満月

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雲がかかった月。

ふと見上げるとそこには、いつもそれがあった。

 

 

セフィロスと抱き合うとき、俺はいつもそれを見ていた。

寝転がったまま見ているからその月はいつも真逆で、だけどいつも同じ表情をしていたっけ。それを見て俺は思ってた。

ああ、そうか。

あの月はいっつも俺を見てる。

セフィロスとこうしている事も、それから俺が本当はどう思っているかも。

きっと、あの月はいつだって黙って見てる。

だから俺は月の出ている夜は好きじゃなかった。

だって何だか、嘘はつけない気がしていたから。

セフィロスに対してすっきり笑う、そんな俺。

それが嘘だとバレてしまいそうだったから。

 

 

 

「お前は物分りが良いな」

セフィロスはそう言って、俺を誉めてくれた。それはいっつものことで、俺はそれに対して嬉しそうに笑ったりする。だけど本当は、それが誉め言葉じゃないってことくらい、俺は知ってたんだと思う。

物分り。

その言葉の意味。

物分りの良い奴っていうのは大概、都合の良い奴って意味だ。だからセフィロスが俺に対してそう言うのは、俺がセフィロスにとって都合の良い奴だってことを意味してた。

それでも俺はセフィロスにとって俺が満足の対象になることに、満足を覚えてた。セフィロスがそうして俺を誉めてくれることに、俺は満足してた。

だけど本当は、俺はそういうふうにしかセフィロスの側にはいられなかった。

もし俺がセフィロスの気に入らない言葉を言ったり行動をしたら、多分俺はもう此処にはいられない。そう思ってたから。

実際そういうふうにしたことは無いから分からないけど、俺はそうなってしまうことが恐くて、そうしてみようとか、そんなふうには思わなかった。安全でいたかったんだ。

「クラウド」

「はい?」

「…その“はい”というのは、どうにかならんのか」

「え…?」

セフィロスは怪訝な顔をして、俺にそう言う。俺はそれが危険信号だと思って、慌てて「ごめんなさい」と謝る。だけどセフィロスはそれも何だか気に入らなかったみたいで、ますます怪訝そうな顔を深くした。

俺はどうして良いか分からないままにオロオロする。だって、セフィロスの機嫌を損ねたら、俺はいらなくなっちゃうんだ。

どうしよう?

俺は焦って、とにかく焦って、セフィロスの顔から目を反らした。何だかその目をみているのが恐かった。いつもだったらすごく好きな目だって思うのに、こういう時はその目がとても怖いと思ってしまう。

しばらくの間俺がそうやって硬直してると、セフィロスはそれに呆れたのか、すっと立ち上がった。それから俺の横を何事もなくすり抜けると、

「そういう癖もやめた方が身のためだぞ」

そんなふうに言った。

「あ…」

俺は目を反らしたままだったけど、どうして良いか分からなくて更に硬直する。きっとセフィロスは怒ったんだって、そう思った。そう思ったら一気に、俺はいらなくなっちゃうんだって、そう思った。そう思ったら恐くて俺は無意識に体を震わせていた。

不思議だって思う。本当に震えるんだ、体が。

指の先が小刻みに揺れて、それを見てる俺の瞳も動揺して揺れてる。

俺は、セフィロスのたった一言だけにこんなふうになってしまう。それは前から変わらなくて、そうなったときに何度も「これじゃ駄目だ」って思ったのに、それでも止まらない行動だった。震えを自分でとめるのはすごく難しいんだ。

それでもその時の俺は、少しでもその状況から離れようとして、とりあえず目線だけを頑張ってセフィロスに向けた。いつまでも硬直していたら、本当に俺はいらなくなっちゃうと思うし、それは俺にとって絶対嫌だと思うことだったから、俺は力を振り絞ってそうしたんだ。

そうして俺が目を向けたそこには、のんびりと新聞を広げるセフィロスの後姿があった。

セフィロスは新聞を広げながらコーヒーを飲んでるみたいだった。時折、水滴をすするような微かな音が聞こえるのはそれだろう。

俺はそのセフィロスの後ろ姿を見て、ホッとしたけど、それと同時に恐かった。

ホッとしたのは、セフィロスの顔が見えなかったから。顔が見えなければ、怒っているってことがハッキリ分からなくて済む。

恐いと思ったのは、セフィロスの関心が俺から反れていたから。セフィロスは今新聞を広げながらコーヒーなんかを飲んでいるけど、今この瞬間、俺はセフィロスの中で必要ないんだってそう思った。必要なのは新聞の中にある情報と、暖かいコーヒーだけ。俺が背後にいようといまいと、今のセフィロスにとったらどっちだって良いんだ。そういう雰囲気は、何だか恐いと思う。だって、この先ずっと俺が此処から消えてもセフィロスはそうして新聞を広げてコーヒーを啜るような気がするから。

俺は、セフィロスと同じ空間にいるのに、セフィロスの後姿を見ているのに、何だか一人きりのような気がしていた。

それが何だか、無性に寂しかった。

 

 

 

セフィロスとの時間は緊張の連続だったけど、普通の時はさすがに俺も普通だった。普通に笑って普通に怒って、そんなふうに過ごす。それは、セフィロスと一緒に任務をしてるザックスと一緒にいる時も変わらない。

「なあ、クラウド」

「ん?」

「お前、何だか二重人格みたいな奴だよな」

「え?そう?」

俺は唐突にそんなふうに言われて首を傾げた。

それは丁度午後の休みの時のこと。ザックスとも仲が良かった俺はたまにこうしてザックスと休みを一緒にとったりするんだけど、その時もそれだった。ザックスの方が休みの融通がつくから、時間の割り振りがハッキリしている俺にザックスの方が合わせてくれているって感じで、こういう時間は成立してる。

俺はそれに感謝しながらも、ザックスにはありがとうなんていったことがなかった。それっていうのは、そういうふうにありがとうを言わなくても緊張をしないからだ。ザックスも特にそんなことは気にしてないみたいだったし、とにかくザックスとの時間には俺も何だか妙にリラックスできた。

「お前さあ、セフィロスといる時だけ何か変だよな」

そう言われて、俺は思わず手を止めた。

午後休みの為に買っておいたオヤツを手にしてた俺は、その手を止めて、それからザックスを見る。そういうふうにした俺の顔はよっぽど真面目だったのか、ザックスは何だか困ったように笑うと、いや、何となくそう思っただけだけど、なんてフォローしてくれた。

でも俺の耳には、そんなフォローの言葉なんて入らない。

だって…多分ザックスの言ったことは本当のことだったから。

「そう…見える?」

暫くして俺は、ゆっくりとそう口にした。

「あー…まあ、な。何となく、そう見えるかなって」

「そっか…」

俺は俯いて、少し反省をした。

ザックスからこういう指摘を受けるってことは、多分よっぽどの事なんだ。何でかって言うと、俺とザックスとセフィロスの三人で一緒にいる時間なんていうのは、はっきりいってそうそう無い。たまに三人で一緒にいるだけなんだ。それなのに、そのたまに一緒にいる時間の間にザックスは俺のそういう所を気付いてしまったわけで、その理由といったら一つだろうと思った。

いくらセフィロスの前だと緊張するとはいっても、ザックスと三人だったら俺だって普通に振舞う。それなのにそう指摘されたってことは、ほんの一瞬の間に俺の表情がそういう色を濃く映し出してたって事なんだ。そう思うと、俺がセフィロスに対して持ってる緊張感っていうのは、よほどのものなんだって思える。

「…俺、どうしたら普通にいられるのかなあ…」

俺はふと手を止めて、そんなふうに呟いた。俺がそう言ったことは、多分ザックスの指摘を肯定することになったんだって思う。だからザックスは、やっぱり、っていう顔をして俺を見てる。

確かにそうだ、俺はセフィロスといる時、多分普通の俺じゃないんだ。

普通じゃなくて、何だか妙な態度を取ってる、それでもセフィロスを見てる…そんな奴。俺はそういう俺自身を分かっていても直せなかった。セフィロスといないときはこうしてそういう事を考えられても、セフィロスを前にすると途端に分からなくなる。だけど本当は分かってるんだ。本当の俺で接しなければ、答えなんて分からないって事。

つまり…セフィロスが本当の俺を、必要とするかしないか…って、こと。

「お前さあ、考えすぎなんじゃん?セフィロスだって同じ人間なんだしさ、別にバケモンって訳じゃないんだぜ。確かに恐いとこあるけど、そんなに固まらなくたって良いって」

俺を慰めるみたいにそう言ってくれるザックス。

だけど俺は、そんな親切な言葉にすら、言い訳しかできない。

「うん、分かってる…でも何だか、駄目なんだ。恐いんだ。何だか」

「そっか…。難しいな」

「うん…」

ザックスは、何が恐いかってことを聞きはしなかった。多分この会話だと、セフィロス自体が恐いって感じになってるんだろうけど、実際は違う。確かにセフィロス自身も恐怖の対象だったけど、核は全然違うんだ。

俺が恐いと思うのは、セフィロスに“要らない”って思われること。

だから俺はセフィロスが“要る”って思ってくれるような言葉しか口にしたくない。そういう行動しかしたくない。それ以外のことは駄目なんだ。それをしたら俺は途端に要らない人になって、俺はどうして良いか分からなくなるから。

だけど、俺は思うんだ。

じゃあ今の俺は何なんだろう…って。

ザックスと一緒にいる時の俺は緊張なんかしなくって、本当の俺で、それはとても楽で安心できる。どう考えてもそれが本当の俺なんだって思う。

本当の俺は、セフィロスと一緒にいる時の俺じゃない。

セフィロスと一緒にいる時の俺は嘘付きで、本当はそんなことしたくないって思っても、セフィロスに嫌われない為ならそれをしなくちゃって思う。そんなのは多分嘘なんだ。

でも俺はセフィロスから必要とされたいから、嘘に嘘を重ねてく。

ほんの一個の表情も、ほんの一個の言葉も、多分全部が全部、嘘なのに。

本当の俺はこんなことに悩んでて、実際はセフィロスの前でなんて笑えなくて、当然物分りだって良くないんだ。

それでもセフィロスが俺を「物分りが良い」と言ってくれたから、俺は“そういう俺”でいなくちゃって思う。そういう俺じゃなきゃ、セフィロスは俺を要らないと思うんだ。だから俺はそういう俺になる。それが嘘だって知ってても。

「お前さ、あんまり考えすぎるなよな。煮詰まるタイプなんだから」

「うん、ありがとう」

俺はザックスにお礼を言って笑った。ザックスはそんな俺を見て、そうそう、そういう笑顔でいろよ、と笑ってくれた。それは本当に嬉しい言葉で俺は何だかすごく安心したけど、だけど反対に泣きたくもなった。

だって俺は知ってる。

こういう笑顔でいることは、できないんだって事を。

 

 

 

雲がかかった月。

俺は自分の部屋で、寝そべってそれを見上げる。

この月はいつだって黙って俺を見てるんだ。

セフィロスと一緒にいる時の嘘の俺、それからこうして一人でいる時の本当の俺。

その両方の俺を知ってるこの月はいつでも俺の頭上にあって、俺を見てて、だけどそのくせ何もしてくれない。全部見て全部知ってるくせにダンマリを決め込んでる。

あの月は、知ってるんだ。

本当の俺が、どう思っているのか。

本当の俺が、どういう人間か。

そうしてセフィロスに抱かれている時にはきっと、嘲笑ってるんだろう。

“嘘つき”―――――――、って。

 

 

 

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