涙の理由

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時々、ふっと涙が流れるときがある。

涙を堪えると、毒だ。

汚い物が身体に溜まって、どんどんと心が圧迫される。

だから、時々せきをきったみたいに、涙が流れるのだろう。

心を綺麗にするために。

時々、そう思う。

 

 

 

セフィロスを待つ部屋の中で、クラウドはそっと涙していた。

その涙には多分、理由などない。

それはクラウド自身分かっていたが、涙はとめどなく溢れた。

セフィロスのいないセフィロスの部屋。そういう空間は、何だか切ない。後もう少しでセフィロスが帰宅すると分かっているけど、それでも今此処にその存在が無く、それでも自分が此処にいることが何だか切なかった。

セフィロスの部屋は、セフィロスの匂いがする。匂いというのは独特のもので、他人の部屋などでは特に際立つことがあったが、しかしセフィロスの部屋で感じるその匂いはそういった違和感を覚えるようなものではなかった。

それはきっと、その匂いがセフィロスを思わせるからなんだろう―――――…。

その匂いの中で、一人きりで、でも寂しくなんかなくて…ただ、クラウドは涙する。

その涙は、セフィロスの帰りを告げるドアの開く音が響いてもまだ止めることは無かった。

 

自宅に帰ってきたセフィロスは、自分の家に他者の存在があることについて驚きもしなかった。何故ならその存在がクラウドだということを彼は重々承知していたからである。

しかしそれでも少し意外だな、と思ったのは、その日が約束の日ではなかったからであったろうか。

とにかくセフィロスは、クラウドがいるのだという事を理解した上でその部屋の奥へと進み出る。そうして―――――その先にいたクラウドの目にした。

「クラウド、来ていたのか」

後姿だけを見てそう声をかけたセフィロスは、クラウドの返事を待たずにコートをぱさりと机の上にやる。それから冷蔵庫を開けると、その中から酒などを出してグラスに注いだ。そうしてからやっとクラウドが腰を下ろしているソファまで歩を進め、クラウドの隣を陣取って座る。

セフィロスはクラウドの隣で、先ほど注いだ酒を煽っていて、クラウドの方など見向きもしなかった。しかしそれは愛情の欠落だとかそういった意味ではなく、そうして側にいることがあまりにも自然であるという証拠といっていい。クラウドの顔を覗き込むようなことをしなくても、そこにクラウドがいるということがセフィロスにとっては変えがたい安堵だったのである。

しかし―――――――――どうやらその日は、それも少し問題であったらしい。

セフィロスはクラウドの顔など見もせずに会話などをし始める。表情はあくまでもどこか違う方向に向けられていて、行動といえば酒を煽るのが忙しいといった感じ。

しかしその隣にいるクラウドといえば―――――――涙していたのだ。

隣に座りあっているのに、この状況。

第三者から見ればまったくもっておかしいこの構図も、彼ら二人の場合なら可能だった。

クラウドも特にセフィロスに何かを告げるようなことはしなかったし、自分が涙しているということについてセフィロスに気づいて欲しいなどという思いも無かった。

だから、ただ静かに涙を流しながら、セフィロスの会話についていく。

「今日の空模様だと、これから降りそうだな」

他愛も無いそんな会話を始めたセフィロスに、クラウドは、

「そうなんだ?」

と普通の返答をしたりする。

空は確かに曇っていて、もうすぐにでも雨が降り出しそうな暗さを表していた。天気予報では、そんなことは一言も言っていなかったというのに。

グラスを揺らしながらテレビなどをつけたセフィロスは、その画面に目をやりながらこんなことを言い出した。

「帰りは大丈夫か。雨が降ったら面倒だろう」

顔も見ずに心配などをするセフィロスを、クラウドは別に責めはしなかった。セフィロスの顔はあくまでテレビ画面にある。テレビ画面ではその時間帯特有のニュースなどをやっていたが、セフィロスは別段そのニュースを真剣に見ているふうではない。

「うん、大丈夫だよ。ちゃんと帰れるよ」

「そうか」

そこで一旦会話が途切れると、その部屋の中にテレビのアナウンサーの声が充満した。特に面白くも無いニュースを真面目に読み上げるアナウンサーの顔を見ながら、セフィロスは相変わらずグラスを揺らしている。しかしそれはつまらないという意思表示ではなく、単なるスタイルだった。

いつもそうだ。

セフィロスはクラウドがいようがいまいが、こうしてテレビをつけ、そのくせ真剣に見ようとなど思っていないままグラスを揺らす。

そういうのが、多分、日常だった。

「ねえ、セフィロス」

まだ流れている涙をそのままに、クラウドはふっとそう声をかける。

「ん?」

「セフィロスはさ、帰ってきていきなり俺がいても驚かないんだね」

「…ああ、特にはな」

「そっか…。――――ありがとね」

何故だかそう感謝の言葉などを口にしたクラウドは、そうした後そっと笑った。涙が流れているのに笑っているだなんてあまり似合わない。けれど涙を止めることはできないし、かといって喜びを表現しないなんてできない。だからそれは妙なことだったが、とても「正しい」態度だった。

その会話はクラウドにとっては感謝の言葉を述べるほどのものであったが、しかしセフィロスにとっては少し違っていた。

だから、セフィロスの口からは自然とこういう言葉が漏れる。

「何故、ありがとうなどと言う?」

それはセフィロスにとって、どうやら至極不可解な態度であったらしい。

セフィロスは―――――――ようやく、クラウドの方を見遣った。

そして。

「な――――…」

その瞬間にセフィロスが言葉を失ったのは言うまでもないことだった。

何しろクラウドの眼からは涙が溢れているのだ。溜まっているだけならまだしも、それは遠慮もなく頬を伝っている。それもそのはず、クラウドはそれを止めようとは思っていなかったし、止めることもできなかったのだから。

その状況はセフィロスにとって驚きを隠せない状況であった。

暫く言葉を失っていたセフィロスがその言葉の続きを口にしたのは、時間が経ったからではない。焦りという感情がセフィロスを支配したからだった。

「どうしたんだ、クラウド。俺は、何か気に障る事をしたか?」

思わず非のありかを突き止めようと、そんな言葉が口をつく。

実際涙を流すと、何かが原因だと思うのは自然なことだ。

だがしかし、セフィロスの目前にいるクラウドには、それは通じなかった。

だって―――…。

「別に、何もしてないよ?」

だって、涙に理由なんて無かったから。

クラウドは確かに涙を流していたが、その涙が流れた理由というのは良く分かっていなかった。多分、理由なんてものは無いんだと思う。ふっと泣きたくなったから涙が流れた、ただそれだけのことなのだ。

しかしそれを説明するのは難しいことである。

「じゃあ何があった?」

追い討ちをかけるようにそう聞かれて、クラウドは困った顔をして笑った。

「何もないよ」

「何も無いって…そんなわけないだろうが」

「えー…でもホントに何も無いんだけど…」

そう言いながらもクラウドは泣いている。泣いているのに、悲しい声ではない。そのギャップが益々セフィロスを混乱させたのは言うまでもなく。

結局セフィロスは、最後にこんなことを言いだした。

「―――――そうか、分かったぞ。何かあったからこそ今日は此処に来たんだな。確かに言いにくかろう。だがそれを言わねばスッキリしないだろう」

完全にクラウドの方に身を向けたセフィロスは、話を聞く体制はバッチリだというふうに真面目な顔をして「で、どうした?」などと言う。しかしそんなセフィロスの前でクラウドは返す言葉もなく首を傾げるしかなかった。

だって本当に何もない。理由なんてない。

 

 

 

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