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「その阿呆面は言っていた。白い部屋を見て"良い部屋だ"と。窓際の植木を見て"良い趣味だ"と。それからベットを見てこう言った…"抱いてくれ"と」 「……」 「俺は躊躇い無く阿呆面と関係を持ち、暫く恋人の振りをし続けた。だがこれほどおかしいことも無いだろう。何故俺は、そんなろくでもない阿呆面とセックスをしなければならない?俺は"あいつ"の生身に触れたことすらなかったのに、何故だ?」 愛する人間には触れられず、愛してもいない人間には嫌でも触れなくてはならない。 これほどバカな話も無い。 セフィロスはそう言って過去の話を続けたが、先ほどの穏やかな懐かしむ表情はどこかに消え去っており、今はどこか憎憎しげな表情だけが浮かんでいる。 それも当然だろうか、何しろその相手は確かに憎むべき存在なのだから。 「やがて俺は耐え切れなくなった。阿呆面が白い部屋にいることが、あまりにもそぐわない気がしてな。だから俺は――――」 だから、殺した。 大切な人が望んでいた白い部屋で、望んでもいない人間が嬉しそうに笑う姿がどうしても赦せず、セフィロスは手を下したのである。 そうしてセフィロスはとうとうその家を取り壊すと、その家の更に後方に新しい白い家を建てたのだった。それは誰にも汚されていない、"あいつ"が望んだままの白い家である。 …しかし。 今度こそ誰にも汚されずに住もうと思って建てたその家は、あろうことかまたしても穢れてしまったのだ。それはセフィロスに近づく好色な人間の為に汚されたもので、セフィロスはそれに対して当初は嫌気を見せていたものである。何しろ、あの阿呆面の二の舞を作りたくはなかったのだ、当然だろう。 しかしその時セフィロスに近づいてきた人間は、別段誰かを殺めたわけでも何でもなかった。つまり、あの阿呆面と違って"あいつ"を直接傷つけたというような悪行はないわけである。 だからセフィロスは、一つの賭けに出たのだ。 もしもこの人間が、あの時絶対に奪われてはならないと思った"あいつ"のように、自分にとってかけがえのない人間になったとしたら―――――その時は、それを本物としよう、と。 つまり、"あいつ"の身代わりではなく、本当に愛そうと、そう思ったのである。 がしかし、それは呆気なく破られてしまった。といっても別段その人間がどうこうというわけではなく、それはひとえにセフィロスの方に要因があったのだろう。 セフィロスにはやはり、赦せなかったのだ。 白い部屋の中で幸せそうに笑ったりする人間が、"あいつ"ではないという事実が。 「所詮、無理だ。お前"達"には――――――この白い部屋にいる資格がない」 それに、とセフィロスは付け加える。 が、暫くその先を口にしないままにセフィロスはクラウドのことを見つめ続けると、やがて可笑しくて仕方ないというようなふうに笑い出した。それは静かな部屋に低く響き渡る。 そして、次の瞬間。 「―――――クラウド、お前は…あの阿呆面と同じことをしたんだろう?」 ドクン、と心臓が高鳴った。 あまりにも激しすぎて一瞬呼吸困難に陥る。 頭の中が真っ白くなった。 「お…俺、は……」 何か反論しようとするが、なかなか口をついてこない。それよりも急に喉がカラカラになったみたいに口の奥の方が引っ付いて息苦しくなる。 しかし、そんなものをセフィロスが構うはずなどない。何しろセフィロスは今、責めているのだから。 そう、これは確実に…責めているのだ。 「俺が愛したのは"あいつ"だけだった。その他は皆どうでも良い。だからお前が誰をどうしようと俺には全く関係ない、悲しくもない。…だがな、クラウド。お前はあの阿呆面と"同じ事をした"んだ。俺が最愛の人間を奪われたのと同じ方法で、お前は俺の近くにやってきたんだ―――――――言いたい事は分かっているだろう?」 「せ、セフィロス…俺は…」 必死に言葉を口にしようとするのに、やはり上手くはいかない。 喉のせいだけじゃない、これはセフィロスに対しての畏怖感も混じっているせいだ。 しかしクラウドは、例えそれらの障害がなくとも、自分には言い訳などできるはずがないと分かっていた。だからこれはせめてもの行為なのだが、そのせめてもの行為すらままならないのはどうにも苦しい。 セフィロスの言うことは―――――正しい。 そう…それは紛れもない事実だったから、本当は言い訳などできるはずがないのだ。強いて言うなれば、口から出るのは理由くらいである。何故そんなことになったのかというその理由くらいしか述べることは不可能なのだ。 だけれど、その理由に"愛している"とか"好き"とか、そんなものは通じないと分かっている。何故ならセフィロスは、"あいつ"という人物以外には愛情など微塵も持っていないからだ。だからこそ愛などというのは理由にならないし、だとすれば言える理由などは何一つなくなってしまう…即ち、どんな言葉も無意味になってしまうのである。 でも、それでも何かは言わねばならない。 何かは。 何か―――――――――…… 「お…俺は…羨ましかったんだ。…いや、羨ましいとかじゃなくて…多分、恨んでた。俺と同じ単なる兵士でしかない奴がセフィロスみたいな人と一緒にいるって知って…俺はそれを恨んでたんだ」 それはセフィロスに出会った頃の話である。 その頃セフィロスは、単なる一般兵と付き合っていた。その一般兵はクラウドと同じ力量しかない兵士で、これといって目立ったふうではない人物だったのだが、それでもセフィロスの傍にいるというだけで彼は一目を置かれていたのである。 彼は、何もないくせにセフィロスという後光を持っている。 しかし自分は? …自分は何も持っていない。 しかしそうした時、ザックスを介してセフィロスに出会うことが出来たクラウドは、彼が持っていた後光を手にいれる術を考えた。 それは、とてもとても簡単な方法。 青く見える隣の芝の、その芝を狩ってしまえば良いだけの話。 「隣の芝生は青いって…そう言うでしょ…?それと同じなんだ。俺は、その芝生の中に入りたかったんだ。俺もそんなふうにセフィロスと―――――」 「隣の芝生か」 言葉を遮って響いたセフィロスの声は、凛としていた。 しかしどこか嫌な雰囲気を持った口調で、次第にそれは表情にも反映されていく。セフィロスの顔はみるみる内に奇妙に歪み、やがてクラウドを青ざめさせた。 単なる例えとして使った言葉が、逆にクラウドを追い込んでいく。 隣の芝生というその言葉が。 「―――――クラウド、お前は知っているじゃないか。この家から兵舎まで続く道には、廃墟に紛れて僅かな緑があるだろう。隣の芝生は常に青い、そうじゃないか?」 「な…っ」 「あの廃墟は、かつての白い家だ」 「…!!」 ―――――――――あれは、あの廃墟は…。 クラウドはふと、先ほどのセフィロスの話を思い出した。 そうだ、セフィロスは確かに語っていたのだ。 初めに建てた白い家は取り壊し、その家の"更に後方に"新しい白い家を建てたのだ、と。そして"阿呆面は殺した"のだと。 じゃあ…殺した死骸はどこにいった?愛した死骸は? 死骸は―――――……。 「クラウド、知っているか?…人間というのは、良い肥しになるそうだ」 「な…っ!じゃ、じゃあ…!」 驚いたクラウドの瞳に、セフィロスの歪んだ表情が映る。 綺麗であれば綺麗であるほど鋭く残酷に見える、そんな表情が。 「隣の芝生が青いことを恨んでいたんだろう?だったら俺がそれをくれてやる。一生、青い芝生の中にいられるように…それが望みだろう、クラウド?」 「ち、違う!俺は…!」 「何が違う?お前はその為だけに人を殺したんだろう。そうして俺に近づいた。だが残念なことにな、クラウド。お前にも似合いはしないんだ、この白い部屋は…な」 「セフィロス…!」 ドクン、ドクン… 心臓が高鳴る。 この白い家から兵舎までは歩いて30分ほどある。そこまでの道脇には、廃墟の残骸と僅かな緑があり、それはいつも奇妙な取り合わせだと思っていた。何だかミスマッチで、嫌な気持ちになる取り合わせだと。 しかしそれも当然だったのだ、だってこれは仕組まれたものだったのだから。 緑の生えるはずのないところに、突然"肥しが埋められた"のだ。だからそこには緑が生えたのである。その肥しは、生前は常に青い芝生に憧れていて、それを欲して廃墟になる前の建物に足を運んでいた。しかし、死なば諸共…結局は憧れた白い家と共に土に帰ってしまったのである。 「俺は、俺はっ!こんなつもりじゃ…!」 クラウドは頭を振り乱してそう叫んだ。 その声は静かな部屋に反芻し、セフィロスの耳にまで届く。しかしそれだからといってセフィロスの表情が変わることはない。 ああ…そうだった。 いつも―――――――――いつも、あの30分の距離を恨んでいたのだ。 やっと青い芝生の中に入る事が出来たと思って幸せに思った日のことを、クラウドははっきりと覚えている。 セフィロスに招かれたのは白い部屋で、その部屋の窓脇には植木が置かれていた。大きな白いベットには白いシーツが敷かれており、初めて訪れたその日にクラウドはセフィロスに抱かれたのである。 その時も、クラウドは幸せだった。 これでやっと自分は何かを手にいれたのだと、セフィロスを手にいれたのだと、そう思ってとても幸せだった。ある人物からセフィロスを"奪った"甲斐があったと、心底クラウドはそう思ったものである。 しかし、幸せはそう長くは続かなかった。 当初クラウドが幸せだと感じたものは全て、幸せの"象徴"でしかないと思い知ったのである。この白い部屋も、植木も、二人で眠るベットも、結局は第三者が見て幸せそうだと思い描くものでしかなく、実際は幸せそのものではないと実感したのだ。 何故ならば、セフィロスはいつも誰か別の人間を見ていたから。 白い部屋を汚すようなことや、白いベットを汚すようなこと、それから植木の位置などを変えることすらセフィロスは嫌悪していたし、帰宅時間に関してもセフィロスは何かと不満に思っているように感じた。最初それはセフィロスの性格なのだろうと思ったが、一緒に過ごしていくうちにそれはどうやら違うということに気づいたのである。 セフィロスのそれは、執着だったのだ。 こうして欲しい、という願いではなく、それは既に、こうしなければならない、という粋のものだったのである。それはつまり、セフィロスの執着するとおりにしなければならないという事であり、その裏には、その執着が始まった理由が浮き彫りにされていた。 かつて愛した人が拘ったものだから、セフィロスはそれを崩したくない。 それをクラウドに求めることはつまり、愛情はクラウドには注がれていないという事。 それに気づいてからは、あの白い家は幸せなどではなくなってしまった。 あの白い家…セフィロスが誰か違う人を愛している証拠であるあの家に行くまでの30分の距離は、最終的に恨めしいものでしかなくなってしまったのである。だって、もしセフィロスがもう既に違う誰かを愛していないとしたら、わざわざその白い家になど住まなくても良いのである。 30分の距離、あの道脇…あれはずっと、嫌気の対象だったけれど。 しかし今それは、違う意味で嫌気の対象となってしまった。 今度は自分の身を案じなければならないという、巨大な嫌気の対象に。 あの道脇にある廃墟は――――――今迄セフィロスが建てては壊した白い家。 あの道脇にある緑は――――――今迄セフィロスが抱いては捨てた人間。 「俺はあんなものになりたい訳じゃない…っ!」 セフィロスは、またあの距離を長くさせるつもりなのだろう。 今ここにある白い家を廃墟にし、新しい緑を作るつもりなのだ。 …クラウドという名の肥しを敷いて。 「何を言うんだ、クラウド。この家はお前の為に建ててやったんだぞ。しかもだ、お前が殺した男だって数メートル手前の土の中に埋めてやった。俺がわざわざそうしてやったんだ。それをお前は…随分と我侭なことを言う」 「何で…っ!どうしてなんだよ、セフィロス。俺は、俺は…セフィロスが好きだった人みたいにはなれないの?その人みたいになれたら、俺は…!」 ほぼ縋るような気持ちでそういったクラウドは、それがいかに馬鹿げた台詞であるかを理解していながらも止める事が出来なかった。 これまで何人の人間がセフィロスに近づいたのだろうか。およそ30分の距離が埋まるほど、それくらいの人間がセフィロスに近づいては消えていったのである。それほどの数の人間が出来なかったことを、自分に出来るはずがない。それは分かっている。 だからこれは、どう考えても愚問なのだ。 クラウドの為に建てたといったこの家が白いことだって、既にそれを証明しているのに。 そんな無謀ともいえる台詞を口にしたクラウドに、セフィロスは小刻みに笑いを漏らした。そうしてふとベットに手をつくと、 「俺の傍にいて良いのは、常に一人だ」 そんなことを言う。 クラウドはその言葉に一瞬はっとしたが、そうした次の瞬間には悲鳴を上げていた。それは開いた窓の向こうに響き渡るような、絶叫。 セフィロスは―――――――――ベットを置いた手に力を込めた。 そうして、ベットのマット部分を思い切り勢い良く持ち上げる。 そこには――――――…… かつてセフィロスが愛した人間が、腐ったままで眠っていた。 隣の芝生は青いんだ。 脇を見ては、羨望の目を突きつけてた。 俺には無いものを持ってる。俺には出来ないことをやってる。 それが羨ましくて…ううん、違う。羨ましいなんて温いものなんかじゃないんだろう。況してや妬みなんかでもなく、それはきっと恨みなんだ。 恨み。 俺は恨んでた。 隣の芝生の青さを、恨んでた。 その青い芝生が、本当に幸せかどうかさえも知らないままに。 END |