始末が悪い。此処でどちらかが折れれば結果は見えてくるのだろうが、二人はお互いにそれをしなかった。 しかし立場からしても、クラウドがセフィロスに折れずに健闘しているのはかなり大きな事である。一時間前もそうだったが、こうして折れない様子のクラウドを見ていると、セフィロスはある意味感心せざるを得なかった。ザックスも似たようなところがあるが、どうやらこのクラウドはそれを上回る筋金入りの頑固者らしい。 「…おい、これでは埒が明かない」 すっかり静まってしまった空間で依然腕組をしながらクラウドを見詰めていたセフィロスは、この話題自体を打ち切るべく、とうとうそんなふうに切り出した。 「俺は譲る気など無い。例えお前が我を通した所で俺がそれを承諾しない限りはどうにもならないだろう。要するにこれは、無駄な駆け引きだ」 しかしクラウドが簡単に折れるはずがない。 「無駄なんて事ないよ。もしかしたらセフィロスだって、その内ちょっとは考えてくれるかもしれないだろ?」 「誰が考えるか。無駄だ、とっとと諦めるんだな」 「嫌だ!」 「…煩雑な奴め」 忌々しそうにそう呟いたセフィロスは、やっとその態勢を崩すとクラウドの近くまで足を進めた。そうしてクラウドの真正面にある椅子に腰を下ろすと、前屈みになってクラウドを睨みやる。言葉こそ荒げないものの、相当怒っている事がその表情から見て取れる。 その怒った表情があまりにも冷静な声で告げたのは、一つの疑問だった。 「――――聞くが。何故そこまでして俺に付き纏うんだ」 最早その言葉には、いかにクラウドの存在を忌々しく思っているかを隠す心など無い。当然クラウドはそれに気付いたが、それでもやはり引き下がるつもりは無かった。 だから、はっきりとした声でセフィロスに告げる。 「俺は、セフィロスと対等に話が出来るようになりたいんだ。そういうふうに見て欲しいんだ」 「対等だと?」 「そうだよ。対等になりたい」 そうハッキリとクラウドが言い切った後、そこに響いたのはセフィロスの笑い声だった。先ほどまでの怒りの表情とは打って変わったその表情にクラウドは一瞬驚いたが、直ぐにそれが軽蔑の笑いだと言うことに気付いて口をギュッと結ぶ。 「対等?この俺と対等になりたいだと?…ふん、馬鹿な事を言うな。お前如きが俺と同等になれるとでも思っているのか。お前など、一生をかけても俺には届かないだろう。お前はお前に相応しい友でも作るんだな」 「……」 「尤も、お前に何か利点があるならば、多少は考えてやっても良いが?」 そう付け加えて更に笑ったセフィロスが、クラウドの目にしっかりと焼きつく。そしてその言葉も、しっかりと耳に焼き付いていた。 利点―――――それがあれば、セフィロスは対等になることを考えても良いと言う。 それが無いのならば、相応しい友でも作れという。 要するにセフィロスにとっては、クラウドが相応しい存在ではないということだ。その上、現段階では利点もないと判断している。確かに第三者の眼からすればそれは尤もな事だったかもしれないが、やはりセフィロスとそうなりたいと望んでいるクラウドにとってはその基準自体がどうしても腑に落ちなかった。 そもそも“利点”だなんておかしい、それでは利用しているようなものではないか。 「…セフィロスにとって友達ってどういう存在なの?」 嘲笑われても挫けなかったクラウドは、セフィロスの笑みが止まった瞬間にそれを口に出す。自分が駄目だというなら、一体どのような存在がセフィロスに相応しいというのか、それを問いただす為に。 しかしセフィロスの口から返ってきたのは、実に呆気ない一言だった。 「言っただろう。利点がある、その価値のある者だけだ」 「……じゃあ。例えば―――――ザックスもそうなの?」 具体的な名前を挙げられてセフィロスは一瞬止まったが、それでもすぐにその答えを返す。 「少々反する所はあるがな、まあそうだ。あの男にはそれなりの価値がある。それは神羅が証明しているだろうが」 「…ソルジャー…クラス1st…」 「そうだ」 頷いたセフィロスは、それがザックスの価値だとそう言った。その価値がある為に、それはセフィロスにとって利点であるのだと。その点からすればソルジャーの称号すら持たないクラウドは確かに利点にならないと言えるだろうが、だからといって“ソルジャー=価値”というその基準はどうしてもクラウドには納得できなかった。 だって、そういうものが一体どうして自分に喜びを運ぶというのだろうか。 確かに戦闘の場面に於いては強力なパートナーとなるだろうし、気持ちの上でも何かを任せられるというのはあるだろう。しかしそれ以外のところでは? 友人と戦友は別のものだ、そのどちらに価値があるかなんて計りにかけられようはずもなく、それはどちらも大切なものだ。 セフィロスの言う能力即ち価値とは、戦友としてのみ機能するそれでしかない。 それは―――――――クラウドの望んでいるものとは別のものである。 「それって…何だか悲しくないの?」 ふと、そう切り出された言葉に、セフィロスは不審そうな顔を見せた。クラウドはその顔を見ることもなく、少し俯き気味で言葉を続ける。 「確かに俺はソルジャーじゃないけど、話をする事だって聞くことだって出来るんだよ。セフィロスは辛い時や嬉しい時に、1stの人だったら全員信用して話をするのか?能力が…価値があるからってだけで、その人は特別な存在になるのか?」 「……」 まだ不審そうな顔をしていたセフィロスは、言葉も無くただただクラウドを見遣っていた。何を突然言い出すのかという気持ちと、一体何を言いたいのかという気持ちが渦巻いている。 その無言が、クラウドに更なる言葉を吐かせた。 「俺は“そういう意味”でセフィロスと対等になりたいんじゃない。辛い時にも嬉しい時にも話せるような、“そういう”対等になりたいんだ。利点なんか無くたって良いじゃないか。何もなくたって、そこにいて話して、少しでも嬉しいと思えればそれで良いじゃないか。利点って何?…セフィロス、利点って何なんだよ?」 どこか押し殺したようなその声は、くぐもりながらもセフィロスの耳に届く。 セフィロスはそれに対し依然黙ったままでありそれはどこか否定的なふうに見えたが、その実心の中では否定というほどのものは持っていなかった。というよりも、そんなふうに真面目に“付き纏う”クラウドが、不思議に思えて仕方なかったのである。当然、先ほどの弁からしても少々の軽蔑は消えない。しかしそれが全てという訳でも無い。 とても奇妙な――――――――それはもしかすると、好奇というものかもしれない。 何故クラウドは此処までしてそれに拘るのか。 今迄セフィロスの中に存在しなかった概念を口にし、それを分かって欲しいと伝えるその熱意は、くだらないと思う一方妙に気になる。不思議に思う。 …確かに、これほど熱心にセフィロスに弁を向ける者などそうそういない。そう、ソルジャー1stの人間であろうとも。それは単に誰もそれをセフィロスに求めないからであり、また一方ではセフィロスもそれを求めていない証拠だった。そもそもそんなものは必要が無いと思っていたから。 しかし今此処に、それを必要だと熱意を見せる者がいる。 利点も能力も価値もない、とてもくだらない―――――それでもとても熱意のある者。 「……利点とは」 暫く黙っていたセフィロスはやっとの事で口を開くと、わざわざ手を伸ばしクラウドの顎を持ち上げて、その顔を見つめながら回答を述べた。 「――――――利点とは、マイナス要素の皆無だ」 「え…?」 「俺にとってマイナスがない人間、それが利点であり能力でもある。…その点お前はマイナス要素だらけだ」 反らすことすらできない目で見詰められながらそう言われ、クラウドは無意識に目を見開く。まるで今までの言葉すらも無駄だと言われたような気がしたから。 しかし、セフィロスの言葉は続いていた。 「―――が、お前は不思議な人間だ。マイナス要素ばかりなのに、一点のプラス要素がある。今迄感じた事の無いプラス要素…それが何なのか良く分からない。どこがどうプラス要素だと思ったのかも分からない。…ただ」 「……?」 「ただ――――――――気分は、悪くない」 それが良い言葉なのか悪い言葉なのか、その判断はいとも簡単な事である。 セフィロスは言っていたのだ“お前がいると気分が悪くなる”、と。それが今、反対の言葉を口にしたということ…それは、例えその向こう側にある物がクラウドの求める物と一致していなかったとしても、大きな発展に違いない。 「セフィロス…」 クラウドは少しだけ笑った。見開いていた目をゆっくり戻しながら、口元をゆっくりと上げて。それから己の顎に添えられて手へと、やはりゆっくりとした動作で手を添えた。 ―――――――が。 「…っ!!」 手が触れ合ったその瞬間、何か燃えるような熱さがそこに走る。 驚いて瞬時に手を離すと、セフィロスもまた同じように驚いた顔をしていた。 一体今の一瞬に何があったのだろうか、単に手が触れ合ったそれだけだというのに…。 「お前…?」 何かを疑うような目で、セフィロスがクラウドを見遣る。クラウドはその目の中に何か不審な物を見て、慌ててこう口にした。 「俺、何もしてないよ。俺だってビックリして…!」 きっとセフィロスは自分が何かをしたと思っているのだろう、そう思ったクラウドの口から出たのはまるで弁解のような言葉達である。しかし実際にセフィロスが言いたかったのはそのような事ではなかった。クラウドが何かをしたというような疑惑などセフィロスの中には存在しない、その代わりその脳裏に焼きついたものがあり、それというのがクラウドの指先だった。 先ほど感じたのは、確かに燃えるような熱さ。 クラウドの指先には――――――――――火傷の跡のようなものが出来ている。 「……」 セフィロスは、困惑しているクラウドの目前で、ふと自分の手にも目を移してみた。それは先ほど、クラウドとの一瞬の触れ合いで熱さを感じた箇所である。 そこには…。 「これは…―――」 ―――――――そこにもやはり、火傷の跡のようなものが出来ていた。
|