青い芝生 隣の芝生は青いんだ。 脇を見ては、羨望の目を突きつけてた。 俺には無いものを持ってる。俺には出来ないことをやってる。 それが羨ましくて…ううん、違う。羨ましいなんて温いものなんかじゃないんだろう。況してや妬みなんかでもなく、それはきっと恨みなんだ。 恨み。 俺は恨んでた。 隣の芝生の青さを、恨んでた。 一つのベットに隣り合って眠る。 窓際には小さな植木があり、それを毎日眺めながら談話に花を咲かせる。 白い部屋には陰り一つ無くまるで純白のイメージ。 ―――――――それは一見して幸せの象徴のように見える。 愛し合っている二人が暮らす、とても平和な部屋のように見える。いや、実際それは誰かの目には確定的にそう映っているのだろうが、果たしてそれが事実かどうかはまた別の問題だろう。 例えばその風景の中にいる二人の人間の心の中には、それぞれ違うことが渦巻いているかもしれない。そうとなればその風景は、単なる固定観念の縮図ということになる。 多分、本当のことなど誰も知りやしないのだ。 "どれ"が本当なのかなんて。 「もう行くのか?」 ふとそう問われて、クラウドは顔を上げた。 そこにはセフィロスの姿があり、その姿は先ほどまでの様子を想起させるふうに乱雑である。上半身に羽織ったシャツはその人らしくなく皴が寄っており、下半身を覆うものは服ではなく過剰に大きいバスタオルだけだ。 クラウドはそっと笑うと、うん、と頷く。そして、その説明をするかのように一言を付け加えた。 「もう行くよ、だって俺はいつもこの時間に帰ってるから。そうでしょ、セフィロス?」 「…ああ、そうだったか」 そう言われたセフィロスは壁にかかった大きな時計を見やりながらそんなふうに呟く。そして少し考えるふうにして黙り込むと、それがようやく解けた後にクラウドに笑いかけた。しかしその笑みはあまりにも微妙なもので、それに対して笑顔を返すなどということはクラウドには到底出来ないことである。 考え込んで黙り込んで…その後の笑み。 そんなものは不吉でしかない。 「じゃあ、また明日」 クラウドはそう言うと、笑顔を返せない代わりに苦笑を返す。 そうして、セフィロスと共にある空間…誰かが見れば確定的に幸せの構図と見えるその部屋を後にした。 セフィロスがプライベートで過ごしている部屋から兵舎までは歩いて30分ほどの距離がある。その間の景色は至ってシンプルで、これといった建物は無い。兵舎は神羅本社ビルからなるべく近い場所という形で建てられたもので、セフィロスも当初はそれにごく近い場所に住んでいた。しかし数年前、セフィロスは何を思ったのだか神羅が割り当てた棲家を捨て個人的な住処を見つけたのである。それがあの家だ。 あの家は、神羅が割り当てたものではないから兵舎とは少し離れた場所に位置している。普通であれば繁華の方面に家を探すのだろうがセフィロスは何故かそれをせず、街とは反対側の寂れた景色の中に家を構え、それ以降ずっとそこで過ごしていた。 滅多に人も通らぬ寂れた道。 その道の両脇にあるのは、廃墟の残骸と、それから少しばかりの緑である。 まるで正反対のその二つが存在していることはどこか心をソワソワさせたが、それでも何度か通れば慣れてしまう。だからクラウドも既にそれには慣れていたのだが、ただ一つ、そのちぐはぐな景色とは別の部分で、どうしても消えないソワソワ感を抱えていた。 この道を通るとき、いつも思う。 ソワソワとした心の中で、いつも考える。 「あんな家…」 ―――――――あんな家、最低だ。 歩を早めながら呟いたクラウドは、先ほどのセフィロスの事を思い返していた。先ほどの、というのは帰り際のセフィロスの事である。 あの、少し考えるふうにして黙り込んだセフィロスの事。 セフィロスがあんな仕草を見せる前までは、クラウドは確かに幸せだった。誰かが確定的に思い描く幸せの構図と変わらない、そんな中に存在していたのである。がしかし、あのセフィロスの仕草を見た瞬間に全てはまるで幸せではなくなってしまった。 いつも、そう。 ちょっとした事で幸せは消えていってしまう。 そうして兵舎に帰るまでのこの道で、消えた幸せについてを考える。 だからこそ、この寂れた道自体にソワソワしなくても、この道を通る時には自然とソワソワしているのだ。 クラウドは、いつも決まった時間に兵舎に帰る。 それはずっと破られたことのないクラウドの中でのルールのようなもので、セフィロスと付き合ってからこの方ずっと守られてきたものだった。それは当然、一緒にいるセフィロスとて知り得ている事実なのだが、それでもセフィロスは時折あんなふうに「もう帰るのか」などと言う。もしそれが気持ちの上での言葉なら…まだ帰って欲しくないから、というのであれば頷けるのだろうが、それにしたってクラウドは今までずっとルールを守ってきたのである。そこからすればセフィロスだって分かっているはずなのだ、例え帰って欲しくないと言ったところでクラウドは帰るだろう、という事くらいは。 要するに、本来ならそんな言葉など出てくるはずがないのである。 それが、セフィロスの口から出てしまったのだ。 ―――――――理由は…分かっている。 クラウドは更に歩を早めると、まるで逃げ出すように兵舎までの道のりを進んだ。 道脇では廃墟の残骸と緑が妙なコントラストを作り出しており、それが流れるようにクラウドの視界を横切っていく。 「……っ」 理由は知っているけど―――――――認めたくは無い。 あの白い部屋。 あの窓際の植木。 二人で語り合う時間。 一つになって眠りあうベット。 まるで幸せそのもののようなそれらを頭に思い浮かべてはすっとかき消していく。それはいわば幸せをかき消す行為で、本来ならばそんなふうにするのは厭だった。がしかし、今はその幸せの構図を思い描き続けることのほうが随分と厭な気分になる。 だって――――……、 「…どうして、こんな道…っ」 どうして自分はこんな道を走っているのだろう。 どうしてこんな道を走る羽目になったのだろう。 そんな事ですら、恨めしい。 翌日の午後、クラウドはザックスから呼び出されある場所に向かった。 それは何でもない、単なる兵舎の門の前である。 そんな味気もない所で待ち合わせをするなんて一体どんな用件なんだろうか、クラウドはそう思いながらもザックスとの待ち合わせ場所に向かい、そうして既にそこに待機していたザックスに軽い挨拶をくれる。 「ごめん、お待たせ」 そう言っている割には悪びれた様子もないクラウドは、早速というように呼び出しの理由などをザックスに問う。そもそもそこが不透明だから「ごめん」にも感情が込められないのだ。 しかしそんなクラウドを気にするふうでもないザックスは、クラウドに促されたままに理由などを告げる。つまり、用件である。 「いや、何かちょっと不穏な話を聞いちまったもんだから。一応確認しておこっかなと思って」 「不穏な話?」 何だろう。しかも確認だなんて自分と関係あるのだろうか。 全く分かっていないクラウドは首を傾げそう反芻する。 「そう、不穏な…っていうかまあ、俺にとっては不穏っていうか。とにかくさ、ちょっと小耳に挟んだわけよ。その…お前とセフィロスの事」 「え…―――ああ、うん」 「お前、本当にあの人と付き合ってんのか?」 「まあ」 歯切れの悪い返事をしたクラウドは、そうした後すぐに、それがどうかしたの、と質問を繰り出す。できればこの話題はあまり触れたくない、そう思ったからだ。 セフィロスとの出会いを考えると、ザックスはあまりにも重要な人物である。 何しろザックスと知り合ったことでセフィロスとも知り合えたのだから、そういう点からすればザックスを介さないままにセフィロスと懇意になりすぎた事は少しばかり罰が悪いことなのだ。 だから、クラウドはザックスに対しずっとその事実を隠してきた。 いつの間にか示し合わせて二人きりで会うようになったことも、それからあの白い部屋に行くほどの仲になったことも。 しかし、長らく黙ってきたその事実は、とうとうザックスの耳にも入り込んでしまったらしい。まあ相手がセフィロスほどの大物となると、いつかはこうして漏れてしまうのじゃないかとは思っていたのだ。ただ、それが少しでも遅れれば良いと、そんなふうに思っていただけで。 ザックスは「やっぱり本当なのか」と"確認"をすると、やっとクラウドの質問に答えた。 「実はさ、あの人の浮いた話ってのは過去にも色々あったんだよ。でも、その度に結構揉め事が起こってて…過去あの人と付き合ったって奴は、痛い目みてるんだよな。だからお前はどうなんだろうと思って」 そう語るザックスは、本当に心配そうな顔をしている。 どうやら、過去セフィロスと付き合った人間というのは、余程痛い目にあったのだろう。そしてザックスはきっとその内容を知っているのに違いない。だからそんなに心配そうな顔をするのだ。 しかしクラウドには、その痛い目というのがどのようなものなのか分からない。 今のところそういった事実はないし、二人の仲は至って良好…であるはずだ。ただクラウドの心の中ではちょっとした引っ掛かりがあって、強いて言えばそれだけが気がかりであるという具合…但しこれはクラウドの心の中だけの気がかりであって、セフィロスは何も気づいていないはずである。 「俺は…大丈夫だよ」 クラウドは結局そう答えると、気にしないで、と続けた。 自分の中の気がかりはあるものの、これ以上ザックスに色々な事が知れてしまったらばそれこそ気がかりが増えてしまう。 そう思っていたクラウドの目の前では、どこか腑に落ちない顔をしたザックスが立っていた。しかしザックスは、その表情とは裏腹に「そうだよな」という言葉を放つ。 「ごめんな、ちょっと気になっただけだからさ」 「ううん、別に良いよ」 首を横に振るクラウドに、ザックスは少しだけ表情を緩める。決して笑っているわけではないが、それでも少しだけ緊張を解いたような顔。 「じゃ…俺の話はこれだけだから」 じゃあな、呼び出して悪かったな、そう言ったザックスは、軽く手を上げて兵舎の門の前から立ち去ろうと背を向けた。 クラウドは暫くその背を見つめたままその場に立ち尽くしていたが、それが消えてしまいそうになった瞬間、何故か声を張り上げる。 それは無意識の行動だった。 「ザックス!待って!!」 その声が響くと同時に、クラウドの視界の中で小さくなっていたザックスがすっと振り返る。その姿はあまりにも小さかったが、それでも表情に驚きが浮かんでいるのが良く分かった。 きっとザックスには予測できなかったのだろう、呼び止められるなどとは。 いや、クラウドにもそれは予測できない事だったのだ、当然だろうか。 そうして呼び止めてしまった瞬間にクラウドは、自分の持つ気がかりが既に限界に差し掛かっていることを悟った。ザックスには語るまいと思っていた心の中の気がかりは、ザックスの仄めかした言葉によって爆発してしまったのだろう。 そうじゃなければ、こんなことは聞きもしなかったはずだ。 絶対に。 「ザックス…痛い目って、どんな事が起こったの?」 やがて門の前に戻ってきたザックスに向かって、クラウドは放ったのはその一言だった。 あの人は、不思議な人なんだ。 まるで何にも興味を示さない表層を持ちながら、心の中では酷い執着心を持ってる。 あの人は、大抵の人間を厭悪してる。 けど…本当に好きな人間だけは、絶対に手放したくないと思ってるんだ。 ―――――それで? 昔、あの人には本当に手放したくない人間が一人いたんだ。 でもその人は、あの人の手から離れていった。…いや、離されてしまったんだ。 だからだよ。 だからあの人と付き合った人間は、大抵痛い目に遭う。 いや、痛い目どころの話じゃないかな。 あいつらは、どっか行っちまったんだから。 ―――――それって…。 そうだ。 つまりこれは、執着心による恨みだ。 |