そんなふうに自分を繕っていた俺がとうとうボロを出したのは、そんなふうに一人で月を眺めた日からそう遠くない日のことだった。

俺はやっぱりセフィロスの隣で物分りの良い俺でいて、セフィロスの問いかけには「はい」って答えて、謝る時には「ごめんなさい」を言ってた。セフィロスはそんな俺に相変わらず怪訝そうな顔をして「そういうのはやめろ」と言う。俺はそれを見て、危険信号だって思って途端に焦り出す。どうしたらセフィロスの機嫌を損ねないか、どうしたらセフィロスの“要る”人でいられるか…そんな事を考えながら。

そういう流れは何度かあったけど、大体いっつもこれという事件にもならずに過ぎていく。だから俺が単に悶々としていればそれで済む。

でもその日、とうとうそれだけは済まなくなってしまったんだ。

それは俺が、恐れていた事だった。

「クラウド。お前は本当に物分りが良いんだな」

セフィロスは苛立った顔をして俺にそう言う。

それはいつも貰う言葉で、本当は「都合が良い」って意味だって分かってたけど俺にとっては誉め言葉なんだって思って、俺はとにかく笑ってみせた。

でもその日のセフィロスは、俺がそうして笑ったことに何故だか突然こんな言葉を突きつけた。

「お前はそれでも人間か」

「え?」

俺は表情がついていけなくて、笑ったままの表情でそう問い返す。だって、訳が分からない。突然「お前はそれでも人間か」なんて言われても、返す言葉なんて思いつかない。

俺がそうして黙って笑っていると、セフィロスは突然俺の腕をガッと掴んで引っ張った。それは凄い力で、とても振り払えそうにもない。だから俺は顔を顰めるみたいにしてセフィロスの名前を呼んだ。

セフィロス、セフィロス、どうしたの?…そう呼ぶ。

そうしたらセフィロスは、掴んでいた俺の腕を急に離して、それから今迄見たこともないような恐い顔つきになって吐き捨てるようにこう言った。

「お前はいつでも同じ顔しか見せない。お前には―――――感情がないのか?」

そう言われた時、俺は心臓がチクリとした気がした。

感情?…あるに決まってるよ、セフィロス。

だって今俺の心は痛かった。

同じ顔しか見せない―――――確かにそうだ。確かにそうだけど、それはね、セフィロス。俺にとっての必要最低限なんだよ。

だってセフィロスは、本当の俺を見ても平気でいられるの?

…いや、そうじゃない。

本当の俺を見ても、それでも俺を必要としてくれるの?

俺はそれが怖いだけなんだ。

「セフィロス、俺、俺は…」

何とか気持ちを伝えようとするのに、表情が固まったままで動かない。その表情っていうのはさっきまでの笑顔のことだ。こんなに焦ってるのに何で顔は笑っているんだろう。俺は今すごく焦ってて困ってて、どうしようって事しか頭にないのに、俺はそれを上手く顔に現せない。こんなんじゃセフィロスに誤解されちゃうのに。こんなに真面目なことを話してるのに何で笑ってるんだ、って…そう思われちゃうのに。

そう焦れば焦るほど、俺の表情は凍り付いていく。動かせない。

心は泣きたいのに、顔は笑ってる。

そんな俺をセフィロスは真っ直ぐに見てて、その表情といったらやっぱりどこか微妙だった。

ああ、セフィロスはきっと怒ってるんだ…俺がこんな時に笑ってるから。

だけど動かない俺の顔は、まるでそれが俺の本心だって言うみたいにそれをセフィロスに突きつける。

セフィロス、違うんだ。

俺はこんなんじゃない。

笑いたいんじゃない、笑いたいんじゃないだ。

俺の心は必死にそれを訴えるけど、その訴えなんかはまるでセフィロスに届かない。それが証拠にセフィロスの表情は段々と冷めていく。

俺はその変化を目に映しながら―――――――――――――“笑って”た。

「―――…見損なった」

「え…」

セフィロスは、掴んでいた俺の腕からスッと力を抜いていくと、最後には俺の体から離れていった。そうしてセフィロスの背中しか見えなくなると、俺は心のどこかでホッとして、心のどこかで大きな焦りを感じた。いつもと同じ、この感覚。

だけど、やっぱり今日はどこか違ってたんだ。

いつもみたいにセフィロスは新聞を開かなかったし、暖かい珈琲も注がない。その代わりずっとその場に立ち尽くすと、そのままの状態で俺に向かってハッキリと言った。

「お前は俺に嘘をついてる。いつもそうだ。単に物分りが良いだけかと思っていたが、それは違う。…お前はいつも、俺に嘘をついてきたんだろう」

心臓が、止まりそうだ。

ドクンと脈打つ心臓が、次の瞬間には動かないんじゃないかって思うほど。

「お前は一体何なんだ。俺はお前に対して本音で過ごしてきたのに、お前は俺に嘘をつく。――――――見損なった」

「お…俺…」

何とかしなくちゃ。何とか、どうにか。

そう思って心は焦る一方で、だけど言葉が出てこなくて、顔はやっぱり笑ったままで…その時の俺はまるで笑うことしか知らない人形か何かみたいになってた。

幸いセフィロスは背中を向けていたから未だに俺がそんなアンバランスなことをしているなんて見ていなかったけど、それでももう修復はできないんだろうとは分かってた。

だってセフィロスは言うんだ。見損なった、って。

俺はもう――――――“要らない”人になっちゃったんだ。

あんなに俺が恐がってきたことが、とうとうこうしてやってきたんだ。それは自分のせいだって分かってた。分かってたけどどうすることもできなくて、俺はただその場でセフィロスの出す決を待っているしか出来なかった。

そしてその結果は、俺を襲う。

「もう二度と来るな」

「――――」

聞こえてきた言葉に、俺は顔を歪ませた。笑っているのに歪んでる顔なんてあんまりにも変だ。きっと鏡を見たら奇妙な顔になってるんだろうなって思う。

だけど俺はそんな表情しか浮かべられないまま、セフィロスの背後で小さく頷いた。それは当然セフィロスの出した決に対しての頷きだ。

セフィロスはそれ以上、何も言わなかった。

だから俺は、何も言わずにその部屋を後にするしかなかった。

 

 

 

雲がかかった月。

自分の部屋まで帰る間、俺の頭の上にはやっぱり月があった。

月は、ほら見ろって、そう言ってるみたいだった。

俺の心はぽっかりと空いていて、悲しいとか寂しいとかそんな気持ちよりも呆気なさを感じてた。あれだけ見繕ってあれだけ恐れてきたことがやってくると、こんなにも呆気ないものなんだって思ってた。

俺には、何も無かった。

 

 

 

ねえ、何で何も言ってくれないの?

 

ずっと見ていたくせに。

 

俺の心も、セフィロスの心も、ちゃんと知ってたクセに。

 

何で、ただそこに居るだけで何も言ってくれなかったんだ――――……

 

もし何か言ってくれたら、もし欠片でも教えてくれたら、きっと俺は今こんなふうに悲しくなんてならなかったのに。こんなふうに後悔なんてしなかったのに。

どうして何も教えてくれなかったんだ、本当のことを。

 

 

 

二度と来るなといわれた手前、俺はもうセフィロスの元にはいけなかった。

まるで遠い世界の話みたいに、たまにセフィロスの話を聞いたりする。どういうミッションでどういう活躍をしたとか、そういうことを。

だけど俺は、それを聞いても別に何も思わなかった。だってそれは、まるで遠い世界の話みたいだったから。

俺は暫くそんなふうに過ごしていて、頭も体も、セフィロスを忘れかけていた。

例えずっとセフィロスを想っていても、セフィロスは俺を見損なったと言ったんだから期待なんてかけない方が余程マシなんだ。俺はもう、セフィロスにとって“要らない”人なんだから。

そう思って日々を過ごしてきた俺だったけど、ある日聞いたセフィロスの話には、さすがにリアクションを取らずにはいられなかった。

それは丁度、満月の日。

月には雲なんてかかってなくて、すごくスッキリしてて、俺が何度も愚痴をこぼしたあの月とはまるで違う感じだった。そういう満月の日に、俺はセフィロスの話を聞いたんだ。それは最近のセフィロスがどういうふうなのかって話で、本当だったら別にリアクションなんて起すはずのない内容だった。もしそれが他の誰かと一緒にいるとかそういう内容だったら、それは仕方無いことだって終われていたかもしれない。

でも、違ってた。

「今回、君たちにも少々重い任務をしてもらうことになった。数は揃える。いつも以上に危険が伴うがともかく頑張りたまえ」

神羅の偉い人が突然やってきて、一般兵である俺達にそういう令を出した。

今迄大した任務なんてやったことのない俺達に、突然それ以上の任務をやれっていうお達しだ。その通達に大半の同僚は大喜びしてた。何せこれでソルジャーへの一歩を掴めるんだ、その気持ちも分からないでもない。

でも俺は、そういうふうに俺達に大袈裟な任務が回ってきたその理由の方が気になってた。だって、絶対におかしかったんだ。俺達に新しく課せられた任務は、あんまりにも大きすぎる任務だったから。

だから俺は、どうして突然そんなふうになったのかって事をその人に聞いてみた。本当だったら普通に話すことすら難しいような人だったから、俺のその行動はあんまり歓迎されるものじゃなかったけど。

でもその人は、眉を顰めながらその理由の欠片を教えてくれた。

「最重要な欠員が出ているんだ。もう一週間もろくに仕事をこなさないもんでな、困っているところだ」

「欠員…?」

最重要な欠員って何だろう?

俺がそうして言葉を繰り返すと、その人はたった一言だけを俺にくれた。

「セフィロスだ」

――――――セフィロスが、「欠員」…?

俺は言葉も出ないままに目を見開いた。多分、相当驚いてたんだろうと思う。

でもその人はそれ以上の事は何も言わなくて、俺はどうしてセフィロスが欠員なのか分からないままだった。もう一週間も仕事をこなさないと言ってたから、セフィロスは任務に当ってないってことなんだろう。でも、何でなのかが分からない。

セフィロスはそんなふうに仕事を跳ねる人じゃないのに、どうしてそんなことになったんだろう。一体何が起こったんだろう。

俺はそんなことを思ったけど、まさかそれを本人に確認するわけにはいかなかった。せめてザックスに聞くくらいしかできないって思う。でも最近はザックスと会うこともなかなか無くなっていたから、それを待っていたらあまりにも遅くなっちゃうんだ。

思えばザックスと会わなくなったのも、最重要な欠員が出ているからなのかもしれない。その欠員を埋める為にザックスが稼動することだって十分に考えられることだ。

だから、待ってはいられない。

こんなにも気になっていることを、待ってるなんてことは。

 

でも、その日は満月だった。

月の出ている夜は嫌いだ。

だって――――――――――――嘘、つけないよ。

 

 

 

俺は、数ヶ月ぶりにそこにいた。

ドア一枚向こうにはセフィロスがいる、そういう場所に。

本当は二度と来るなって言われてたから此処に来ること自体間違いなんだって分かってたけど、俺はどうしてもそうしなきゃいけないような気になってた。

馬鹿みたいだって思うけど、妙に緊張する。

約束を破るからじゃなくて、あんまりに久々だから緊張したんだ。まさかもう二度と来ることなんて無いって思ってた場所に今いるから、だから。

「セフィロス」

俺はなるべく大きな声でそう呼びかけた。

だけどドアの向こうからの返事は無くて、俺はもう一度同じことを繰り返してみる。

それでもやっぱり返事は無くて、まるで部屋の中には誰もいないみたいに何の音も聞こえてこなかった。

部屋にはいないのかな?

何となくそう思い始めてふっとドアノブに手をかけてみると、どういうわけかドアはすっと抵抗無く開いた。カチャリ、という音がしたのに、それに対するリアクションはどこからも感じられない。

「…セフィロス?」

何だかおかしい。俺はそう思ながらも勝手に部屋の中に足を踏み込ませる。

今の俺は不法侵入と同じで、普通そういう事があったら誰だって気付くだろうって思う。普通の人だってそのくらいなんだから、セフィロスだったら絶対に気配だけで察知するはずだ。それなのに、何でなのかセフィロスは出てくる様子もない。

おかしい。こんなの、絶対におかしい。

そう思いながら中の方まで進んでいくと、一番奥にある寝室のドアがうっすらと開いてた。俺はそれを見て、確証もないのにセフィロスはそこにいるんだと思った。寝室なんていうのは本当に寝る時くらいしか使わなかったセフィロスだから、本当はそんなふうに思うのはおかしいことだったんだろうけど…でも俺はその時、そう思ったんだ。

そうして俺がその直感のままに寝室まで向かうと、そこには本当にセフィロスの姿があった。

薄く開いたドアの隙間から、そっと覗く寝室。

その向こう側にいたのは…。

「……」

俺の目に映ったのは、ベットに腰をかけて頭をもたげているセフィロスの姿だった。

俺はそれを目に映しながら、無意識に息を止めてた。

だって、こんなの見たことがない。

セフィロスがあんなふうに落ちている姿なんて今迄見たことがないし、そもそも寝室に閉じこもっていること自体初めてのことだ。もし俺がセフィロスの一部分しか知らないっていうなら話は別だけど、あの日セフィロス自身も言ってたみたいに、俺はセフィロスの嘘なんて見たことがなかった。つまりセフィロスは、俺の前で何かを隠すようなことはしてこなかったって事だ。

だからそれは、凄く珍しいことなんだろう。

そうだ―――――だってそれは、仕事までストップさせるほどのことなんだから。

「…セフィロス」

俺は止めていた息を突然再開すると、大きく息を吸い込んでから、小さな声でそう言った。

するとセフィロスは、体をビクッとさせてこっちを振り返る。

誰もいないと思ってたところからイキナリ声が聞こえてきたんだからそれも当然だよな。だって俺は、不法侵入してるんだ。だから例えば此処でセフィロスに怒鳴られても仕方無い。…ううん、それ以前に俺は、怒鳴られる理由がもっとあるから。

俺はそう思ってセフィロスの第一声を待ってた。

じっとセフィロスを見て、それを待ってた。

――――――――でも。

 

 

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