空虚な果実

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―――――――――――目が覚めて、違う景色だったら…

 

 

“目が覚めて違う景色だったら、今迄の全ては一時の夢だったと、そう思え”

 

 

誰かがそう言っていた。

違う景色だったら……。

 

 

 

ふと目が覚めると、そこは見慣れない景色だった。

視界にまず入ったのは天井で、それからゆっくりと視線を横に移す。その先には窓があり、その窓辺に長身の男が立っていた。

どうやら部屋の中らしい。

暫くそのままで見つめていると、男はその視線に気付いたのかコチラを振り返った。

――――ああ、あれは……。

「セフィロス……」

おもむろにその名前を口に出してみる。

すらりとした身体は、その動きに合わせて長い銀髪を揺らす。それはとても綺麗な湾曲を描いた。

どうやらベットに寝かされていたらしいクラウドは、その身を起こしながら相手を不思議な顔つきで眺める。

何故、此処にセフィロスが―――?

というより、此処がどこかが分からない。

確か自分はセフィロスを追っていたはずで、そのセフィロスは己の願望を満たすべく姿を晦ませているはずだった。

確かなのは、敵対している同士だということ。

それなのに、これはどういったことなのだろうか。

「目が覚めたか」

混乱するクラウドなどに構わず、セフィロスはそう言いながら近付いてきた。そうしてベットと同じ高さまでその身を屈めると、無表情でこんなふうに言葉を続ける。

「どうだ、調子は?」

躊躇いながらも、クラウドはそれに“別に大丈夫だ”と答えてみる。しかし何が大丈夫なのか、それすら実際は訳が分からなかった。その状況もそうだったが、自分自身にも訳が分からなかったのは言うまでも無い。

いつもならば、その姿を見るまでもなく、名前を聞いただけで闘争心が燃え上がるほどだというのに、この自分の落ち着きようは一体何なのか。

その状況はまるで、数年前の神羅かのように思わせた。

数年前、神羅カンパニーの中でやはりこうしてセフィロスという存在と対峙していた。しかしその頃はいわば仲間内という括りで、今とは状況が全く違う。不思議なことだったが、今現在の方がこのセフィロスという男のことを良く知っているような気がした。

まだ十五やそこらだった自分には、やはりセフィロスのことは理解できなかった。今でもそういった部分はあるが、その時は手も出せないような人で、それは単なる憧れでしかないといってもいい。

実際にクラウドがこうしてセフィロスと二人きりで話すということは、その頃殆どといっていいほどあり得ない事だったのだ。

だからこれは、初めてといっても過言ではない状況といえた。

そんなことを考えながらも、クラウドはセフィロスを見遣る。

セフィロスは、今のその人とは思えないような一種和やかな雰囲気をたたえていた。

「何か聞きたげな顔だな」

「当たり前だ。だって俺は…」

そう切り返すものの、答えはそこで途切れる。

だって俺はアンタを憎んでる―――――そう、言うつもりだったのに。

それが何故か言えなかった。そうする内に、セフィロスの口が開き、何か呪文のように言葉が響く。

言い聞かすかのように、優しい声音で。

「夢だ、クラウド」

「え…?」

「これは、一時の夢だ」

真っ直ぐな視線でそう言われ、クラウドはその言葉の真意を考える余裕を無くした。全く意味が分からない。そう思うけれど、口は勝手に返事をしていた。

「そう…か…」

そう言って、クラウドは訳が分からないながらも少し微笑みに近い表情を浮かべる。

目の前のセフィロスがあまりにも貴重な気がして。

でも、疑問は疑問として残っていた。

 

 

セフィロス―――――。

一体、どうなってるんだ……?

 

 

ふとセフィロスは立ち上がり、ベット近くにあった小さなドアを開けた。それはどこか違う部屋へ繋ぐものではなく物置のような仕切られた空間へと繋ぐドアで、その中に入ったセフィロスは、何かガサガサとやりだす。

そして、ドアをパタンと閉めた頃には手に何かを携えていた。

それは、中位の大きさの瓶。

それを見ながらクラウドは首を傾げる。どう考えてもそれは洋酒の瓶で、この場にはいかにも相応しくない。

しかし、そんな思いも何のそのといわんばかりにセフィロスはそれをクラウドに掲げた。

「飲むだろう?それとも俺とは飲めんか?」

クラウドはその洋酒の瓶を見つめながら、

「飲むよ」

とだけ答えた。

 

部屋の窓は開け放たれていて、夜の涼しい空気が流れ込んでくる。クラウドの位置からは丁度その窓枠の中に月が見え、それは満月に近い状態だった。

雲一つ無く、空はクリアである。

それに目を奪われながらも、クラウドはセフィロスの注ぐ洋酒の音を聞いていた。

セフィロスは何気ない口調でその洋酒についてこう言う。

「果実酒だが、結構に強い。しかも年代モノだ」

色味は深い青をしていて、何となく奇妙な気もする。今まで青なんて見た事も無いな、とクラウドは何となく思った。それでもセフィロス曰くそれは“年代モノ”、つまり良いものなのだ。

果実というけれど、一体何の果実なんだろう、そう思う内にもグラスは満杯になり、セフィロスは己のグラスをそれに近づける。

そして二つのグラスは小さく乾杯をした。

「苦い…っ」

一口含んだだけで、クラウドはそう言って顔をしかめてしまった。見ず知らずの果実の上に、恐ろしいほど苦い。ほんの少し甘みがあるような気もするが、それは最終的に口の中に残る苦味にかきけされる。

そんなクラウドを見て、セフィロスはふっと笑った。

「馬鹿だな、もう大人だろう」

「そんなこと言われても…苦いものは苦いんだから仕方ないだろ」

そうクラウドが反論すると、それもそうだが、とセフィロスはまた笑う。

「これ、何の果実なんだよ?」

「これか?…そうだな、この辺では見かけない果実だな」

「この辺…って」

そういえば此処がどの辺りだか、クラウドは知らなかった。まずこの部屋自体見たことが無い。

「此処、どこだよ?」

そう聞いてみるが返事は無い。ただチラリと視線が向けられただけで、すぐそれは逸らされてしまう。

どうやらセフィロスは答える気は無いらしい。

「…良いけどな」

どうせ訳が分からないことだらけなのだ。今更分からないことが増えたとしても同じようなものである。

その様子に、セフィロスは何も言わないまま、果実酒を飲み込んだ。

「セフィロス」

自分ももう一口を含もうとして、クラウドはふと手をとめた。そしてセフィロスを見つめる。呼びかけと共に送られた視線に、相手は視線だけを返してきた。それは話を聞く体勢だと理解して、クラウドは言葉を続ける。

「何だか…変な気分だ。セフィロスとこんなふうに、いる事が」

どう考えてもおかしいのに、そうとしか思えない。

そのクラウドの心を読むかのように、セフィロスはゆっくり口を開いた。

「それは―――本来、敵対する立場だからか」

「…分かってるなら、何で」

「さあ、何故だろう。ただ思うことがある」

そう言って、セフィロスの右手は、ゆっくりとクラウドに伸ばされた。それは直ぐにクラウドの顎を掴むと、軽い力でそれを上に向けさせる。

そうして視線が――――――――直にぶつかる。

「良いか、クラウド。お前にとっては大きな意味があるだろう戦いだろうが、俺にとっては、お前一人と戦うことなど何の感慨も無い事だ。お前が俺を追う限り、お前は俺の敵でしかない。だから俺はお前を、殺す」

その宣戦布告にも取れる言葉に、クラウドは顔をしかめた。何故そんなことを今更言うのだろう。そんなことは分かりきっている。そうして決意をして過去の感傷全てに決別をしたのだし、それは今この状況でさえ変わっていないはずである。

そんな事は言われなくとも分かっているのだ。

いつか対峙し、剣を交じえる事など―――とうに。

それが、目的なのだから。

「俺は…全身全霊をかけて、あんたを倒す」

幾分強い口調で、クラウドは目前のセフィロスにそう言い放った。

「そうだな。全身全霊をかけて……そうだ。ならば俺も全身全霊をかけてお前を殺してやろう―――――――だが…」

余裕を持って返されたはずのセフィロスの言葉は、ふとそこで途切れた。それは迷いというよりも、もっと何か違う感情が重なったようにも思える。

しかし、その答えは思ったよりも早く、しかもその本人の口から語られた。

それはどこか誘うような余韻すらクラウドに投げかけて…。

 

「殺すべき相手というのは―――――こうも愛しいものだろうか」

 

はっ、とするほどの瞬間。

そのエメラルドの瞳から目が離せなくなる。

まるで金縛りにでもあったかのような感覚―――――――。

「何を…言ってるんだ」

鼓動が高まるのを抑えられないままにクラウドは呟いた。けれど答えは無く、その代わりセフィロスの素早い動きが目に入る。

左手に持たれていたグラスから素早く全てを飲み干したセフィロスは、ふいにそれを部屋の隅に投げ放った。

そして。

「…ん…っ」

気付いた時にはもう、唇は塞がれていた。突然のように絡められた舌先を受けながらも、クラウドの体勢は徐々に崩れていく。そうして結果的にパサリと元のような横たわる格好になる。

視界の端には、長い髪が線のように流れていた。

「もしお前が、俺を追う者でなかったら――――」

至近距離から囁かれる言葉に、クラウドは思わず顔を背けて答える。

「俺が…セフィロスを追わなかったら…良かったって言うのかよ」

しかしそれは実際には無理のある話だった。そうせざるを得なくなった原因は正に、この目前のセフィロスにあるのだから。それを分かって言っているのかどうか疑わしい。そんなことは考えればすぐ分かることなのに。

けれど、そう思いながらもクラウドにはそれが拒否できなかった。

それはあまりにも――――優しい手つきだったから。

「お前が俺を追う者でなければ、戦うことも無い。お前を殺す理由も無い。…そうすれば、こんな気持ちは生まれなかった」

「……」

「でもお前は俺を追うだろう、きっと…これからもずっと。だから、やはりお前を殺さなくてはならない」

「…あんたが…あんたがそう仕向けたんじゃないか」

セフィロスの声は、段々とクラウドの思考をおかしくさせた。絶対的に間違っているという事さえも、その囁きの中でうやむやになっていく。

追わなくてはならない存在。倒さなくてはならない存在。

確かにその存在が今目の前にあって、それは今すぐにでも叶いそうでもあるのに、それでも霞がかかったように動けない。

一体どうすれば良い――――――――?

「お前は、どう思う。お前は俺を憎んでるのだろう。だから俺を追う。だがそれは果たしてそれだけの理由か?」

「どういう…意味だよ…っ」

セフィロスの口元が、少しだけ笑みを漏らした。そして、言葉は続く。

「神羅時代、お前は俺をどういう目で見てた?…憧れか、それとも羨望か?」

そう言いながらもその手はクラウドの腰の辺りを弄り始める。しかしそれは不思議と嫌な感じはしない。その理由が優しい手つきにあるのか、それともセフィロスの言う言葉の答えにあるのかは分からなかった。

「俺は…俺はずっと……」

着々と犯されていく身体にクラウドは途切れ途切れの声を出し、覆ってくる身体にしがみつく。その光景をどこか客観的な目で見る自分がいて、その自分はその状況をあざ笑っているように思えた。

所詮は勝てやしないじゃないか、と。

どこか振り切れない自分。その心の中にある、過去。

それが、実質的な形を伴って降りかかった瞬間……これがそうなのかもしれない。

 

抵抗の一つもすることなく、クラウドはセフィロスの手管に落ちていった。

 

 

  

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