約束の音

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ドクン…

 

ドクン…

 

目の前には、あの人がいる

 

 

たった今さっき、最終段階になったジェノバを倒したばかりだったが、それはそれでまた別の問題だった。

決着を付けたかったのは、そんなものじゃなかったはずだ。

だから今こうして対峙している瞬間―――――これが、本物だろう。

「やっとこの時が来たな、セフィロス」

そっと呟いたクラウドに、セフィロスは何も言いはしなかった。

その姿が実体でないのはとうに分かっている。それでもその姿を見て思う。

やっと約束が守れるんだ、と。

 

 

剣を構える中、クラウドは思い返していた。

この決着の、その意味を。

 

 

 

 

 

 

気持ちに嘘があったわけじゃない。

きっとその気持ちは―――――――いつの間にかこの心に根付いていたんだろう。

同じ時間を過ごすたびに。

振り向けばあった、その温もりの為に。

 

 

 

「決断を―――――――下そう」

その声は静かに響き渡った。それは、大きな木の下で、葉桜が舞う中の出来事。

その言葉の意味は気付いている。

そう言ったセフィロスの背中を見ながら、クラウドは少し笑った。嬉しいわけじゃない。けれど、きっとその決断の内容は予想している、そのものだろう。

どんなに近くにいても、どんなに想っていても、どんなに笑っていても――――その雰囲気は理解していた。

それでも、嘘ではなかったと思う。

セフィロスという人が、一時でも自分を側に置いていてくれた事。そして、そうする中には少しでも気持ちがあったという事。

その気持ちはきっと嘘ではない。

嘘ではないけれど、多分、英雄と呼ばれる人にとってそれは負担だったのだろう。

凛としたその横顔には、甘い笑顔は許されない。

殺伐とした戦場を生き場所としたその背中には、温もりの残る部屋など許されない。

だから―――――。

「そうだね」

クラウドはそっと頷いてその背中に返事を返した。それは少し時間が経った後の事で、その返事を待っていたかのようにセフィロスの言葉は直ぐに続く。

「俺は、壊したくない」

そう言った後、セフィロスはクラウドを振り返った。

その表情は真面目で、とても綺麗な瞳が真っ直ぐに降りかかる。

「お前といると、自分が壊れているのが分かる」

「そう…なんだ」

それは辛辣な言葉だった。

確かに気付いていたから。

どんどんと知らない顔を見せるその人――――それが、本人にとっては許されない事だと。

「正直言ってそういう自分に戸惑う。俺は壊したくない」

「……」

「理解できるな?…“クラウド・ストライフ”」

クラウドは思わずはっとしてセフィロスの顔を見上げた。

それは何だか懐かしくもある響き。

そう親しくなかったその間、セフィロスはクラウドをフルネームで呼んでいた。それは単なる一般兵としての呼称で、今そうセフィロスが口に出すことは、その頃へと逆戻りすることを示していた。

覚悟はしていたけれど―――――――悲しくなる。

あまりに、優しい声音で。

「本気なんだな、セフィロス」

クラウドは何とか笑顔を作り出すと、泣き出しそうな感情をぐっと押し込めた。それから徐に耳から小さなピアスを取り外すと、それをセフィロスに向かって手渡す。

そうされたセフィロスは驚いたような顔でそれを見つめていた。

「セフィロス。これ、持っててくれよ」

「何?」

クラウドは満面の笑みでこう続けた。

葉桜が舞う中で。

「こうでもしないと、何も無くなっちゃうだろう?」

今まで側にいた事実も、そこにあった温もりも、気持ちも――――。

その全てが、消えてしまうから。

それはクラウドの心の中では大切すぎてとても消せはしない事実だったが、それでもセフィロスはきっと別な決断をするのだろう。

その全てを――――きっと。

「どうせセフィロスは…」

呆然としているセフィロスにそのピアスを強引に押し付けると、クラウドは目を閉じた。

その瞼の内側では、今でも鮮明に蘇ってくる。

優しかった笑顔と、優しかった時間と。

そうして思い出した全ての優しさを一気に振り払うと、クラウドはすっと目を開けた。

そして、セフィロスに告げる。

 

「どうせセフィロスは、自分から思い出を消すだろうから――――――」

 

何もかもを。

消してしまうだろうから。

せめてその証に――――そのピアスを。

 

 

それきり去っていったクラウドを、セフィロスは無言で見つめていた。

声が、出せないままに。

手の中には小さなピアスが一つ、握られていた。

 

 

 

絶対に、過去は消せない。

歩いてきた道を、消すことは出来ない。

それは確かにそこに存在していて、それが自分を形成した一つだから。

例え記憶から葬っても、誰かはそれを忘れない。

誰かの記憶の中で、永遠に生きていく過去があるから。

永遠に。

 

 

 

半年が過ぎた頃、クラウドはすっかり元の生活を取り戻していた。

セフィロスと過ごした、それでも少ない期間に身についたものは全て消え去ったかのように、生活は神羅の定める基準通りに過ぎている。

一般兵に関しては起床・就寝時間が定められており、それは結構に早い時間に設定されているせいで正に健全そのものだった。

中にはそれを破りながら乱痴気騒ぎをしている輩もいたが、クラウドの場合は本当に大人しくなってしまった。

心の傷も、原因の一つだったかもしれない。

仲間達の中には、その理由は知らないながらも沈んでいるクラウドに声をかけてくれる者もあったが、それも丁寧に断ったりしている。

どんなに騒いで麻痺させても、いつかは思い出してしまう。

とても大切だった時間を、そしてその人の事を。

そう思うと何をしても意味がないような気がして、一人追い詰められている方がまだマトモなような気がした。

それでも表面上は繕わなくてはならなかったけれど。

ただ、それを曝け出せる人は一人だけいた。

唯一その二人の関係を知っていたザックスだけは、その後のクラウドに優しく声をかけてくれていて、それでも特に強制的に戻るように策を立てるようなこともしなかった。

だから、その時だけは安心して辛い顔を見せられたのである。

けれど、そんなザックスがある日持ってきた話は、クラウドの心を揺らした。

絶対、戻れない。

そう思うのに、気になってしまうような、その話。

「クラウド、この前の話。覚えてるだろ?」

そう言われてドキリとしたものの、何とも思っていないかのような顔でクラウドは笑う。

「何の事?」

本当は気にならないはずがなかった。

けれどそうして気に留めることは、出した答えに反しているような気がする。

「またそうやってシラなんか切って…。覚えてんだろ」

ふう、と溜息を付いたザックスは、クラウドの隣に座り込んでその顔を覗き込んだ。

「セフィロスの話、お前が忘れるはずない」

「……」

答えられなかったが、その話の内容は頭を巡っている。

それは、数日前にザックスがクラウドに話したことで、最近セフィロスの様子がおかしいという内容だった。

ザックスの話によると、最近は大掛かりなミッションが一つあり、それが始まる少し前からその態度はおかしくなったのだという。ミッションの責任者はセフィロスであり、当初はそのストレスのせいだと思っていたザックスだったが、そのミッションが終わった後もその様子は変わらなかったせいで、初めて疑問が生まれたのだ。

もう頭を抱えるようなこともない。

後は普段の仕事をこなせばいいだけの予定だし、それはどうにもおかしい事実だった。

それは今も変わらない。

「俺思うんだけどさ。セフィロス救えんの、お前だけだと思うぜ」

俺が何を言っても様子は変わらないし、そう続けてザックスは溜息をつく。

セフィロスと共に仕事をしているザックスにとってみればそれは、日々目の当たりにする“異常”な事態で、それを見るたびに何か引っかかって仕方がない。

そうする度にクラウドの事が頭を過ぎる。

それはザックスにとって、クラウドに対するアドバイスでもあったし、願いでもあった。全てが上手くいくのは、そうだとしか考えられないのだ。

けれどクラウドは、そういうザックスにただ首を横に振るだけだった。

「俺はセフィロスにとってマイナス要因だから。…行ったら、苦しめるだけだ」

「そんなこと無い。そりゃ今はこういう結果の内にいるけど、一時期は…」

「ムリだよ」

間髪入れず言ったクラウドの言葉は強かった。

クラウドの頭の中には、いつかのセフィロスの言葉があり、それが反響している。

“俺は壊したくない”

確かにセフィロスはそう言った。そして自分はそれを受け入れた。その時点でそれはもう終わったのだ。

その人の為に何かができるという特権も、その時に終わってしまったのだ。

「お前さ、セフィロスの事になると臆病すぎるよな」

やれやれと上体を倒しながらそう言うザックスは、そんなクラウドの心の内もしっかりと理解していた。

その関係が穏やかだった時分から、二人を見守ってきた人間としては大体の所は理解できる。しかもザックスの場合は両者と仲が良かったこともあり、各人の性格も良く分かっていた。

だからこそこうして悩む立場にある。それはザックスにとっては辛い状態だったが、それでも彼は自分の立場について悔いてはいなかった。

「――――――でもさ、クラウド」

少ししてザックスが出した声は、静かなものだった。

ふと目をやった先にあるクラウドの顔。

それを見ながらザックスは少し笑う。

「泣くくらいなら、行けよ」

ザックスの視線の先には、目に涙を溜めたクラウドがいた。

無意識に溜まっていた涙に、クラウドも返すように小さく笑った。

「ありがとう、ザックス」

 

 

迷っている時間は無いんだろう。

きっと。

 

本当はずっと、こうしたかったんだろう。

ずっと。

 

 

ザックスに後押しをされてクラウドが決断をしたのは、それでも少し経った後の事だった。

 

 

 

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