ただ一度だけの永遠
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「なんで・・・」
呟く声には力がない。
「だって、約束したのに・・・」
まだ彼が、自分では適わない力に支配されてしまったかのように優しさを失う前の話。
二人だけのあの海で、約束した。
――何があっても、守る・・・。
小さい囁きに似た、真摯な声の約束だったのに。
なのに彼は、平然と自分に刃を向けて、その上で笑った。
守る――そう言ってくれたその人が、自分を殺そうとしている。
恐怖は全身に行き渡り、意味も判らないままに親友から借りた剣を振り回した。
深く腹に突き刺さった刃に、彼は驚きの表情で・・・。
「何故・・お前が・・・・・・」
そう呟いて、魔晄の中に落ちていった。
今はもう遠い、記憶の向こうの話。
目覚めて最初に思うのが、その記憶の信憑性だ。
混濁した記憶の中では、何が正しいのか自分でも理解出来ない。
ただ、過去を話す度に歪むティファの表情だけが、自分の記憶が偽りであると言っているようで、何故か――辛い。
そんな中、時折自分の中に直接響くかのような声が、印象的だ。
――北へ。
声はそう、自分を誘ってでもいるように思えた。
「さってと、今日はこの辺で野宿かぁ?」
辺りが暗くなってきた草原の真ん中で、水場が近くにないことを不安に思いながらその声に賛成する。 闇雲に動き回ることが吉だとは思えない。
ただでさえ、一人を犠牲にして成り立っている。
今後は注意深く進まなくては。
悪魔は自分の中に潜んでいる。
それは判っていたが、だからといって、このまま過ごすことは出来ない。
いや、過ごすことは出来ないと思っているだけなのかもしれない。
実際に自分がどう思っているかなんて、記憶すらあやふやな今の状態でどうとも言えないではないか。
それとも――自分はどこかで正義というものを固くなに定義して、自分達の行動が正しいものだと信じているとでも言うのだろうか?
――北へ。
時折聞こえる声だけが、自分の道を決めている。
まるで操られてでもいるように・・・。
「今日はちょっと疲れたから、一人で先に休んでも良いかな?」
食事の準備に余念のないティファに言えば、心配そうに声をかけられて「気をつけるように」との駄目押し。
気をつけていても、病を得るときは得るものだ。
思いながら、一人用のテントに入って、早々に横になった。
暗闇は、何時だって安らぎをくれる。
二人で過ごしたコンパートメントの部屋。
ダブルベッドでもまだ狭いと思ったのは、多分、セフィロスが自分を抱きしめるように眠るからだ。
『そろそろキングサイズに変えるか・・・』
ベッドから落ちて目が醒めるという凶事が10回目に襲った朝、セフィロスはそう言って、ダブルのベッドを眺めた。
『手狭とは思ってはいたが・・・密着する言い訳には良いと思ったんだが・・・』
真面目に言うことではないな、と思いつつも、笑ってキングサイズをねだる。
『判った、今日中に手配しよう』
ついでに、独身者用のコンパートメントから、ファミリータイプのコンパートメントに移りたいとも思ったが、ここはセフィロスが幼い頃から使っている部屋でもあるらしいので、強くは言えなかった。
『さて、食事にしようか・・・』
振り向いた顔は、寝起きで多少むくんでいて、頭も寝癖でぼさぼさだったが、元からある整った美貌やら鋭いと勘違いされる眼光を損ねはしなかった。
そんな眼差しに吸い込まれるように、見慣れたパーツが近付いて・・・。
「またか・・・」
ありもしないはずの記憶が、時折夢として浮かぶ。
夢の中で自分は、セフィロスと愛を交わし一緒に暮らしている。
惜しげなく与えられる優しさ。夢を見ている自分が照れてしまう程の甘さ。
けれど、夢を見る度に体中が騒ぐのだ。
あれは事実なのだと。
間違いなく、自分はセフィロスに愛されていた。
そう、体が言っている。思考はそれを否定しているのに。
そうだ、自分のセフィロスとの間柄は、仕事を組んで行うだけの仕事仲間。
それだけだったはずだ。
ソルジャー1stに上がった時に、セフィロスとの任務を言い渡された。
以来、気まぐれかセフィロスの指定で何度も組んで仕事をするようになった。
おちゃらけて同行の兵士に冗談をしかける度、あきれて言葉を濁したセフィロスを思い出す。
『それくらいにしておけ。・・・が困ってるだろう?』
・・・?
名前のはずのそこが、思い出せない。
『お前がそんなだから、・・・が何時も苦労している』
『そんなことないって! これだからセフィロスの旦那は』
『旦那?』
『だろう? 何、その目? 駄目だよ、恋する男の目には、俺は敏感だからさ』
笑ってそう言った自分に、セフィロスは・・・。
駄目だ、思い出せない。
あの頃のセフィロスは、誰かを自分のコンパートメントに住まわせ、恥ずかしげもなくその相手を「愛している」と言い切っていた。
「可愛くて」「純情で」「優しい奴」という評価を貰った人間が一体誰なのか、記憶の中からはその部分だけが綺麗に切り取られたようになくなっている。
誰だったのだろうか?
思い出そうとすればする程、記憶が薄れて遠くなる。
もうこれ以上記憶を探るのは不可能だ。
思って、布団にしては固いそれから抜け出した。
北へ――。
仲間に告げたこの言葉通りに北へ向かう。
北。
寒い。
だが、その北の果てが終着点であることが、判る。
そこにはきっと、自分の切り取られた記憶が待っている。
そして――セフィロスが。
予感は北に近付くごとに確信に変わる。
声の聞こえる頻度が、高くなっていた。
――北へ・・・。
早く来いと告げている声。
そして、それを忠実に守ろうとする自分。
「ちょっと待ってくれ、クラウド!」
背後からの声。
吹雪に視界を奪われた中で、バレットが手を振っていた。
少し戻る。
「どうした?」
尋ねると、その後ろにユフィの茶色い頭が見えた。地面に座り込んでいる。
「どうしたんだ?」
「足を――ね」
答えたのはティファ。ユフィの足を押さえた布とティファの白い手は、赤く染まっていた。
「怪我をしたのか?」
「うん。ごめん。ちょっと余所見してたら・・・」
「いや、この視界じゃ仕方ない」
自分の姿さえ、まともに見える状態じゃない。
「傷の様子はどうなんだ? 進めそうか?」
「それが・・・血が止まらないのよ。止血はしてるんだけど・・・」
魔法でどうにかなる傷ではないのか。
そういえば、ケアルは大量出血を止めるだけの力はなかったか。
「近くになにか、この吹雪から非難出来るような場所はないかしら?」
辺りを見回すティファだが、この悪天候の中、辺りの様子が見えるはずもない。
「仕方ないな・・・とりあえず緊急措置として、どこか休める場所を探そう」
クラウドはユフィに背を向けてしゃがみこむ。
不思議そうに首を捻るティファとユフィ。
「何?」
「おぶっていく。このままここに残すわけにはいかないし、歩くのは無理だろう?」
「そ、それはそうだけど!」
何故か頬を染めるユフィ。
一体何に恥ずかしがっているのか? と首を捻るユフィに。
「遠慮なくおぶってもらいな」
ユフィの背から手を入れたシドが、クラウドの背にユフィを乗せた。
視界の悪の中を何とか非難できる場所を探して歩く。
「磁石も利かねぇなぁ・・・」
ぼやくシドの口には、煙草がくわえられてはいたが、火はついていない。つけても直ぐに消えてしまうからだ。
「ね、あれ、見て!」
クラウドの前を先導するように歩いていたティファが声を上げる。
「あれ、かまくらじゃない?」
「え?」
遠く、掠れる視界の中で、ようやっと視認できる丸い雪山。
「そうだな・・・」
嬉しげに走り去るティファの後姿を見つめて。
「大丈夫か?」
背後に声をかける。
先程から背中が熱い。どうやら傷から発熱しているようだ。
「ケアル・・・」
もう何度目か判らない、効いているかどうかも判らない魔法を気慰めにかけて、かまくらに足を向ける。
かまくらの中には――。
「へへへ、食料ゲット〜!」
振り向いて笑うティファの前に、猪だか何だかの死骸が横たわっていた。
パチパチとはぜる火は、ファイアの魔法で起こしたもの。多少の湿気には負けないだけの火力の強さが、今はとてもありがたい。
「少し安めよ」
湯気の立つカップを渡されて、受け取る。
中は――ミルクだった。
「どこで調達したんだ?」
「さぁ?」
首を捻って隣に座ったバレットは、そんなことは気にならないように、ぐい、とカップを傾ける。
豪快な男だとは前々から思っていたが、実は豪快というよりも無頓着なのかもしれない。
自分もカップを口に運びながら、匂いで飲めると判断する。
「疲れただろ? ずっとケアル唱えてたもんなぁ」
「それ程でもない。大体、あのケアルはユフィの怪我には無効だろう?」
「そうでもなかったみたいだ。案外と元気そうにしてる。「ありがとう」だとよ」
「ああ・・・」
礼を改めて言われるようなことはしていない。戦闘に入れば誰かしらが回復を請け負ってくれているし、自分だって何も考えずに回復魔法を唱える。
それに――そうしろと誰かに教えられた。
誰だったか?
「とにかく、それ飲んだらちょっと寝ろよ。見張りは俺がするから」
「バレットだって疲れてるだろう?」
「お前程じゃないし、俺はMPは健在だからな。精神値が0に近い状態で敵にあたってみろ、お前の回復魔法に頼ってる俺達は直ぐに全滅だ」
「そうかな・・・」
「だって。だから、寝ろ! な?」
ぐい、と頭を引き寄せられ、筋肉の詰った肩に頭を乗せられる。
汗臭い。
思ったが、誰かに寄りかかれば途端に疲労が眠気を誘発する。
「直ぐに・・・起こせ・・・」
言うだけ言って、目を閉じた。
『戦闘の基本は、敵を倒すことじゃない』
セフィロスが言った。
『生きることだ。それを忘れるな・・・クラウド』
明日は任務に出る。危険な任務だ。
夜、二人きりでキングサイズに変わったベッドに横たわって、顔を寄せ合ってそんな話をしていた。
『大丈夫。俺は死なない。セフィロスが生きている限り・・・』
『お前は優しすぎる。それを自覚した方が良い』
心配そうな視線が、ひたすらクラウドを気遣っている。
安心させるように微笑んで。
『大丈夫。絶対に大丈夫だから』
その時は、そんな日々が永遠に続くと思っていた。
この時、クラウドの心にあったのは、任務に向かう先がニブルヘイムであるということだけだった。
生まれ故郷。そして、大好きだった女性。
彼女は自分を覚えているだろうか?
幼い自分のコンプレックスから、話をしたこともないのに呼び出したクラウドに、何も言うことなく応じてくれた優しい彼女。
彼女が好きだったから、ソルジャーになろうと思った。
だけど、神羅に来て夢が破れて――その見返りのように、セフィロスを手に入れた。
出来るなら、彼女に会わない方が良い。
素性を隠して行こう。
決意したクラウドを、セフィロスの腕が抱きしめていた――。
まただ・・・。
ぽっかりと目を開けたかまくらの中、火の消えた暗い空間でクラウドはぼんやりとしていた。
何故、こんなありもしない事実が夢となって現れるのだろう。
これが、細胞に刻まれた記憶だとでも言うのだろうか?
枕になってくれたバレットに視線で礼を告げ、一人かまくらを出る。
吹雪に包まれた周囲は相変わらず視界を奪っていたが、歩けない程ではない。
少し歩いて進んだところで、遠く山が見えた。
あそこだ。
目的地を視認する。
あそこが全ての終着点でもある。
そして、もしかして出発点でもあるのかもしれない。
「行くのか?」
背後から聞こえた声。振り向かずに、クラウドは頷いた。
「二派に別れていく。ユフィはゆっくりと後から来ると良い」
傷は塞がったものの、まだ本調子ではないユフィを気遣い、治療に長けたティファと護衛としてバレットとレッド13を残す。
「俺達は先に行って、事態を食い止める」
先に進んで行く者と後から続く者。
クラウドはもう後ろを見ない。振り返っている暇はなかった。
早く。
声が、急かす。
――北へ。
険しい山を登り、時折体温を上げる為に立ち止まって走る。
上りきった頂上から見えるのは、巨大なクレーター。
ここが、ジェノバの落ちた地。
「行くか・・・」
低く呟いたヴィンセントの声を合図に、飛び降りた。
『ここは、お前の故郷だそうだな』
搬送車を降りて村の入り口に差し掛かったとき、セフィロスに聞かれた。
『はい・・・』
『お前には故郷も、両親の記憶もあるのか。俺には、ない』
そう言ったセフィロスの表情は、無表情だった。
恐かった。
それまで一度として、クラウドをそんな得体の知れない目で見たことはなかったのに。
何時も向けられる視線は、慈しむような、愛情溢れるそれで――。
『行こうか・・・』
側にいたザックスが、クラウドを背を叩く。
『恐がる必要はないだろ? あれはお前に恋する男なんだから』
言ったザックスの声も、不審に歪んでいたのを思い出す。
そうだ――ザックス。
クラス1stのソルジャーで、クラウドの身分や年齢を超えた親友。
ずっと優しくしてもらっていた。セフィロスと共に過ごす代価としてクラウドに課せられたあらゆる問題を、さりげなくフォローしてくれた、優しい男だった。
忘れていた・・・。
何故だろう。
だけど今、操られた記憶や変えられた体のことを、こうも自覚出来る。
見上げる、かつて自分の全てだった人間――セフィロス。
姿を結晶に隠し、じっと深く目を閉じている。
体が、勝手に、引き寄せられる。
「クラウド?」
背後の声が、クラウドの奇行とも取れる行動を戒めている。
けれど。
「ごめん・・・」
低い呟きは聞こえただろうか?
仲間を振り切ってすら、あそこにいかなくてはならない。
だって彼は――クラウドの全てだったのだから。
あの日、あの時、クラウドが、刃を向けてしまったあの時まで。
「ナンバー・・・下さい・・・」
言いながら、結晶に。
――セフィロス・・・望んだ通りに・・・。
北へと呼びかける声は、常にセフィロスから発されていた。
――もう、二度と・・・。
刃を向けたりはしない。
だから。
望む気持ちは、セフィロスに届いたのか。
迎えられた結晶の中で、暫く見ることもかなわなかった美貌を見る。
変わっていない。
それが嬉しくて、悲しくて――。
側に寄り添おうとした途端に・・・。
結晶は崩れ、再びクラウドはセフィロスは、互いの間を分かたれることとなる。
END
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