見上げる空

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こんな落ち着いてベットに寝るなんて久し振りだ。

弾力性のあるベットに沈み込みながら、クラウドはそう思った。

見上げる天井は、まだ二年前のままで、ずっと見てきた梁の間の小さな染みだとか、薄く見える木目だとかが懐かしく思える。幼い頃はその木目の湾曲が何だか変な顔に見えて、薄気持ち悪いと怯えていた頃もあったけれど、そんなことすら、いつの頃からかきにならなくなっていた。

そうなった頃に、俺は強くなるんだ、と思い始めたのかもしれない。

丁度頭の向こうにある窓から、暗い空を見ていつも考えてた。

誰もが認めるような人間に、いつかはなってやるんだって。

例え今は弱くて、仲間に入れて欲しいという事すら口に出せないような人間でも、いつかは絶対に大きくなって、誰にも負けない男になるんだって。

空は暗くて、だけど自然に包まれたニブルヘイムの夜はまだ綺麗で、その景色は今でも心に残っていた。

それを振り返りながら、クラウドはベットの上から開けっ放しのクローゼットを見やる。神羅から与えられた警備服が、丁寧にハンガーにかけられていた。母がかけてくれたのだろう。

何にしても、もう嫌気が差していた。

 

 

 

「クラウド、ミッドガルってどんななの?」

台所で料理の下ごしらえなどをしていた母は、二年経って男らしくなった息子にそんなふうに聞いた。声はハキハキいていて、話すときはいつも笑顔なのが印象的な人で、時々こんな母親を見ながらクラウドは疑問に思っていた。本当に親子なのかな、というふうに。

とても似ているようには見えない。

「賑やかな所だよ」

「そう!そうよねえ、母さんも一生に一度くらいは行ってみたいわ」

「そうかな」

今度の休暇に案内してよ、などという母は、何も知らないように見えた。

賑やかなミッドガル――――誰しもが憧れている“都会”。

だけどそこにあるものの本質なんて、結局は醜いものだとクラウドはこの二年で良く知っていた。憧れは憧れだから綺麗なんだ、そう言ってやりたかったけれど、母親の夢を崩すような事はしたくなかった。

「でもアレよね…やっぱり、アンタは私達の息子なんだなあって、母さんそう思う」

コトコト、と包丁が機械的な音を立て始める中、母はそんなふうに言う。それは少し元気が無いふうにもきこえる。

「どういう意味?」

「ふふ、それはね。…やっぱりアンタもミッドガルを選んだ、って事よ」

「はあ?」

「アンタ、お父さんの事って良く覚えてないでしょ?」

そういえばそうだった。記憶の中には、この明るい母親の顔しかない。父親がどういう人だったか、そんなふうに考えたのも一時期だけのことですっかり抜け落ちていた。

母は、背を向けたまま、何ともないようにこう続ける。

「アンタのお父さんはね、ミッドガルからこのニブルヘイムにやってきたのよ」

「そう…なんだ」

そんな事は知りもしなくて、クラウドは正直驚いた。

二年前クラウドが、春を目前にしたその日に“ミッドガルに出るよ”と宣言した時、母が何だか寂しいような顔をしていたのを覚えている。その時は、独りきりになってしまう事や、息子である自分が離れていく事がそうさせるのだと思っていたけれど、もしかしたらそれは違ったのかもしれない。

その時も母は、ああ、やっぱり、と思っていたのかもしれない。

「何だか悔しいわねえ。やっぱりアンタも同じように選んでくんだもん。歴史って本当に繰り返すのね」

「……ごめん」

おもむろに謝りだしたクラウドに、母は笑った。

「何謝ってるの!良いのよ、気にしなくて。クラウドはクラウドの選んだ道をね、しっかり歩いていけば良いの。ちゃんと信じていけば良いのよ」

「うん」

そう答えたものの、自分自身を信じることの難しさは良く分かっていた。

この二年間に何度、もうやめたいと思ったことか分からない。絶対ソルジャーになるんだと決意したのに、それへの道のりは厳しくて、現実を突きつけられた気分だった。本当ならこのニブルヘイムに帰ってくるときは、立派なソルジャーとして帰ってきたかったのに、それすら叶わなかったのだ。

それでも、その母親の言葉はクラウドの心の中を温かくさせる。

本当に独りで、寂しくて、悔しかったり悲しかったりして涙が溢れそうな時、この母親の笑顔を思い出すと何故だかリラックスできた。それはきっと、母親がこういう人だという事を知っていたこともあるし、どこかで許してくれる人がいるという事に安心感があったからかもしれない。

「…俺、頑張るから!」

そう言って、クラウドは笑った。久々に心から笑顔になれた瞬間だった。

 

 

 

自宅で軽い夕食などを食べた後、クラウドは宿屋に戻った。セフィロスとザックス、それから自分と同じ警備兵の一人が食事を済ませた後の談話などを楽しんでいる。楽しんで、というのには語弊があるかもしれない。何と言っても任務中なのだから。

「どうだった、懐かしの我が家だろ?」

そう聞いてくるザックスに、クラウドは曖昧な返事を返す。

結局あの後は、クラウドの話などをして時間は過ぎてしまった。母親が少し教えてくれた“父親”の事…それはもうその後の会話には出てくることも無く、母はとにかく息子の話を聞きたがった。未だにソルジャーではないという事実は口に出さなかったが、母親は分かっているように笑っていた。それはそうだろう。クラウドの格好を見れば一目瞭然である。警備兵とは神羅兵の中でも一番下なのだから、現実は重いという事を分かっていたはずだ。

それでも、この任務に抜擢された事が、クラウドのせめてもの救いだった。

「芳しくないようだな。まあそんな事もあろうな」

静かにそう言うセフィロスは、足を組みながら食後の一服などを楽しんでいる。

「…でも、来れてよかった」

そう返しながら、クラウドも空いている椅子に腰をかけた。

寝室の隣にある小さな談話室に、神羅の息がかかった兵士が四人―――ニブルヘイムにとっては奇妙な夜だったに違いない。しかしそれは、この場所を故郷に持つクラウドにとってみてもまた、奇妙な事だった。

神羅の人間として、此処にいること。

そして、憧れの的だったその人が、此処にいる事。

まるで夢のような夜だった。

「明日はさ、魔晄炉が見れんだろ?」

落ち着かない様子のザックスがそんな事を言い出す。車で移動する間もマテリアが何だのと落ち着きが無かったが、どうもそういう性格らしく、それはもう周知の事である。

「ああ、そうだ。どこが老朽化してるのかもチェックしろと…まあ、うるさい事に変わりないな」

「どんなんなってるんだろうなあ、何かドキドキすんな」

「…変な奴だな、全く」

少しも笑いもせずにそう言うセフィロスの顔が、ふとクラウドに向けられた。

「お前らは魔晄炉前で警備だ。分かったな?」

「はい」

律儀に答えなどを返してみるものの、心はそれどころではなかった。セフィロスの、強い光を秘めたその目は、見られる度に何かを奪われるような気分にさせる。

きっと、ずっと長い事憧れてたからだ―――そんなふうにクラウドは思っていた。

ザックスを通して、今や少しは話すことも可能になった人だけれど、それでも近い存在とはいえない。まだ、憧れのままといった方が正しい。

それに――――こんなに長い事、一緒にいるのは初めてだった。

 

少しして、そろそろ明日に備えて寝ようという事になり、四人はバラバラになった。部屋割りは、セフィロスとザックスで一部屋、残り警備組で一部屋、という具合になっている。当然の事だったが、それは立場の違いを思わせる部屋割りだった。

その部屋の扉にクラウドが手をかけようとした時、ふと隣から声が聞こえた。もう既に、もう一人の警備兵と、ザックスは部屋に入っている。という事は結果、その人物はセフィロスという事になる。

振り返ってその顔を見ると、やはりそれはセフィロスだった。

「おい、クラウド。お前、大丈夫か?」

「え?」

突然そんなふうに言われて、驚いたのはクラウドの方だった。大丈夫か、とはどういう意味なのだろう。そう思ったけれど、それよりもセフィロスが自分を心配するような言葉をかけたという事実の方が衝撃的だった。

「何か、変…ですか?」

思わず敬語に戻ってそう言うと、目前のセフィロスは「気付いてないのか」と眉をしかめた。

「さっきから唇の色が変だぞ、お前」

「唇の色?」

「そうだ、紫になってる。体調がおかしいんじゃないのか?」

そんなはずはないのに、とクラウドは首を傾げた。さっきまで実家に帰っていたのだし、それ以降だってそんなに体調を崩すような事はしていない。

「どれ、ちょっと見せてみろ」

「えっ」

そう言われて、クラウドの腕が引っ張られる。それは強い力で、思わず身体全体がよろめいた。セフィロスは惜しげもなく顔を近づけると、クラウドの額に手を乗せた。

「うむ…熱はないようだな…」

セフィロスは何やらブツブツと言っていたが、クラウドはそれどころではなかった。心臓がうるさく鳴り響いていて、それがなかなか治まらない。

額に這われた冷たいセフィロスの手、至近距離にあるセフィロスの顔、かかる息遣い―――そのどれもが、クラウドを捉えていた。

どうしてこんなにドキドキするんだろうか―――。

きっと憧れが強すぎるんだ、そう自分自身を納得させるように心の中だけで答えを出すと、クラウドはそのまま目を閉じた。

次第に何かがまわり、クラウドの身体はセフィロスの身に倒れ掛かる。

「おい、大丈夫か?」

そんな声がどこか遠くから聞こえた気がした。分かるのはそれと、後は何か温かい感触。頬に触れているのはセフィロスの銀髪かもしれないが、目を閉じているクラウドには見えなかった。

 

ずっと、このままでいたいと思うような感触。

このニブルヘイムで憧れを抱いた、その人の感触。

本当はこの人の隣で、ソルジャーとして歩きたかった。でもそれすら叶わなくて、自分は無力で、今でさえこうして抱きかかえられてしまうような存在なのだ。

それでもいつか、いつかは倒れ掛かることなく、この人の隣をしっかり歩くような人間になりたい。

でも今は―――。

 

今は、このまま倒れ掛かっていても良いですか?

―――こんな無力な自分だから。

 

 

 

翌日、クラウドの体調は完全なものになっていた。原因が何だったかは分からないままだったが、それはどうでも良い事だった。クラウドの心の中にあったのは、更なる向上心だったのだから。

見上げる空に、迷いは無かった。

 

 

けれどそれは、悪夢の前に誰かが見せた、ほんの一瞬の夢だったのかもしれない。

 

 

 

END

 

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