星の螺旋

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前編

 

 

 

還りたい…還りたい…

 

 

 

分厚い書籍の並ぶ棚が、部屋中を覆っていた。

それは所々埃をかぶっていたが、それでも高価な書物だと解る。

明かりがついているかどうかという暗がりの中で、低く男の声が響いた。

「君の推薦した奴は失敗だ」

抑揚の無い声は、内容に反して責めるふうでもない。

「そうか。面白い材料だと思ったのに」

もう一つの声が、笑いを含んでそう答える。

「確かに面白い…材料ではあったな。あいつは失敗だが…まだ望みはある」

「望み?」

そうだ、と抑揚の無い声は肯定し、そして続けた。

「あれには少し…特殊なことを仕込んだ。当初の目的としては失敗だったが、また違う効果があるかもしれん。だがそれは賭けだ。結果が現れるとは限らない。いわば、保険だ」

賭けで保険とはどういう事だ、と声が問う。

そこでやっと抑揚の無かった声に、少しばかりの揺れが現れた。

「全ての終焉に備えての、賭けであり、保険だ」

 

 

 

街は復興の色を見せ始めている。

あの暗黒の戦いが全て嘘だったかのように、人々は笑いを取り戻した。

しかし所々に残る傷や残骸は、それでも記憶を留めるのに十分なものだった。

平穏な日々――――かつては当然のようにあったもの。

今そこに戻ろうともがいているその姿は、戦いの中心を駆け抜けたクラウドにとっては、安堵する情景でもあったし、また落胆する光景でもあった。

「お客さんが来てるわよ、クラウド」

身を寄せているテントで、共に暮らすティファがそう声をかけた。

このテントは復興作業のボランティア団体のもので、住まわせてもらう代わりに力仕事の一部を手伝っている。

勿論、彼らはクラウドがどんな存在なのかを知らない。

「ティファの知ってる奴か?」

「ううん。何でもその…」

言い難そうに、ティファは口ごもった。しかしクラウドが促すと、息を吸い込んでからこう言った。

「神羅時代の…仲間だって」

成程、ティファが言い難そうにしていた訳が分かる。今の状態ではその名前は…というより、あの戦いを思い起こさせる言葉自体、タブーのようになっていたから。

「分かった。行ってくる」

特別な感情を表に出さぬまま、クラウドはただ一言だけそう言った。

 

 

 

テントから数十メートル離れた先に、その男は佇んでいた。

クラウドと同じ金髪で、少し童顔な感じのその男は、確かにクラウドの知った人物だった。

「…久しぶり」

どう声をかけて良いか分からず、何となく声が小さくなる。その声に気付いた男は、クラウドを見るなり泣き出しそうな表情になった。

駆け寄り、その男はクラウドに向かって笑った。

「久しぶりだな、クラウド!」

その笑顔が、過去の情景に溶け込む。

軽い眩暈のような感覚に陥り、クラウドはその視線の先に、今は遠い過去の思い出を見ていた。

 

 

ソルジャーになる為に入った神羅カンパニーでは、数多くのソルジャー候補生である一般兵が生活を共にしていた。

部屋は二人一部屋の割り振りで、クラウドが此処に来てからの同室は「イリド」という男だった。

さすがに同室なだけあってか、大概の事は相談するような間柄にはなっていたが、それでもクラウドには言えないことが1つだけあった。

『セフィロス』

クラウドもイリドも、この英雄と謳われるセフィロスに憧れを抱いてきた。それが目的という訳ではなかったが、ソルジャーになりたいと願う者なら誰しも一度くらいは目にしたいと思う人物である。

しかし実際、神羅のそこで彼を見ることなどは無く、ごく少数を除いた大体の者は、そんなことすら記憶の片隅へと押し込んでいってしまう。

クラウドもその一人だった。

だが、それは唐突にやってきて、クラウドの運命を一転させた。

クラウドにとってのソルジャーとはセフィロスで、その彼と特別な関係を持ち始めていたクラウドにとって最早、自分がソルジャーになるという事に意味などは無かった。

それでも時間は過ぎ、恒例となるソルジャー試験の期日が迫っていた。

「クラウド、ドコ行ってたんだ?」

同室だというのに滅多に顔を合わせなくなっていたイリドは、久しぶりに顔を合わせたクラウドに対して酷く怒りを露にした。

「どこでも良いだろ?訓練は…ちゃんと出てるし」

「そういう問題じゃない!」

少し前まで訓練にさえ顔を出さなくなっていたクラウドは、イリドと教官の説教染みた言葉に押され、何とか訓練にだけは参加するまで回復していた。

それでもクラウドにとっては時間が惜しかった。

訓練をするくらいならば、セフィロスの元に行くほうが何倍も意味があるように思えた。

「訓練に出たから何だ。ちっとも身に入って無いだろう?お前、ソルジャーになる気あんのか」

「……」

自分を思ってそう言ってくれていることくらい承知している。

だが本音を言えば、なる気など無い、という事になってしまう。しかしさすがにその言葉を口にするのは躊躇われた。

それは、今迄ずっと同室だったイリドを裏切る結果になるだろう言葉だったから。

とはいえ、この数ヶ月のクラウドの態度自体がもう既に裏切りであったかもしれない。

苛々とした調子で、イリドは続けた。

「クラウド、毎日毎日、どこに行ってる?」

「関係無い」

「そんな訳に行くかよ!俺は調べたんだぞ、全部!でもお前はいなかった。神羅の外な筈は無いんだ。どこ行ってる?」

そうか、調べたのか、そう呟いて、クラウドは俯いた。

クラウドやイリドのような半人前が出入りできる箇所は限られる。

そこを調べ上げたのだというならば、答えは自然と出てくるものだ。

それは上階の幹部の部屋か、もしくは――――。

「…立入禁止領域、なのか?」

声を抑え、イリドはそう聞いた。

禁止領域とは、幹部階とは別物だった。丁度クラウドの部屋の近くにある廊下の、その突き当たりにある領域。

そこはいつも重厚な鉄扉で閉ざされていて、その先に何があるのかなど、誰一人として知らなかった。

「そうなんだな、クラウド?」

返答の無い様子を肯定とみなして、イリドは念を押すようにそう言う。

「…セフィロスがいるんだ」

「え?」

ボソリとクラウドは呟いた。

「あそこには、セフィロスがいる」

クラウドの言葉が信じられなくて、イリドは目を見開いたまま、

「セフィロスと…会ってるっていうのか」

と、呟きとも質問とも取れぬふうに言葉を漏らした。

禁止領域にいるセフィロスと会うことは、クラウド意外には不可能なことだった。クラウドでさえ、たまたま姿を見かけたというだけの始まりで、その時にセフィロスが声をかけてこなければ、きっと今もソルジャーになることに少しは希望を持っていたかもしれない。

選ばれたという言葉は相応しくないかもしれないが、それでも自分はセフィロスにとって必要な人間なのだとクラウドは思っていた。

それはまた、クラウドにしてみても同じだった。

「…まだ、聞きたいことがあるか?」

そんな言葉をかけると、イリドは押し黙ったまま何も答えを返さなかった。

 

 

 

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